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血の伯爵夫人 晴らし篇

 チェイテの城の目の前で急遽開かれた裁判を一目見ようと村からやってきた農民達、首都や近場の街からやってきた評議会や騎士団の面々。

 彼らの目の前に城の中からバートリー夫人が現れるや否や、会場は大きなざわめきに包まれた。


「我々はかいつまんだ話しか聞いていない故、あなたの口から真実をお話しいただきたい」


 全ての観衆と裁判官の視線を一転に集め、六人の騎士に連れられてきたバートリー夫人をジッと見つめ最年長の裁判官が問いかける。


「私の人生は散々なものでしたわ、愛する夫との間に子を産むこともできずに先立たれ、由緒正しきバートリー家をこの身に背負うこととなりました」


 何処か哀しそうにバートリー夫人は顔をうつ向かせ、語り始めた。


「そのうえ、身に覚えのない罪を着せられて……」


 バートリー夫人の大きな独白を耳に入れるや否や、彼女の後方で観衆達が顔を真っ赤にして声をあげる。

 一帯を揺らすような罵声の数々は、皆大量殺人行為により大切な人を失った農民達のもの。

 大方、その場でバートリー夫人の背を見ていた誰もが、彼女の言葉を信じていなかったのだろう。


「静粛に、静粛に!」


 自身の問いに答えるバートリー夫人に耳を貸していた最年長の裁判官が大声で言い放つと、観衆達は怒りをギュッと拳に押し込めて口を噤んだ。


「しかしながらバートリー夫人、街の牧師の娘もチェイテに連れられてから消息を絶っているというではありませんか。

 それはどう説明なさるのですか」


 心なしか、バートリー夫人の顔色を伺いながら言葉を選んでいるように見える裁判官の男が問いかける。

 彼だけではない。

 裁判を公平に見届ける為にこの地を訪れた身分の高い者達は皆、バートリー夫人に対して何処か低姿勢にも見えた。


「私は使用人達にそのような命を下した覚えはありません。

 牧師様の愛娘も、村の娘達も、誘拐して殺したのは全て我がバートリー家の使用人達による悪しき所業に違いありません」


 バートリー夫人の口から飛び出した言葉で、再び城の前はざわつく。

 そして衝撃は、彼女の言葉に指された使用人達にも走った。


 逆らえば身内や知人に夫人の手が伸びることを恐れ、言われるがままに動いてきた彼女達。

 それが今度は彼女達に全ての罪を着せようとしている。

 それを悟った彼女達の顔が、真っ青に染まっていく。


「お待ちください夫人、そのような話は――」


「黙れ、薄情者っ!」


 横一列に並んでバートリー夫人を見守っていた使用人の一人が告げようとした瞬間、血相を変えたバートリー夫人の怒号が言葉をかき消した。


「夫亡き後、私のような未熟な女が使用人を多く抱えるバートリー家の当主となってしまったが故、彼女達を放し飼いにしてしまいました。

 これも私の不始末が招いた結果でしょう……であれば、私共々裁かれるのは至極当然」


 ――――嘘だ。

 表情こそ、それなりに装ってはいるものの、バートリー夫人の言葉が嘘で塗り固められているというのは誰もが感じていた。


 農民達も叫び出しそうになる衝動を抑え、怒りに打ち震えながらバートリー夫人の背中を睨みつけている。

 一方で、そんな事実を知らない使用人達は愕然としていた。

 そしてもう一方では、バートリー夫人の言葉を疑いながら「どうしたものか」と小声で相談し合っている。


 しかし、


「それが今回の一件の真相ですな、バートリー夫人」


 裁判官の中でも最年長の男は言い放った。


「はい」


 勿論、バートリー夫人は首を頷かせる。


「分かりました。しかし、それが事実であれば裁きを受けるのはあなたではない」


 バートリー夫人の言葉に真実などないと悟りながらも、最年長の男は首を何度も頷かせた後、会場の警備をしていた数人の騎士に顎で指示を出す。

 すると、騎士達はすぐに彼の意思を汲み取り、バートリー夫人を見守っていた使用人達を取り囲んだ。


「待ってください、私達はただバートリー夫人にしたがって……」


 必死に訴えるが、そんな言葉に耳も貸さず騎士達は強引に腕を引っ張って、首都へ行く馬車に一人、また一人と使用人達を投げ込む。


「待って! 待ってください!

 夫人! お戯れはやめてください! そんな事実はないと、仰ってください!」


 馬車の中から喉がはち切れそうになるまで大声をあげる使用人の一人。

 しかしながら、バートリー夫人は彼女達に目を向けることもなく俯きながら悪どい笑みを浮かべていた。


(くくく……チョロいチョロい)


 勿論、バートリー夫人自身もこんな猿芝居で人間を騙せるなんて思ってもいなかったのだろう。

 だが一方で、自分の発言が身分の低い農民や使用人に曲げらないという絶対的自信もあった。


「それではバートリー夫人、お時間を取らせて申し訳ありませんでしたな」


 裁判官達も、バートリー家という国有数の名門貴族をなるべく汚したくないという思いから、彼女の言葉を都合良く利用。

 そんなことすらバートリー夫人の手中とまでは、誰も知らない。


「とはいえ、夫人も謹んでください。それでは、これにて閉廷と致します」


 刹那、観衆からは溜め込んでいた怒りが大爆発。

 それもそのはず、大切な女性を殺されて悲しみに暮れていた面々が、こんな茶番を許すはずがなかった。


「嘘に決まってる!」


「いい加減にしろ!」


 警備の騎士に抑えられながら、城へ帰ろうとするバートリー夫人に今にも飛びかかりそうな勢いで怒号を投げる観衆達。


「この、悪魔めがっ!」


 その折、一人の老人がバートリー夫人に小石を投げた。

 放物線を描いて飛んだ小石は見事にバートリー夫人の肩に命中。

 これには先ほどまで猿芝居をうっていたバートリー夫人も、怒鳴ってやろうとは思ったが、彼女よりも先に騎士が二人ほど動いて小石を投げた老人を観衆の中から引っ張り出した。


「貴様、国の開く裁判の判決に異論を唱えるのが犯罪と知っているな」


 老人の弱い足腰を崩し、無理矢理跪かせると一人の騎士が低い声で言い放つ。


「ましてや貴様はバートリー夫人に石を投げた、その罪は重いぞ」


 跪く老人を挟むもう一人の兵士が裁判官の方へ顔を向けると、裁判の中心にいた最年長の男はゆっくりと頷いた。

 それが合図となったのだろう。騎士は持っていた剣を勢いよく振り下ろし、小石を投げた老人の首を鮮やかに落とす。


「貴様らも同じだ! これ以上、判決に異議を唱えるというなら処する!」


 あまりにも簡単に奪われた老人の命を前にした観衆は、恐るあまり口を噤んでさっさと裁判所に背を向けてしまった。

 悔しさに唇を噛みながら村へと戻っていく観衆の中には、勿論裁判を見届けにきたクラークの姿もあったのだが、彼の中には一つだけ皆が抱く悔しい気持ちを晴らす手段を知っている。


「おたくのその怨み、俺達が請け負おうか?」


 アンソニーの言葉が脳裏を過ぎり、城から随分歩いてきたクラークの足を止めた。


「悲劇の舞台となった村、そこにおたくの手で希望を示してやるのさ」


 立ち止まり、拳を強く握ったクラーク。

 気力を無くし、ただ家に帰ろうとしていた農民達はそんな彼に気付き、足を止めて彼の姿に目を向ける。


「そして村中から金をかき集めて来い」


 新婚の妻を失い、その犯人が無罪という不条理な判決を目の当たりにした彼は、やるせない気持ちでいっぱいなんだろう。

 誰もが哀れみながら見ていたクラークの姿。

 しかしクラークは覚悟を決めて、村へ帰ろうとする農民達に向けて言い放つ。


「皆聞いてくれ! バートリー夫人への怨みを晴らす方法が一つだけある!」


 彼の口から出てきた突拍子もない言葉に、農民は疑心暗鬼になりながらもほんの少しの希望を見出した。



 *



 裁判から二日後、アンソニーとクラークが交わした約束の夜。

 クラークの家には村から何人もの男達が訪れて、アンソニーの到着を待った。


 妙に張りつめた空気感の中、どれくらい立っただろうか。

 本当にクラークの言う男は来るのだろうか、なんて疑念を抱く者も出てきた時だった。

 なんの前触れもなく木製の薄い扉が開かれ、部屋を照らしていたロウソクの火が大きく揺れる。


「クラーク・フェンバット、答えを聞きに来た」


 所狭しと部屋に集まったクラークを含む計六人の男達の視線の先、玄関から姿を現したのは抑揚のない口調で喋る黒い少女・クロウ。

 それから、彼女の一歩後ろから部屋の中へ足を踏み入れるアンソニーとヘル。


「あんたらが、クラークの言ってた殺し屋……なのか?」


 聞こえているのか聞こえていないのか。

 農民の男の声を無視してクロウが足を向けたのは、部屋の真ん中にあるテーブルの椅子に腰をかけるクラークのもとだった。


「前金は貨幣でいただく、話は受け取ってから」


 感情の見えないクロウの視線に睨まれたクラーク。

 すると彼は何かを悟ったように椅子から立ち上がり、タンスの引き出しからちょうど手のひらに乗ろうかといつ袋を取り出した。

 繊維がはち切れそうなほどパンパンに中身を詰められた袋をテーブルの上に置くと、衝撃で中から数枚の銀貨がこぼれ落ちる。


「村のみんなから預かった金だ、本当にこれで俺達の怨みを晴らしてくれるんだろうな」


 クラークに続き、部屋に集った農民達も、クロウに縋るような眼差しを向けた。

 勿論、彼女達を完全に信じたわけじゃない。

 だが彼らのような農民がバートリー家の人間に一矢報いるには、こうして泣き寝入りするしかないのだろう。


「まだ……契約書に血印は押させない」


 縋るような眼差しを容易く一蹴し、クロウが取り出したのは依頼する際のものとは異なる契約書。

 それも数枚、テーブルに放り投げた。


「これは」


 そう言って、ボロ布をまとった一人の若い男が契約書を手に取る。

 彼がこの村に数人いるという魔術の心得がある男で、文字もそれなりには読める人物なのだろう。

 契約書に書かれた内容を見て、思わず絶句してしまった。


「そんな……こんなの馬鹿げてる!」


 手にした契約書をテーブルに叩きつけ、またロウソクの火を大きく揺らすと魔術師の男は大声をあげる。


「おい、どうした? なんて書かれてあるんだ」


 すかさず別の男が魔術師の男に問いかけると、彼は小さく頷いて契約書に書かれた内容を要約した。


「つまりこいつらは俺達の家畜や農作物……とにかく金になるものを全部巻きあげるつもりなんだよ」


 あまりにも暴力的な要求に、クラークを含む一同は顔を真っ青な染めあげる。

 特に魔術師の男の言葉を疑うわけでもないが、否定も肯定もしないクロウ達の態度が、その馬鹿げた内容が真実であるという証拠だろう。


「ちょっと待ってくれ! いくらなんでもこれは高過ぎる!」


「こんなのぼったくりだろ! 赤の他人にこんな金払えるか!」


 思うがままに文句を口にしていた男達。

 しかし、そんな彼らにクロウの冷酷な視線が突き刺さった。


「あっそ、それに私が印を押せば契約書に血印を押させてあげてもよかったけど……。

 それじゃ、帰るね」


 テーブルの上の契約書の数々を回収し、クロウが男達に背を向ける。

 だが、この機会を逃すまいとすかさず男達がクロウを呼び止めた。


「待ってくれ!

 ……わかった。言う通りにすれば、お前達はバートリー夫人を殺してくれるんだな」


 苦い顔を見せながらも、呼び止めたガタイのいい男は問いかける。

 するとクロウは男達の方へ振り返り、ゆっくりと首を頷かせた。


「でもこれじゃ、いくらなんでも高過ぎるんだ。怨みを晴らしても俺達の生活が危なくなる。

 だからせめてもう少し……」


 ガタイのいい男が姿勢を低くして、乞うように告げている最中、クロウは再びテーブルの上に契約書を並べて判子を取り出す。


「……何言ってるの?」


 淡々と文章を読み上げるように言い放ったクロウ。


「自分達が赤の他人に何を頼んでるのか……よく考えて。

 人の命って、そんなに安くないよ」


 続けて言い放ったクロウに、男達が何も言い返せなくなったのは、おそらく大切な人を殺されて命の重さを知ったからなのだろう。

 黙り込んでしまった男達の前で、クロウは手にした判子を次から次に契約書へ押していく。


「これで、あとは血印を押せば契約成立……。

 持ってるんでしょ? 決めたんなら早く押して」


 クロウの淡白に羅列された言葉に強いられ、クラークは先日アンソニーから預かっていた契約書を取り出した。


「そいつはちょいと特殊な契約でね、おたくの血で契約は成立するぜ」


 するとクラークの脇から、アンソニーが彼に小さなナイフを手渡す。

 これで手を傷つけて、血印を押せということなのだろう。


「ミリヤは、バートリー夫人に殺された」


 アンソニーから渡されたナイフを持ち、逆の手のひらに近付けるクラーク。


「ミリヤだけじゃない、何の罪もない女が……あの身勝手でイカれた貴族に……」


 じんわり肉に食い込む刃は皮膚と血管を突き破り、血液を銀色の腹に乗せる。

 勿論、クラークに痛みはあった。

 しかし、今はそんなことどうでもいい。


「それなのに、あいつ自身は無罪だなんておかしい……おかしいんだよ……。

 国が裁かないんなら、この怨みを全部あんた達に託す!」


 とにかく、藁にもすがる思いでクラークは血液をべっとり付着させた指で契約書に血印を押した。


 何はともあれ、これで契約成立。

 それを見届けたクロウ達三人は、最後にクラークが血印を押した契約書を回収して彼の家から何も言わず立ち去ってしまった。



 *



 久々に入った血ではなく、魔術で沸かした湯の風呂からあがったバートリー夫人は何処か不機嫌そうに食堂へ続く廊下を歩いていた。

 床に敷かれた赤い絨毯を見るだけで、先日まではあれほどあった生娘の血液を思い出して全身が痒くなる。


「あの牧師め、余計なことを」


 縦横無尽、豪華な装飾に彩られた廊下を歩いていくバートリー夫人。

 彼女が怒りの矛先にしていたのは、娘を連れ去られたくらいでギャーギャー騒いだ街の牧師だった。


「残りの血も少ない……また近場の村から娘を連れてくれば問題ないか。

 どうせ、あんな泥臭いゴミクズが幾ら騒いだところでバートリー家には指一本触れられやしない」


 食堂に行けば、城専属の料理番が用意した料理と血液のジュースが待っている。

 ようやくありつけた美貌の源に、バートリー夫人が心を躍らせながら、食堂の扉を開けたその時だった。


 普段、バートリー夫人自身が座っているはずの席に、知らない少女・クロウが座っている。

 それだけじゃない、その脇にもアンソニーとヘルが血液ジュースの注がれたグラスを持ち、三人で乾杯しているではないか。


「お先にいただいてますよ夫人」


 逸早くバートリー夫人の登場に気付いたアンソニーが口を開く。


「六百人殺ったイカれたババアっつうから、どんな面してんのかと思えば歳の割にそこそこ美人じゃねーか」


 バートリー夫人に気付き、顔を向けたヘルがアンソニーに続いた。


「誰でしょう? ここはあなた方のような小汚い人が入っていいところではありませんよ」


 平静を装ってはいるものの、アンソニーとヘルに挟まれた中央の席でナイフとフォークを器用に使いながらバクバク肉を食べるクロウをジッと睨むバートリー夫人。

 そんな視線に気付いているのかいないのか、クロウは無言で目の前の肉にがっついていた。


「生き血をすすれば美を保てるっていうのも、夫人を見る限りはあながち間違いでもないみたいだね」


 夫人を見つめた後、手にしたグラスに注がれた血液に視線をやったアンソニーが呟くや否や、少しだけグラスの中の血液をすすった。

 反対側に座るヘルもまた、アンソニーに続いている血液を飲んでみる。


 が、


「生臭っ!」


「クソ不味いじゃねーか!」


 生臭いそれが美味であるはずもなく、二人はすぐに吐き出してしまった。

 むせ返りながら、テーブルの上の彩り豊かな料理を真紅に染めた二人を見るバートリー夫人の心持ちは、穏やかなものじゃない。


「残り僅かな血を……」


 体を小刻みに震わせるバートリー夫人の血走った眼が、三人を睨んだ。


「誰かっ! 今すぐこの小汚い娘らを八つ裂きにして頂戴!」


 しかし、バートリーの夫人の大声に応える者は誰もいない。


「うるさいよ」


 いや、一人だけいた。

 食堂内に響くバートリー夫人の大声に、クロウが抑揚のない言葉で水を差す。


「警備は何をしてるの! さっさとこいつらを八つ裂きにして、血を抜き取って頂戴よ!」


 そう言って顔を真っ赤にした怒ったバートリー夫人が、自ら閉じた食堂の扉に手をかけた時だった。

 扉はバートリー夫人のいる内側に開き、廊下から何十人という人間が押し寄せるように食堂へ足を踏み入れる。


 否、バートリー夫人をもみくちゃにする彼女達はもう人間などではない。

 人間なら、こんなに肉体は腐っていないし、鼻を貫くやうな腐敗臭を漂わせはしないだろう。


「臭っ! なんなの、あなた達は!

 何がどうなっているの!」


 自分を求めるように押し寄せる死体達に潰されながら、大声をあげるバートリー夫人。


「返し……て」


 刹那、死体の一人が喧騒にかき消されそうな弱々しい声で言い放つ。

 それに続き、他の死体達も皆、口を揃えて同じことを繰り返し始めた。


「返して、返して……」


「私の血を返して……」


 まるで呪文でも唱えるように、何度も何度も口にする死体達。


「アタシからの粋な計らいでよ、城の周り彷徨ってた亡者達(やつら)に仮だが肉体を与えてやったんだ」


 テーブルに頬杖をつくヘルの言葉でバートリー夫人は、押し寄せる彼女達が何者なのかを大体悟ってしまったようで、顔を真っ青に染めた。


「まさかこいつら!」


「死霊術ってやつだよ、こいつら全員テメェにいたぶられて死んでった村の娘共だ」


 歩く死体を前に、恐怖を隠しきれなかったバートリー夫人は悲鳴をあげながら、自らの指示で殺した娘の死体達に運ばれていく。

 そして彼女が辿り着いたのは、肉を全てたいらげたクロウの目の前だった。


「ななな、何なのよ……私が何をしたって言うのよ!」


 死体の腐った腕に突き飛ばされ、床に両手をついたバートリー夫人の大声が、またも食堂に響き渡る。


「私じゃない、こいつらを殺したのはみんなあの使用人共なのよ! 信じて!」


 バートリー夫人の必死な訴えを聞いているのか聞いていないのか。

 クロウはナイフを右手に持ったまま、左手を血液の注がれたグラスにのばした。


「おいクロウ、まさかそれ飲む気か」


 まさかそんなはずない。

 そう思って問いかけてみたアンソニーの目の前で、クロウは生臭い血液を豪快に飲み干してしまった。


「うえっ、それ美味いか?」


「いや、クソ不味い」


 顔を歪めるヘルの言葉にそう返すと、クロウはグラスをテーブルに置いて立ち上がる。


「何よ、何をする気!」


 一歩、また一歩。

 ゆっくり近づいてくるクロウに向かって、自分の怯えを吐き出すようにバートリー夫人が言い放つ。

 しかし、ナイフを右手に持ったままのクロウは足を止めることなく、顎を使ってヘルに指示を出した。


「はいよ」


 言葉こそなかったものの、すぐにクロウが何を言いたいのか察したヘルはバートリー夫人を上から強烈な力で抑えつける。


「うっ! 私が誰だか知っているの! 私は今のバートリー家を守るエリザベートよ!」


 床に押し付けたバートリーの顔から、手のひら一つ分というところで足を止めたクロウ。

 冷ややかな瞳で彼女をしばらく見下ろした後、腰をゆっくり屈めた。


「私にこんなことをして、ただで済むと思わないことね!

 あなた達は国を敵に回すことに……」


 彼女の言葉なんて一言一句として聞いていないクロウが、逆手に持ち替えたナイフをバートリー夫人の背中めがけて振り下ろす。


「あああああっ!」


 頭に悶えるバートリー夫人の背からナイフを抜き取ると、今度はヘルが彼女の上半身を強引に反り返らせた。

 顔をあげたバートリー夫人の視界に映るクロウは、最早恐怖の対象でしかないらしく、自然と瞳からは涙が零れ落ちる。


「やめて……許して……」


「お前、血が好きなんだよね……だったら、あげるよ」


 バートリー夫人自身の血が大量に付着したナイフを彼女の方に近付けるクロウ。

 それだけではない、空いた手の指先で強引にバートリー夫人の口を開き、ナイフの刃を口の中に侵入させた。


「おお……お……」


 必死に抵抗しようと試みるも、クロウの指先の血は岩のように不動で、暴れる舌をナイフの刃が傷つけた。

 ナイフの刃は口の中に傷をつけ、どんどん侵入。

 喉まで侵入したナイフの尻を、最後の仕上げと言わんばかりにクロウの指先が押し込み、刃は食道まで到達してしまう。


 口の中から喉まで、ナイフで傷つけられたバートリー夫人は暴れ始め、ようやくクロウとヘルによる拘束から脱出。


「おご、お……おええええええっ!」


 しかし、ナイフと一緒に大量の血を吐き出したバートリー夫人の喉はもうボロボロで、呼吸することすらままならないようになってしまっていた。


「アンソニー、ナイフ持ってる?」


「あ、ああ、持ってるとも」


 突然の問いに戸惑いながらも、アンソニーは頷く。

 するとクロウはくるりと、地に這いつくばってもがき苦しむ醜いバートリー夫人に背を向け歩き出してしまう。


「そいつの首だけ外して、後は依頼者から金を回収してきて」


 クロウの背を追いかけるように、ヘルもまた死体達で埋め尽くされた食堂の入口へ歩み出した。


「はいはい、こういう後始末は全部俺の仕事ってね」


 アンソニーは悪態をつきながら、死体達と共に撤収する二人を見送った後、生き絶える寸前で暴れることもできなくなったバートリー夫人の首に自前のナイフの刃を突き立てた。

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