2・俺は日雇い労働者に夢を見る
フラれてしまった俺に残された手は無かった。
豆腐戦士は討伐対象として震えて生きてかなきゃならんのか?
いや……まだ希望はあるぜ。
<食べ物>属性さえ入手できれば胃袋の中ENDを迎えられるんだ。
当初の目的に立ち返り、魔術師を見つけ出すことに全力を尽くそう。
つーわけで受付嬢のマイカさん、ちょい教えて!
「魔術師を探してるんだけど、ギルドは何か知ってたりしないか?」
「存じています。ですが、魔術関連は秘匿情報となっていまして、Sランク冒険者の方にしかお教えできない規則なんです」
「じゃ、ヒント……ヒントだけでも」
「私も知りませんので。魔術は誰もが触れていいものではないそうです」
ま、また変な障害が立ちはだかりおった。なんか都合よくいかないこと多くね?
教えて欲しかったらSランク冒険者になれってさ。
食べ物になりたくば魔術師を辿れ、魔術師に辿りたくばSランクになれって。
おいおい、どんどん遠回りになってるじゃんよ。
どうせアレだろ? Sランクになりたくばうんたらかんたら~ってまた変な条件課せられるんだろ? 知ってますぅー。俺知ってますから~~。
でも、Sランク冒険者ってなんか……憧れちゃうっていうか……はい。
「冒険者に……なりたいです……‼」
「は、はぁ……お手続き、承ります」
ってなわけで登録の手続きです。
てか最初の勢いでタメ語使ってたけど、今は人に扮してるやん。
こっそり話しかた直しとこ。
「まずは冒険者についてご説明いたします。冒険者とは――」
はい。ほう、ほう、冒険者とはそんな感じなのですね、はい、分かりました。
「次にランクについてご説明を――」
ほう、ほう、依頼をこなして功績ポイントが貯まったらランクが上がると。
ランク上がったら高難易度依頼を受けられると。はい、分かりました。
一通り説明を終えたマイカさんは、慣れた手つきでカードを取り出した。
見覚えあるわ……ギルドカードやね。
「冒険者の方にはこちらのギルドカードをお渡ししております。これで功績を管理していますので、紛失された場合功績の一切が失われます。お気を付けください」
え、めっちゃランク上りつめてから失くしたらヤバないです?
「高ランクともなるとこちらも顔を覚えていますので、ランクを保持して再発行することも可能ですよ。ですが、顔を隠した方ですとそれも無いと思われますのでご注意ください」
顔を隠した方? ああ、俺たちのことか。
まあそりゃあな、顔を隠した別人に再発行されても困る。
ギルドカードは絶対に失くしたらいけない……オーケー把握。
「お渡しする前にこちらで名前を記入します。よろしいですね?」
「ウス」
マイカさんは『マロゾロンド』と超カッコイイ字体で筆を入れた。ご達筆!
そしてカードを差し出してきたので、手担当がピタッと吸着して受け取る。
うほほ、『スネアン』『ジャイオ』とか書かれたパチモンじゃないぜ!
「はじめはFランクからとなりますが、頑張ってランクを上げていきましょう」
「ウス!」
冒険者マロゾロンドここに爆誕。
Eランクの奴らクソ弱かったし、とりあえずEまでは余裕やな。
そっからグングン成長して、ドラゴンスレイヤーとかになちーゃうかもよ?
「《竜屠》マロゾロンド……やば、かっけ」
「ドラゴンって、何です?」
「なんでも無いっすウワハハハ」
お、おい、マジか? ドラゴンいないの⁉ ファンタジー世界だぞ⁉
今からでもいいよ、【ドラゴンカモン】‼ や、実際来られても困るけどね。
あんな生物いたらソッコーで人類滅ぶわ。豆腐は……知らね。
ま、何はともあれだ。
「マイカさん、世話になるっす」
「はい、よろしくお願いしますね」
俺の冒険者生活が、今日ここから始まる……‼
* * * * * * * * * *
時は少しさかのぼり……。
人里離れた山奥に、トンガリ帽子にマントを羽織った女性の姿があった。
大魔術師ラ・ダ(29歳)である。
トントロポロンが出現してから二日、彼女は世界中を駆け回っていた。
知己である魔術師のもとを訪れては、概念魔術に関与していないかを調べ、無実を確認するとまた別の地へ――そんなことを繰り返している最中だ。
今もまた、この地に住む魔術師の様子を探りにきていた。
これから向かう祭祀場には、教導役の老魔術師と幾人かの見習いがいて、魔力抽出の修業に精を出していることだろう。
つまり、魔術師の卵が集う場所になる。
魔術の最奥たる概念魔術とは程遠いが、一応と確認しにきたのであった。
「おや、ラ・ダじゃないか」
「……久しぶりね」
石造りの入口を潜ると、早速見知った顔の老魔術師に遭遇した。
未熟だった頃のラ・ダはここに修業にきたことがある。この老婆は当時から教導役を務めていたため、当然両者とも顔見知り、師弟の間柄とも言えた。
とはいえこのラ・ダ、かつての師であろうと容赦なく疑う。
(<視る>二重加-言理回折/命令解析――【鑑定】)
【鑑定】の魔術を行使し、老婆が最近行使した魔術の痕跡を覗いた。
(抽出魔力におかしなものは無い……魔術自体も全て既知のものだわ)
この老婆は概念魔術師でないと確信した。
空振りすることは半ば分かっていたので、こともなげに会話を始める。
「えーと、学士アーダ……」
「わたしゃ"コーダ"だよ! 世話してやった恩人の名を忘れるなんて、相変わらず頭には言語学しか入ってないみたいだね」
「そっちこそ、相変わらず時流に乗れていないというか、古いというか。今では言語学でも言語魔術でもなくて『魔術』って呼ばれてるのよ。教え子にもちゃんと教えてあげなさいな」
「ケッ、生意気に育ったもんだ。で、用件は?」
(『用件は?』か……老練なコーダでさえ気づいていない……)
概念魔術の発動に気づいていれば、用件など聞くまでもないだろう。
コーダは知らないのだ――トントロポロンの角が柔らかかったこと、再生能力がなかったこと、いや、そもそも存在しなかったことなど。
ラ・ダは自分がたった一人、世界に置いていかれるような寂寥を覚えた。
しかし、世界の変化に気づけないよりはマシだ。
術者はなぜかトントロポロンに固執しているが、興味が別に移ればどんな深刻な事態になるか分からない。
皆と同じように身をゆだねるわけにはいかない――そう心に決めていた。
「おーい、聞いてるかい?」
「ええ、用件ね。たまたま近くを通ったから、次代の魔術師がどんなものか見に来たのよ」
「おやおや、じゃあ見てもらおうかね。丁度、修練の間にいるよ」
(ウソの用件を済ましてこの場を去りましょう)
二人は修練の間に向かった。
* * * * * * * * * *
修練の間には見習いが10人ほどいた。年や性別、身なりも様々である。
みな集中していて、ラ・ダとコーダに気づいていない様子だった。
ひたすら石を握っている者や、石柱に指を当てては離し当てては離しと繰り返している者もいる。彼らは一様に魔力抽出を会得しようとしていた。
(あの子は<握る>、あの人は<触れる>か……相変わらずね、ここは)
「せっかくだ。ここはひとつアドバイスでもやっちゃくれないかい」
「抽出は才能次第よ。私が言ってどうなるわけでもないわ」
「じゃあ魔術でも披露しておくれよ」
「まあそのくらいならいいけど」
了解がとれたので、コーダは皆の注目を集めるべく声を張り上げた。
「みんなァ、偉大な先輩が来なすったよ!」
「「「……?」」」
コーダの声に反応した見習いたちは、ラ・ダに視線を注いだ。
その目は来訪者を不思議がる目で、彼女を知らない様子だった。
当然、自己紹介からはじめなくてはならない。
「みなさん初めまして。私はラ・ダ。当代の守護者よ」
「おお、守護者……」
「守護者様」
「守護者とは何だ?」
「秩序の守護者。言語学を統括し、選ばれた者以外の手に渡らないようにしている」
「ふむ……」
(守護者を知らない人がいたようね……十中八九、冒険者でしょう)
あまりに魔術師の数が少なく、このままではいつか魔術が途絶えてしまう。それを恐れて門戸を広げた先が、冒険者ギルドだ。そこの優秀な人格者を寄越すよう頼んだのだが、門外漢ゆえに無知であった。
(ここは守護者の偉大さを示しましょうか)
「そこのアナタ。名前は?」
「私か? 私はレナード。Sランク冒険者だ」
「ランクなんてどうでもいいわ。ここでは魔術の技量が全てを決める。あなたは今、どんな過程にいるの?」
「一番初め……<握る>言理の抽出だ。言理が何なのか全く掴めない」
(言理って言い方……魔力と言った方が解りやすいのに……ま、合わせるわ)
「じゃあ<握る>言理を使った魔術を見せてあげる。完成形を見れば、イメージが掴めるかもしれないわ」
ラ・ダは箱から石ころを取った。それをゆっくりと手に握る。
「見てなさい……
<握る>単一加-強化――【強握】」
ラ・ダの手の内でゴリッと音がした。
手を開くと、石はたくさんの破片となってこぼれていく。
「「「おおおお!」」」「……ふむ」
「この世界は言語で出来ていて、私たち人間もあらゆる言語で人間として成り立っている……<視る><聴く><触れる>そんな言理の集合体が私たちなの。私は今、私の体にある<握る>という言理を抽出し、強化の命令式を与えたわ。そうすることで言理が一時的に改竄されて、石すらも砕けたってわけね」
どう? とドヤ顔するラ・ダ。しかし相手はきょとんとしていた。
「すまない。私には難しいことは分からないんだ。ただ潰しただけに見えた」
「ただ潰したって……石よ、石」
「いや、それくらいであれば私でも……」
レナードは石を握った――「ふん」――ゴリィッ、石が砕け散った。
これにはラ・ダも「えっスゴッ」と驚いたが、
(ってそれはただの馬鹿力! 魔術の要素なんて皆無じゃない!!)
脳筋には実現不可能な魔術で思い知らせるしかない。
そう悟ったラ・ダは、何もない空間に手を伸ばし
「ならこれはどうかしら?」――宙を握った。
「<握る>二重加-空間置換/座標変換――【遠握】」
「うおおおっ⁉」
レナードは驚いた。自分の鼻がギュッと握られたからだ。
ラ・ダに握られたことは分かっているが、ラ・ダは自分に触れておらず、宙をにぎにぎとしているではないか。
「分かった? 言理を自在に操れれば、<握る>をどんな<握る>にだってできるのよ。威力や距離、変性さえ思いのまま。あなたの心臓を握ることだってできるわ」
「凄いな……これがあなたの魔術……本当に凄い」
「そ。参考になったか分からないけれど、出来るようになるといいわね。まずはいろんな言理を抽出できるようになりなさいな」
「ああ、頑張ってみるよ」
その後、見習い一同に拍手を送られながら、ラ・ダは祭祀場を後にした。
* * * * * * * * * *
(さて、次に向かうべき場所は……そうだ、冒険者ギルド……)
ラ・ダは先ほどの冒険者が石を手で砕いたのを思い返し、冒険者というものは実は結構凄いのではないかと思い始めていた。
(トントロポロンに執着を見せる者の捜索依頼……頼んでみるのも有りね)
行先は決まった。あとは向かうのみである。
この地から一番近いギルド支部……『ハリケーンウインド』へ発つ。
ラ・ダはみずからの魔力から<跳ぶ>を抽出し、命令式を三重に与えた。
(<跳ぶ>三重加-抵抗干渉/揚力干渉/方向制御――【飛行】)
彼女は足に力を入れ、跳んだ。
普段であればすぐさま地面に足がついて終わりだが、【飛行】の魔術によりそのまま上空に上がり、十分な高度を取ると横方向に動き出した。
端的に言えば彼女は空を飛んだ。<跳ぶ>を<超スゴイ跳ぶ>に変えることで。
魔術に傑出した才を持つラ・ダのみが為せる技であった。
一流の術師でも、トリプルアッドはできない。ゆえに空も飛べない。
このラ・ダ、流石は世界一の魔術師であった。過去形だ。
たった今、世界一の称号は別の存在のものとなった。
「え?」
ラ・ダはまたもや概念魔術の発動を感知した。
それと同時に、自分目がけて凄まじい威圧が発せられたことも。
「は? え?」
何かが急速に向かってくる。あまりに速すぎて【遠視】で姿を確認することもできない。わけがわからない。わからないが、あと十秒も経たないうちに、ここに何かが――来る。
そしてその何かは、ラ・ダに凄まじい風圧を浴びせながら出現した。
全長は小山ひとつほどあり……全身は鱗に覆われていて……翼を大きく動かしているそれは、彼女をねめつけながら牙の並ぶ口を開けて――告げた。
「空は我らが領域……虫ケラは地を這うのが似合いだ」
「…………ヒッ、ぃ……」
圧倒的存在。人語をも解する化け物。ラ・ダはこのような生物を知らなかった。
知っている者の口を借りれば、この生物は――
「<切り裂く>四重加-先鋭化/貫通化/減衰干渉/空間置換―――」
「クアド……⁉ や、やめっ――」
「【無無明爪】」
――名を竜といった。




