p.09 幼馴染とクラスメイト
待ちに待った水曜日。
今日は時間に余裕を持って家を出てきた。コンビニに寄るためだ。
「今週のカラーはこれか!」
店内に入ると迷わず、雑誌コナーに向かって本誌を手に取る。最初にやることは三つ。
カラー扉・掲載順・次号予告のチェックだ。推し漫画のカラーは、どんな時でもテンションが上がる。
掲載順は連載継続において、かなり重要らしい。
無事に二冊を買ってバス停に向かう。こんな田舎なのに発売日にゲットできるのは本当にありがたい。
来週は三冊になることも忘れていない。重量感はあるけど、腕への負担よりも幸福感が圧倒的に勝る。
さらに、今日はツイてる。タイミング良くバスが来たのだ。
いつもの窓際の席につく。
「おはよう、純君」
しばらくすると、リンゴが当たり前のように隣に座った。仄かに香るシャンプーの匂いで、昨日のことが蘇ってくる。
「おはよう」
漫画から目を離すことなく、小さく返した。
「一緒に行こうと思ったら、もういないからビックリしたよ」
「なんで一緒に行かなきゃいけないんだよ」
「私が迎えに行きたいの。『お~い』って手を振ったら窓が開いて応えてくれる、みたいなやつやりたくて」
「小学生かよ。演劇部にでも入れば?」
呆れて振り返ると、不満そうに睨めつけてきた。
朝からバトルはしたくないんだけどな。勝てる気しないし。
「漫画だって私が買うのに」
「そんなことしなくていいよ。ボクは静かに読みたいから」
「つまんないの」
大いに結構。ボクの平穏を侵さないでほしい。
「漫画の話で盛り上がりたいだけなのに」
「まだ読んでないから、放課後にして」
「なら、放課後ちょっと残って。話があるから」
リンゴはそれ以上、何も言わなくなった。
けれど、明らかに何か言いたげだった。これは覚悟を決めて下校しなければならない。
それまではせめて、平和でありますように。
学校では、異性と程良い距離を保っておきたい。
特に話すのが苦手な訳じゃない。単純に周りから変な目で見られたり、変な噂が流れたりするのが嫌だから。
なのに、
「なんかボーッとしてない?」
「してないよ。リンゴこそ、ちゃんと持てよ」
「言われなくても持ってますぅ!」
何で進級してから毎日一緒にいるんだろう。嫌がらせか?
主人公は、ヒロインとそういう運命だ――って言われてもボクは信じない。だって、ボクがヒロインだから。
自分で言っても恥ずかしいことはまったくないね。事実だから
「いい匂いだね。この中身、ミネストローネかな?」
「教室に着いてから確かめればいいじゃん」
「なんか今日の純君。冷たくない?」
「いつも通りだけど?」
そう、いつも通りクールなだけ。
でも正直、一緒にいる時間が長くて正直怖い。
苗字の五十音順が十音くらい離れているのに、同じタイミングで給食当番になるなんてありえないだろう。
「リンゴ、ちょっとそっち側寄って」
「うん」
ガタイの良い男子が仲間二人を引きつれて、こちらへ歩いてくる。談笑に夢中でボクたちに気づいていないみたいだったので、早めに避けた。
「おい、ちょっ…!」
はずだった。
不意の重力に対応できず、よろけてしまった。
そして、この時は気づけなかった。
「危ねぇなぁ!」
気づくのが遅れてタイミング悪くぶつかってしまった。
すぐに謝ったら「誰だ、お前」みたいな顔をされたけど、ボクだってお前を知らない。
「気ぃつけろや、ったく!」
舌打ちした巨漢のリンゴを捉えた。瞬間、その顔が別人みたいに顔がとろける。
「アオちゃんだよね? 俺のこと覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。でも、今忙しいからまたあとでね」
「そっか。またな」
リンゴの素っ気ない態度に戸惑っている様子の巨漢だったが、軽く答えて去っていった。内心ビクビクしていたことも誰にもバレていないようだ。
「ビックリした。猛君も同じ高校だったんだ」
最後のスープを無事に教室まで届ける。
「さっきの奴、知り合い?」
給食着を脱ぎながら尋ねると、
「幼馴染」
少し暗い顔でリンゴが答えた。
聞いてはいけない過去でもあるのか――なんて少し気になりながら、スープを飲み干す。トマトの主張が予想以上に強く、噎せそうになった。
幼馴染との再会。
漫画に限らず、多くの物語で描かれる、定番の展開である。もちろん、これはありふれた日常の中でも起こりうる。
ただ、誰しもにとって喜ばしいことではないことが多い。現実でも例外なく、その時は突然訪れる。
「純君、助けて」
やっぱり、こうなるか。一体何のフラグだ?
漫画家に憧れてはいたけれど、主人公になる気はサラサラないから。
「こんなことってホントにあるんだね…さっきのがフラグか」
廊下に引っ張り出されたボクの目の前に、見るからに柔道をやっていそうな丸刈りでガタイのいい男が近付いて来た。身長は百八十センチくらい。
「この人が一緒の幼稚園だった黒部 猛君」
「さっきも思ったが…お前、アオちゃんの何だ?」
敵意剥き出し。今にも噛みつかれそうだ。
「は?」
「俺はな、アオちゃんと永遠の愛を誓ったんだよ」
「あぁ、彼氏さんでしたか。ボクはただのクラスメイトですので、あとはお二人で…」
この場から立ち去ろうとした瞬間、耳に激痛が走った。
「彼氏じゃないよ! 助けてって言ってるでしょ!?」
「は?」
もう、訳が分からん。
「ちょっと、こっち来て!」
巨漢から距離を取り、ひそひそと話し始めた。
――リンゴ曰く、彼は勘違いしているらしい。
「大きくなったら、アオちゃんと結婚する!」と言われ、幼心に嬉しくはあったが、承諾した記憶はないとか。
普通なら、「私も~!」と流れで答えてしまいそうだが、彼女は冷静だったという。
「ちょっと考えさせて」
当時の彼女に好意はあったのか否か、思わせぶりな台詞を残したまま卒園したそうだ。
「ちょっと私に話合わせてくれない?」
「どういう事だよ?」
もう、ここからはリンゴの操り人形になっていた。
「あの時の私も悪かったけど、猛君と結婚する気はないから」
「えっ?」
自らの記憶を一部改竄しているとはいえ、実に悲しい結末だ。呆気にとられる彼に追い打ちを掛けるように、リンゴは続ける。
「だって私、純君と付き合ってるもん!」
今なんて?
突然の変化球に振り返ろうとしたけど、ボクの体はいつの間にか巨漢の前に突き出されていた。ボクに逃げ場はない。
何で押すの、リンゴさん?
「へぇ、このヒョロ長先輩と付き合ってんだぁ~?」
付き合ってませんけど…!?
顔の圧が凄いです…圧が!!
「じゃあ、俺と先輩どっちがアオちゃんの男として相応しいか勝負しましょうよ」
ボクに反論の余地は与えてくれないらしい。
でも、声を大にして言いたい。
ボクにバトルは向いてない。