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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Prologue 出会いはラブコメ
3/22

p.03 家族と夢

 しゃがんで覗き込んでくるその姿は、愛くるしい表情でご主人様を心配するチワワを連想させる。

「そんなに痛くなかったでしょ? 純君って男のくせに弱っちーいんだね」

 連想させただけで、愛くるしさなんて最初からなかったのだ。これが現実。

「それ、完全に差別だから。誰だって、鳩尾みぞおちに強打をくらったらしゃがみこむでしょ…しかも鞄の角って最悪だよ」

 恨みがましく言いながら、腹に手を当てたまま立ち上がる。

「私の話、聞いてくれる?」

 悪びれる様子もなく続ける彼女。

「その前に、その画返して」

「協力してくれるならね」

「話は聞くから返せ」

「嫌だ」

「いや、それボクのだし…何でその画に拘るの?」

「だから、言ったじゃん。私、純君の画に惚れたって。あっ、純君には惚れてないから安心して」

「そんな心配してないよ。朝から放課後までストーカーしてくる女の子に告白されても、警察呼ぶだけだから。そちらこそご安心を」

「人を犯罪者みたく言うな!」

怒った顔が面白いので続けてみる。

「じゃ、金魚のフンでいいのかな?」

「仮にも『女の子』って思ってんならフンとか言うな!! 純君なんて一生、彼女できないね。いや、ホント絶対だこれ」

「仮でいいんだ」

 素直な子の言うことは聞いておこう。

「うん、分かった。忠告ありがとう、女の子(仮)さん」

「それ以上からかったら、この画をネットにばら撒くぞ!」

 前言撤回。

 彼女は紛れもない犯罪者だ―その声音でボクは確信した。

「お話をどうぞ」

 振り向かずにそう言って、ボクは再び歩き出す。


 彼女の隣は歩きたくない。殴られるし、話が長いから。

 あと、とにかくバイトに遅れそうなのだ。

「ねぇ、私の話聞く気ある?」

「聞いてるよ」

「絶対聞いてないよね? じゃあ、私の質問に答えてよ」

「だから、その画のモデルはボクの彼女じゃないし、ボクには彼女がいない。朝も話したじゃん」

「ほら、やっぱり聞いてない」

「えっ?」

 彼女の足音が大きくなる。

「私は、純君の理想のタイプを聞いたの…この画みたいな文学少女か、スポーツ万能な子か、それとも、色気たっぷりのオトナ女子か」

「『いろけ』から離れて…それにオトナ女子って、そういう意味じゃないと思うよ」

「そうなの?」

「そう。『オトナ女子』ってのは、若さと落ち着きを兼ね備えた女性のこと。お前とは真逆ってことだ。ついでに言うと、リンゴはタイプじゃない」

「それ、さっき聞いた。だいたい、告白もしてないのに何で私フラれたの?」

「大事なことだから二回言った。もう、ストーカーされたくないし」

「だから、ストーカーしてたんじゃないってば! 結局、はぐらかすし…」

「それより、聞いてほしい話って何?」

 正面にコンビニの見える交差点で立ち止まって話題を変える。

「そうだよ! それなんだけど、純君って漫画好きだよね? 今日発売の『ホップ』バスの中で読んでたし」

 隣に立ったリンゴが聞いてきた。

「あぁ、漫画は結構読むよ。少年誌は全部、成年誌は気になるのだけ」

「やっぱり。私も少年漫画はかなり読むよ! というか、そればっか。『ホップ』、『メカジン』に『マンデー』、『マスター』、『ガッサン』とか。成年誌はたま~に読むくらいだけど、コミックアプリもいっぱい入れてる」

 これが証拠だ、とばかりにスマホの画面を見せるリンゴ。そこには確かに十を超えるコミックアプリが並んでいる。

「リンゴってインドア?」

「別にそういうわけじゃないけど、運動するより漫画読む方が好き。お兄ちゃんたちの影響でね、昔から家に少年誌とかコミックスがたくさん置いてあんの。三人もいるから部屋の中はネカフェ状態だよ」

「兄妹多いな」

「うん。お兄ちゃんたちそれぞれに好きなジャンルがあって、バトルファンタジーとギャグとアダルト専門って感じかな」

「アダルト専門のお兄さんいるんだ」

「うん、二十歳の。それを読むのはいいけど…全然気にしないし。ただ、その時の顔が超キモイんだよね~」

 ボクも紫乃が乙ゲーに興じる姿は見たくないかも。

「男子って、やっぱ胸の大きな女の子が好きなの?」

「はっ?」

 信号の点滅を確認してから、とっさに振り向いてしまった。

「やっぱ、それ重視なわけ?」

「ボクは、そんなの気にしないよ。要は中身。心だからね」

 平静を装って淀みなく返したつもりだが、

「うっわ…最後の引くわ~。せめて、女子の好きなとこ言ってよ」

 そう言って一瞥された。

 その時の表情は何とも言い難い。返す言葉が見つからなかった。

 居心地の悪さを感じつつ、先を歩く。

「それでさ、純君の将来の夢って何?」

 行きかう人々の中で、声だけが届く。

「教師」

「え~、あんなに画描くの上手なのに漫画家じゃないの?」

 漫画家。

 その言葉を聞いた瞬間、足が止まった。

「なれっこないよ、そんなの」

 自分でも驚くほど無感情に返す。あまり口を動かした覚えがない。

「えっ? 聞こえない。なんて言った?」

 

 悪寒がする。

 周りの音は聞こえず、その景色は黒に塗りつぶされていた。

 脳裏を駆ける不鮮明なセピアの画。

 耳の奥で幾人ものむせび泣く声がする。

 時折、子供の甲高い声が響く。

 ボクはこの光景を知っていた。


「ねぇ、どうしたの? 急に立ち止っちゃって…赤になっちゃうよ?」

 肩に感触を覚えて、その声に振り向く。

「顔色、なんか変じゃない?」

「気のせいだよ」

 悟られないように伏し目がちに答える。

「そう?」

「うん」

「じゃあ、さっきの話だけど…私の漫画家になる夢に協力してくれないかな? 少年誌で連載したいの! それでね、いずれは…」

「漫画家になんてなれないって言ったろ?! リンゴは本当の世界を知らないんだ! 父さんのこと思い出させるんじゃねぇよ!!」

 耐えきれなかった。

「えっ? ちょっ…純君!!」

 吐き捨てて、走る、走る、走る、走る走る走る走る走る走る。

 

 気づけば、家の前に立っていた。

 隣にリンゴはいない。

「父さん…」

 何度も忘れようとした。

 忘れたつもりだった。

 眼の奥が熱くなる。

 ――二年前、ボクの父さんは死んだ。床にうつ伏せのまま、目の前に転がったGペンに手を伸ばすようにして。

 漫画家・シロサブ。

 享年四十三。

 最期の時まで運命に抗いながら、一人の漫画家は逝った。

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