2・べ、別に錯乱してねぇし⁉
俺たちゃこれでも、必死こいて医者んトコに駆け込んだんだぜ? なのによ……。
「私にできることはないですな」
クソッ! こんな結末があっていいのだろうか⁉
「どんな名医だろうと、もともと健康な女性を治すことはできないのですな」
服は血まみれだったクセに、体の方は傷一つ無かったってよ。なんじゃそりゃ。
当の本人は今、診療所のベッドでスヤスヤ寝ておりますわ!
いやあ、俺の早とちりってことになるんだろうけどさ、誰だって早とちると思うよコレは。だって血まみれだったもんよ、普通は重傷だって思うっしょ?
まあ、無事ならそれでいいんですけどね? いいんだけど……
「一体どうして血まみれだったんだんスかね?」
「ふむ、たしかに謎ですな……どれ、推理してみるんですな」
トドみたいな愛くるしさを持ったデブ医者は、突如その雰囲気をガラッと変えた――まるで往年の刑事のようにだ。
おお、謎の究明ですね? これは期待ですな!
「服の内側から血が広がって、それが体に張り付いていた……血は女性が流したもので間違いないですな。見るかぎり胴体に裂傷を負ったように見受けられますな。しかし、服にも体にも穴は開いていない……ううむ、これはズバリ……」
「……ズバリ?」
「分からないですな!」
ズコーーッ!!
「結局分からないんスか!」
「分からないということが、分かったんですな」
「それに何の意味が……」
「ほ、ほ、ほ。意味はあるんですな。説明のつかないことのたいていは、魔術のしわざに間違いないですな」
「……魔術のしわざ?」
「魔術はあり得ないことでも起こしてしまうと言われているんですな。私が太ってしまうのも、何者かの魔術のしわざかもしれないですな」
それはただの食べ過ぎだっつの。
ていうかその理論、似たようなの聞いたことあるな。
ああー、妖怪ウォッ㋠? 『妖怪のしわざ』ならぬ『魔術のしわざ』ってかあ?
オッサン、それ小学生の理論じゃねーか……。
――いや、待てよ。思い返せばあのオネエサン、トンガリ帽子なんつーいかにも魔女っぽい装備をしてたな。うーむ、この世界でも魔女がトンガリ帽子を愛用しているなら、マジで魔術の線はあるかもしれない。
つまり、オネエサンは俺が探している魔術師かもしんねーってこった。うほほ!
「オネエサンはいつ目ぇ覚ましますかね?」
「出血による失神なら、いつ目覚めてもおかしくないですな。起きるまで見てあげるといいんですな。私はちょいと来診に出かけてきますな」
「ウス。あざっす!」
つーわけで、待つぜ。オネエサンが起きたら魔術師かを聞いて、ビンゴだったら<食べ物>属性ゲットできねーか相談しなきゃだよな。
あ でも、ただでさえ黒衣で体を隠してるのに「食べられるようになれませんか?」なんて聞いちまったら、あからさまに怪しいな……どこのサイコ野郎だ。
祈るしかないか……【正体を怪しまないでくださりませ】~~‼
なんつって、祈ってもかなえてくれる奴なんていないけどな!
ここは待つ間にナイスな聞き方でも考えてみますかね?
* * * * * * * * * *
〖三人称一元視点〗
「ぅ、ん……」
「おっ。起きた……か?」
目覚めたばかりのラ・ダの耳に、聞きなれない声が飛んできた。
例の怪物の声ではない――ただそれだけで、深い安堵に満たされてホッとする。
(逃げおおせたのね……本当に肝が冷えたわ)
自身が窮地を脱したことを嚙みしめると、ようやくベッドから身を起こし、声の主に視線を向けた。
全身を黒衣で隠した子供だ。いや、子供ではないのかもしれない。素肌を一切見せない子供という形姿には覚えがあった。
(小さい人族かしら……珍しいわね)
小さい人族は元々この世界の住人ではない。
パンゲオンという巨大生物に住んでいた世界を食べられ、泣く泣くこの世界に逃げ込んできた者たちだった。
体格の違いによる迫害を避けるため、子供のフリをしながら世界に紛れていることをラ・ダは知っている。よって、怪しむ必要は無いのだ。
「あなたが運んでくれたの?」
「ウス。俺ァ冒険者のマロゾロンドってモンです。薬草摘みに街の外に出かけたら、デカい薬草があってですね、よく見たらオネエサンでしたウワハハハ!」
「そ、そう。有難う(異様に陽気な性格――ハーフリングに間違いない)」
間違いである。中身は[・∀・]だ。
「ところで体の調子はいかがっすか?」
「おかげさまで問題ないわ」
「それは良かった。そうだ、オネエサン血まみれだったんすけど、何があったか聞いてもいッスかね? 駄目ならダメで構わんのですが」
「……いいわよ(説明する義務はないけど、迷惑をかけたみたいだし)」
ラ・ダは事の次第を簡単に説明した。
自分が魔術師であること――「おほ、魔術師‼」
怪物に襲われたこと――「オネエサンそれ竜すよ竜」
怪我を負ったが魔術で治したことを――「おお、だから無傷! 魔術すっげ」
相手はやたらうるさかったが、打てば響く感じは嫌いではないと思った。
* * * * * * * * * *
俺たちの目の前に魔術師がいる。
本人が魔術師だっつったんだから100パー魔術師でしょ。
Eランク昇格とかSランク昇格とかぶっちぎって、目的の人に会えちゃったよ。
しかも聞く感じスゴイ魔術師だ。これは期待できる。
<食べ物>属性が得られるかどうか、聞こうじゃないか。
自然に聞きだす方法は用意してある。いくぜ!
「オネエサン、魔術師の人に会えたら聞きたいことがあったんす」
「何かしら?」
「自分には……妹がいましてですね……ひょんなことからドラゴンの口の中に入ってしまったんスよ。救出するために自分も入ろうとしたんスけど、ドラゴンのヤツ全然入れてくれないんスよね、食べ物じゃないからって……。だから、魔術で食べ物になれないスか……ね?」
食べ物になる動機付け、完璧じゃないかコレ?
とらわれた妹を兄が救うというストーリーには誰もが関心を寄せるだろう。
同情も期待でき、教えてくれる可能性はかなり高いんじゃないだろうか?
妹もう死んでるんじゃね?とかそんな残酷なこと、よほどメンタル強くないと言えないだろうし、マジパーフェクトストーリー! 穴があったら教えて欲しいぜ!
「その妹、もう死んでるんじゃないかしら」
「…………」
そんな馬鹿な……残酷な真実をこうも易々と突き付けつけられるなんて……まさに悪魔ッ! 悪魔的所業ッ‼ 魔の申し子! 魔術師なだけあるッ!
「魔力の後天的増設は面白い発想だけど、あまりに非現実的すぎるわね。もっと違う方法をとった方がいいわ。あ、もう死んでるわね……ごめんなさい」
「…………」
形だけの謝罪なんていらねぇよお!! 妹はな、俺の妹はな、架空の存在だけど、家族なんだぞお! それを死んでるだなんて、あんまりだよお!
「安心なさい、妹さんの仇は取ってあげるから。私、負けず嫌いなの……勝ち目が見えたらドラゴンとやらにリベンジ……いえ、一匹残らず駆逐するわ」
「そ、そっすか……応援します」
仇を取ってくれんなら許すよ。死んだ妹もこれで浮かばれるだろう。
で、結局食べ物属性はどうなったんだ? もうズバリ聞いちゃおう。
「あの、妹のことはおいておくとしてですね、俺は食べ物になれるのか、なれないのか、どっちですか」
「変なところにこだわるわね……生まれから<食べられる>魔力がないなら無理だと思うわ。詳しいことは魔術の秘に触れるから教えられないけど」
「なん……だって……⁉」
無理……むり……ムリ……パシフィック・ムリ。ヒロインはマコ・モリ。
ベケット君、世界に破滅が迫っている。ロケットパーンチ!(超錯乱)
まただ……プルプルと音を立てて自我が崩壊していく……豆腐クライシス。
転生したせいで映画パシフィック・リム2が見れない事実に今更気づいてしまったのもあり、俺の豆腐脳は壊滅的なダメージを受けた。ベケットくぅーーん‼
「でも、そうね……概念魔術なら、あるいは……」
「‼ え、何、希望は残されている感じですか?!」
「いえ、気にしないでちょうだい」
「めっちゃ気にしますから!」
「急用を思い出したから、失礼するわね」
オネエサンは立ち上がり、スタスタと去ろうとする。急!
「えっ、待って、まっ――ふげ⁉」
急に動こうとしたもんだからマロゾロンドの動きが同期できなくてコケちまった! や、待って!待ってェーーー!!
追いかけるように診療所の外へ出たが、オネエサンの姿は無かった。
ベケットくぅーーん‼(錯乱)
クソ、どこ行きやがった! ここで逃がしたらやっべっぞ!
オラァ‼ どこだァ‼ そ、そうだ、㋛゛ョジョって漫画で見えない相手を探る技があったな。『波紋法』って技術だ。やってやる!(錯乱)
「北国ノルウェーにこんな諺がある……『北風が勇者バイキングをつくった』……北風は豆腐の身に宿る汁気といえようッ!」(※錯乱)
ぷるぷるぷるぷる――マロゾロンドの全身を震わせて、体にしみ込んでいる水分に波紋を起こした。生命の振動を感じ取る波紋探知機だッ‼
「コォオオオオオ……」
はい、完全に見失いました。何が波紋探知機だよ! 漫画を現実に持ち出すとか、どんだけパニックになってたんだ俺は……!!
せっかく魔術師に会えたのに、俺が得たのは『概念魔術』とかいうなんかカッコよさげな謎ワードだけ。なんじゃそりゃ。
概念をどうこうできる魔術なんだろうか? 概念ってどういう意味だっけ?
分かんね。分かんねぇけど、まだ希望はあるみたいだ。
今、俺がすべきことは。Sランクになってまともな魔術師に会う、か?
そして概念魔術のことを探る。これっきゃない、かな?
へっ、とりあえず街の外に隠した薬草、とりにいくとすっか!
時間をおいて見直したら、パロネタ多用しすぎなことに気づきました。
次回から気をつけますので、ひとつお目こぼし願います。




