デカ盛り海鮮生ちらし
「馳走になった」
特上寿司2人前をたいらげて満腹になった空也が両掌をあわせて、うさちゃん大魔王に礼を言う。
空也は実家がお寺ではあってもお坊さんではない。
実家の『円楽寺』は住職ともども桜の中にうずもれてて、切実な檀家さんにお経を求められるから、しかたなくお坊さんのまねごとをしているにすぎない。
召喚時には13歳だったし、読経できるといってもしょせんニセ坊主が、最近は坊さんっぽい、それっぽい雰囲気っぽいものを醸しはじめてる。
「異世界人も苦労してんだな」
「それっぽっちじゃ腹いっぱいになんねぇだろ、ひさびさの寿司の礼に拙僧がちらしを馳走して進ぜよう」
「おまえ寿司作れんのか」
うさちゃん大魔王のおめめが期待にキラキラ光ってる。
「酢飯はあるし、あとは魚を切ってならべるだけだ」
空也は板場に立ち、手入れされた切れ味のよさそうな柳葉包丁を握った。そして置いた。
ランチ用なのか切り身の魚がすでに大量に用意されてた。剥き身の蟹、いくら、うにもある。
でっかい出前用の丸い桶にお櫃から出した酢飯をしきつめて、そのうえに具材を乗せると、あっというまに海鮮生ちらし寿司の完成。
5~6人前はありそうなデカさだ。
完成した空也スペシャル☆デカ盛り海鮮生ちらしをうさちゃん大王の前にドンと出す。
「うまそぉ!いただきます」
うさちゃんは左手ででっかい寿司桶を持ち上げマグロにハシをつける。
…生ちらし寿司は消えなかった。
「んまっ。イカもコハダもんまっ」
うさちゃんはすんごいガツガツ貪り食っている。
「俺らの世界にも寿司はあるから、魚を並べただけの寿司はフツーの食事と判断されたんだな」
「へぇ異世界にもお寿司があるんだ」
「あぁ。おにぎりと変わらねぇデカイ握りでカチカチに握ってあるから、さっきの小ぶりの寿司みたいに酢飯がほろっとほどけない、別モンだけどな」
おにぎりみたいなお寿司?江戸時代のお寿司って確かそんな感じだったような…TVのクイズ番組で得た知識で正しいのかわかんないけど。
「中トロほしい!くれよ中トロ」
うさちゃんは空也に中トロをねだった。
ランチ用に並べられてた切り身にはなかったからね中トロ。
空也は被災民らしくラップをまな板に貼ると冷蔵庫から取り出した中トロのさくを切って、うさちゃんの抱えてる寿司桶の生チラシのネタ上にさらに中トロを重ねた。
「中トロぉぉぉぉ」
うさちゃんのハシが中トロに触れる寸前、中トロは消えた。
95%ほど消えて残ったのはちょびっとの切端。
「うおおおおおおおおおおおお」
号泣するうさちゃん。無慈悲な帽子ウサギ。
中トロは、そだね、高価だもんね。徴税対象なんだな。
この評価は、寿司があるっていう異世界にも中トロみたいに美味しい魚はないってことかな?
いまの日本には海がないからイカでもタコでも海産物すべてが眼の飛び出るほどの高額で、トロなんてよほどの資産家でも口にできる代物じゃない。
それが誰の腹も膨らませずに、目の前でただ消えていくのはもったいない。を通り越して感慨深いものがあるなぁ。
いや、ウサギが食ってんのかもしれない。高価なものだけ選んで食すグルメウサギ。
「まだまだあるぜぇ」
空也はその高価な中トロをおしげもなく大量に追加。生チラシの上にガンガン乗せてく。
もちろんあらかた消えたけど、2切ほど残って、うさちゃんもまともに中トロを食すことができた。
うさちゃんはデカ盛り生ちらしを完食!すんごぃ大食漢だ。
「くったくった。んまかったぁ」
煎茶を入れなおして3人でまったり。
食後の満腹感とけだるさ、幸せはいまここにある。
「ところで」
「ふっ気づかれましたか」
うさちゃんがソレに目をやり、空也が不遜に答える。
「悪いが、桶盛りはこちらで確保させていただいた」
空也はうさちゃんに自作の巨大生チラシ寿司をあたえて、龍五郎の大将の握りはちゃっかり温存してたんだ。
「避難所のみんなにも食べさせてあげたい。持ち帰ってもかまわないかな」
「あぁいいよ。でもそのかわり今晩、避難所に泊めてよ」
一晩ぐらいなら泊めてあげてもいいか。空也と私はさくっと了承。
貴重なお寿司のお土産持参なら避難所のみんなも大歓迎だろうし。
「そうと決まったら、ここは早々に立ち去ったほうがいい。瘴気が濃くなりはじめている」