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フォート・マリオッシュが未曾有の危機を乗り越えてから1週間が過ぎようとしていた。
未だその後の処理に追われているセルジオ・デル・ポネット総司令は、ずっと執務室に缶詰の状態だ。疲れを感じて鼻の付け根をつまんで目を閉じ・・・・・・開く。
「驚いたわい。もう、動けるのか」
目の前に銀色の髪の少年が立っていた。つい先日まで死線をさまよっていたはずだ。順調に回復しているとは聞いていたが早すぎる。
「行ってしまうんじゃな」
少年は無言でうなずいた。
「そうか。メアリーが残念がるのう」
「ここにはいられないから・・・・・・」
本当はどこにも行きたくない。ずっとファラムリッドのそばにいたい。だが、それはかなわぬことだとルシオンは自分に言い聞かせていた。
リトギルカ人でザックウィックでセイラガムの自分が、アビュースタ軍人であるファラムリッドと一緒にいてはいけないことぐらい子供でもわかる。
大好きな人を自分のせいで困らせたり悲しませたりする訳にはいかない。
総司令はアビュースタ軍本部に提出する報告書を作成しているところだった。
巨大戦艦との戦いの最終局面で、マリオッシュを守った絶対障壁を超えるヘザーウォールについて書かない訳にはいかない。大勢の人間が目撃しておりもみ消す事は不可能だ。
軍本部がセイラガムの存在を知れば、ルシオンは抹殺される。子供を処刑することなどできないと言う意見もあるだろう。それでもセイラガムを拘禁する術がないとなると秘密裏に処刑するしかない。
従順であればあるいは生き延びられるかもしれないが、その場合、18歳になれば究極の兵器として利用されることになる。
ルシオンにとってはリトギルカ軍からアビュースタ軍に鞍替えするだけで何も変わらない。
総司令はもっと別の選択肢を与えてやりたかった。
子供には翼がある。未来という大空を自由に飛びまわる翼が。だがルシオンは檻に閉じ込められて空を仰ぎ見ることさえ許されない。
そんな少年に何かしてやれることはないのか。司令にできるのはアビュースタ軍の手から逃がしてやることだけだ。
「おいで」
総司令はルシオンを抱き上げてひざの上にのせた。そして、耳元でやさしく語りかける。
「おぬしにとってその力は重荷でしかないのじゃろう。じゃがな。他の誰でもない、おぬしがその力を持っていてくれて良かったとわしは思っちょる。
マリオッシュ全住民を代表して礼を言う。ありがとう」
少年はただ小さくうなずいた。だが、心の中は誇らしさと充実感でいっぱいだった。
勲章も昇格もない。ただ、ひとりの老人に感謝されただけのことがこの上なくうれしかった。力を使ってよかったと、心から思えた。
「ひとつ、このじじいと約束をしてはくれまいか」
ルシオンがうなずくのを確認してから話を続ける。
「おぬしが死んだら悲しむ者が大勢いることを忘れないでおくれ。わしもその内のひとりじゃからの」
少年は動かなかった。いや、動けなかった。そのうちに大粒の涙がこぼれ落ちた。いくつもいくつも。
こんな自分のことを心配してくれる人がいる。そう思うと心も身体もあたたかい。
「よしよし。いい子じゃ、いい子じゃ」
総司令は少年を抱きしめ幼子をあやす様に身体をゆすった。
ひざの上の軽さが悲しい。小さな身体に不釣合いなセイラガムの大きすぎる力。押しつぶされてしまうのではないかと心配になる。そうはならないことを祈るしかない。
「願わくはこの子が歩む道の先に一筋の光があらんことを」
まじないをかけるように少年の耳元にささやいた。
港のベンチに腰かけた少年は海をながめていた。
静かな海にあるのはのんびり空を飛ぶティータと、漁をしている小舟が数艘。そして、お互いに襲いかかろうとしている2匹の黒い魔物だけだ。
巨大戦艦が攻めて来たあの日まで、そこには陽の光を浴びて輝く白い岩があった。向かい合ったふたりの乙女が祈っているように見えることから、“祈りの乙女”と呼ばれていた。
マリオッシュから出航する時、船乗りは皆“祈りの乙女”に航海の無事を祈ったものだ。
それがこんな変わり果てた姿になってしまったのは、エネルギーの暴走に飲み込まれたためだ。溶鉱炉のような高温が岩をも溶かしていた。
もし、そんなものがマリオッシュを蹂躙していたなら誰ひとり生き残ることはできなかった。そして、二度と草木の芽吹かない不毛の島になっていたことだろう。
醜く変貌した“祈りの乙女”は、マリオッシュを襲った空前絶後の恐怖を伝える語り部となった。
「ねぇ。ちょっと、あれ」
「うっ! なに、 あの子!?」
「天使よ! 天使!!」
「声かけてみようよ」
「さんせー!」
「ハーイ!!」×4
突然、見知らぬ少女たちに声をかけられた少年が顔をあげると、少女たちは一様に息をのんだ。少年はひっそりしていても注目を集めてしまう存在だった。
まず目を引くのが銀色の髪だ。腰まで届く長い髪は潮風になぶられてそよいでいる。サラサラと絹ずれの音がしそうだ。
顔立ちは未完成とは思えないほど整っており、青味がかった緑色の瞳を一度のぞけば魅入られてしまう。
「キミのこと見かけたことある。ヨルマ様と一緒にいたよね」
「ヨルマ様って、フェンリル隊の隊長さん?」
ここフォート・マリオッシュではフェンリル隊のロイエリング大尉は有名人だ。
強く美しい彼女は少女たちの憧れの的なのだ。同じマリオッシュに住んでおり姿を見る事のできる身近なスターと言える。
「あなた隊長さんの子供?」
「バカ! 隊長さんは独身だよ。それにそんな年じゃないから」
「そっか。じゃあ・・・・・・なに?」
「あなた隊長さんとどういう関係なの?」
ぶしつけな質問に少女たちのやり取りを無表情な顔で聞いていた少年が初めて口を開く。
「・・・・・・家族」
うっすら微笑みを浮かべているようにも見える少年は輝くように美しい。
「本当に天使みたい!」×4
少女たちはますます少年に魅せられてしまった様だ。
「ねぇ、今なにしてるの?」
「ヒマならわたしたちと遊ぼうよ」
「もう、今日の予定は全部キャンセル!」
「そうそう。キミの行きたいとこどこでも連れてってあげる」
「お姉さんたちがうんとかわいがって」
「あ・げ・る」×4
「コホン! コホン!」
背後でわざとらしい咳払いが聞こえた。
少女たちが振り返ると燃える様な赤い髪の男が立っていた。実は少女たちとたいして変わらない年齢なのだが、長身と落ち着いた雰囲気とでずっと大人に見える。
男=フィヨドル・キャニングは少女たちの視線をいっせいに浴びて恥ずかしそうにほおをかきながら口を開く。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど、そいつ、オレの連れなんだ。これから島を出るとこ」
「ええ、そうなの?」
「そんなぁ・・・・・・」
少女たちは落胆の色を隠さない。
「急ぎでないのならお茶ぐらい付き合ってよ。お兄さんも一緒に」
少女のひとりが自分たちに都合のいい解決策を提案した。
「お兄さんてばわたしのタイプだし♡」
ウインクされて赤くなったキャニングは恋愛には奥手であることを暴露してしまった。
「そいつは光栄だけどこれから仕事なんだ。悪いな」
つけ入る隙のない返事に少女たちもあきらめるしかなくなった。
「残念だけど、しょうがないか」
大きな溜息をつくと気持ちを切り替え、元気に手を振りながら去っていく。
「バイ、バイ。また今度、遊ぼうね!」×4
嵐が去るとフィヨドルはふうと大きく息を吐き出してベンチに腰を落とした。
「よう、色男。その年でナンパされるとはな」
となりに目をやると、少女たちに絡まれている間、たった一言しか口をきいていない少年がずっと同じ姿勢のままそこにいる。間近で見るとその美しさは以前より凄みを増したような気がする。
「こりゃあ目立つわな。しかも強烈に印象に残っちまう。本気で逃げるつもりなら、その辺のことちゃんと考えないとすぐに見つかっちまうぜ」
なんらかの対策が必要だなと思案しつつ、手にしていたナップザックを少年のひざに放り投げる。
「色男の医者に頼まれた。薬だと。化膿止めとか抗生物質とか色々。傷が完全にふさがるまでちゃんと飲めってさ。あと体力が落ちてるからムリはするなって。
あのせんせいは信用できる人種のようだから言うこときいとけ」
無口なのは先刻承知の上だ。口を閉ざしたままの少年に特に反応を期待することもなく話を続ける。
「あと、これ」
ジャケットのポケットから取り出したものを少年の手の平に落とす。
「おまえの家族からだ」
ルシオンは手に載っているのはきれいな金色のロケットペンダントだ。
「開けてみな」
促されてロケットを開けると写真が現れた。ファラムリッドと少年が寄り添っている写真。それはいつかの遊園地で撮られたものだった。ルシオンにとって夢のように幸せだった時間がそこにある。
「伝言をあずかってる」
フィヨドルは言葉を切って軽く息を吸った。
「生きろ。私の知らないところで勝手に死ぬことは許さない。生きることに疲れたらいつでも帰って来い。おまえの家はここだ」
できるだけ正確に、一言一句間違わないように伝えてから、口の中でクククと笑った。
「まったくあのひとらしいよ。素直に帰って来てほしいって言えばいいんだ。なぁ?」
同意を求めて少年の顔をのぞくと白いほおを涙が伝っていた。違和感があるのは無表情なせいだ。
「おまえなぁ。泣くときはそれらしい顔して泣けよ」
フィヨドルの助言がきいたのか、感情を抑えきれなくなったのか。ルシオンは顔をくしゃくしゃにして、肩を震わせながら泣き始めた。
「そうだ。それでいいんだ」
銀色の頭をわしづかみにしてかきまわすフィヨドルの顔を、海風がやさしくなでていった。




