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【キャシュトニーナ】


 うちにはことの重大さがわかっちゃいなかったんだ。前に座っているヒトの顔を見て気が付いた。



 フォート・マリオッシュ駐屯軍(ちゅうとんぐん)総司令官、セルジオ・デル・ポネット大将。


マリオッシュでいちばんえらいヒトだ。軍服を着てなけりゃただの気のいいじいさんにしか見えねえ。


野菜を作ってカテクの乳をしぼる暮らしをしていると言われたら、うちは信じるね。


そんな牧歌的なヒトが死刑を宣告せんこくされたみてえな顔をして眉間(みけん)をつまんでる。「ふぉふぉふぉ」ってのんびりした笑い声で、いつもみんなを安心させてくれる司令がだ。


実際、死刑は宣告されていた。被告はマリオッシュの全島民。障壁ウォールを失いバリザードも失ったマリオッシュはすっ裸も同然だ。


 ウォール消失と同時に海の墓場サルガッソのすき間から侵入したリトギルカ軍は、迎撃開始前のマリオッシュを包囲した。小型艦だけの無謀(むぼう)急襲(きゅうしゅう)はバリザードが落ちたことを知っていとしか思えねえ。


そして、意気揚々いきようようと無条件降伏をせまってきやがったんだ。


与えられたのはたったの1時間。無条件降伏を受け入れるかどうか決めなくちゃなんねえ。そのために各部隊の指揮官とうちらプリズナートが集められている。



 ポネット総司令は究極(きゅうきょく)の選択をせまられて悩んでいた。選択肢せんたくしがなけりゃ悩むこともないんだろうけど、マリオッシュにはまだ戦力が残っている。フルデン中将が率いる艦隊だ。


スクリーンに映し出された戦況図を見ると、真ん中にあるマリオッシュを取り囲むようにフルデン艦隊が配置についている。そして、その外側をリトギルカ軍が包囲している。


 ウォールが消える前、敵艦隊がこっちに向かって来てることはわかっていた。だから、フルデン艦隊はマリオッシュの周囲に留まっていた。


味方が敵の近くにいたらバリザードを撃てないからだ。バリザードで敵に損害を与えてから攻勢をかけるつもりだった。


ところが、ウォールを失いバリザードも使えなくなって作戦もくそもなくなっちまった。フルデン艦隊は無防備なマリオッシュを背にして動けないでいる。


 敵にここまでの接近を許したのは100年ぶりだって、居並ぶ指揮官たちはくやしがってる。


絶対障壁ヘザーウォールとバリザード、ふたつとも使えなくなるとは考えたこともなかったんだろうぜ。



 敵は12個艦隊。フルデン艦隊はその3分の1。数の不利はあるものの敵は小型艦だけだ。マリオッシュにもカノン砲はあるし戦い方次第で善戦(ぜんせん)できねえこともない。


けど・・・・・・


敵のすべての砲身はフルデン艦隊に向けられていて、その後にはマリオッシュがある。戦うことを選べばまちがいなくマリオッシュは火の海になる。


軍人と民間人、大人と子供の区別なく、大勢死ぬ。死にまくる!


 だからって、マリオッシュを無傷で敵の手に渡したりしたら、戦局は一気にリトギルカにかたむくことになる。


劣勢になったアビュースタがどれだけの犠牲ぎせいをはらうことになるのか、うちには想像もつかねえ。



 無条件降伏か、犠牲覚悟の反撃か。


そんなのどっちも選びたくないに決まってる。とにかく民間人の安全を確保する方法があればいい。


まず考えられるのはシェルターだけどとても収容しきれん。人口が増えすぎたせいだ。


あふれた分は島の外に避難させようということになった。問題はあふれた民間人2万人をどうやって脱出させるかだ。


単純計算で1000人乗れる船が20(せき)は必要ってえことになる。そんなもんがどこにあるってんだ?! 


「フルデン艦隊は民間人脱出にどれだけの船を捻出(ねんしゅつ)できるか」


「民間の船は何隻あるか。漁船でもボートでも構わん」


「最悪の場合、女子供だけでも安全を確保できれば」


 それでもなんとかしようって考えてる。部隊をあずかる指揮官たちは簡単にあきらめたりはしねえ。




 1時間なんざ、あっという間だ。


「進退(きわ)まれり。無条件降伏を受け入れるとするかのう」


総司令の声はしわがれていた。居並ぶ部隊長たちの中からうなり声やため息は聞こえてくるけど、言葉になるものはない。


結局、島を包囲したリトギルカ軍の目を盗んで、民間人を島の外に避難させるのは不可能だということになった。マリオッシュは落ちたんだ。


「申し訳ありません。我々の失態です」


 シュバイク隊長の声はうめくようだった。プリズナートのせいじゃないってのに。たぶんウォールが消えた直後には、もうバリザードは敵におさえられていたんだ。


あそこに幻影使いファントムマスターがいたのは、まだバリザードは無事だとうちらにカン違いさせて、艦隊を出撃させないようにするためだ。


「メアリーなら後手にまわってしまったわしの責任だと言うじゃろ。あやつの言う事はいちいち(まと)を射ておるから言い訳もできん。手厳しいしい女房を持つと苦労するぞい」


「ふぉふぉふぉ」と笑って見せる総司令は全部の責任をひとりで引き受けるつもりなんだ。



 ポネット総司令は、どうしてこのヒトが将軍なんだろうと首をひねるくらい覇気(はき)のないヒトだ。それでも、司令のまわりにはヒトが集まってくる。それにはちゃんと理由がある。


 司令がマリオッシュに来て最初にやったのは、将校専用のラウンジをなくすことだったというのは有名な話だ。


ここでは将校も一般兵士にまじって屯所(とんしょ)の大食堂で食事をする。よそからきたヤツはみんな驚くらしい。けどここではそれが当たり前なんだ。


一緒に食事をする中で、将校はひとりひとりの兵士がどんな人物なのかを知ることができる。


その結果、人材を生かしたムリのない作戦が立てられるようになって戦死者が減った。


納得だろ?


 もちろん、言いだしっぺの司令も大食堂で食事をする。司令はまったく違和感なく兵士に混じってるから、気が付かないでとなりに座ってたなんてことがよくある。


そんな時は決まって奥様の自慢話を聞かされる。というワケで、司令の愛妻家ぶりはだれでも知ってる。



 これはウワサなんだけど、総司令がはじめたことはもうひとつある。


戦死者ひとりひとりの名前をノートに書き(しる)しておくことだ。革張りのりっぱなノートには戦死者の名前と年齢、戦死した日の日付が(しる)されているらしい。


大きな戦闘があると、数千人、数万人単位の戦死者が出ることだってある。それでも司令は全員の名前をひとつひとつていねいに書きつづるのだと言う。


総司令はどんな思いでそんなことをしているんだろう。。


 この話を聞いた時、うちはなんだかほっとしたんだ。戦死者なんぞ数でしか語られないもんだと思ってたから。


「昨年度の戦死者は○○人」とか「今回の戦闘での死者は○○人、重軽傷者は○○人」てな感じで。


でも、ここでは違う。ちゃんとひとりひとりの命の重みを受け止めてくれる。


それがわかっただけですごく気持ちがラクになった。どこでどんな風に命を落としても無意味なことにはならないと思えたから。


 戦うしかないのなら、このヒトの下がいい。


そう思うのはうちだけじゃない。だから、総司令の元にはヒトが集まってくる。大勢集まれば優秀なヤツだって混じってる。


こうして、自然に強い部隊ができあがったんだ。今回はそれがちっとも役に立っちゃいねえけど。


司令にこんなつらい決断をさせて、情けない思いをしているのはみんな同じはず。




「私はフォート・マリオッシュ駐屯軍総司令官、セルジオ・デル・ポネットです。これより重大な発表をします。各々(おのおの)が冷静に受け止め正しい行動をとられるよう願います」


 総司令は駐屯軍本部の放送室でマイクの前に座ってる。副官のマレリー大尉とプリズナートがその様子を見守ってる。かわいそうな司令。すっかりやつれて・・・・・・


司令は発表後の混乱を最小限にくい止めようと言葉をつくした。マリオッシュの民間人がパニックを起こさないように。


リトギルカの占領軍が略奪(りゃくだつ)虐殺(ぎゃくさつ)を犯さないように。それから、現状を包みかくさず説明して自分の力不足をわびた。


 そして、決定的な一言を口に出しかけたとき


「ピロピロピロ」


気の抜ける音が鳴った。こんなときに、なんだってんだ?


総司令は放送を中断させて受話器を取った。最後の言葉を言いたくない気持ちはよくわかる。


 司令の(まゆ)が動いた。何かあったんだ。


放送はそのまま中止された。電話はきっといい知らせだったんだ。しおれていた老人の顔に生気がよみがえっている。



 すぐに声明放送を再開しろとせき立てるリトギルカ軍には


「放送機器の調子が悪い。調整中なので少し待ってほしい」


と言ってある。


時間稼ぎだ。その間のプリズナートの役割はこちらの動きをさとられないようにすること。それはむずかしいことじゃなかった。


リトギルカ軍はもう勝った気になってやがったから。


 実際、降伏を宣言させるところまできていたんだからムリもねえ。それもただの勝利じゃない。ひとりの戦死者どころか負傷者さえも出さない完全な無血勝利だ。


これほど愉快(ゆかい)爽快(そうかい)なことはねえだろうよ。きっと、今さら自分たちが血を流すことなんぞ考えられなくなっていたんだ。


だから、気付けなかった。しっかりと抱きしめていたはずの勝利が腕の中からこぼれ落ちようとしていることに。




「我がフォート・マリオッシュは、リトギルカ軍による無条件降伏の受け入れ勧告を断固拒否します。繰り返します。我が・・・・・・」


 15分後、総司令の声がマリオッシュ中に響き渡った。あっけに取られたリットー(リトギルカ人を侮辱する言葉)のツラを見てみたかったぜ。


声明を受けてフルデン艦隊が沈黙を破った。接近しすぎていたリトギルカの艦艇はたまったもんじゃねえ。至近距離からの砲撃がおもしろいように命中してる。


 それでもなんとか体制を立て直した敵艦隊が反撃をはじめた。たちまち激しい艦隊戦に突入だ。マリオッシュにもたくさんの流れ弾が飛んでくる。あんなもんが街中に落ちたりしたら大惨事だ。


だがしかし、砲弾が島に届くことはない。どの方角から飛んできても全部上空で爆発してる。


これがうわさの、ヘザーウォール!!



 実は、声明放送の最中にかかってきた電話は、ヘザーウォールがつくられていることを知らせるものだった。


好機到来!!


反撃を決意した総司令は敵に気付かれないように総攻撃の準備を進めていたんだ。


リトギルカ軍にとっては大きな誤算だ。作戦失敗に泡食って撤退てったいしようたってフルデン艦隊からは逃げらんねえ。


司令は民間人を人質にマリオッシュを奪い取ろうとした敵に、手ひどい報復をくれてやるつもりだ。


 なんとか戦線を離脱した敵艦には、戦闘飛行艇スカイフィッシュ部隊が追い打ちをかける。


破壊力は軍艦には遠くおよばないけど、弱い部分に攻撃を集中することで大きな打撃を与えることができる。



 戦端が開かれて1時間もたたないうちに、リトギルカの艦隊は海のもくずと消えた。そもそも小型艦だけだったんだ。艦隊戦になれば勝ち目はない。


目の前の勝利を手にした気になって、油断したリトギルカ軍がマヌケなんだ。


それにひきかえ、フルデン艦隊は素早く集中的に最大限の力をぶつけることで逆転勝利をもぎ取った。


 マリオッシュを絶体絶命の危機から救ってくれたヘザーウォールはもうない。跡形もなく消えている。


短い時間だったけど完全な壁があったからこそ反撃に打ってでることができたんだ。


でなけりゃ今頃マリオッシュはリトギルカの兵士に踏みにじられていたはずだ。

今回の英雄はまちがいなくブロックフィッチだ。


7人は無事に時間を取り戻したんだ。

このときはだれもがそう思っていた。。             


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