2・黒衣のマロゾロンド
出だしだけ三人称視点
人外の存在を寄せつけぬよう壁に囲まれた街、ハリケーンウインド。
街に入るための門にも、門番が監視の目を光らせている。
そこに、漆黒のビロードをたなびかせた来訪者があらわれた。
小柄な体躯――子供である。しかしただの子供ではない。
頭からつま先まで黒衣に包まれており、中の容姿がうかがえないのだ。
これには門番も訝しむが、この門は人であれば誰だろうと通すルール。
どのような姿であろうと、人であるなら止めることはしない……はずだったが、
「止まれ」
待ったをかける。この者があまりにも異様な存在感を呈していたからだ。
本当に人だろうか?――門番もそれを疑わずにはいられない。
「何者」
短く問う門番。
それに対し黒衣の来訪者は答えた。
「……マロゾロンド」
受け答えができる――すなわち人である。
そう考えた門番は、クイッと顎を街の方へ向けた。
『通っていいぞ』
言外にそう告げられた来訪者は、スイスイと街に入っていくのだった。
* * * * * * * * * *
良し! 良し! 豆腐戦士団、街へ入れました!
お……俺ってば、頭良すぎだろ……。
あの門番、俺たちをトントロポロンだとはちっとも思わなかったろうぜ……。
この策をあみ出した自分の才覚にぷるぷると震えざるを得ない。
どっからか飛ばされてきた黒衣を見て閃いたんだよ。
互いの体をつかみあって人型になり、それを黒衣で隠せばもはや人……凡人には想像つかんよなァ!
合体の練習をしまくった俺たちは、今や以心伝心だ。
人のシルエットをつくるだけではなく、基本的な人体の動作さえ余裕。
どこの街だろうと入れるぞ……俺たちが力を合わせれば!
あ、ひとつ失敗したこともあったな。
マロゾロンドって誰やねん……あいつが急に聞いてくるから……。
時代小説か何かで「何者!」「……客人ぞ」とかそんな掛け合いがあったから、それ思い出してさ、パクったんだけど咄嗟すぎて変な名前になってしまった。
一度名乗ってしまったものは仕方ない。
集合形態の時はマロゾロンドで通すとするか。
門をくぐると、街の中の景色がドワッと視界に入り込んできた。
おお! 中世ファンタジーだ! ……悲しいことに、感想は以上です。
いや、すごいとは思ってんだけど、オレ表現力が絶望的でさ。えへ♪
よっしゃ、今は昼だから人がいっぱい。
さっそく道ゆく人に魔術師のこと聞いてまわるぜ。
――うお!っとっと。こけかけた。石畳の段差には気をつけないとな。
気を取り直して、と。
あ、そこの青年。少しお時間くださいな。
「失礼、おたずねしたいことが――」
「うわっ、誰だよ、気味の悪い……」
男は立ち去っていった。ファック! これだから都会(?)は。ファック!
まあ、優しい人もきっといるさ。次!
「そこのお嬢さん、少し聞きたいことが……」
「きゃっ⁉ え、え、やだ!」――タッタッタ、後ろ姿が小さくなっていく。
何か知らんが驚かせちゃったか。ごめんね?
ま、こういうこともある。次だ。数うちゃ当たるはずヨ。
「そこの少年――」
「ウワアアアア!!!」
…………俺はお化けか何かですか?
「そ――」
「ッ!」
タッタッタッタ。少女は走り去っていった。
……これはアレか。俺たち、気味悪がられてるな。しかも相当。
ちょっと顔が見えなくて、全身黒衣なだけで……ちょっと不審者なだけで……。
トボトボと街を歩く……いやスイスイすべってるけど、気持ちだけはトボトボと歩いてます。
そうやって歩いている間にも俺たちの周りには誰も寄り付かない。
あーあ。三十人くらいに声かけたけど全部逃げられたわ。へこむわ。
なんて、ショックを受けていた時、一つの看板が目に映った。
『カネさえ出せば引き受けよう
カネが欲しけりゃ引き受けろ
――冒険者ギルドはすぐそこ⇒』
カネさえ出せば……ふーん……魔術師の調査依頼もかね?
俺はカネを持っている。元々は悪の冒険者が持っていたカネだ。
悪党に持たれていたせいで邪悪にそめられたカネも、今や正義の豆腐に聖別されたカネ。どこかで消費して、経済をまわしてやらねばならん。
依頼しにいってみるか、冒険者ギルドへ。カネが足りん時は知らん。
はい、『すぐそこ⇒』の看板どおり、すぐそこにありました。
これが冒険者ギルド……。へぇ、結構デッケェな。
小学校の体育館の4分の1くらいあるわ。
……ん? ギルド入口横の……なんだこれ。
あ、掲示板か。どんなこと書いてんだい?
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常設依頼一覧
討伐/トントロポロン:10匹につき銅貨1枚
討伐/フロストウルフ:1匹につき銅貨5枚
討伐/ワイルドボア:1匹につき銀貨1枚
討伐/超多頭獣パンゲオン:応要望
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ずらっと並んでいる項目の一番上。
『討伐/トントロポロン:10匹につき銅貨1枚』
トントロポロンの討伐依頼が常設で……ちっ、害獣とはいえ世知辛ぇや。
しかも10匹で銅貨1枚……めっちゃ安く見られていることはなんとなく分かる。
まあ、値段はどうでもいいわ。依頼の存在自体が問題だ。
魔術師どうこうより、この依頼をどうにかするのが先決やね。
俺はとある決心をして、ギルドの建物へと入る。
人がそこそこいる中をみまわし――受付は……あそこか。
俺たちは真っ直ぐに、受付嬢(20代前半カワイイ)のもとへとスイスイした。
途中、ガヤガヤとしていたギルドの喧騒が、静寂に変わった……。
俺たちの姿に注目している?……ここでも恐れられてしまうというのか。まあいいよどうでも。
スイスイ スイスイ
衆人をものともせず進んだ俺たちは、受付嬢の前に立った。
そして、思いついた決めゼリフを言い放つ。
「トントロポロン討伐依頼の抹消を依頼する」
「ひぃっ! 首がずれてるう!!」
へ?……ああ! 道行く人に避けられてた理由はそれか!
おい! 誰だズレてるのは! 直せ!!――「(ぷる)」――よし直ったろう。
改めて俺は告げる。
「トントロポロン討伐依頼の抹消を依頼する」
へへっ、決まったぜ。
依頼の抹消を依頼……皮肉が効いてんだろ?
「す、すみません。よく聞き取れなくて……もう一度お聞かせ願えますか?」
……同じ決めゼリフ三回連続で言えるなら、そいつは神か何かだ。
「――トントロポロン討伐依頼の抹消を依頼する」
我らが名は、豆腐神マロゾロンド。
豆腐をさいなむ愚衆ども、考えを改めよ……‼




