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桜の結界

異世界はちっとも剣と魔法のファンタジー世界じゃなかった。

どうみてもただの被災者生活なんですけど?


たしかに四季はなくなって気候は変わった。でもドラゴンは飛んでないし、ファイヤーボールも使えないし異世界にいる実感は薄い。薄すぎるんだ。

それでもここは『異世界』だと大人連中に言われたら、女子高生な私はそうなのかと受け入れるしかないんだよね。

これが巨大隕石衝突による災害と異常気象と聞いても、これまたそうなのかと納得する以外のすべはない。そんなしょぼい立場ですし。


いまは6月。

季節がないから梅雨のじめじめはなくて、あいかわらずの満開の桜が咲き誇り危険なことこの上ない。

日本をこの地に連れてきた守護結界。

じつは、あの結界は今も生きていて、日本の心臓部といえる行政機関、神域、そして桜に囲まれた場所が無傷で残されているんだよね。

学校や図書館なんていう四方に桜を植えた建築物は崩壊もせず、すべてまるっと保存されている。


まさか桜が日本を守る結界だったなんで気づかなかったな。。

その花に皆を想う絆のような、そんな心を寄せてはいたけれども。


そうそう、地形はずいぶん変わったんだよ。関東平野は、いまや平野じゃない。

下敷きにしてる異世界のアホの国の地形の影響もあって、土地が隆起したり陥没したりで、いたるところに切り立つ崖や深い谷がある。


世界遺産になっている奇岩で有名な中国の武陵源(ぶりょうげん)

あの雄大な奇岩群が関東平野に突き刺さるさまを想像していただきたい。

そして、その断崖絶壁の奇岩が桜並木の商店街だったり、桜の遊歩道だったりする風景は、現実と呼ぶには奇抜すぎて巨額の予算をつぎ込んだSF映画のようで眩暈を感じてしまう。


なんとも強力な桜の結界は、人々、土地、建物、桜の周辺にあるすべてを守ったんだ。それはもう完璧に。

桜は守るべきその空間の『時の流れ』を止めたのだ。


とある国道は、桜並木のはじまりから終点まで、桜の根の張る地盤ごと結界に包まれ、巨大なひと塊の柱になって、その先端を分断された大地の亀裂にうずめている。

たとえば川沿いのほっそぃ桜通りでも途中でポッキリ折れたりしないで、ほっそながぁーく数百メートルも形を保っているんだよ。

斜めに突き刺さってたり天地逆転してる通りがあっても、桜空間内部は微動だにしていないからね。すざまじい結界力だよ。まったく。


N区の中央線の線路わきの桜並木は、オレンジラインの車両と線路、その上のバラストを張付けたまま地面に垂直に突き刺さっている。

桜の木の下には敷き詰めたブルーシート、花見客の中に日本酒の枡を握って首まで真っ赤なうちの親父がいる。

そのハゲ散らかしたツヤヘアの頭頂部を眺めるのが、このところの私の日課かな。

うちの親父は吊革にふれずを身上とした足腰自慢の体育会系だけど、垂直の壁にあぐらをかけるほどの筋力は持ってなかったはず。

それが地上から30メートルほどの壁にぺったりくっついて微動だにしないんだ。

和菓子と重箱をかかえて花見に行ったママとお姉ちゃんも桜の下にいる。でも親父ほど輝いてないし、桜の枝に阻まれてどうやら目視は困難なようだ。


桜の下の人々はいまも酒杯をかわし平和な笑顔を見せている。

舞い散る花びらさえ制止した優美な結界の中で。


そして平和から遠ざけられた私は家族に触れるどころか、桜の枝の下にすらたどりくことができないでいる。

それは結界が壁となって侵入者をはじくという訳じゃない、桜に近づくとなぜだか急激に脱力してしまうから。

それでも無理をして結界内に入り込むと意識は酩酊し昏倒、悪くすると結界に、『時の止まった空間』に取り込まれてしまう。そんなひとがもう何人もいる。



あの召喚の日からもう3年

いつの日か桜の結界が解けて、ハゲ散らかした親父とまたののしりあう日が来るのかな。

でも、多少復興の兆しがあるとはいえ日々の生活も困難な私たちに、時間の流れが戻って垂直の壁から列車とともになだれ落ちる、そんな親父たちを救う手立てはなにもない。


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