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血の伯爵夫人 怨み篇


 バケツから、大きなバスタブへそそがれた赫色は一体何人分の血液だろう。

 なんとか表面張力で持ちこたえるバスタブの中にためられた赫色は、一体どれだけの人を殺して得た血液だろう。


 女性の美しい肉体が血の風呂に浸かれば、幾人分かの血液が大波と共に流れ落ちる。

 新鮮で、艶やかな血の主は、どれも若い女性。

 だからドロドロした血液はバスタブの中にないし、一生懸命バケツからバスタブへそそいだ女中たちに言わせれば、着色した水か何かと勘違いしてしまうほどだったらしい。


「うふふふふ」


 この城の城主、バートリーは四十という歳に不釣り合いなほどハリツヤのある、艶めかしい肉体を血のバスタブに浸して妖しく微笑んだ。


「活き活きとした良い血だわぁ」


 快楽に溺れたような顔が向けられた先は、両手ですくった赫々とした血。

 指の間からすり抜けてバスタブの中へ帰ってゆく血を見て、またバートリーは微笑んだ。


 水とは違う、肌に吸いつくこの感触が愛おしい。

 見ているだけで、心をたかぶらせる赫色が愛おしい。


「嗚呼、また少しずつ肌が若返ってゆく」


 生娘の血を浴び、若返っていく自分が愛おしい。


「この血の持ち主の可愛らしくて、とても絶望的な断末魔。あれは秀逸だったわぁ」


 身を浸らせた血の持ち主である生娘の悲鳴が愛おしい。

 嗚呼、愛おしい。


 愛おしい愛おしい愛おしい愛おしい。


「バートリー夫人、血のことですが……既にこの城の女は私たちだけとなってしまいました」


 血に肉体を浸し、両手ですくったその赫色を気持ち良さそうに飲むバートリーへ、綺麗に3人並んだ女中のうち一人が告げた。

 もう、バートリーの愛する生娘の血はない。

 そんな宣告を受けながらも、バートリーはただ不気味に笑っていた。


「いいの、いいのよ、分かってたことだから」


「ではその……私たちの番……ということですか」


 別の女中が恐る恐る口にした言葉に、他の二人の女中も震え上がる。

 いつか来るであろうと思っていた、自分が血を抜かれて殺される瞬間が今訪れてしまったのではないかーー。


 悪寒が全身を駆け巡ったのも束の間、すぐにバートリーは首を横に振って女中の問いを否定した。


「まさか、あなたたちのような老いた血はいらないわ」


 バートリーと同じ四十歳付近の彼女たちの血は、とても生娘の血とは言い難く、中には所帯を持っている人妻までいる始末。

 それを、血に自らの美容を委ねるバートリーが欲するふずもなかった。


「あなたたちは村に出向いて若い娘を連れてきなさい」


「村へ……ですか」


 女中の言葉にバートリーは大きく首を頷かせる。


「ええ、村には沢山いるでしょう? 心配することはないわ、私の命だと聞けば誰も逆らえないのだから」


 あたかも当然のように口走るバートリーに恐怖を覚えたのは、一人だけじゃない。

 この場で、彼女の言葉を耳にした誰もが恐怖した。

 耳を疑った。


 多分、バートリーは人間の命を然程重要視していないのだろう。

 自分が美しくあり続けるための、化粧品。

 つまるところ、彼女にとって若い娘の命なんて消耗品に過ぎなかったらしい。


「さあ、明日の朝食までには連れてきて頂戴」


「し、しかし……村の者にまで手をかけたら領主様も裁判所も黙ってはいないかと」


「私に口答えするつもりなの?」


 真っ当な意見を口にした女中の方に笑みを向け、バートリーは続けた。


「確かあなた、十四になる娘がいたわよねぇ。

 もし朝までに村の娘を連れて来なかったら、あなたの娘を頂こうかしら……うふふ」


 バートリーという女は、自分の持つ権力の使い方を知っている。

 人の脅しかたというものを、熟知している。


「……わかりました、すぐに村の娘を見つけて連れて参ります」


「最初からそう言えばいいのよ、馬鹿な女ねぇ」


 バートリーの皮肉を背に受け、女中たちは城を大慌てで出て行った。

 もしもバートリーに逆らえば、直に脅された彼女以外の女中もどうなるか分かったものではない。

 自分ならまだしも、自分と関わりある全ての人間が今人質に取られているのだからーー。


 そんな恐怖を背に抱え、女中は夜も遅く暗い村を一心不乱に歩き回った。

 この日以降、村から若い娘がバートリーの棲む城に連れ去られたっきり帰って来ないという事件が後を絶たなかったというのは、想像に難くない。



 *



 それは、彼らにとって記念すべき朝だった。

 農夫の集まる貧しい村ながらも、村中の人々が二人の契りを祝ってくれた。


「じゃあ、行ってくるよ」


 ベッドから起き上がった夫・クラークはボロボロの服に袖を通し、テーブルの上の皿に並べられたパンを一つ手にして言う。


「いってらっしゃい」


 妻・ミリヤはそんな彼を笑顔で見送る。

 昨日までは一人の人生だった。

 しかし今のクラークは自分ともう一人、ミリヤの人生を背負っている。


 そしていつかは、もう一人。いや、二人くらいは欲しいなんて考えることもあった。


「ミリヤ、愛してるよ」


「私もよ」


 歩み寄ってきたミリヤの唇に自分の唇を重ね、クラークは扉を開けた。

 そこでクラークの視界に広がったのは、小さな自宅から家畜を放している牧場へつながる坂道ではなく一人の老いた女と、彼女を挟む武装した二人の男。


「あの……」


 じっと自分を見つめる視線にクラークは恐怖を覚えながら、問いを口にだそうとした時――、


「連れ出せ」


 女が顎で指示を出し、武装した二人の男がクラークを押しのけて部屋の中に入っていく。


「ちょっ、なんなんだ! あんたら一体、誰なんだよ!」


 部屋の中へ押し入る男たちを止めようとするが、厳つい腕の一振りで容易く殴り飛ばされてしまった。

 クラークも農夫、日々の力仕事でそれなりの筋肉を体にため込んでいるようだが、こと戦闘という一部に特化した傭兵の男たちの前では子供同然らしい。


「クラークっ!」


 気の壁に打ち付けられたクラークが愛するミリヤの声に瞳を開くと、そこにはミリヤの華奢な体を無理やり連れて行こうと引きずる男たち。


「ミリヤっ! なんだ、なんなんだよお前ら!」


 頭から血を流そうが、体を痛みが駆け抜けようが、男たちからミリヤを取り返そうと立ち上がるクラーク。

 そんな彼の前に、男たちを連れてきた女が立ちはだかった。


「バートリー夫人の命により、この娘は城で引き取らせていただきます」


 女はポケットから取り出したハンカチをクラークの前で広げて見せる。

 そこに描かれていたのは、この近辺の人間なら一度は見たことがある貴族・バートリー家の紋章。


「バートリー家……」


 クラークも例外なく知っていたようで、ハンカチに描かれた紋章を前に愕然とするばかり。


「離して! 離してってば!」


 男たちに連れられ、悲鳴をあげるミリヤを背に女は冷ややかな視線をクラークへ向け、淡々と言い放った。


「我々に逆らえば、どうなるかはご存知ですね?

 この娘は悪いようにはしないので、そこは安心してください」


 ハンカチをロングスカートのポケットにしまい、背を向けた女。

 しかし昨夜、皆に祝われて夫婦となった最愛のミリヤが連れていかれるのを黙って見送るはずもなく、クラークの手が立ち去ろうとする女の肩を掴む。


「安心ってなんだよ、どうしてバートリー家がミリヤを連れてくのか教えてくれよ」


「それを教える必要はありません」


 振り返りもせず答えた女の態度は、やはり冷たい。


「答えられないなら連れて行かせない、ミリヤを離せ」


 女を押しのけ、傭兵の男たちからミリヤを取り返そうと挑むが結果はすでに見えているも同然。

 顔面を殴られ、寝転がった腹を蹴られ、力の前に成すすべなくひれ伏すことしかできない。


「もうやめて! 行くから! ついて行くからぁ!」


 愛する夫の悲痛な姿を前にミリヤは泣き崩れ、自ら先導して家を出て行った。

 ぼろ雑巾のように木の床に横たわるクラークには、そんな彼女を励ます言葉も口にできやしないし、彼女の手を引いてやることもできない。

 ただ、彼女の小さな背中を薄く開いた瞳で見つめるだけ。

 ――――それだけしか、できなかった。


「ミリヤ……ミリヤ……」


 ミリヤが家を出て、男たちが家を出て、彼らを追うように女が家を出ようとしたその時、背中越しに地面に這いつくばるクラークへ向けて口を開く。


「酷だとは思いますが、誰もバートリー家の人間に逆らうことはできないので……あきらめてください」


 さっきまでと変わらず冷ややかで淡々としていて、でも最後に言い残したその言葉は何処か人間の血を感じるものだった。



 *



 ミリヤがクラークの前から去って何日が経っただろう。

 先祖代々受け継がれてきた土地の中で放牧していた搾乳牛を牛舎に誘導して乳を搾る。

 ミリヤと出会う前も、出会った後も、変わりなく行ってきた作業のはずなのに何処か切ない。


 ゆらゆらと燃える太陽が丁度真上に昇った頃、村の方から男がやってくる。

 クラークとミリヤの結婚を祝う席にもいたその顔は、彼の昔馴染みらしく所有地に無断で入り込んでこようが怒鳴り立てることはない。


「クラーク、バートリー家の公爵夫人のこと……聞いたか?」


 走って来たのだろう。荒い息を零しながらクラークのもとへやってきた男は言う。


「バートリー家? まさか、ミリヤがどうかしたのか!」


 咄嗟にクラークの脳裏を過ぎったのは、ミリヤを連れ去っていった女が見せつけてきたハンカチだった。

 やって来た男の肩を強く掴み、鬼気迫るような顔でクラークは大声をあげる。


「やっぱり、ミリヤも連れて行かれたのか」


 村から少し離れたところに土地を構えるクラークは、ただでさえ村の情報を得る手段が少ないのだが、ミリヤを連れ去られてからは塞ぎ込んで村に足を向けようともしなかった。


「落ち着いて聞いてくれ、クラーク。

 ここ何日か、夜な夜なバートリー家の使者が来て若い娘を連れ去っていってたんだ。

 そして、バートリー家に連れ去られた娘は……一人残らず殺された」


 胸を握りつぶされるような言葉にクラークは息をつまらせ、膝から力なく崩れ落ちた。


「クラーク!」


 すぐさま男がクラークの腕を自分の肩に回して支えようとするも、彼の方からか細い声で聞こえてくるのは「ミリヤ……ミリヤ……」という呪文のような言葉ばかり。


「俺の妹も公爵夫人に殺された。その公爵夫人の裁判が明日、バートリー家の城の前で行われることになった」


 クラークに肩を貸し、彼の家まで運ぶ男。

 その口から出て来た言葉にハッとさせられながらも、クラークは無言でただ彼の言葉を聞いていた。


「今日のところは休んで、明日の朝はお前も城に来てくれ……。

 村の人たちもお前のことを心配してる。顔を見せてやってくれよ」


 「わかった」も言わず、頷きもせず、クラークは自身を担ぐ男を振り切って家の中へ戻っていく。

 この家に帰れば、ミリヤが待っていてくれているはずだった。

 子供が何人欲しい? なんて話もしたことがある。

 その時は二人欲しいとクラークはミリヤに行ったが、実のところは一人でも満足だと思っていたらしい。


 そこにあったかもしれない未来の自分たちが、家の中に現れては消える。

 今では叶いもしない、不毛な妄想を幾度くり返しただろう。

 外はすっかり暗くなり、ランタンに火を灯していない部屋もまた暗がりと化していた。


「…………ミリヤ」


 クラークが小さく呟いたその時、木の扉をノックする音が部屋の中に転がる。

 村の人だろうか。ミリヤが帰って来たという可能性はーー多分ない。

 腰を下ろしたベッドから起き上がる気力も無くしたクラークは出迎えようともせず、ただ何処か遠くを見つめるような瞳でぼーっとしていた。


「ふさぎ込む気持ちも分かるけど……こちとら商売なんで入らせて貰うよ」


 今夜はやたらとカラスの鳴き声がうるさい。

 放牧した牛たちは大丈夫だろうが。ひょっとしたら死んだ牛の死骸に群がったカラスの羽音と鳴き声なのではなかろうか。

 そんなことを考えていたクラークの視線の先に、一人の男が現れた。


 初対面であるはずのその男は、あろうことか家主であるクラークの許しも得ず、勝手に扉をあけて入ってきた。


「クラーク・フェンバット、間違いないな」


 ポケットに手を突っ込む金髪のガラの悪い男の顔を見上げるクラーク。


「俺はアンソニー、歪み天秤の会という小さな小さな組織の殺し屋」


「殺し屋……?」


 何故、殺し屋が自分の部屋に勝手に上がり込んできているのか。

 何故、殺し屋は自分と話しているのか。

 分からなかったクラークは首をゆっくりと傾げた。


「我々、歪み天秤の会が顧客に提供しているサービスの一つに復讐代行サービスがあってね……今日はその商談に来たよ」


「復讐……代行……」


 なんというタイミング。

 なんという奇跡。

 そうクラークが思ってしまうのは、きっと歪み天秤の会のやり口。


「文字は読める?」


 第一印象こそ良いものではなかったが、とても殺し屋なんて物騒な人間とは思えないほど丁寧な語り口調のアンソニー。


「いや」


 アンソニーの懐から出てきた契約書に羅列した文字を読むことのできないクラークは、首を横に振った。

 辺境の村の農民が文字を読めないことは想定内だったようで、契約書を懐にしまったアンソニーは一呼吸おいて、また喋り始める。


「俺達、歪み天秤の会の依頼達成率は百パーセント。つまり、報酬さえ貰えればどんな殺しだって成功させる。

 おたくにはもう、怨みの矛先になる人物が浮かんでるんじゃないのかな」


「なんでそれを」


 不敵な笑みを浮かべるアンソニーを狐につままれたような顔で見上げるクラーク。


「少しだけ下調べさせてもらったよ。

 バートリー家の伯爵夫人エリザベート・バートリーのもとへ誘拐された若い女は全員彼女の愉悦と美貌のために殺された。

 殺されたおおよそ六百人の中に、ミリヤ・フェンバットも含まれてる」


「六百人も!?」


「ああ、裁判所は既に調べているだろうが、ウチにも一人死体のプロフェッショナルがいてね。

 彼女に城の付近に埋まってる死体の数を調べてもらったよ」


 口もとこそ少しつり上がってはいるが、どうも喋り続けるアンソニーの目は笑っていない。


「おたくのその怨み、俺達が請け負おうか?」


「俺の、怨み」


 バートリーが憎かった。憎くて憎くてたまらなかった。

 強く握ったクラークの拳は怒りに震えている。

 もしも本当に殺してくれるのならば……。そう考え始めたクラークの脳裏を、昼間聞いた知人の言葉がよぎった。


「でも、バートリー夫人の裁判は明日やるんだ。

 六百人も殺したのが分かってるなら、裁判所だってきっとーー」


 クラークが喋り終わるのを待たずして、アンソニーは呆れたように口を開く。


「正気か? 裁判所が正義の味方をするなんてとてもじゃないが、俺には考えられないな。

 復讐代行も請け負う殺し屋って仕事柄、裁判所で泣き笑いする奴らは山ほど見てきたけど、あいつらはいつだって金と権力の味方さ」


 金目の物はないか、キョロキョロと部屋の中を見渡しながらアンソニーは続けた。


「先の戦争で大きな功績を挙げた元騎士、フェレンツ二世伯爵は死んだが、彼の遺したバートリー家を守る最後の伯爵夫人を国が裁くだろうか……。

 まず極刑はあり得ないとして、牢屋送りも怪しいところだな。

 いいとこ、城を没収されて首都行きか、あるいは無罪と俺は思うけどね」


「無罪って、何の罪もない人々を六百人も殺してそんなの許されるはずないだろ!」


 被害者の気持ちも汲み取らず、ベラベラ喋るアンソニーの言動に腹を立てたのか、クラークは激昂して立ちあがり目の前の彼の胸ぐらを掴む。


「つっかかる相手を間違えてんぜ、おたく」


 大方、こんなことには慣れてるのだろう。

 アンソニーの冷静な態度と言葉に我に返ったクラークが「すまん」と一言詫びて、彼の胸ぐらから手を離す。


「明日の裁判でおたくの納得いく裁きが下れば、それに満足するといい。

 でも万が一、納得いかないというなら俺達を頼りなよ、報酬金はかなり高くつくが依頼は完遂してやるよ」


「かなり高くって、具体的には……」


 その問いを受けるなり、アンソニーは顔を不気味にニヤつかせながら向かい合ったクラークの耳元で小さく報酬金を告げた。

 高くつくとは言っていたので多少の覚悟はしていたらしいが、告げられた莫大な報酬にクラークは思わず声をあげる。


「ばっ、馬鹿な! そんな金払えるはずないだろ!」


「なに、俺達もお前みたいな農民に払える額とは思ってないさ。

 とりあえずこんな辺境の村の土地に価値はないとして、おたくんとこの家畜を相場で買い取ってやる」


 アンソニーは再び契約書を取り出し、文字の読めないクラークに手渡して言葉を続けた。


「それでもウチの提示した報酬は払えない、そこで俺からのアドバイスだ」


「アドバイス?」


 渡された契約書を握るクラークの肩を抱き寄せ、悪どい笑みを浮かべるアンソニー。


「何も自分の大切な人を殺されてエリザベート・バートリーに怨みを持ってるのはおたくだけじゃないってことさ。

 この村に魔術師はいるか?」


「何人か、知ってるが」


 クラークの頭を幾人かの村人の顔がよぎった。


「魔術師なら文字は読めるはずだから、この契約書を見せりゃ大体の状況は把握できるだろう。

 悲劇の舞台となった村、そこにおたくの手で希望を示してやるのさ。

 そして村中から金をかき集めて来い」


「村中から……」


「考えても見ろよ、もし他の連中の負担金が大きくなればなるほど、本来おたくが支払うはずだった負担は軽減される。

 家畜も幾らか残れば、これからの生活だって支障ないはずだ」


 最後に抱いた肩を二度だけ優しく叩き、アンソニーはクラークから離れる。

 やけに楽天的な彼の視線の先で、俯いたまま黙り込むクラーク。


「三日後だ、裁判は明日行われる。

 そこでおたくが決断するにしても、二日ありゃ十分だろ」


 告げるべきことはもう全て言った。なんて言わんばかりに満足げな顔を浮かべるアンソニーが、クラークに背を向けたその時、


「待ってくれ!」


 クラークの一言が立ち去ろうとしたアンソニーの足を止める。


「依頼すれば、本当に殺してくれるんだな」


「勿論、俺達は請け負った殺しは確実に成功させる」


「確かに村の人達を説得してお金を出し合う案はいい。

 でも二日じゃ短すぎる! せめてもう少しだけ時間をくれ!」


 彼も少し疑ってはいたのだろう。

 果たして裁判所は公平にバートリー夫人を裁くのだろうかと、アンソニーの言葉で不安を煽られたクラークが大きな声をあげる。


「いやダメだね、三日後俺達はまたここを訪れる。それ以上待つつもりはない」


 しかしアンソニーは彼の乞うような言葉に耳も貸さず、冷たく言い残して玄関から出て行ってしまった。

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