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言霊狩り

七輪の上に鉄板を乗せて、うさちゃんが焼いているのは海老本体ではなくて海老の頭と尻尾。


龍五郎でお店にあった手ごろなタッパーに海老をつめてたときに、

「海老の頭と尻尾は焼いてせんべいに、殻はパスタソースにするとコクがあっておいしいし、焼いて粉にしてごはんと混ぜると海老せんべいになる」

そんな話をうさちゃんにしたら、海老の頭せんべいに興味を持ったみたい。


ちなみに海老は水槽に入っていた活車海老。

水槽が割れて水が抜けてたおかげで新鮮な状態で手に入った。

もし、お店が閉じたときに海老が生きてて3年間エサなしだったら、3年後の今は死んで腐ってただろうからホントについてた。


うさちゃんはお好み焼きのヘラで海老の頭を平たくつぶして、じっくりジュージュー焼いている。

海老の焼ける匂いって食欲そそるなぁ。腹いっぱいだけど。


縁側にいるちゃぶ台組のおっちゃんズが、そんなうさちゃんをチラッチラッと見ている。


「飲みたきゃコップもってきなよ」


うさちゃんは無視するのもめんどくさくなってきたのか、しょうがねぇなという顔をしてそう言った。

おじちゃんズの目線は、そう、うさちゃんが寿司屋から持ち出した日本酒の一升瓶にそそがれていたんだ。


「悪いねぇ!日本酒には目がなくてな」

「おまえ神かよ」

「いいのか、貴重な酒だぞ」


日本酒に目がないという神谷(かみや)のおっちゃんは古武術の師範、てへっペロみたいな顔をしてる。

そして、若干ネラーなのが膝矢的負傷で自宅療養中の警察官、純平(じゅんぺい)

常識人でいぶし銀な和菓子職人の紀章(きしょう)さん。


おっちゃんズがきゃっきゃうふふで酒盛りの準備を始めたところに、紀章さんの奥さんが待ったを入れる。


「お湯さめちゃうから、おとうさんたちもさっさとお風呂入っちゃって」


斎藤(さいとう)さんちの一番下のチビ♂将くんはカラスの行水で、もうお風呂から上がって全裸で走り回ってる。5歳児だから空也とはかなり形状が違うな。


おっさんズは「風呂上がりにキュッと一杯」とかいいつつ風呂場に向かう。

生活インフラの整ってないこのご時世、水はかなり貴重で、お風呂は男女交代1日おきに入ることにしてるんだ。

貴重ながらもこうしてお風呂を堪能できるのは3キロほど先にできた巨大な水たまりのおかげ。

そこから毎朝水を運んでくるのだけど、かなりの重労働になる。

だが我が144避難所の筋肉量に不足はない。むしろ程よい筋トレの日課になってるのだ。



うさちゃんは焼きあがった海老せんべいから一枚をとって軽く塩をふりハフハフして口に入れる。

…消えた。95%ほど。ハシからこぼれおちた残りの5%が哀愁をさそうな~。

うさちゃんは気を取り直してもう一枚をハフハフする。


パリッ

「香ばしくてうまいな。なかなかいける」


こんどは消えなかった。

帽子ウサギは試食した海老の頭に価値を感じなかったのかも。美味しいのに。


お茶をもってお庭に出たおばちゃんが帽子ウサギを目撃したのか固まってしまっていた。


「お茶どうぞ、お風呂も良かったら使ってね」


おばちゃんはスルースキルが高いレベルにあった。

うさちゃんにお茶を渡すと、

「なにもみてませんよ。わたくしもホラ良い歳でございましょう目の錯覚ですわね~オホホ」

そんなかんじで去ってった。

それでもおばちゃんにはあとからこの奇妙な来客について根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。

異世界の話も聞きたいし、うさちゃんについて情報収集しておこうかな。


「えっと、うさちゃん大魔王さん」


「おぅ、うさって呼んでくれていいぜ。空也みたいに」


「ん。じゃ、うさ。バイト代ください。2時間分」


異世界のお話は労働に対する報酬をもらってからだ。

日本円にするか異世界マネーにするか聞かれたので、銀だという異世界のお金を選んだ。


「これは当然、経費ね」


うさがそう言うと、帽子の蓋が開いてウサギがペッと銀銭をはいた。

つぶれた大豆みたいな不細工な小粒の銀。これがあちらのお金らしい。

帽子ウサギは経理も担当してるのかしら?この二人の関係よくわからないなぁ。


「その帽子のリボンに書いてあるのは経か」


いつの間にか庭に降りてきていた空也がうさにそう尋ねた。

風呂上がりでさっぱりしたうえに、空也の整った顔立にソーラーライトで陰影がついてイケメンがさらにイケメンに!!

誤解のないよう言っておくけど、私と空也はただの幼馴染で付き合ってるとかそんなんじゃないからね。

まったく恋愛感情ないし。

そうね、異世界を滅亡させるのと空也のプロポーズ、どっちを選ぶかと聞かれたら悩む程度かな。


大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)?」


「空也は坊主だから経が読めるのか。まぁ俺のアレンジだよ」


うさのシルクハットについているデカリボンのシマシマ模様はお経だったみたいだ。


「そっちの世界ってさ日本に似すぎてるよね」


「そうだな、俺らの世界に人間の文化を持ち込んだのは日本人だしな」


ウサミミが「余計なことをしゃべるな」とでも言いたげに、うさのほっぺをペチっと叩くのを無視してうさは会話を続ける。


「古文書によると千年程前かな。俺らの世界に戦に敗れた落人の一族が逃れてきたのは」

「彼らは、力のある高僧の法力によって、こちらの世界へとつながる洞穴からやってきたと伝えられている」


うさが語ったのは俄かには信じがたい不可思議な話だった。


「俺らの世界の住人は、もともとは実体のない精霊みたいなもんだったんだ」

「言葉も文字ももたず、思考するだけで意思の伝達を行い、風に流れるように暮らしていたらしい」

「それが、人間と出会ってはじめて言葉というものを知ったのさ」

「言葉の持つ、その概念、言霊が精霊の世界を変えたんだ」


うさは海老せんべいをつまんで口に入れ。ようとしたら海老せんべいはまた消えた。

指に残った塩気をなめつつ、うさは話を続ける。


「精霊たちは落人の一族を歓待し手厚く保護した。そしてその交流の中から言葉による意思の伝達を学んだんだ」

「その一族は精霊たちに人の心、愛や友情といった概念を伝え、精霊たちは肉体という概念を得て肉体を持ち、人間と交わり暮らし始めた。そして言葉を使って世界を再構築したのさ」

「命、肉体、家族、夫婦、子供、家、食事、愛、友情、海、山といったものまでな」

「俺たちの世界は言葉でできている。だから言葉は重要なものなんだ」


言葉でできた世界…うまくのみこめないけど、乱れた日本語の達人の私には生きづらそうな世界だなぁ。


「え、それじゃ過去に異世界にきた日本人は召喚で呼ばれたんじゃないってこと?」


「あぁ最初のうちはこちらから呼びつけることはなかったようだな。迷い込んできたり、自ら訪れた人々だった」

「さっきも話したように、言葉の概念、言霊は俺たちの世界には重要で強力な力を持つものなんだ」

「言霊狩り。外道の呪術師どもが新しい言葉を求めて、身勝手におまえらの世界の人間を呼び寄せるようになったんだ」


「言霊狩り…」


この世界は魔王と戦う救世主を求めてなんかいなかった。召喚は力のある言葉を得るためだったんだ。


「コンビニ、スマホあたりは最近得た言葉だ」


「えっ!?コンビニもあんの」


うさの言葉に理解がおいつかない。


「禁呪とされてる召喚の術を使う国の中でも、隠岐(おき)国、いまここの下にある国な。隠岐国は大量破壊兵器、環境汚染といったヤバイ言葉を集めて周辺諸国を力で押さえつけていたのさ」


うさはそこまで話すとキュポっと日本酒の栓を抜いた。


「うさ!子供が飲酒しちゃだめでしょ」


「俺、子供じゃねぇし。おまえらよりずっと年上なんだけど」


こちらのあわてっぷりは意も介さずに、うさはお茶の入っていた湯呑にお酒を注ぐ、


「酒だ」


そういって湯呑を持ち上げると帽子のウサギが顔を出し日本酒をさらっていった。

そっかウサギが飲むんだ。

うさと帽子ウサギの関係はよくわからないな。ほんとに。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




その夜、破壊された龍五郎の沈む地割れの穴から、瘴気を漂わせ黄色い眼球を血走らせた異形の何者かがはい出してきたのを知る者はいなかった。


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