エピローグ
【キャシュトニーナ】
あのヒトは行っちまった。。もう、ここにはいない。どこに行ったのかもわかんねえ。
ポネット総司令も知らないらしい。もし行先を知ってたらどんなに口を固く閉ざしてたって、うちみてえな特殊能力者には隠しきれない。
だから、だれにも行先を教えないようにさせたんだと。
そうだけど。確かにそうだけど。どこにいるかもわかんないんじゃ会いに行けねえだろ!
会いたい
だれに?
うちが好きになったセイラガムはハナからいなかった。ルシオンくんでもいいのかよ!? あの子をセイラガムと同じに好きでいられるのかよ?
あの日からずっとこの問を自分に投げちゃいるけど、まだ答えを出せずにいる。セイラガムはルシオンくんだった。ふたりは同じひとりのヒト。
だからってセイラガムが好き=ルシオンくんが好きにはなんない。
だってさ、ふたりは似ても似つかない。うちが好きになったのは、黒ずくめの背が高くて頼もしい大人の男。天使みてえにかわいくてはかなげな男の子じゃねえ。
じゃあ、うちの想いはどうなんだよ?
この気持ちはニセモノなんかじゃない。どっからどう見てもまちがいなくはっきりと、恋だ。それなのに、気持ちを届ける相手がいねえ。うちの恋心はどこへ行けばいい?
これじゃ宙ぶらりんだ。
「これを飲め。そして、やつのことは忘れろ」
隊長がうちの前に置いたティーカップからは酒の匂いがしてる。
「これ紅茶ですか、それともお酒ですか?」
「紅茶にブランデーをたらしただけだ」
「いやいや、ブランデー多すぎですって」
「気付けにはこのぐらいで丁度いいんだ」
うちは紅茶をたらしたブランデーを一気に飲み干した。
プリズナートのみんなはセイラガムの正体がルシオンくんだったことを知らない。うちが落ち込んでるのは、セイラガムがマリオッシュから出て行っちまったからだと思ってる。
「あの・・・・・・」
こんなことをこんなヒトにきいたって仕方ねえと思いながらも止まらない。
「隊長はものすごく好きだったヒトが別人みたいに変わってしまったら、、それでも好きでいられますか?」
うちはわらにもすがりたい気分だったんだ。
「性格が変わってしまったらということか。優しかった人が急に冷たくなったとか」
「そうじゃなくて、外見がまったくの別人になってしまったらってことなんですけど」
「なんだ、そんなことか」
隊長はこともなげに言った。
「見てくれがどう変わろうがそんなことは関係ない。性格が変わったとしても嫌いにはならん。魂まで変わることはないからな。要はその人を本当に好きかどうかじゃないのか。
本当に好きということは性格でも外見でもない、魂を愛しているということだ」
暗闇に光が差した気がした。急に目の前が開けて明るくなる。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう!
そうだよ。うちはセイラガムの外見を好きになったんじゃねえ。セイラガムというヒトを好きになったから、黒ずくめの姿も頼もしく見えるようになったんだ。
最初の印象は最悪だったのを覚えてる。禍々しくて不気味で恐ろしかった。うちはセイラガムの中身を、隊長が言うところの魂を愛してる。こんなに悩むことなんかなかったんだ。
隊長はあっさりとうちの悩みを解決してくれた。
セイラガムとルシオンくんの魂は同じもの。だったらルシオンくんを好きでいていいんだ。好きなものは好き! それでよかったんだ!
大好きだよって抱きしめればよかった。たくさん話をすればよかった。結局、死の淵から戻って来たルシオンくんとは、セイラガムの話はできないままだった。
でもよ。これが永遠のさよならにはなんない気がするんだ。
だって、うちの左手首にはセイラガムとのつながりがまだ残ってる。このリストバンドがある限り、きっとまた会える。そのときにはルシオンくんも大人になってるかもしんねえな。
そうしたら、その時には、うちの気持ちを伝えよう。アビュースタ人とかリトギルカ人とか、ミュウディアンとかザックウィックとか、そんなの関係ねえ。
ひとりの人間としてのセイラガムをひとりの人間としてのうちが好きになったんだと。
「どもらなくなった」
うちらの話に聞き耳を立てていたらしいメッセル中尉がぽつりとつぶやいた。
そう言われればそうだ。うち、、ふつうに話せてる!
「なんだ、気付いてなかったのか。だいぶ前からだぞ」
ターネット中尉が笑ってる。
「巨大戦艦が攻めて来た後だな」
ブラウン中尉も知ってた。気付いてなかったんはうちだけかい!
「あれは本当に大変な戦いだったからな」
うなずき合うターネット中尉とブラウン中尉。でも、メッセル中尉は疑うような目でうちを見てやがる。
気持ちわりぃんだよ。
「なんですか。言いたいことがあるならはっきり言ってください」
「・・・・・・あの日、ギガロックと何があった?」
ぎくっ! 読まれてんじゃん。メッセル中尉の鋭い視線につい顔をそむけちまった。
「なにい?! ギガロックに何かされたのか!!」
「そんなワケありません!」
血相を変えた隊長になんて答えよう?
ちょっと告白しただけですなんて、言えねえええ!!
【ファラムリッド】
黄金の髪の女は白いテオフィニアの花束を抱えてこの上なく幸福そうに微笑んでいる。輝くアメジストの瞳は何を見ているのだろう。
額縁に貼り付けられたプレートの文字を指でなぞる。
〖願い〗
いつも笑っていよう。それがおまえの願いであるのなら。
今、世界は色鮮やかに輝いている。私は色を取り戻していた。
あの日―――私の世界は一変した。
一度は心肺停止状態だったルシオンが息を吹き返した時、すべてものが色付いて見えたのだ。
とにかくうれしくて、ルシオンが生きていてくれることがうれしくて。それは今自分が生きていることへの喜びにもつながっていたのだと思う。
ギガロックが奪った生きる意志をルシオンが返してくれたのだ。
「どこ? ねぇ、どこ?」
ひよこ色のくせっ毛、無垢な薄紫の瞳で私を見上げているのは、娘のアインシャだ。
初めての場所に興味津々の彼女は、家の中を探検し終えてリビングに戻ってきたところのようだ。ソファに置かれたクッションを指さして私に問いかけている。
好奇心旺盛で行動力過剰なところは私の子供の頃にそっくりだ。
その上、まだたったの2歳だというのに鋭い観察眼と洞察力まで備えている。
アインシャはこのクッションの持ち主はどこにいるのかと尋ねているのだ。クッションには子供たちの間でブレイク中のアニメのキャラクターがプリントされている。
フットボールをベースにした学園物のアニメで、ユニフォームに身を包んだ少年がボールをけっている姿が描かれている。
男児に人気のアニメのため、そのクッションが彼女のために用意されたものではないと思ったのだろう。
それに、家の中をくまなく見てまわったアインシャは気が付いたはずだ。歯ブラシからベッドに至るまであらゆるものがひとつ多いことに。
この家にはもうひとりいる。なのに姿が見えない。彼女が気にするのも当然だ。
「今はもういないんだ。でも、いつかきっと帰ってくるから、そうしたらおまえにも紹介してやろう」
ルシオン
おまえは今、どこにいる?
1か月前、私はメルオルに呼び出された。
「ドレスアップして来てと頼んだはずだけど」
白いスーツに身を包んだプレイボーイは不満そうだった。胸ポケットにテオフィニアの小さなブーケを差してやけにめかし込んでいる。
マルセイユにでも連れて行ってくれるのかと期待していたのに、夕暮れ時の公園のベンチに腰かけて昔話を始めたときには帰ろうかと思った。
20年も昔、私たちがまだ5歳だった頃の話だ。それでも懐かしさについ話に夢中になっていると、あいつは真面目な顔できいてきた。
「約束を覚えているかい?」
どうやら私とメルオルの間には何らかの約束があったらしいのだが、私は約束をしたことすら覚えてはいなかった。
「そんなことだろうと思ったよ」
寂しそうに溜息をついたメルオルは公園の景色に目を向けた。
「ここはあの場所に似てると思うんだ。だから、待ち合わせの場所に選んだんだけど、・・・・・・思い出さないかな」
私は首を振った。
だが、次の言葉を聞いて時の彼方に埋もれていた記憶が鮮やかに蘇ってきた。
「ぼくは大きくなったらお医者さんになる。すっごいお医者さんになってオズワルドの病気をなおすから、そうしたら・・・・・・ぼくとケッコンして」
そう、あれはよく晴れた日の午後だった。確かにここと似ているかもしれない。
緑の木々が空へと精一杯に枝を伸ばし、太陽の光を気持ちよさそうに浴びていた。なぜか安心できる大木の根元は幼い私のお気に入りの場所だった。
あの場所で私はメルオルにプロポーズされた。
まだ5歳の私には結婚の意味もよくわかってはいなかった。でも、オズワルドを助けてくれるというメルオルの気持ちはとてもうれしかった。
オズワルドは私のたったひとりの弟だ。難病を患っており、医者には長くは生きられないと言われていた
弟の容体が急変した日のことだった。いたたまれなくなった私は外へ飛び出し、大木の下でひとり泣いていた。
オズワルドのことで手一杯の両親の前で泣くことはできないからだ。そして、後を追いかけて来たメルオルがさっきのセリフを真顔で言ったのだ。まだほんの子供のくせに。
「そのとき君は自分が何と答えたか覚えてる?」
きかれて覚えていないと白を切ったが、実はその時すでに思い出していた。
「オズワルドをたすけてくれるなら、わたしなんでもする。メルオルとケッコンする!」
大胆に宣言してメルオルの唇に自分の唇を重ねた。驚いたあいつは硬直していたな。
「ちかいのキスよ。やくそくだからね」
誓いを見届けた証人はあの大木だけだった。だが確かに約束は交わされたのだ。
結局、その日はなんとか乗り切ったものの、オズワルドは3歳の誕生日を迎えることなくこの世を去ってしまった。
悲しみに暮れた私は約束のことなどすっかり忘れていた。
「おまえそんな昔のことをよく覚えているな」
「あれが僕の人生初のプロポーズだったからね。これから二度目のプロポーズをするところさ」
私はやっと呼び出された理由を知った。
「オズワルドは間に合わなかったけれど、ルシオンの命を救うために少しでも貢献できたと認めてくれるなら、もう一度プロポーズさせて欲しい」
私はハッとした。
「おまえまさか、20年も昔の約束のために医者になったのか」
「医者になる約束だけでも果たしたかったんだ」
私は胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「・・・・・・おまえ・・・馬鹿だな。私はそんな約束などすっかり忘れていたのに・・・・・・
でも。おまえが“すっごいお医者さん”になっていたからルシオンは助かったんだ。礼を言わなければな」
「それじゃあ、いいんだね」
メルオルは顔を輝かせた。けれども今さらそんなことをされても、困る。困るんだ。
私は力なく首を振った。
「僕のプロポーズの言葉は聞いてさえもらえないのかい?」
悲痛な表情の幼なじみに胸が痛んだ。
「私はおまえの気持ちを知っていた。知りながら気付いていないふりをしていたんだ。マクシムをまっすぐに好きでいるために視界にいれないようにしていたんだ。
私にそんな資格はない」
まともにメルオルの顔を見ることはできない。
「知っていたよ。君がマクシムしか見ていないことは。だから、あきらめようと思って色んな娘と付き合ってみた。
もしかしたら、君にやきもちを焼いて欲しくてそうしていたのかもしれない」
「何だ。おまえがプレイボーイになったのは私のせいだとでも言う気か」
にらみ付けると、あいつは唇の端を上げて笑った。悪戯が成功したときの子供のような顔をして。
「こっちを向いてくれたね」
あわてて顔をそむけようとしたがあたたかい手に捕まってしまった。すぐ目の前に幼なじみの顔がある。見たこともない真剣なまなざしで射抜かれ動けない。
「君の瞳に僕が映ってる。今君の心はここにあるんだね。ルシオンがマクシムから取り戻してくれたんだ。今なら僕の言葉も届くはずだよ」
メルオルは私の顔を両手ではさんだまま離さない。
「ファラムリッド・ロイエリング。愛しています。
5歳のあの日、僕は君のキスで魔法にかけられた。君しか愛せないように。
過去も未来も愛しているのは君だけです。永遠の愛を誓います。僕と結婚して下さい」
メルオルは私の左手を取った。そして薬指に愛の証をはめていく。
見たことのない宝石だった。サファイヤでもない。エメラルドでもない。青味がかった緑色の神秘的な輝き。私はこれと同じ色を知っている。ルシオンの瞳の色だ。
こんな珍しい色の石が簡単に見つかるはずがない。相当苦労して探したのだろうにメルオルはそんなことはおくびにも出さず、さりげなくきいてきた。
「気に入った?」
「ああ。すごくきれいだ」
「受け取ってもらえるかな」
もうごまかすのはやめよう。自分の気持ちに正直でいよう。この時の私は自分でも驚くほど素直な気持ちになっていた。
「メルオル。私は昔からおまえのことが好きだった」
「知っていたよ」
「本当におまえは何でも知っているんだな。
私はおまえもマクシムも大好きだった。だが、マクシムと生きることを選んだ。彼がいないからと言って今さらおまえに乗り換えるような真似はできない」
私は指輪を抜き取って返そうとしたが、メルオルに止められた。
「君はセイラガムを許した。僕も君を許そう。それにね、さっきも言っただろ。僕は君の魔法にかかっているんだって。この魔法は一生解けないんだ」
もう、涙で曇って何も見えない。
「おなえがこんなお人好しだったとはな」
「そうだね」
「プレイボーイが聞いてあきれる。とんだ純愛論者だ」
「そうだね」
それからのあいつは“そうだね”としか言わなかった。メルオルの胸に抱かれた私は深い安らぎに包まれていた。長い間さまよい続けていた魂が、やっと、帰るべき場所を見つけたのだ。
「また絵をながめているのかい」
ふいに声をかけられて振り返るとフィアンセ殿のご帰宅だ。
私たちは明日結婚する。式にはアインシャも出席することになっている。
アインシャは、私とマクシミリアンの子供だ。
妊娠を知って私たちは結婚することにした。けれども式を挙げるまえにマクシムは逝ってしまった。娘の顔を見ることなく。
ひとりで子供を産んだ私は、故郷の両親に生まれて間もない娘を預けフォート・マリオッシュに戻った。
セイラガムへの復讐を心に決めていたから、アインシャを自分の手で育てることはできなかったのだ。
それ以来両親に預けっぱなしでたまにしか会いに行けない私は、彼女にとって親戚のお姉さんのような存在だった。
私の両親を自分の親だと思い込んでいた。
実の娘に母親だと認められていない。寂しかったが仕方ない。私は母親らしいことなど何もしていないのだ。それにずっと成長を見守ってやることもできない。
母親などと名乗るのはおこがましい。そう思っていた。
そんな娘との関係を修復するチャンスを作ってくれたのはメルオルだった。あいつは私にプロポーズする前から3人で暮らそうと考えていたらしい。
マクシムが生きていればアインシャもこの家で暮らしていたはずだし、母子は一緒にいるべきだと。
でも、今さらどんな顔をして母親を演じればいいのか私にはわからない。
「心配はいらないよ。わざわざ演じなくても君はそのままでアインシャの母親なんだから」
悩む私をメルオルは励ましてくれる。アインシャとふたりきりだったなら、後ろめたさを抱えた私は正常な母子関係を築けなかったかもしれない。
だが、メルオルがいる。彼がいてくれるのならきっと上手くやっていける。
これから始まる3人での暮らしの中で失われた2年の月日を取り戻していこう。ゆっくりと、時間をかけて。
ルシオン
今、おまえのかたわらに寄り添ってくれるひとはいるか?
そのひとはやさしくしてくれるか?
しっかり食べて大きくなっているか?
疲れたらいつでも戻って来い。
私はメルオルとアインシャと3人でおまえの帰りを待っている。
その時には4人で遊園地に行こう。そして、ポップコーンを食べよう。
あの日挑戦できなかったいちばん人気のアトラクションに乗って大声で騒ごう。
そうしたらおまえが絵に描いたような私の顔が見られるはずだ。
私は待ち続けるだろう。この家で。いつまでも、いつまでも。
いつ帰って来るかわからないおまえの帰りを信じて。
私がおまえの家だ。おまえが帰るべき場所はここなんだ。
そして、いつの日か、戻ってきたならドアを大きく開けてこう言おう。
「おかえり、ルシオン」




