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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Prologue 出会いはラブコメ
2/22

p.02 帰り道

 まさに悪夢。

 当然ながら、今日一日クラスでは転校生の話題で持ちきりだった。

 蒼い髪のポニーテールに、スタイルもなかなかでハキハキとした物言い。彼女の第一印象はチアリーダ。

 そんな彼女が休み時間になるたびにボクに近寄ってくる意図が分からなかった。

「あの子、白木の彼女か?」

「いつの間に、あんな可愛い子ゲットしたんだ…アイツ」

「ただの幼馴染だろ」

 知り合いでもなんでもない転校生に初日から付きまとわれると、放課後にはこんな噂になっている。こういう時は、急いで荷物を鞄に詰めて素知らぬ顔で教室を出るのが一番だ。今日はもう誰ともツルむ気にはなれないし、部活がなかったことが何より好都合だった。

 学校を出て五分、ようやく彼女から解放されてバス停のベンチに腰を掛ける。

 空は、ほんのり茜色。眺めていると自然と心が落ち着く。

 鞄からデジカメを取出し、色のコントラストが一番綺麗な場所にピントを合わせる。あとは、シャッターを押せば一枚の画が完成だ。その瞬間を夢見た直後、ボクは現実に引き戻される。

「何、撮ってるの?」

 どこからか声がしたと思った時には、レンズの正面に彼女の顔があった。

「蒼井さん、ちょっとそこどいて。バスが来る前に一枚撮っておきたいから」

「名前は覚えてくれたんだね…っていうか、会話になってないから。私の質問にちゃんと答えて!」

 レンズから離れた彼女は、ボクの隣に腰かけて続ける。

まるで、親にお菓子を強請ねだる子供のようにボクの腕を引っ張ってそっちに意識を向けさせようとする。おかげでピントがまったく合わない。

「ホント邪魔しないで。夕焼け撮ってるんだから!」

 時間がないので強引にその手を振り解く。

さっきのままだと傍から見たら『カップルがイチャついてる図』にしか見えないだろうし、実際にベンチの端にいるオジサンが不機嫌そうにこっちを見ているのが分かった。

「えっ、夕焼け? 意外とロマンチストなんだね、シーラくんは」

 そう呼びかけられた瞬間、シャッターを押そうとしていた指が止まった。カタカタと小刻みに震えながら、彼女の方へ向き直る。

「お願いだから、その名前で呼ばないで! 人前ではホント勘弁して」

「あはは! やっと私の顔見てくれたね。メッチャ近いけど。頭突きでもされるのかと思ったよ」

「あっ…!」

 我に返る。

 小声で叱りつけていたボクは、彼女に言われるまで気づかなかった。必死のあまり顔を近づけすぎていたのだ。互いの鼻先が触れる寸前の位置にある。至近距離で見つめられ、思わず目を逸らしてしまった。

 しかし、彼女はそんなボクに構わずに、少し困った調子で続ける。

「あと、この手は放してくれないかな?」

 そう、慌てていたボクは、いつの間にか向かい合う彼女の両肩をガッシリと押さえつけていた。

「さすがに、ちょっと痛いかも」

「ごめん」

 言いながら、ゆっくりとその手を放す。何故か小声のままになってしまう。

「それは別にいいけど…何で目を逸らしたまま謝るの?」

「たまたま、反射的にだよ」

「いや、それ理由になってないからね…それはどうして逸らしたか、って話で」

 ごもっとも。

 でも、今は彼女の顔が見れない。

「あっ、分かった! 女の子の目を見て話すのが恥ずかしいんでしょ?」

「違う!!」

 心外だ。

 手を叩いて、一人で勝手に納得しているようだったので喰い気味に反論する。興奮して前を向いてしまっていた。

「今日、二回目だね」

 向かい合う彼女は、嬉しそうに笑っていた。ボクは見事にめられたのだ。

「私ね、てっきり看板を撮ってると思ってた」

「看板?」

 疲れて苦笑交じりに聞く。

「ほら、あれ」

 そう言って彼女が指差したのは、バス停所の名前が書かれたポール付きの看板だった。

「撮らないよ、あんなの」

「そうなんだ。私はてっきり鉄道オタクの類かと」

「ここはバス停だ」

「それに『いろけ』ってバス停は珍しいしさ」

 実にふざけた名前だ。この名を許可した人の顔が見てみたい。

 ちなみに、ここは十色町といろちょうという。

「撮りたかったら蒼井さんが撮れば? ボクは夕日が撮りたいだけだから」

「うん、そうする!」

 弾む声で答えた彼女がスマホのカメラアプリを起動させたのを確認してから、再び夕日にピントを合わせる。

 これでしばらくは蒼井さんも黙っててくれるだろう―なんて期待したボクが馬鹿だった。

「ねぇ、見て綺麗に撮れたよ!」

 看板ごときで(はしゃ)ぐな。

「ちょっと揺らすな! 腕引っ張んな」

「おわっ!?」

 驚いて声を出したのは、何故か彼女の方だった。

 引き寄せらせた勢いのまま彼女の方へ倒れこむ。

 ガシャンッ!

 倒れると同時にデジカメを手放してしまう。嫌な音がした。

「痛っ!」

 彼女の膝にこめかみをぶつけ、ジーンとしびれるような痛みが走った。タイミング悪くバスが来たのはその時だ。

 端に座っていたオジサンが新聞を折り畳みながら、ため息交じりに立ち上がる気配があった。


 バスの中は一人の時間。

 来週の展開は気になるけれど、発売日に好きな漫画が読めるのはやっぱり嬉しい。何だか優越感がある。

 だから、ボクはこの時間が好きだ。ちっとも退屈だなんて思わない。

 ちなみに、漫画誌の発売日ならすべて頭に入っている。

「ねぇ、ちょっと待ってよ!」

 聞き覚えのある声がしたのは、バスを降りた直後のことだった。慌てた様子で蒼井さんが駆け寄ってくる。

「待ってって言ってるんだから、立ち止まってくれてもいいじゃん!」

「ボクは急いでるんだ。八時からバイトだから」

 不満そうな彼女に素っ気なく答えてみせた。

「バイト? 学校から許可下りてるの?」

「当たり前だろ」

「何のバイト?」

「教えない」

「えぇ~、何で?」

 言ったら話が長引きそうだからだ。

 少し早足で歩く。

「あっ、先行かないでよ…シーラ君のイジワル!」

 やっぱり、追いかけてくる。

「ボクの名前は『シーラ君』じゃない。それは画を描いてた頃のペンネームで本名は、白木しらき じゅんだ。その名前でボクを呼ぶな」

「ごめん。いや、だって名前聞いてなかったし。じゃあ、『純君』って呼ぶね」

「別にいいけど。じゃ、ボクは今度から『リンゴ』って呼ぶから」

 返事は返ってこない。

振り向くと、彼女は隣にいなかった。二歩くらい後で立ち止まって俯いているのが見える。

 予想以上の反応だった。

「蒼井さん?」

 わざと言ってみただけだ。バス停のベンチで膝枕をされたお返しに。

彼女の故意でないとはいえ、あの時の恥ずかしさに比べれば、なんてことない。

「いや、今のはじょう…」

「いいよ、分かった」

 沈黙に耐えきれず、口を開いたボクに彼女は満面の笑みを見せつけてきた。その顔は真っ赤で、文字通り『熟したリンゴ』がそこに立っていたのだ。

「えっ?」

「だから『リンゴ』でいいってば! 何回も言わせないでよ」

「でも、朝は…」

「しつこい!」

「ブホッ!」

 いきなり、鞄で腹を殴られた。

「ついでに、ちゃんと仲良くしろよ」

「キャラ変わってますよ、リンゴさん」

 なんとか声を絞り出す。

 ボクの頭上では、勝ち誇ったような笑顔の彼女が例の画をヒラヒラさせている。

「んふふ」

「毒リンゴ」

「そんなことはさておき、一つお願いがあるの」

 さておかれたボクは何も言い返せない。

「私、純君の画に惚れたの。だから、私の夢に協力してくれない?」

「夢?」

 訳が分からず、しゃがんで聞く彼女の目を見つめ返すことしかできなかった。


 この時のボクは、まだ知らない。

 彼女の話を聞いて、父さんのことを思い出すなんて。

 直後に、あの灰色の記憶が蘇ってくるなんて。

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