144避難所
「紅ねぇちゃんお帰りぃ」
「うわっうそっ!?寿司!?まじで!?」
「寿司か!でかした紅子っ空也っ」
「わーーーいお寿司お寿司ぃ」
「紅子ちゃんどうやってこんな…まさか援交」
「うはぁ!すげぇぇぇごちそうじゃん」
「身内に手錠はかけたくなかったッ」
「やったぁぁ寿司ぃぃぃ」
144避難所につくと、思いもよらぬ豪勢なお土産に避難所のみんなは大興奮の大騒ぎだ。
日頃は子供らにかまいたがる世話焼きのおばさん連中も、奇妙なウサミミちびっ子に詮索のひとつもいれず「泊まるの?そう。じゃ空也ちゃんとこでお世話お願いね」なんて軽くスルーして寿司をガン見している。
144避難所こと和菓子屋『豆虎』、そう、私の実家ですね。
築80年超えの木造家屋の我が家は、コンクリート建造物の崩壊するなかまったくの無傷で、ご近所でここだけ別空間みたいにほのぼのしとるんじゃ。
龍五郎の引き戸に使っていた桜の建材、あれと同じように我が家もどこかしらに桜の材木を使っていて、それが堅牢さの理由なのかもしれない。
いま、ここ144避難所に私を含めて20名が暮らしている。
うちを避難所登録したのは家屋が損壊してなかったことと、かよわい女子の一人暮らしは危険なこと、そして和菓子屋だったことが主な理由かな。
和菓子屋の看板に砂糖と小豆を求めて殺到する人々が未来視できたからね。
そのあたりの材料、在庫はさっさと供出して、甘味はございませんアピールしたんだけど、それでもご近所の視線がヤバかったな。
うちの実家は住宅街の静かな通りに店舗があって、お店のレジの後ろの暖簾をくぐるとすぐが和菓子作りの作業場になっている。
いまは、この広めの作業場に、空也と親父の格闘オタ仲間のおっさん2人、計3名が男くさく寝泊まりしている。
お店の横が駐車場で、そこに木戸があって、入ると広めの中庭がある。
左手に2階建ての母屋、ここの1階の座敷は共用でつかっていて、1階の両親の部屋に家屋半壊したお隣さん親子3人、仏間に和菓子屋を手伝ってくれてたパートのおばちゃん2人とおばちゃんちの子1人。
2階に私、そして従妹と従妹の友達、近所のお姉さん。
亡くなったばぁちゃんの暮らしてた平屋の離れには、遠縁でお店の常連客の親子5人、倉庫に菓子職人のおじちゃんと奥さん。こんな割り振りかな。
ふだんは避難所の夕食は19時の決まりで、まだ18時半だというのにみんな座敷に集まってにやにやそわそわしてる。
20畳の和室に20人+1が座ると結構ぎっちりする。
菓子職人のおっちゃんと格闘オタのおっさんらの3人は縁側に出したちゃぶ台、ほかのみんなは座卓2つと補助テーブルをくっつけていつもの定位置に座っている。
さて寿司だ!
縁側のちゃぶ台に5人前ほどの握り寿司の桶、残りの握りとデカ盛り海鮮生チラシの桶3つは座卓に並べる。
まずはその雄姿に見惚れてうっとりしたのち、意中のネタに狙いを定める。
ただよう緊張感。どうやらここは戦場になるようだ。
おばちゃんの「さていただきましょうか」の合図で全員一斉に「いただきます」と食卓にハシをのばす。
縁側組は、しみじみ「んまぃ~」と感嘆。
座卓の上の寿司はハシの連打に蹂躙され酢飯を飛び散らかしている。
子供たちは生ちらしをがっつり盛ってイクラをさらにこぼれるほど盛る。盛る。
「やっぱ寿司だよな」
「ママおかわり」
「はぁ生きててよかったわぁ」
「ママおかわり」
「ありがたいねぇ」
「ママおかわり」
こんな調子で寿司完食。
かつてないほど飯粒をくっつけた座卓と顔面を完全放置でしばし放心。
さっき寿司折二人前食べたけど、またガッツリいってしまった。入るもんだな~。
すっかり陽が落ちて中庭のソーラーライトがぽわっと浮かび上がってくる。
電気が使えないから夜は家の中は真っ暗になるんだけど、軒先につるしたガーデン用のソーラーライトとソーラーランタンが月明かりのようにやさしく室内を満たしてくれてるんだ。
TVもネットもスマホもないから夜は長くてほんと退屈。
それでここの住人で話し合って、すっかり陽が落ちてから夕食をとることにしたんだよね。
薄暗い中、まったりゆるゆるとみんなでご飯を食べて、食後には自家製たんぽぽコーヒーを飲みつつおしゃべり。
子供たちとトランプしたり。時々はおっさんたちと将棋したりで夜をつぶすんだ。
それが144避難所の日常。
畳に後頭部を押し付けて半眼でゆらゆらしてると、従妹の『結友』と、頭と頭がこっつんこ。
「お寿司なんてもう一生口にできないと思ってたよ。美味しかったぁ。ありがとう!紅ちゃんほんと好きっ」
うれしそうに頭を密着させてつむじをグリグリしてくる。
結友はほんと可愛いな~。一個下で妹みたいな存在なんだ。私の癒しだ。
ごろごろしてると、おばちゃんたちがお片づけをはじめて、きょうの戦利品の緑茶を入れてくれた。
おばちゃんが座卓に置いたお盆の緑茶を結友の友達の千穂ちゃんが運んできてくれる。
「あの…お寿司…ありがとぅ…ござぃました」
蚊の鳴くような声で、お茶を置く指先も緊張のせいかぷるぷるしてお顔真っ赤だ。
千穂ちゃんは内気で、まだまだ避難所の面々にも馴染んでない。
お礼一ついうにもかなりの勇気をふりしぼっとるようだ。
だが、そこがいい。メガネの可愛い娘さんだ。
身体を起こしてお茶をズッてしてると、離れに住む斎藤さんちのひかりちゃんがTシャツをつんつんひっぱる。
ひかりちゃんはまだ6歳。髪をひとたば赤いリボンで結んでる、こんな状況でもオシャレを忘れない女子力の高い幼女だ。
「あのね、ひかり深刻な抱っこ不足なの」
もちろん抱きしめてやるともさ。かわいいよひかりちゃん!
ぎゅーっとハグして、ついでにほっぺスリスリも追加サービス。
そうやって私が、癒し成分を補給してるとき、うさちゃん大魔王はなにをしてたかっていうと庭で海老を焼いていた。