牛鬼
ここまで読んでくれてありがとう!
またいらしてねッ
ハイ?うさちゃん大魔王は帽子から垂れたウサミミにほっぺぺちぺちされながら何を言ってるんだ。
「店の入り口が開いたことに気づいたら大人連中も押し寄せてくる。さっさと引き上げるのが吉だな」
空也の意見には同意だな。
争奪戦になる前にめぼしいものを持ち出しておこう。
空也は、お櫃の残りの酢飯を寿司桶に敷き詰めると手早く海鮮生チラシを3つ作った。
握り寿司の桶と合わせて計5つ。10キロぐらいあるのかな?ずっしり重い。
144避難所の住民20人がお腹いっぱい食べて満足できる量はあるね。
それと、砂糖とエビあるだけ全部とお味噌にお醤油、換金用にウィスキーを数本まとめて布にくるんで持ち帰ることにした。
地上にあがるとすでに十数人の大人が集まっていた。
「おや、大層な戦利品じゃないか」
出迎えたのは煙草屋のおばちゃんこと、自警団のボス、通称『ショッポのリリィ』享年83。
あ、ごめんまだ生きてた。かなり干からびてるけど。
地元では有名な数々の伝説的武勇伝を持つリリィさん。
彼女のおかげで、この地域の治安は安定しているといってもいい。
自治体がまだ動く前に桜のバリケードを利用して街の出入り口を2つに絞り、関所的なものを設けて人の出入りを管理したのも彼女だ。
「まだ冷蔵庫にお魚が残ってます。ビールと日本酒なんかもありましたよ」
大荷物を背負った私がリリイさんに声をかけると、リリィさんの取り巻きの若衆がわっと歓声を上げる。
若衆といってもリリィさんと比較しての若さで、まぁおっちゃんたちだね。
「おまえたち行ってきな。がめたら許さないからね」
リリィさんの指図で、おっちゃんたちは私たちの出てきた地割れの穴に威勢よく滑り込んでいく。
「気をつけなばあさん、そろそろ怪異が沸くぜ」
ウサミミシルクハットをかぶって派手な着物を羽織り、日本酒の一升瓶をにぎった小学生、うさちゃん大魔王がそう言うと、リリィさんは「んぁ?」っと目を剥いた。
「あんたまさか通達にあった総の…」
リリィさんの言葉をさえぎるように、たったいま若衆が降りていった穴から「ブォォォォ」という牛のような獣じみた声と建物が破壊される轟音が響いた。
地割れの穴に突然現れたのは、巨大な牛の頭をもち蜘蛛のような足をもつ化け物だった。
「牛鬼…!?」空也が口にしたのは妖怪の名前だ。
牛鬼!妖怪って空想の生き物じゃなかったの!?まさか実在するなんて、えっこれってもしや異世界の魔物ってやつですか!
目の前の化け物は、筋肉の盛り上がった背中で龍五郎の入口を破壊し、蜘蛛のような腕を壁に突き刺すと雑居ビルの壁に亀裂を入れ、力任せに振り回した腕でコンクリートの破片を四方にぶちまいた。
若衆たちはこんな状況は想定してるはずもなく、対抗できるような武器は何も持っていない。
持っていたとしても人間にこの巨体の妖怪を倒せるものだろうか。
壁際に追いつめられ、牛鬼の足元でうずくまるしかない若衆たち。
「総員退避ッ」
リリィばぁさんがそう叫ぶと、まるで見えない糸に引かれたように若衆たちが一斉にその場から引き上げられ、宙を飛んで地割れに穴のふちに着地した。
「はっ!?」「えっ!?」「おぁぁ!?」「うっ!?」「ひ!?」
リリィさん、若衆、私、空也、その場にいたうさちゃんをのぞく全員が、何が起こったか理解できず目を点にして固まった。
「ははは。パワフルなばぁさんだな。言葉に気が乗ってる」
うさちゃんはなんだか楽しそうに笑ってるけど、リリィさんが若衆を宙に飛ばしたのか!?なんだこれ。
「言霊だよ。この大地の下にあるつぶれた隠岐国な、呪詛が盛んで有名だった国なんだわ」
「隠岐国に依りついてた陰の気と膨大な魔力が、地の底からわきあがってきてるのさ。ばぁさんはその魔力を行使する言霊使いってとこだな」
「俺らも、その対応で呼ばれたんだわ。まぁちょっくら仕事しますか」
うさちゃんはそう言って、手にしてた扇をパチンと閉じた。
「いけ、花鳥!、風月!」
うさちゃんの肩の上をふわふわ漂ってた2つのカメラ、濃紺の丸い金属球から薄い金属片が突き出し高速回転、すごいスピードで牛鬼のわき腹めがけて飛んでいった。
そして、牛鬼の右腹から左へと突き抜けると同時に高速の刃で牛鬼の胴体を切り裂いた。
赤の金属球は炎を纏い牛鬼の顔面を強打し焼く。どうみてもオーバーキル。牛鬼はわき腹への一撃ですでに絶命していた。
巨大な妖怪を一瞬で倒すなんて、なんというオプション機能なんですかソレはっ。
ススっとうさちゃんの肩上ポジに戻るクルルとクルンって名前だった気がする花鳥と風月。
扇をふぁさっと開いて口元を隠し、うさちゃん大魔王はニヤっとつぶやいた。
「牛鬼はうまいらしい」
見るのもおぞましい妖怪が今やスプラッタなモザイク必須物になってるというのに、コイツは「うまい」ですってぇ!?…そかぁ「うまい」のか。牛っぽいから牛肉の味がするのかしら。
「政府からの通達で聞いてはいたが、まさか本当に妖怪が現れるなんてね。恐ろしい世界に来てしまったようだねぇ」
自警団のボスであるリリィさんには事前に妖怪が出没するという情報が伝わっていたみたい。
それでも初めて見る異様な生き物に驚きを隠せない様子。
若衆たちは何人かが流血してるけど、命に別状のある大ケガじゃなさそう。
リリィさんを含め、みなが状況がうまく呑み込めず困惑している様子だ。
こんな妖怪が街を跋扈するようになったら私たちの生活はどうなってしまうのだろう。
通達があったということは、もしかするともうすでにほかの地域には妖怪が出没してるのかもしれない。
「心配すんな。俺様のマジカルパワーで守ってやんよ」
「とりあえずは宿に帰って一杯やろうぜ」
避難所が宿扱いされてますが。うさちゃん大魔王は笑顔で私の背中をはたく。
もうあたり薄暗くは夕闇が迫っている。
きょうはヘヴィな一日だったな。
情報過多で頭がくらくらしてきた。早く避難所に戻って畳にころがりたい。
そうして立ち去る私たちにリリィさんのつぶやきは聞こえずにいた。
「総の国の王__上総と下総ふたつの国を統べる強者よ。この国の光となるか陰となるか…」