1-4
【ファラムリッド】
「退屈で死にそうだったんだ」
涼やかな声に耳をなでられて驚いた。伸び放題の髪と無精ひげの男がこんな美声の持主だったとは!
病室を訪ねた私を喜んで迎え入れてくれた人物は、当初、小型貨物船ファビウス号唯一の生存者と見られていた男だ。
男の名はフィヨドル・キャニング。
沈没したファビウス号のオーナー兼船長であり、航海士であり、機関士でもある。航海のために必要な資格と技術のすべてを所持していることになる。
だからといってあれだけの船をひとりで操り航海するのは違法だ。
ファビウス号の排水量だと、最低でも2名の船員を乗せることが義務付けられている。この辺りからもう、まともな仕事はしていないと明白だ。
「お加減はいかがですか」
一応、見舞いということにしてあるので型通りのあいさつをすると、不運にも船と仕事と健康を同時に失った船長はお手上げのポーズをとった。
「退院したらアリエッタ・アネットの舞台を観に行くつもりだったんだけど、もうどうでもよくなっちまったよ」
キャニングはつまらなそうにつぶやいた。一体何の話だ?
「あんたの前じゃどんなに豪華な花も色あせるって話さ」
今を時めく女優と比べられても困るのだが。
確かに私の見てくれは派手だとよく言われる。今の私にはモノクロにしか見えないのだが、豊かに波打つ髪は黄金で瞳はアメジストの濃い紫だ。
そんなつもりは毛頭ないのに物憂げな瞳が男心をそそるのだとメルオルが言っていた。その上、女としては長身なため嫌でも目立ってしまう。
だから、非番の時も地味な服しか着ないようにしている。
もっとも、色を認識できない私の私服はすべて黒か白、でなければグレーだ。ちぐはぐなカラーコーディネートになるのを防ぐための工夫だ。
「う―――ん。思い出せないや。一度でも会ったことがあれば忘れるはずないんだがな。あんた、誰?」
キャニングは首をひねっている。そうか。向こうは私とは初対面になるのだったな。
「私はファラムリッド・ロイエリング。ファビウス号の中で会っています。あなたは意識を失っていたが」
私の言葉に船長の態度が豹変した。
「そうか。あんたがオレを助けてくれたのか。オレはこうみえて義理堅いんだ。あんたが軍人でもきっちり礼はするよ。ほんと、感謝してる」
なるほど、こいつは軍人嫌いか。“感謝してる”が“帰れ”に聞こえたがそうはいかない。私は恩を売りに来たわけではないのだ。そっちがそういう態度なら遠慮する必要はない。
「今日ここへ来たのはあなたにききたいことがあったからだ。ファビウス号の積荷について教えてもらいたい」
私の目的は棺の少年についてキャニングが知っていることをきき出すことだ。
ルシオン
覚えていたのは自分の名前だけ。棺の少年は記憶をなくしていた。
薬物によって仮死状態にされていたため記憶に障害が起きているのではないか、というのがオースティン軍医大尉の見立てだ。
専門医による治療も効果はなく、いつになったら記憶が戻るのかわからないとさじを投げられてしまった。
明日かもしれないし1年後かもしれない。もしかすると一生思い出せないこともありえると。
そんなに待っていられるか!
本人が覚えていないのなら知っている者にきけばいい。今のところその可能性があるのはキャニングだけだ。
「棺の中身は遺体ではなかった。あなたはそのことを知っていたはずだ」
まわりくどいのは嫌いだ。いきなりの核心を突く質問にキャニングはどんな反応を示すだろう。
「遺体だよ。遺体と言われて預かった荷物なんだから」
なるほど。金さえ積めばわけありの荷物でも引き受けると言うことか。
「だったら遺体でも構わない。私が知りたいのは少年の身元だ」
「オレは何も知らないぜ」
あくまでも白を切るつもりらしいがそうはさせない。
「そんなはずはない。あなたの積荷だ」
キャニングは悪びれた様子もなくまっすぐに私の顔を見つめてうそぶく。
「オレは積荷についてあれこれ詮索したりはしない。世の中には知らない方がいいことがたくさんあるんだぜ」
無言で見つめ返すとキャニングは私の疑念に気付いたらしい。
「言っとくが、オレは奴隷商人じゃないぜ」
延々と続く戦乱の世では人身売買がなかば公然と行われていた。
戦争に働き手を奪われた農園や工場など労働力を必要としているところはいくらでもある。
また、病人やけが人の治療に使用される臓器は日常的に不足している。常に供給が追いつかない状態だ。
年若く容姿の整っている者であれば愛玩用として売買されることもある。
あのルシオン少年であれば大金をつんでも欲しがる金持ちはいくらでもいるだろう。想像しただけで吐き気がする。
状況だけ見ればそう考えるのが自然だ。私でなくとも100人中100人が同じことを考えることだろう。
キャニングが疑われるのも仕方ないと言うものだ。疑いを晴らしたければ釈明すべきだ。
私が簡単には引き下がりそうにないと判断したのか、キャニングはしぶしぶのていでが語り始めた。
2週間前、ファビウス号は積荷を受け取るため、ファミール島のカルピン港に入港していた。そこで知り合ったマイクと言うブローカーに棺の運搬を持ちかけられた。
スラー島のメルウィル教会まで運んで欲しいということだった。ロマーノ教徒が死んだら洗礼を受けた教会に埋葬するというしきたりがあるのだ。
スラーは積荷の届け先と同じ方角だったから考えておくと返事をした。
すると、あくる朝マイクが棺を運んできてどうしても乗せて欲しいと懇願してきた。前金で構わないと言うので倍の料金で引き受けることにした。
その際、棺の中に遺体以外の余計なものがないことは確認した。違法な薬物の他、売買が禁止されているものを荷物に隠して運搬させようとするケースはよくあるのだ。
私は大げさに溜息をついてみせた。
「肝心の遺体が本物かどうかは確かめなかったわけだ」
しんらつな皮肉にキャニングは両手をあげて首を振る。
「オレには死んでいるように見えたんだよ」
私は気が長い方ではない。はっきり言って短い。
「だったらあんたも一度死んでみるか!」
えり元をつかんでつるし上げようとしたら、血相を変えた看護師に止められた。
こいつは殺したって死なないタイプの人間だ。したたかでしぶとくて図太い。悔しいが一筋縄ではいかない。
このまま粘ったところでこちらが知りたいことをしゃべったりはしないだろう。
待っていろ! 今の話がうそであるという証拠を探しだして鼻先に突き付けてやる。
ブローカーの男はフルネームがわからないのでは調べようがない。何かつかめるとすれば棺が運びこまれることになっていたスラーのメルウィル教会だろう。
すぐに出直してくるからな。その時こそ、知っていることを洗いざらいぶちまけてもらおうじゃないか。
ところが・・・・・・
その時はやっては来なかった。
キャニングが軍病院から姿を消してしまったのだ。肩を撃ち抜かれているため身動きできないと思い込んでいた私の失態だ。
メルウィル教会は実在した。だが、半年前に火事になり全焼していることがわかった。そしてもうひとつ、重要なことが判明した。
フィヨドル・キャニングはやはりまともな船乗りではなかった。“アリアーガ”という通り名で裏の仕事を請け負う運び屋だったのだ。
交易管理局に連行されたことも一度や二度ではなく、その度に証拠不十分で釈放されている。それこそ金のためなら何でも運ぶたちの悪い運び屋だ。
ルシオン少年は非合法な積荷であったということは間違いない。あの事故がなければ今頃はどこかの富豪の手に渡っていたことだろう。
少年の身元につながる手がかりは失われてしまった。
帰るべき場所がわからないルシオン少年は、児童保護戦時特例法により里親に預けられることになった。
要するに養育者不在の子供を収容する施設はどこも満員だから、善良な一般人の好意にすがろうというのだ。
しかしながら、そのシステムは必ずしも上手く機能しているとは言えない。
あまりにも長く続く戦乱の中で孤児は増え続け、その一方で、里親を引き受けようという善意ある大人は減少傾向にあった。
すぐにというわけにはいかない。かといって、傷病者ではない者をいつまでも軍病院で預かってもらうこともできない。
どうしたものだろう。
メルオルはひどく驚いた後、大きな溜息をついた。
「フェンリル隊に志願した時よりも支離滅裂だ」
などと言って私を非難した。
それでも面倒な手続きを手伝ってくれたことには感謝している。
あのときも、賛成しないまでも反対せずに協力してくれたのは、親友のクレアと幼なじみのプレイボーイだけだった。
今、ルシオン少年は私の家にいる。




