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【キャシュトニーナ】
「ここの食事はまあまあいけるでしょう?」
朝食のパンをほおばりながら、向かいの席でほほえみかけているのはウルリカ・カストレン中尉。このヒトもミュウディアンだ。
マリオッシュにはふたつのミュウディアン部隊があって、ウルリカさんが所属している部隊はブロックフィッチと呼ばれてる。
ここ、ミュウディアン専用の宿舎ではふたつの部隊が食事中だ。
ブロックフィッチは7人いてそのうちの5人が女だ。ソイツらもうちの特殊能力は知ってやがる。当然さけられるだろうと思ってた。
ずっと、のぞき屋なんぞと呼ばれて来たんだ。今さらなんとも思っちゃいねえよ。
でも、ウルリカさんは違った。新入りのうちをなにかと気にかけてくれた。その上、遠巻きにうちを見てるだけのブロックフィッチのヤツラにも声をかけてくれたんだ。
こないだ、ウルリカさんから手袋をプレゼントされた。淡いピンクの革手袋だ。なんのプレゼントなのかわからんままはめてみるとぴったりだった。
すると、ウルリカさんはニッコリ笑ってブロックフィッチのヤツラに向かって言ったんだ。
「この手袋は特殊な布で作られている。これでもキャシュトニーナとは話せないってビビリはいるかな?」
直接手でふれなけりゃ読心は使えない。そうは言っても心を読まれるかもしれないという恐怖はうちを遠ざける。
ウルリカさんは特殊な布という頼もしいワードと、目に見えてわかりやすい手袋という物とで、みんなの恐怖をやわらげたんだ。
それからは、ブロックフィッチのヤツラもうちに話しかけて来るようになった。
(ちなみに、特殊な布というのは真っ赤なウソだった! ウルリカさ〜ん!!)
「やあ、おはよう。気持ちのいい朝だな」
朝から肉料理山盛りのトレーを持って立っているのは、ラッツ・シュバイク大尉。プリズナートの隊長だ。
肩幅の広い筋肉のかたまりの上に、にこやかな笑顔がのってる。
ちょっとキモイ。
「お先に」
ウルリカさんがウインクして席を立った。気をきかさなくたっていいのにさ。
「同席しても構わないだろうか」
隊長は空いた席に座りたいらしい。ちっ。イヤとは言えねえだろが。
「は、はい・・・・・・」
うちにブロックフィッチとなかよくする気はねえよ。表面上の付き合いだけだ。
ところが、隊長にはうちとブロックフィッチとの距離が近いように見えてるらしい。
だからあせってるんだ。やたらとかまってくるんでうざってえのなんのって。別になかよしこよしじゃなくっても一緒に仕事はできんだろ。
「隊長、抜けがけはずるいですよ」
「自分らも混ぜてください」
ターネット中尉とブラウン中尉も同じテーブルについた。ふたりはプリズナートのメンバーだ。オイオイ、だれの許しでそこに座ってんだ?
「おまえも来いよ」
ターネット中尉が向こうのテーブルにいるメッセル中尉に声をかけた。ムダだよ。アイツは来ない。
「新人のお守は先輩たちにまかせます」
ほらな。
最初に会ったメッセル中尉があんなだったから心配してたけど、他のヤツラはそんなじゃなかった。
ターネット中尉とブラウン中尉は気さくだし、隊長はちょっと暑苦しいけど裏表のないヒトだから、そのうち慣れると思う。でも、メッセル中尉とだけは関わりたかないね。
「口は悪いがいいやつなんだ」
とみんなは口をそろえて言う。どのへんがいいヤツなのか教えてほしいもんだぜ。
今はプリズナートよりブロックフィッチといるほうがいい。それでなくても緊張しいのうちに男と話すのはハードルが高すぎんだよ。
朝食をすませるとプリズナートとブロックフィッチは別行動になる。訓練のメニューが違うからだ。
ブロックフィッチの役割は障壁をつくること。マリオッシュ全体を目には見えない壁ですっぽりおおうんだ。
ウォールはヒトや船、それから風や雨にはなんの影響もない。通り抜けられないのは特殊能力者だけ。
つまり、敵のヴァイオーサーがマリオッシュに入って来られないようにしているのがウォールだ。
リトギルカ軍のヴァイオーサーはザックウィックと呼ばれる。ミュウディアンの永遠の宿敵だ。そのザックウィックに入り込まれたならマリオッシュは大混乱になる。
そうはさせないために、ブロックフィッチは日夜休まずウォールをつくり続ける。
7人中2人が交代でウォールを受け持つ。受け持ちでない時間は生命エネルギーをたくわえる充電時間になる。身体をきたえたり気分転換をしたりしてすごすんだ。
一方のプリズナートの役割はバリザードを撃つこと。バリザードは電磁投射砲だけどそこらにあるのとは威力が違う。
砲身の長さも、口径もけた違いだ。それだけのものを動かすには膨大な電力を必要とするから、マリオッシュ中の電力を全部かき集めたって1発も撃てやしねえ。
宝の持ち腐れってヤツだ。
でも、ヴァイオーサーの力を借りて動かすように設計されてるなら話は違ってくる。リトギルカが攻めて来たときバリザードを撃つ。プリズナートのだいじな任務だ。
ところが、そんなピンチはめったにやって来ない。基本ヒマだ。
ヒマなときはヴァイオスをみがいたり戦闘訓練をしたりするかたわら、マリオッシュ島民の困りごとを解決してやったりする。
たとえば、迷子のペットを探したり、根も葉もないうわさの出所を突き止めたり。メッセル中尉やうちの力があれば簡単なことなんだけど・・・・・・
「ど、どうして、わ、わたしたちが便利屋みたいなことをしなくちゃならないんですか」
隊長にたずねてみたことがある。そしたら
「やりたくないか?」
ときかれて考えた。
困りごとを解決してやったヤツラのうれしそうな顔やほっとした顔、それからくりかえされる「ありがとう」
そりゃあ悪い気はしねえよ。どうせヒマなんだし。
「べ、別にイヤとは・・・・・・」
口ごもるうちに隊長は満足そうに笑いかけた。
「そういうことさ」
うちの頭をポンポンして行っちまった隊長の背中に叫びたい。
そういうことって、どういうことだよ?!
「要塞砲バリザードを撃て!」
はじめての任務は突然やって来た。しかも、いきなりのピンチの場面で。敵はもう、マリオッシュに接近しつつある。
うちらは奈落の底まで続いてるみてえな階段をかけ下りている。エレベーターが動いていないからだ。イヤな予感がしやがる。
先を急ぐプリズナートの前を見慣れないもんが横切った。
なんじゃこりゃ? 気味が悪りぃ。
ヒトの形をしててもヒトじゃない。からだが透けて向こう側が見えてる。
気が付くとすっかり取り囲まれていた。
ああ、やっぱりか。ザックウィックが入り込んでやがる!
みんなの全身に緊張が走ったのわかる。
「気を付けろ! 幻影だ。触れるとバースを奪われるぞ」
隊長の声でうちらは警戒レベルを引き上げた。ファントムは質量も重量もない思念体の一種だ。どんなもんでもすり抜けちまうから物理攻撃はいっさい効かない。
たったひとつ有効なのはバースによる攻撃だけ。それも、強力なもんでないと逆に吸収されて相手のパワーになる。
ファントムの相手をしている限りバースをけずり取られて弱っていくってことだ。この状況を打ち破るには
「レイン少尉。幻影使いを探し出せ!」
隊長が叫ぶと、散らばっていたみんなが集まって来た。前には隊長、右にメッセル中尉、左にターネット中尉、後にはブラウン中尉。
4人でガッチリガードされたうちにファントムは近づけねえ。
うちは目を閉じて感知を発動させた。
うまく集中できん! 訓練じゃこんなこと一度もなかったのに。
『がんばれ。レイン少尉』
『いつものようにやればいいんだ』
『少尉は絶対に守る』
聞こえて来たのはみんなの心の声。余計な世話だ。あんたらが近すぎるから気が散ってしょうがないってのによ!
『役に立つと証明するなら今しかないぞ』
これはメッセル中尉。言いたい放題言いやがって。うちだって好きでミュウディアンになったんじゃねえ!
頭にきた途端、パーシブが一気に広がっていく。うまく集中できた。
いた!
気配を消したってムダ。うちのパーシブからは逃れらんねえよ。
「み、み、見つけました。だ、第2エレベーターの中です」
「3人でかかれ。逃がすな!」
隊長の指示で3人の中尉はエレベーターに向かう。
残った隊長とうちとで全部のファントムの相手をするハメになったけど、長い時間じゃなかった。
3人がファントムマスターを倒したんだ。ファントムは霧のようにかき消えた。
3人と合流するのももどかしく隊長は走り出す。顔にはあせりが見える。とにかくはやくバリザードの無事を確認したい。
マリオッシュは今、とんでもないことになっていた。
今から少し前、マリオッシュをおおっていたウォールがこつ然と消えた
そのとき当番だったブロックフィッチの2人は能力を増幅するイスにからだをあずけていた。そうやって2人の力を合わせてウォールをつくるんだ。
いつもと同じ、なにも変わったところはなかった。それなのに、唐突にウォールは消えた。
2人とも意識がなく、それどころか呼吸もしてなくて、心臓も止まってた。その様子を見たヤツは死んでると思った。
でも、からだは温かいまま、いつまでたっても冷たくはならなかった。まるで、時間が止まったみてえに。
当然すぐに他のメンバーを招集しようとした。ところがだれとも連絡は取れなかった。リトギルカの工作に違いない。
ウォールをなくした今のマリオッシュは、ザックウィックが自由に出入りできちまう。
別の問題もある。ブロックフィッチが7人そろわないということは絶対障壁もつくれないということ。
ヘザーウォールは普通のウォールと違って本当になにも通さない完全な壁だ。
ヴァイオーサーだけじゃなく、戦闘飛行艇も軍艦も通さない。弾丸や爆弾は言うまでもない。鉄壁の守りだ。
そのヘザーウォールをつくるにはブロックフィッチ7人全員の力が必要なんだ。
ウォールはない、ヘザーウォールもつくれない。今のマリオッシュは裸同然だ。
もちろん、迎撃の手段はある。でも、いざというとき、なにものも通さないヘザーウォールを使えないってのは大きな損失だ。
ブロックフィッチを失った衝撃はとてつもなくでかい。
すぐさまプリズナートに命令が下された。防御の要を失った今、敵の接近を許すワケにはいかない。
ウォールとバリザード、このふたつがマリオッシュを難攻不落にしているんだから。
そのバリザードがザックウィックに狙われている。ファントムマスターが待ち伏せしていたのがなによりの証拠だ。
うちらはどうしてもバリザードを守らなくちゃなんねえ。迎撃の要まで奪われたら、マリオッシュは、本当に、本当に、たいへんなことになっちまう。
階段を下りきった地下にあるのはバリザードの心臓部=制御装置だ。そこに敵の姿は・・・・・・ない。間に合った! でも、、なんかヘンじゃね?
「オペレーターは、オペレーターはどこだ!」
ターネット中尉が鋭い声で叫んだ。そうだよ。だれもいないってのはおかしい。ここで働いているはずのヤツラはどこへ行った?
「メッセル中尉、調べてくれ」
隊長の指示でメッセル中尉が制御装置に触れようとした。すると、、中尉の手は装置の外装を通り抜けちまった! 手首から先が消えたみてえに見える。
「メッセル中尉!」
中尉は驚いているうちらに片手を上げて無事をアピールする。そして、ゆっくりと、前に、進む。制御装置に向かって。
すると、からだごと制御装置の中に消えていく!!
なにが起きてる? ワケがわからなくて混乱してると、今度は装置の反対側から出て来るじゃないか。 いったいどうなってやがる!
そこにはなにもなかった。制御装置は見えちゃいるがそれは残像のようなもんで、メッセル中尉は実際にはなにもないところを歩いただけだった。
「空間隔離だ」
なぞを解き明かしたのは隊長だ。
キューブロック―――――特定の空間を異次元に閉じ込めるヴァイオス。大きさは様々だけど、閉じ込める空間は必ず正方形をしているからキューブロックと呼ばれる。
うちらは間に合わなかった。キューブロックを解除できるのはキューブロックを使えるヴァイオーサーだけ。プリズナートには、いない。
こうなったらもうどうすることもできやしねえ。
バリザードは、落ちた――――




