0、愚者
「これが問題児部隊のメンツですか……。なんです?面白がっているんじゃないかって?いえいえ、そんなわけないじゃないですか。ただ、感心していたのですよ。彼らとは面識があったもので」
「はぁ……」
「その顔は信じていませんね?だったら、お話しましょうかね。僕と彼らのお話を一人ひとり、二十一人分」
自分の思い通りにならないのが不満なのか幼子のように頬を膨らました目の前に座る壮年の男性――私の上司なのだが――が決めてしまった彼らとの話を私は聞くことになってしまった。
こうなってしまった上司は気が済むまで私を開放してくれない。聞くしかないのだ。
「じゃあ、まずはナンバーゼロの愚者、ヒースとのことから話そうかな――」
◇
「ああ、クソ教師なんかの授業なんか受けてられるかよ!」
俺は今学校の授業をサボって街に出てきている。どうしてサボるのかって?簡単なことだよ。あの教師が嫌いだから。俺はあいつより出来るから。成績なんて知ったことじゃない、そもそも入りたくて入ったんじゃないんだ。
そしてなぜ俺はあの教師のことが嫌いなのか。
あいつは俺が学校に入った当初は、みんな平等に公平に貴族だから、平民だから、孤児だから、なんて差別はしなかった。だったのに、今となっちゃ学校で有名な差別者だ。貴族を贔屓して、平民なんかにはイヤミばかり言って公平な判断をしてくれない。孤児なんかは存在が空気みたいに扱われている。
俺は優遇されている貴族でも嫌味を言われる平民でも、親がいない空気扱いをされてしまっている孤児でもない。俺はあいつの中では最も優遇するべきと決めている地位にいるもの、王族である。
俺はあいつに優遇されていることに特に疑問もなかった。あいつが俺の前で見せるものは、誰にでも平等に公平に接する善い教師だったのだから。しかし、たまたまあいつの本性を知ってしまったから、あんなことをしているあいつのすがたを見てしまったから。
お城の中の空気が嫌いでよくお忍びで出かけていた城下町にあの日も行っていた。露店で魚の網焼きを買って受け取って満足して、そろそろお城に戻るかなと思って帰路に着こうとしたとき、俺は見てしまった。
「ほら、お前は孤児なんだよ!だから、ワシに尽くす義務があるんだ!わかるな?!」
薄暗い路地にはあいつと城下町に住んでるんだろう小さな少年がいた。
あいつはいつもは使っていないような汚い言葉を使って、少年を汚いものを見るように見下している。
助けないといけない、いつものあいつは嘘つきだったのだ。あいつはもうどうでもいい。とにかくあの少年をあいつから、あいつから助けないといけない。
でも、そのまんま出ていって俺に勝ち目は?王族だから英才教育を受けていると言っても所詮は俺も力ないただの子どもなんだ。実力行使じゃ勝つことはできない。
じゃあ?どうするんだ?
戦わければいい。少年を逃がせばいい。
そして、俺は行動に出た。まず、助けるのが俺じゃだめだから声を変えて叫ぶ。
「ヒース!何やってるの、主様が待っているんだ、いかないと!」
少年の名前なんて知らないから兎に角思いついた名前を呼んで少年の手を引いて逃げ出す。あいつは何か後ろで喚いてはいたけど追っては来なかった。仮にも学校の教師と言う立場があるからだろう。多くの人の前で醜態を晒してしまっては自分の株に傷がつくから。追いたくても追ってこれないのだ。
「あ、あの……」
安全そうなところまで少年を引っ張ってきたから速度を落としてどこへ行くわけでもなく歩いていると、少年が俺に話しかけてきた。
「な、なんで俺なんかを助けてくれたの?僕、孤児だよ?」
少し震えていて、怯えた目で俺のことを見上げている。
「なんで助けないわけ?あたりまえだろ?」
「でも、みんなは助けてくれなかった」
「そう、そういう人もいるのか……。そっか、俺にとっては当たり前だったからな……」
王族として、そうあるべきと言われて育ったし、俺もそうであるべきだと思う。
連れてきたはいいけど、この少年どうしよう。
お城に連れていくこともできないわけじゃないけど、それでいいのか?
その時の俺はお城に連れていくことが最善じゃないような気がして、なんとなく少年に質問をした。
「キミ、得意なことって何?」
「僕の、得意なこと?えっとね……」
少年は一生懸命に答えようとしてくれている。
「僕の得意なことは、壁を走ったり、屋根から屋根に飛んだりすること。いろんなところに自由に移動できるんだ」
「すげー、いまやれる?それ」
小さい体でそんなことができるなんてすごいと思う。そのまま成長すれば、いろんなことができる大人になるんだろうな。配達人とか、警官とか。どんなところへだって行けるんだ。
「うん!じゃあ、あそこの屋根からそっちにある木までいくね!」
自分の得意なことに関心を持ってもらえて嬉しかったのかやる気満々で飛び出していった。
見上げないと見えないような屋根に壁を二、三回足場として蹴っただけで、重力がまるで無いように屋根の上に立って手を振ってみせた。それから、軽やかに屋根を蹴って木の太い枝に危なげもなく降り立った。
そのあとも、木の枝と枝の間を飛んで回ったりして自由に動き回った。軽業師も逃げ出すくらいの素晴らしさだった。
この少年は僕のつまらない日常を何か変えてくれるかもしれない。この少年と仲良くなるべきだ。今日だけで別れてしまってはもったいない。
「名前なんて言うんだ?俺はソーリっていうんだ」
「僕、名前ないよ。つけてもらってない」
少年は悲しそうに言った。
「じゃあ、俺がキミに名前をつけたい。だめか?」
「つけてくれるの?うれしい!ソーリありがとう!」
悲しそうな顔がパッと明るい笑顔になって俺につける前からお礼を言ってくる。そんなに嬉しいのか。
「ヒース、俺が初めてキミを呼んだときに言った名前。どう?」
「うん!僕の名前はヒース、ヒース!」
俺がつけたヒースという名前を何回も口に出してにやけている。つけたかいがあるというものだ。
あ、いいこと思いついた。ヒースは花屋を営んでいるフェイに預けよう。フェイは俺の悪友とも言える存在で、よくお忍びで遊びに行ったときにいろんなことを教えてくれるんだ。身元もしっかりしているし、信頼に値するやつだ。あいつみたいに裏があるやつでもないし。
フェイに預ければ、いつでも会おうと思ったときに会えるし、生きていく上で必要なことも覚えることができる。
何もかも、ヒースに聞いてからのことになるけど。
「ヒース、キミはいまどうやって生活をしている?」
「毎日、なんとか仕事を見つけてそのひぐらしをしているんだ」
特定の仕事があるわけじゃないのか。
「俺の友人のフェイっていうやつがいるんだけど、そいつのところで働いてみる気はないか?」
「ほんと?いいの?」
「ああ。ヒースの気持ち次第なんだけど」
言ってから気づいたけど、俺は結構意地悪な言い方をしてしまったようだ。そのひぐらしをしている子どもが固定の仕事にありつけるなんて話、乗らないわけがないじゃないか。
「お、おねがいします!」
◇
「へぇ……いいよ。ソーリが気にする子とか気になるし、人手が欲しかったから」
フェイはいきなりのことに理由を聞いただけで快諾をしてくれた。
「ヒース君だよね、よろしく。名前はフェイって言うんだ。フェイ兄ちゃんとよんでくれると嬉しいよ」
「うん!フェイ兄ちゃんだね!」
「そうそう、いい子いい子!」
フェイに頭を撫でられて気持ち良さそうにフェイに抱きつくヒースとフェイは本物の兄弟のようだった。羨ましい。本当に羨ましすぎる。
まあ、良かったかな。フェイのとこにいれば、あいつに見つかっても変なことはできないだろうし。
「ヤキモチ?」
フェイがニンマリと俺の方を見てそんなことを言った。
「ち、違うけど?!」
あながち間違ってはいないんだけど、素直に認める気にはなれないからな。
あと、フェイをヒースの兄とはまだ認めないからな!絶対に!
「ふーん……?」
◇
あれからヒースはフェイのもとで頑張っているようだった。たまに様子を見に行くとすぐに俺のことに気づいて笑顔でかけてくる。まだ、俺が王族とは知らされていないみたいで、近所のお兄さん的な感じでなつかれている。
変に王族とか知って他人みたいな態度を取られるのは嫌だから、しばらくはそのまんまでいいかな、と思う。
あと、フェイから聞いたコトだけど、ヒースは少し不安定なところがあるみたいだ。夜に泣いてしまうことが時々あるみたいで、そこはどうしたらいいのかわからなくてそのままにしてしまっている。
おそらく原因は、両親がいないことによる寂しさからくるものだろうとはフェイと話してはいるけど、デリケートな問題だからな。
成長とともに自然に治っていくのが一番いいとは考えているんだけどな。
未だにあいつはヒースを連れて逃げていったのが俺とは気づいてはいなくて、運悪くあってしまったときなどには愛想よく「次の授業はででくださいね」なんて言って去っていく。
面の皮が厚いやつだこと……。
◇
「ヒースって名前はあなた様がつけたんですね」
「そうなんだよね、じゃあ、次はナンバーワン魔術師シアンの話をしましょうかね……」
やっぱり一人分話しただけじゃ満足はしてくれないか。このまま本当にあと二十人分聞かされるのか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回は十二月十九日更新予定です。