恋は盲目、馬鹿につける薬はない
「大発明入りのコーヒー」(作:marron様)http://ncode.syosetu.com/n8785dn/8/ のマルオ視点で書く、というお題です。単独でも問題なくお読みいただけますが、よろしければお題作品とあわせてお読みいただけると嬉しいです。
今日は大好きなミワちゃんと待ち合わせ。
こ、これはチャンスなんじゃないのか? 勝利の女神だか恋の女神だかが俺に微笑んでくれちゃっているんじゃないのか? フフッ、だが女神さんよ、悪いが俺の女神はミワちゃんだけなんだよ!……なんつって~。
今の俺は無敵なのさ。なんたってすごいものを手に入れちゃったんだからな。夢のような薬だ。なんの薬かって? そりゃあ惚れ薬……と言いたいところだが、そんな女々しいことをするわけないだろ。
ある物質とある物質をある方法で混ぜ合わせて、あることをするとな……へへへ。あの薬ができるってわけなのさっ! あ……いや、俺が発明したわけじゃないんだけどな。愛読雑誌の裏表紙に広告が出ていたんだ。
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新発売!【イケボ缶】
これであなたもイケメンボイスに!
甘く低い声に意中の彼女もイチコロ♪
通常価格3万円のところ、初めてご購入のお客様のみお試し価格9,980円にてご提供いたします。さらに今ならイケメン度をアップするマル秘グッズもお付けします。グッズの内容はお手元に届いてからのお楽しみ♡
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わぁお! これだよ、これ! 甘く低い声で「ミワ、好きだよ」って耳元で囁くんだ。
というわけでさっそく購入。それが昨日届いたってわけ。
へへ~ん、どうだ! これでミワちゃんもイチコロだぜ!
この薬、どんなものが届くのかと思ったら、酸素吸入の缶みたいなやつだった。ほら、あれだよ、あれ。パーティグッズでよくあるだろ? 吸い込むと変な声になる……あ、そうそう、ヘリウムガス? あれみたいなやつだ。
でもそんなものをミワちゃんの目の前で吸うわけにはいかない。男は見えないところで努力するもんなのさ。
だから待ち合わせ場所の学食にはまずショウジを送り込んだ。そして俺はロッカー室でイケボ缶の吸引口からシューと出たガスだか霧だかを吸い込む。
……うむ。なにも変わった感じはしない。
ためしに声を出してみようとして思うが、とどまる。
いやいや、まてよ。今ここで自分のあまりのいい声を聞いてしまったら、いざミワちゃんの前に出た時に妙に構えてしまうんじゃないだろうか。俺、今から超イケボで告っちゃうぜ! って力み過ぎて噛んじゃったりしたら残念すぎる。それに俺の初イケボは俺自身よりも先にミワちゃんに捧げるべきだ。
俺はスマホでショウジに「5分遅れる。コーヒーでも買って待っていてくれ」と打った。早く着いてあれこれ話しかけられるのを避けるために敢えての遅刻だ。これもイケボ第一声をミワちゃんに捧げるため。
俺が学食に足を踏み入れると、反対側の入口からミワちゃんが紙コップを3つ乗せたトレーを持ってそろそろと歩いているところだった。
おお。なんて危なっかしいんだ。かわいすぎるぞ。
俺は既に席についているショウジの肩をポンと叩いた。
「お。来たか」
ショウジが言う。だが俺はヨッと片手をあげるだけに留めた。お前になんぞイケボ第一声を捧げるわけにはいかない。
それからさりげなく近くの椅子を少し通路に引っ張り出してショウジの向かいの席に腰を下ろした。
ミワちゃんはトレーの上の紙コップばかり見て歩いている。きっとドジ子ちゃんは椅子の足につまずくだろう。そこをすかさず支えるんだ。彼女はきっと照れたように俺を見上げて言うだろう。「ありがとう……マルオ君……なんて優しいの」てな。それでも俺はまだ声を出さずに笑顔だけで答えるんだ。
あ、ほら、やっぱりつまずいた……って、おーいっ! ショウジ! なんでおめーが駆け寄っているんだよ!
う。でもまあ、ミワちゃんを支えたんじゃなくて紙コップを掴んだだけだから見逃してやろう。
ショウジは両手に持った紙コップを自分と俺の前にひとつずつ置いた。ミワちゃんはようやく席に着くとトレーに残された紙コップを両手で包み込んで湯気の立つコーヒーをじっと見つめている。
か、かわいい……! かわいすぎてやばいぞ、これは! こんなかわいい子の耳元で俺はイケボを披露できるのだろうか?
緊張のためなのかイケボ缶の成分のせいなのか、喉が異様に渇いていた。
もうだめだ。ショウジがいようと構わない。ミワちゃんの耳元でなくても構わない。もう今すぐに俺のいい声でミワちゃんに告るんだ。
意を決した俺はコーヒーで喉を潤すと、口を開いた。
「あのっ……ミワちゃん!」
ミワちゃんだけじゃない、ショウジまで驚いた顔で俺を見た。
だが残念だな! 一番驚いたのはこの俺だ!
なんだこれ、ヘリウム缶じゃねぇかよっっっ!!
♡ おしまい ♡