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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Prologue 出会いはラブコメ
8/22

p.08 夜空に煌めく蒼い髪

 完全に油断していた。

 もう、これ以上おかしなことは起こらないと高を括ってた。

 仕事場の床をインクで汚され、えん罪なのに詰問を受け、挙句の果てに駅に着いてもなかなか起きないリンゴをおんぶしてるとか…災難もここまでぶっ通しだといろいろ通り越して何故だか笑えてくる。

 まさか、あんなに熟睡してるなんて思わなかった。肩を叩いても、いくら体を揺すっても起きる気配はなく、目的地の駅名がアナウンスされた時はゾッとした。頬をビンタする勇気も、顔に落書きする余裕も当然ボクにはなく、現在に至る。

 明日、またこの前みたいにクラスメイトの前で泣かれても困るし、ボクから誘っておいて黙って置いて帰るのは薄情すぎると思ったのだ。

 だからと言って、リンゴとの間に友情があるかと聞かれたらすぐには頷けない。出会って二日目なのだから当然だ。

「んっん…」

「起きた?」

「ごめん。寝ちゃってたみたい」

 リンゴが起きたのは駅から十分くらい歩いた交差点で信号待ちをしてる時だった。

「言いたいことだけ言って寝るとか、完全に子供じゃん」

「子供じゃないもんっ! 十七だもんっ! 寝る子は育つもんっ!」

「いや、もう十分育ってるよね!? ていうか『もんっ!』のたびに、いちいち真上から人の頭を小突くな!」

 漫画ならSDキャラで『ポカポカ』とかの書き文字がコマに加えられて、コミカルに可愛く描写されるシーンに思えなくもないけれど…ここは現実なわけで、それなりに痛かった。

「じゃあ、そういうこと言うなっ!」

 反応がいちいちこれだから、そりゃ言いたくもなるって。

「分かったから。起きたならそろそろ下ろすよ?」

 早くしないと信号が変わってしまう。

「何で?」

「いや、早く下りてよ。歩けでるしょ?」

「おんぶのまま送ってくれたっていいじゃん、家近くなんだし」

「嫌だよ! こんなとこ知り合いに見られたら面倒だし」

「あははっ! そんな漫画みたいな偶然は簡単には起こらないって」

 今までそれを簡単に起こしてきたリンゴに言われても何の説得力もない。

「案外、世間は狭いもんだよ」

 知り合いじゃなくても、この空間の全員の視線を感じる。見られてなくても見られてる気がして、元々周りからの視線は気になるタイプだから…こういう状況だと余計過敏になってしまう。もう、みんな目がギラギラだ。

「あのさ」

 その点滅でタイムリミット間近だと気がついたボクは、この恥ずかしさから解放されるための魔法の言葉を唱えた。

「重いから下りて」

「……」

「ごはっ!」

 危うく舌を噛みそうだった。

「脳天にチョップしないで! 首がなくなるよ」

「明日、クラスで私の下着見たこと言いふらすよ?」

 その倍以上の攻撃が返ってきた。慣れない魔法なんて使うもんじゃない。呪文の言葉を違えた。

「ごめんなさい」

 結局はボクの完敗。

 いや、耳元で脅迫されたらどうしようもない。

「疲れたからマジで下りて」

 横断歩道を渡りきったところでため息がもれる。

「最初から、そう言えばいいのに」

 その瞬間、ハッとなった。背中がふいに軽くなってふらついたからだ。

 最初から何も無かったみたいに。

 だから、ボクは地面を踏みしめて重力に逆らいながら背筋を伸ばす。晴れてボクは解放された。

 ボクの想いを受け止めて、リンゴは自分の重みを受け入れたのだ。やっぱり、何でも正直に言わないといけない。

「もうぉ、何ふらついてんの? ダッサ。」

 たとえ、傷ついたとしても。

「残念だったなぁ。あそこで『胸が当たって恥ずかしいから』ってベタな理由だったら、思いっきりイジってやろうと思ってたのに」

「お前、マジで鬼だな」

「えー、だって密着してるんだから当たるのは当然でしょ? おんぶするって決めた瞬間から分かることじゃん」

 命拾いしたことをここまで痛感するとは。

「それを言ったら元も子もないって」

 親切を仇で返された気分になる。

「でもさ、あたかもジワジワ感じてきただけで『これは不可抗力です』って言われてるみたいで解せないの。むしろ、その感触を味わうためにおんぶしてんだろ、って言いたい」

「毒リンゴ」

「その呼び方やめて。私が悪者みたい」

 そこまでは言わないが、そういう気質があることは否めない。

「じゃあ、お姫様抱っこがよかったの?」

「そういうのじゃないよ」

 何を言いたいのか分からない。

「ラブコメが嫌いってこと?」

 それなら、おんぶするシーンがあっても不思議じゃないと思った。

「いや、ラブコメ大好きだよ」

 ただし、それは女の子が『迷子になって歩き疲れた・怪我した』『夏祭りで下駄の鼻緒が切れた』シチュエーションが多いだろう。『電車で寝過ごした女の子をおんぶ』という場面は見た記憶がない。

「好きだからだよ、だからこそ!」

 コンビニが見えてきたところで、リンゴと目が合った。

 彼女は訴えかけるような強い口調で続ける。

「恥ずかしいとか、ありきたりのじゃなくて『ドキドキするけど温かい』とか『恥ずかしいけど、ずっとこうしてたい』とか…なんかこう、もっと素直な気持をね、感想じゃなくて感情をストレートに言ってほしいの!」

「ぶはははははっ!」

「何で笑うの?」

 これでも途中からかなり堪えてた。

「いや、ごめん。お前って、本当に漫画好きなんだと思ってさ」

「当たり前じゃん。今更、何言ってんの?」

 怪訝な表情で見つめるリンゴに、笑い涙を拭いながら続ける。

「リンゴが言ってるのは漫画の中の話であって、現実で女の子に素直になれる男子って、そうそういないと思うよ?」

「そうかな?」

「それに、この恥ずかしい妄想話はボクじゃなくて…いつかはできるであろう彼氏にしてあげるべきじゃないのかな?」

「あっ!」

 少しからかうような口調で言うと、期待どおりの反応が返ってきた。

「だって、それって互いが親密な仲か、恋人同士じゃないとなかなか言えないセリフだよ」

 これまでの仕返しとばかりに畳み掛けると、

「じゃあ、純君は私をおんぶしてる時に何考えてたの?」

 赤くなったリンゴから意外な反応が返ってきた。

 白状しよう。

鞄で殴られる覚悟を決めていたので、次の言葉なんて用意してなかった。

「正直に言って」

 さらに、赤くなった彼女が目を潤ませて迫ってくる。明らかに動揺しているが、泣いてはいない。

 泣かせてはいない。

「貴重な経験…かな? でも、もうおんぶは勘弁してほしい」

「何それ? つまんない」

 何故か上目使いな彼女に正直に返すと、思いのほか呆気ない反応にこっちが驚かされた。

 今の答えに、どれだけ脳ミソを消費したと思ってる?

「じゃあさ、じゃあさ! 私の事、どう思ってるの?」

 無邪気に爆弾を投げ込んでくる奴にボクが勝てるはずもない。だって、丸腰だもの。

「ただの友達」

「『ただの』ってのは余計だけど…うん、合格!」

「何それ?」

 何故だか分らないけれど、メッチャ目がキラキラしてる。少女漫画で、好きな男子に告白されたヒロインばりに。

 失態に気づいた時には遅かった。

「ケータイ貸して?」

 何も言わずに渡すボク。

「はい、私の番号とメアド入れといたから」

 しばらくしてから、戻ってきたケータイの連絡先には『リンゴ』の文字があった。丁寧に顔写真まで貼ってある。どうやって貼ったのかボクには分からない。

「登録名はテキトーだから、好きに変えていいよ。変なのだったら怒るけど」

「あ、うん」

「何きょどってんの?」

 あなたに気圧されてるだけです。

「まぁ、いいや。私、コンビニ寄ってくからここでいいよ」

「じゃあ、ボクも…」

「ついてきちゃダメ! お菓子大量買いするとこ見られたくないの」

「そっか」

 よく分からない理由だけど、納得したことにする。

「今日は、ありがとう! 楽しかったよ」

 そう言ってリンゴはコンビニに吸い込まれるように走って行った。

「おんぶ、嬉しかったよ~!」

 こちらを振り返った気配があったので何事かと思えば、暗がりの中でそんな恥ずかしいことを大声で叫ぶ近所迷惑な奴が自動ドアの前に立っていた。手まで振ってやがる。

 店内のレジに立つ店員と視線が合う。

 そして、ボクは立ち尽くしていた。

 リンゴが振り返った瞬間、その背景がキラキラと輝きだしたから。

 まるで、そこに雰囲気トーンが貼られたみたいにボクの目にはフィルターがかけられていた。

「髪、綺麗だな」

 解かれた艶やかな長い髪に今更気がついて、思わずこぼれる言葉。

 夜空に煌めく蒼い髪に目を奪われた。

 風が、それを優しく撫でる。

 それを見てふと、さっきの仕事場での質問の答えに、ようやく辿りつけた気がした。

 ぎこちない笑みを返すと、彼女は今度こそ店内に消えていった。


 この日、リンゴと友達になっていいと思えた。

 一緒に居て退屈しないから。

 自分に正直に過ごしてみるのも悪くないと気づけた。

 回りくどくて情けないけれど、これがボクだ。

 オトナなカッコいい別れ方なんてできなかったけれど、それはまた今度でいい。

 この物語の主人公はボクなわけで、通りすがりの旅人の真似事なんて似合うわけない。そういう雰囲気の場所ではないし。

 そして、捉えどころが無くて馬鹿正直で、喜怒哀楽の激しいヒロインがリンゴ。

 この先の物語は、まだ白紙。

 でも、そんなの当たり前。

 原稿用紙はいつだって真っ白なんだ。

 だって、その原稿にペン先を走らせるのが漫画家ボクたちなのだから――

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