1、魔術師
「彼女とは、パーティ会場で出会ったんですよね」
「シアンさんは貴族でしたもんね」
シアンさんは今は彼女の弟が家をついで家を出ているけど、たまに見るシアンさんは、美しい人だ。性格に少し難ありな人だけど。
「彼女は、すごかったよ……うん。あの日のことは今でも忘れることはできませんよ」
◇
シアンに出会ったのはヒースに出会った一年後、俺が学校で最高学年になった年のパーティー会場でのことだった。
王族として、貴族たちからの挨拶を受けたり社交辞令をたくさん言ったりと面倒くさいこと……。貴族の中には下心見え見えなゴマすり野郎もいるんだ。父さん……国王陛下はすごいと思うよ。そんな奴らにも表情を変えずに対応できるなんてさ。
俺は将来長男ではないから国王になる可能性は低いからいいものの、もし長男で国王にならなければならなかったなら。父さんみたいにできる自信が全くと言っていいほどない。
俺は将来は兄さんの補佐にでもついて生きていくのかなー。兄さんも父さんと同じような性格と頭脳を持ってるから、補佐になってもそんなにすることないかもね。
今、父さんの補佐官をしている叔父さんが言うには、精神的なところで補佐官は補佐をするらしいんだけど、まだどういうことかは理解できていない。理屈としては分からないでもないけど。
まぁ、兎に角挨拶とかは終わって自由にしていいと言われたから、庭にでも出ようかな。外の空気を吸いたい。お城と同じように、パーティー会場は居づらいのだ。
そんなことを王族が思うのはおかしなことだとは思うけどね……。
そんなことを考えながら庭に出ると、先客が一人いた。
幼い女の子で、庭に備え付けられたベンチに不機嫌そうな顔をして座っている。親があいさつ回りとかであの子をほったらかしにでもしちゃったか?
「なにしてるの?」
女の子の着ているドレスは、ボレロこそ着ているものの、薄い素材のもので、その状態で夜風に当たるのは良くないと思う。風邪を引いたりしたら、大変だから。あと、寂しそうにしているのは放っておけなかった。
「だぁれ?」
「俺はソーリ。キミは?」
振り向いた女の子は、大きな丸い瞳に涙を浮かべて俺のことを見上げた。
「シアンはシアンっていうの。シアン=ティニテイア。ティニテイア男爵家の三女なの」
ティニテイア……ティニテイア?どこだっけなぁ。男爵家は入れ替わりが激しいから新しい男爵家なのか?
この国の貴族は毎年一回、年の始に行う王国会議でそれぞれの家をどうするかと言うことを決める。伯爵や公爵なんかはしっかりとした人が多いから滅多に入れ替わることがない。でも、その反面貴族としての地位が低い男爵、子爵なんかは入れ替わりが激しいから毎年把握するのが大変なんだよな。
「お兄さんはソーリってお名前なのかぁ、かっこいいね」
「そうか?」
かっこいいとか思わないけどね、普通は。
ソーリって名前は、どこかの言葉で『願い事』という意味なんだ。どこに、子どもに願い事なんてつける親がいるものか。つーか、願い事ってなんだよ。
まぁ、意味を知らないんだろうね。
「うん!シアンはそうも思うのよ」
明るく無邪気に笑ったシアンだった。
やっぱり子どもは笑っている方がいいな。泣いているのは似合わない。
「そうか、ところでシアン。どうして一人でここにいたんだい?」
「迷っちゃったの。お城の窓からキレイなお花畑が見えたからここに来たんだけど、帰り道がわかんなくなっちゃって……」
なんだ、迷っただけか。じゃあ、パーティー会場に連れていってやるか。
そのあと、ティニテイア男爵を探して……俺が探したら大変なことになるか。王族なんだから、恐縮されてしまうかも。だから近くにいたメイドにでも任せよう。
もちろん会場に行くまでは俺が連れて行くけどね?
「俺がシアンをパーティー会場に連れて行ってあげよう。ついておいで」
「わかった!」
俺があるき出すと、シアンは後ろからトテトテと俺においていかれないようにと急いでついてくる。急がなくてもおいていかないけどな……。
少し歩いて振り返ってみれば、シアンは十メートル近く後ろにいた。俺、そんなに早く歩いていたっけ?
「ソーリ、待って〜!」
なにこれ、シアン可愛い。小さい娘ってこんなに可愛いんだっけ?いや、シアンだからだ。別に、幼女趣味ではない。親が感じるのとおんなじようなやつだから。
もう少しゆっくり歩いてみるか。
「今度はちゃんと……」
また振り向くと、シアンがコケていた。あらら、膝ぶつけたみたいで泣きそうになっている。
俺はシアンのところまで行ってシアンに大丈夫かとたずねる。シアンはコクンと頷いたものの、今にも泣き出してしまいそうだった。
「ごめんな、でもこうすれば……」
「わぁっ!」
シアンのことをふわりと抱き上げてみる。すると、シアンの顔がまたたく間に赤くなった。嫌だったかな?
「ソ、ソーリ?!」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……いいの?」
「あぁ、いいよ」
「そうならいいんだけどぉ……」
もじもじと顔を隠してしまった。なんでだろうか?
なんとか手が空いていそうなメイドを見つけることに成功した。そのメイドは俺が話しかけるとかなり驚いた顔をしていた。それも、一瞬のことだったけども。
「こ、この子をパーティー会場にですね。わかりました」
「ソーリは?一緒に行かないの?」
シアンが俺と別れることを不満そうな顔でメイドにたずねる。メイドは俺が王族だというのを知らないことに困ったような顔をした。小さい子に王族だからどうたらこうたらは言いづらいのかもしれない。
小さい子までに王族に対する態度とかを言うのは意味がないと思うからな。
「いいんだ、とにかく連れてってやってくれない?」
「はい」
「行きましょうか、シアン様」
「えー?ソーリはー?」
「俺は後で行くよ」
今日はあのパーティー会場に戻る気は微塵もなかったのに……そんな寂しそうな顔をされると戻らざるを得ないじゃないか。まったく……。
「後でね!ソーリ」
「せ、せめてソーリ様とお呼びください!シアン様」
シアンとメイドが微笑ましい会話をしながらパーティー会場に入っていったのを確認して、俺は一度あの庭に向かった。
もともとは息抜きに出てきたんだ。いくらシアンの可愛さで息抜きができたとしても、庭でできる息抜きとは違ったものなのだ。
庭のシアンがきれいだと言っていたお花畑を見つめてしばらくの間、俺は何も考えずに座っていた。その後、パーティー会場に戻って、シアンがティニテイア男爵と一緒にいることを確認した。
◇
「ソーリってさ、出会いに事欠かないよねぇ……」
「そうか?」
今日も俺はお忍びで城下町に出かけていた。一通り楽しんだあとは、フェイとヒースがいる花屋で一息をついていた。
そのとき、フェイがそんなことを言い出したのだ。
「だってさ、ボクにヒースにシアン様に……他にもたくさん。しかも、ただの出会いってわけじゃないじゃん」
考えてみればそうだな。フェイとの出会いも、ヒースとの出会いも、シアンとの出会いも……。他の人との出会いも……。全てがそうかもしれない。
これからもそんな出会いばかりになるのかねぇ……?楽しみに事欠かないじゃないか!楽しみでしょうがない。
「そうだな、そうだったな」
つい笑いが口から漏れてしまう。
「うわー……悪趣味だ」
「どこが悪趣味だよー」
フェイは口に入れようとしていたお菓子を手から落としてしまった。そこ、そんな反応をするところか?
フェイは物事を俺とは違った見かたで見ることが多いからな。それは俺がずれているとか、フェイがずれているとか、そういうことじゃないんだけどな。
◇
「あのシアンさんにもそんな時期が……」
私は信じられない気持ちでいっぱいだった。あのシアンさんにも可愛い時代があったなんて。この話をしたのがこの人でなければ、信じることができなかった。
今のシアンさんは、人を言葉で惑わすのが大好きで、出会う人出会う人に嘘のような真のような話をするのだ。私もよく話をされる。
「もちろん、あの時期がすぎると、僕のことが大好き期になりましてねぇ……」
「そ、それは今度でお願いします!他の人との出会いを教えて下さい!」
このまんまいくと、一人だけなのに何個も話が出てきてしまう。それがあと大体二十人分……どんだけかかるのか計り知れない。
「そう?次はナンバーツー女教王、シェーラとの出会いを――」
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