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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Prologue 出会いはラブコメ
7/22

p.07 ラッキースケベとモノローグ

 漫画と現実は違う。

 女の子と二人きりで同じ空間にいるからといって、胸のドキドキが止まらないとか、互いの鼓動が聞こえてくるとか、そういう感覚はまったくなかった。恋人ではないので当然だ。

 では、シャワーを貸すシーンがあったにもかかわらず、どうして多少なりとも入浴の描写や「服を着ろ、服を!」「こっち見んな!」的なやり取りがなかったかというと、リンゴにそこまでの興味がなかったし、ボクが実際に見ていないから。

 天災でお泊りコースなんてのは一番ありない。

 解かっていながらも、すべてはボクの杞憂だった。妄想にすぎなかったわけで、自身でイタイ奴であるとカミングアウトしたことになる。

 加えて今までが、あたかもラブコメ展開の伏線であるかのように以上のことを示唆してきたが、これからも、この先も、イチャラブ好きの読者さんの期待に応えられる自信がボクにはない。

 その証拠に、雨はもう止んだ。

 これで伏線の回収は終了。

 結論、やっぱり漫画は漫画である。


*


「何枚描けた?」

 シャーペンの走る音が止んだことに気づいてリンゴに聞くと、

「二枚」

 裏返った声が返ってきた。背伸びをしているせいだ。

「キリがいいし、そろそろ帰ろう」

「そうだね」

 描いた紙の端を揃えて鞄にしまう。

「男性の漫画家さんて、女性キャラを描きながらいやらしいこと考えたりするのかな? 特に胸とかおしりとか描いてる時」

「お前、結構そういうこと聞いてくるよな。普通は恥らうと思うけど」

「そうかな? ただ疑問に感じただけだよ」

「そっか。下ネタ好きかと思ってた」

「別に好きとか嫌いとかないよ。マッチョは好きだけど」

 机の整理を続ける彼女に動揺の色はない。

「まぁ、少なくとも女の子に対して『下ネタ好きかと思った』とか言ってくる人よりは、変態じゃないと自負してるよ」

「ごめん」

「ん? 聞こえな~い」

 自重するから早く帰らせください――なんてこの状況で言えるはずがない。

「真面目な話『フェティシズム』は誰でもあると思う」

 この流れを断ち切るため、ボクは逃げなかった。

「ふぇてぃしずむ?」

 椅子を直していたリンゴの手が止まる。

「よく『○○フェチ』って略される言葉だけど、本来の意味とは違ってるらしいよ」

「あ~、フェチね」

「テレビで『服のしわを描いてる時が一番楽しい』って言ってた漫画家さんもいたし、人それぞれ思い入れの強い部位とか描き込みとかはあると思う」

「なるほど。純君は何フェチ?」

「髪フェチかな。もう、いい加減帰るぞ」

 これ以上、話してたら墓穴を掘りそうなので戸締りの確認をしてから、足早にドアへと向かった。

「資料借りていい?」

「うん」

「あ~、あとさ…私の下着見たよね?」

 投げかけられた声に背筋がゾッとした。

 言葉に詰まって恐る恐る振り返ると、天使のような笑顔があった。

「私がここに来てから今まで『ラッキースケベ』の瞬間は何回あったでしょ~か?」

 天使は清らかで真っ直ぐな声でボクに問う。優しく微笑みながら、悪魔のような質問を――


 ラッキースケベとは、偶然に…本当にたまたま女の子の恥ずかしい姿を目撃してしまうこと。少年誌の主にお色気作品に登場する読者の目を引くため(諸説あり?)に必然的に使われる手法である。

「ねぇ」

 おっと、今から拷問スタートの予感なのでこれの主なシチュエーションについて語る時間はないようだ。ある意味で有難い。

 それでも、気になる読者さんは『ラッキースケベ』で今すぐ検索!

「ねぇってば!」

「何だよ」

「さっきから何ブツブツ言ってんの?」

「気のせいだよ。ただの精神統一」

「何それ? 私が描いてる時も同じ顔してたよ。なんかキモイ」

「……」

 変態より傷つく。

「あっ、ひょっとして『モノローグ』ってやつ?」

「ほっとけよ」

 閃いたように振り向いた彼女を軽くあしらってから、電車のシートに腰を下ろす。

「まぁ、何でもいいけどさ…私はモノローグの多い漫画って読みにくくて好きじゃないな」

 ボクの態度が気に入らなかったのか、不満げに呟きながら隣に座るリンゴ。

 ボクとしてはそんなつもりはなく、ただ『モノローグ』という言葉にドキッとして動揺しただけだ。

 エスパーだろコイツ、って思った。

 ちなみに、モノローグとはセリフ以外の一人語りのことで、その人物の思考や心情を文章にしたもの。ナレーションもこれに含められ、漫画ではコマの上に書かれている。

 つまりは、これもそう。

 互いが席についた直後、事情聴取という名の拷問がスタートした。

「漫画家には、人間観察のスキルも必要だよね?」

「ごもっとも」

「じゃあ、それを心得ている純君が『ラッキースケベ』を見逃すはずがないよね?」

 どんどん肩身が狭くなる。

「いや、それはちょっと意味が違うような…」

 これはモノの例えではなく、実際にそうだった。

 分かりやすく画で表すと、頭でっかちなリンゴさんに、虫のように小さくなったボクが責め立てられている構図になる。座席のスペース的にも、精神的にも。

 実際に見せらないのが惜しい。

「私の不注意も多々あったけど、もう全部知ってるんだよ?」

「その引きつった笑顔マジで怖いんで、や…」

「どんな言い訳しようが、ネタは上がってんだよ!」

 どんな言い訳も聞く気はないですよね、リンゴ刑事…目指すのも、こっちのがお似合いな気がします。

「①転んだ瞬間に、スカートからチラリ ②着替えを持ってきてくれた時に、下着一式見てゴクリ ③からの、声かけてくれた時に磨りガラス越しのヌードにギラリ」

「ゴクリとかギラリとかしてないから。それに②と③は全面的に、せっかちなお前が悪いだろ」

 あぁ、そろそろカツ丼食いたくなってきた。

「だから、私の不注意もあったって言ったじゃん。着替えもらい忘れたのに気づいたのは、体流してる時だったもん」

 かなり遅くない?

「だいたい、あんな見えやすい所に置く方が…」

「はい、②は確定ね」

 しまった!

「柄と色は覚えてる?」

「答えたら、記憶消すとかないよね?」

「漫画の読みすぎだよ。ただの確認。だって、今――」

 その後に続く言葉を聞いてしまったら正直に答えるしかなかった。まぁ、当然だよな。

 ①と③については、しっかり説明して身の潔白を証明。無事に(?)事情聴取が終了して、しばらくすると刑事リンゴは寝た。

「意外と可愛いじゃん、寝顔は」

 ボクの肩にもたれてきて、降りるまで動けなかったけど本当にそう思った。


 そう思ったのは認めるけど…何でボクは今、リンゴをおんぶして電車を見送っているのだろうか?

 悲しくも、すべての伏線は未だ回収できていないようだ。

 いや、正確にはこれですべての回収が終了したと言えなくもないけれど。

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