召喚された日本列島
異世界ものにはまって、自分でも書いてみたくなり筆をとりました。
ほのぼのとした異世界ごはんもののお話のはずが斜め上に走ってあせりまくり。
『築地直送の新鮮極上ネタに舌鼓』
『魚が持つ旨味を最大限に活かした丁寧かつ繊細な職人の「仕事」。これぞ江戸前寿司の真髄!』
『口の中でとろける脂と上品な醤油が後を引くマグロ、特に中トロはイチオシの逸品です。』
「今晩のメシはきまったぜ」
「ガイドブックによるとこのあたりのはずなんだよね」
「あ!そこの地元民さーーん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の名前は寅丸紅子。16歳、とりあえずの現役女子高生。
中肉中背の平凡な…いまはちょっとしたモデルなみに細いかな。
ぱっつん前髪のストレートロングを後ろで束ねて、Tシャツにジーンズ、安全靴に軍手とヘルメット、首にはタオルといった街中によくあるスタイル。
きょうは天気もいいしオヤツでも落ちてないかなと思ってスコップ片手にうろうろしてるとこ。
馬鹿っ陽気な声で「地元民さん」と呼びかけられて、ふりかえるとそこには奇妙奇天烈な恰好をした男の子が立っていたんだ。
ぱっとみ小学校五年生。右手にガイドブックをもち、左手にはメタリックな扇。
男の子が扇でぱたぱた襟元をあおぐと、男の子のかぶるデッカイ縞々リボンのついたシルクハットからダラリと垂れる青いロップイヤーのような長いウサ耳がふわっと揺れる。
素肌にど派手な花模様の着物を羽織り、腰には毛皮を巻き、革のブーツ。これは「親の顔が見てみたい」と言わせるボケトラップなのだろうか。
「龍五郎って寿司屋しらないかな~」
空気が読めないガキってマジで引く。
ここは東京N区商店街跡地、見渡す限りの瓦礫の山のまんなかに寿司屋などあるはずもない。
これ目を合わせちゃいけないヤツだ____
ひとなつっこそうな黒い瞳にぷにぷにのほっぺ。あどけなさ満載だけど心は剥き出しのナイフってやつかもしれない。
珍妙なファッションに状況無視のセリフ、どこをとっても壊れてるのは確定だし油断は禁物だ。
「ちょちょっと、なに速足で立ち去ろうとしてるのさ」
おかしなちびっこから距離を取ろうとして失敗。正面にまわりこまれてしまった。
「あなた、もしかして自由市民?」
ウッカリ話しかけて一瞬で後悔した。
彼の頭上に未確認なんちゃらな金属の球体がふたつ。ぷかぷか浮かんでいるのに驚いて、口が開いて言葉が出てしまったんだ。
「いぇっす!オレはThe自由市民。キュートくるくる魔法少女☆うさちゃん大魔王だよ!」
うわぁ…速足じゃなくて全力ダッシュで逃げるべき案件だったねコレ。
羽織った着物からのぞく平たい胸に無防備な乳首。どうみてもアンタ魔法少女じゃないし。痛々しいわ。
「笑うと可愛いじゃん。桜のくにのお嬢さん。お名前教えてくれるかな」
「え…」
タレ目でふっくら唇にアニメ声の私は、なんというか頑張っても声に嫌気がのせられないようで、日頃からこうした誤解を受けがちなんだな。
普通に会話してても口角がキュッとあがってしまって、よそ様には微笑んでるように見えるのが実はコンプレックスだったりする。
珍奇なちびっこの目に私がにこやかで優しいお姉さんのようにうつっていたとしたら、それは地味に凹むシーンだ。
いま、私のいるこの場所は、私の生まれ育った日本。ではあるのだけれど地球ではないらしい。
どうやらここは別の惑星、異世界って場所のようだ。
ここはボケてないのでツッコまないでほしい。
目の前のこの男の子も『自由市民』と自称するってことは、地球人ではなく異世界人ということになるんだよね。
このおかしな状況の発端は異世界のアホな召喚士が行ったラノベでよくある『勇者召喚』の儀式なんだ。
このドアホゥな召喚士が『勇者召喚』のターゲットにしたその『勇者』は、あろうことか日本国土の守護結界の柱である超有名な人物で…
勇者一人を召喚するはずが、日本列島全土を覆うその結界ごと異世界に召喚されてしまったという訳だ。
四月のはじめの週末、関東地域は桜が満開で、私の地元N区の住民も青空の下に酒瓶を転がしおおいに浮かれていた時だった。
空気を切り裂くような金属音がしたかと思うと突然地面が崩壊したんだ。
ようするに、異世界のアホ召喚士に召喚された日本列島が異世界の魔法陣の上に現れ、国土まるごとその場所にたたきつけられたということらしい。
アホの召喚士ともども一国が列島の下敷きとなって滅亡したようだけど、それには1ミリの同情心もわかないな。
それは災害大国日本にとっても未曽有の大災害だった。
『勇者召喚』の儀式のその日、大地は揺れ、山は割れ、高層ビルは倒壊した。
私はひとりで実家の和菓子屋の店番をしていて、地震とは違う浮遊感と衝撃に盛大にゲロりまくった。
胃酸と未消化のナポリタンの犠牲になった和菓子たち。
包装をほどけば食えただろう箱詰めの和菓子をさくっとゴミ箱行きにしたのは私史上最大となる痛恨のエラーだ。
大災害の中、実家は木造なのに物干しざおが落ちた程度、私もかすり傷で済んだ奇跡を思えばほんのわずかな犠牲と言えるのだけども。
その日のことはよく覚えているんだ。何千、何万回と反芻したからね。
家族を失い、ドライな私が涙腺崩壊させて顔面の皮膚のただれるまで泣きまくった。
涙は枯れた。一生分泣いたし。心も枯れて砂になった。