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ボーイズコミックシンフォニー  作者: 荒木テル
Vol.1 毎日がバトル
12/22

p.12 応急処置と荒療治

 進級してからの一週間が長すぎる。

 よく捉えれば『濃い日々を送っている』とも言えるが、それにしては、リンゴに出会ってからの精神的ダメージが大きい。クラスメイトたちには気づいてほしいな、彼女の本性に。ボクがどれだけ迷惑しているかということを。

 みんなが浮かれている金曜日、ボクは一人で頭を抱えていた。朝のホームルームまでのこの時間さえ長くて憂鬱だ。

 机に両手を広げて分かり易く突っ伏していると、

「フレー! フレー! 白木!!!」

 ボクの平穏を害するいつも声が教室中に轟いた。うるさい。

「朝から騒音出すのやめてください。迷惑なんですけど」

 首だけ動かして、その発信源を確認。

 やはり、今一番会いたくない人ナンバーワンが意気揚々とこちらに近づいてくる。誰に借りたのか、学ランをその身に纏って。

 ボクの体は危機を察したような絶妙なタイミングで頭痛を引き起こしてくれた。

「リンゴちゃん、どしたその恰好?」

「いや~、純くんを応援しようと思ってね!」

「どういうことだ、白木?」

ボクも知りません。

勝手にボクの名前を出さないでほしい。

「蒼井さんって、何着ても似合うよな」

「ありがとう!」

 そうそう、そうやっていつまでもチヤホヤしてやってね。

 彼女の姿を横目に見つつ、何食わぬ顔で教室の扉を振り向く。運動会でもないのに応援団長みたいな恰好をしている人と関わりたくないから逃げよう。

 足音を立てないように、ゆっくりと向かう。

 今日こそはリンゴに捕まらないぞ。

 強い意思を持った足取りだけは軽い。みんなの視線はリンゴ一点に集中してるから今から逃げ放題。

 さぁ、自由の扉のその先へ。

 今こそ、解放の刻――

 あれ? 開かない…。ボクは今日も神に見放されたのか。

「どこ行くんだ? 白木」

 扉が開かなかった原因は、担任と同時につまみに手を掛けたから。

 これで、ボクに自由な明日は来ないということが証明されてしまったのである。無念。

「あー、えっと。朝からお腹の調子が悪くてトイレに行ってきます」

 でも、ボクは諦めない。一瞬、驚いて言い淀んだけど先を急がなくてはならない。

「分かった。なるべく急げよ」

 山村は銀縁丸眼鏡の奥に訝しげな表情を作りながらも、道を空けてくれる優しい教師だ。

「おはよう、純くん。さっき目が合ったのに、挨拶まだだったね」

 が、その先の一歩は前に進むことなく、背後から肩を強く引かれた。いつもよりしっずかなリンゴの声が耳にまとわりつく。悪寒が走る。

「今日も元気だよね?」

 よくあるホラー描写の黒塗りの顔が、ザワザワと恐怖を煽るように動いている気配があった。

「はい」

「今日の放課後グラウンドで待ってるから、動きやすい服装で来てね。」

 声に小さく頷いてから、そのまま導かれるように席に戻る。

 まったく演技が巧いな、リンゴは。

 一筋の冷や汗を首筋に感じながら、正直に思った。

 ところで、顔の強張りが解けないのは何故だろう?

 山村といえば、席に戻るボクの姿を不思議そうに眺めていたけど、悲しくもこれが日常である。

 いつもと変わらない朝が今日も始まった。


 ボクには頭が良くなりたいという向上心はなく、勉強も日常生活に支障を来さない程度の一般常識さえ踏まえておけば問題ないと思う人間だ。

 だから、成績も平均より少し上で満足している。

クラスメイトとの会話が少ない日があっても特に気にすることなく、学校生活をか楽しんでいたのだけど、最近は辛い。放課後が怖い。

本日、二度目の吐露をして少しでも楽になろうとしたけど、実際にその時まで気持ちに何ら変化はなかった。

「次は順くんの特訓の時間です」

 らしいです。

 今日はコスプレ日和なのか、お次のリンゴの衣装は体操着だ。ちなみに、ボクは全然萌えない。

「まずは軽くランニング。グラウンド十周ね」

 考えただけで吐き気した。

学生は何故、白線が引いてあるだけの土の上を走ろうと思えるのか不思議でならない。

「拒否権はありますか?」

「ありません」

 なんとか顔を上げて尋ねてみたけど、あっさりと拒否権の行使を拒否された。

 リンゴはボクの顔をちゃんと見て言っているのか? だとしたら、鬼である。

「純くんが負けたら、私の運命が変わるんだから…そこんとこよろしくね」

「リンゴって、たまに重いこというよね」

「だって、事実だもん」

 拳を握りしめて一人で勝手に燃えている彼女が、ボクの目には本物の鬼に映っている。

 もう、時の流れに身を任せて心を無にするしかない――悟りを開いたのはこの時だ。

 その広さ、約二十五平方メートル。

グラウンド十周の刑、スタート。

ペースに関しては何の指定もなかったので四周目までは余裕だったんだけど、

「そんなんじゃ、日が暮れるよ?」

「そこまで遅くないし」

気づけばリンゴが並走してた。

ムカついたので追い抜くと、

「追いついてみろ、バーカ!」

 馬鹿みたいに追い越されたので、そのままどこまでも見えなくなるまで行ってほしいと心から思った。脳筋に付き合うと疲れる。

 七周目くらいから意識は飛んで足の感覚が無かった。リンゴに茶化されて無意識にペースを上げていたのかもしれない。

「はい、ペースダウンしてるよ! もっと追い込んで、追い込んで!!」

 まだいたか。

 リンゴの声が、耳の奥で反響して纏わりつく感覚があった。

「まだ行けるって! 私より五周遅れだけど」

 励ましい方が下手すぎる。

 声は出なかったけど、足だけは地面を確実に踏みしめて前に進めていたようだ。どんなに遅くても、その実感は僅かにあった。

「はい、ゴール! お疲れ」

 倒れこんだ瞬間、このまま土に溶け込みたいと本気で思った。

「早く起きて! 次は腹筋百回だよ。私が足押さえてあげるから、ちゃんと見つめ合える高さまで上がって来てね」

 彼女から手を差し伸べられることはなく、本当に疲れて動けなかった。

「別にここまでしなくてもよくない?」

 息を切らすボクに対し、リンゴは相変わらずで

「予想以上のヘタレでびっくりだよ。荒療治だけど、これくらいやらなきゃ張り合えないと思う」

 嫌味を垂らしながら、突っ伏して微動だにしないボクの肩を強引に持ち上げた。

「そんなに動けないなら、片貸そうか?」

「結構です」

 仰向けになった僕を見下ろして、怪しい笑みを浮かべる彼女にそんなチャンスは与えない。どうせ、弱っているボクに密着してラブコメ展開をブッ込もうとしているのだろう。漫画脳の考えている事なら、丸分かりさ。

 一度目を閉じて腹をくくったボクは、ゆっくりと起き上がった。

「早くおいでよ~!」

 先に駆け出して手招きする彼女を眺めていると眩暈がした。


 グラウンド十周。

 腹筋百回。

 腕立て百回。

 スクワット五十回。

 リンゴ曰く『基礎練』の地獄メニューを三日間ミッチリやらされ、ボクの魂は空を舞おうとウキウキし始めていた。なんとか留めていたけれど、お察しの通りボクに休日などなかった。

 昨日はバイトだったし、ホップを読む暇もなかった。

 この努力を漫画にしてくれるなら、こんなモノローグもセリフも無しで画だけで四ページくらい割いてほしい。どうか、この筋肉痛より得難いよろこびをボクに。

「今日は体育館ね」

 彼女のペットと化したボクは無言でついていく。

 そこにあった瓦を見ていると、

「空手部から借りてきたの」

そう言いながら、ボクの前に立っていた。

「今日は打撃練習からね。ボクシングの要領で本気で撃ってきて」

「言ったね?」

「うん、純くんの筋力がどれだけ向上したか見たいから」

 まさか、こんなに早く押し相撲の雪辱を果たす時がことは。

 右手でチョイチョイと安い挑発をしてくる彼女は、またも体操着姿で顔は一流の格闘家のように気合いが入っていた。というか。入りすぎて劇画タッチに変わったように見えるのはボクの目の錯覚だろうか?

「Comeonbaby!」

 どうやら錯覚ではないらしい。キメ顔がムカつくので躊躇せず行こう。

 まずは左ストレート!

「ふんっ!」

 涼しい顔で避けやがって!

 ヤバッ、ボディががら空きだ。

「!?」

 ――いいね。ガードの位置を少し下げなら、ジャブを打ってきた。

 あーも、ちょろちょろ仕上がって!

 次の手は右ストレートか。視線で狙いがバレバレなんだよ。

 ――手ごたえがない。

「今回はもらったよ!」

 左フックからの…

 ――早い!?

 右アッパ~~~~~~~~~~~~~~~!!!

「い゛っ!!」

 勝利を確信した瞬間、

「痛いわボケェ~~~~~~~~~~~~~!!!」

 怒号と共に右の蟀谷に激痛が走る。体が宙に浮いた感覚があった。

「ぶいッ!」

 情けない声を出しながら地面に着地。骨が折れたかと思った。

「まっ…回し蹴りは卑怯だろ」

「だってぇ、痛かっただもん♡」

 いや、ボクのほうが何倍も痛かった。

情緒不安定かお前は。全然可愛くないし。

「次は実際に瓦割るよ」

「ちょっと待てよ! 落ち着け」

「うるさいな、もう~! 純くんは、そこで私のお手本見てるだけでいいから」

「実際に今まで割ったことは?」

「ないよ。気合いとパワーで何とかなるっしょ☆」

 ダメだ、コイツ。

 わざわざ起き上がって聞いたボクが馬鹿だった。そのまま胡座をかいて眺めてやった。まだ蟀谷がジンジンと痛む。

 そもそも、素人が上手く割れるかよ。

「怪我したら漫画描けなくなるぞ」

「左でやるから大丈夫☆ 動画も観てきたし」

 いちいちウインクやめろ。もう、ボクは知らん。

 目を閉じて精神統一するように大きく息を吐くリンゴ。

「はああああああああああ!!」

 次に目を開いた時、それは瓦一点を見つめて覇気を纏う。

 直後に拳は振り下ろされ、三枚組の瓦の中央を的確に捉えた。パリン、と渇いた小気味の良い音が二人だけの体育館に反響する。

 リンゴは見事に瓦を割って見せたのだ。奇跡だ、と素直に感動した。次の瓦も割れる気がした。

 無言の彼女は振り向くことなく、そのまま隣の五枚組の瓦の元へと移動する。

「い゛っだああああああああああああああああ!!」

 でも、数秒後に館内に響いたのはリンゴの轟音のように低い悲鳴だった。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いよ、純くん!!」

 駆け寄ると、目に涙を溜めたリンゴが痛みに耐えながら地面を転げまわっていた。

「保健室行って来いよ」

「私、場所知らない。肩貸してほしいし、一緒について来て」

「マジで言ってる?」

「マジ」

 自然とため息が漏れる。

「ラブコメしないよね?」

「意味分かんないこと言わないで早く行こうよ」

 潤んだ目で訴えてくる女の子を放っておけないし、本格的に日も暮れてきた。早く手当してもらって帰ろう。

「先生いないね」

 気だるげに向かった保健室に学校一の美人と言われる柏木先生の姿は無かった。

「応急処置もしてくれない?」

弱ったリンゴから聞いたことない甘い声がした。

勘弁してくれ。放課後の保健室に二人きりとか、もうアレじゃん。

それにもう一つツッコミたい。

「湿布貼るだけだけじゃん!」

 無反応なリンゴに、もう項垂れる他なった。

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