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5-5

◇◇◇◇


 父の名はフレイ・アスターシャ。かつてセイラガムと呼ばれていたザックウィック。母の名はレイチェル・ミラ・ハーキュリー。アビュースタ人牧師の娘。


ルシオンはリトギルカ人とアビュースタ人の間に生まれた子供だった。


 敵国に生まれたふたりがどうやって出会い結ばれたのか、その経緯けいいは少年の記憶にはない。


いちばん古い記憶は両親の愛に包まれつつましくも幸福だった日々の記憶だ。その頃のルシオンは、今の姿からは想像できないほど表情豊かで快活な子供らしい子供だった。



 そんなある日、突然やってきた数人のザックウィックによって、幸福な時間は終わりを告げた。ザックウィックのただならぬ雰囲気ふんいきにおびえるルシオンに父は語りかける。


「いいか、よく聞くんだ。おまえが生まれたことには意味がある。この世界が必要としているからおまえは生まれたんだ。決して生まれてきたことを呪ってはいけない。


今はまだ意味はわからないだろうが覚えておくんだよ」


 父は必死にうなずく少年に笑顔を見せしっかりと抱きしめた。


「いい子だ。おまえは私の宝物だよ。世界でいちばん強くて優しい子だ。どんなことがあってもくじけないと信じている。これからはおまえがレイチェルを守ってくれ」


これが父の最後の記憶だ。ザックウィックと共に行ってしまった父が帰ってくることはなかった。数日後、泣き(くず)れる母を見て二度と父の大きな手に抱かれることはないのだとさとった。


 三日三晩、泣き続けた母は四日目の朝には笑顔に戻っていた。


父がいた時と同じように少年の世話を焼き、アップルパイを焼いた。だが、どんなにやさしく微笑ほほえんでいても瞳の底に沈めた悲しみが消えることはなかった。



 そして更なる不幸がルシオンを襲う。父を連れ去ったザックウィックたちが再び現れたのだ。


今度は母を連れて行くつもりなのだと少年は思った。父の最後の言葉を守ろうと、ありったけの勇気を振り絞ってザックウィックの前に立ちはだかった。


 屈強な戦士たちに取り囲まれ恐怖に身をすくませながらも、母を渡すものかと必死だった。母までいなくなったら自分はひとりぼっちになってしまう。それは幼い子供にとって何よりも恐ろしいことだった。


その時、急激な眠気が襲ってきた。麻酔銃の矢が背中に刺さっていたのだ。


「ルシオーン!」


母の悲鳴のような叫び声が聞こえた。そちらに目をやると駆け寄ろうとする母親と、彼女を捕えようとするザックウィックが見えた。


「かあさまにさわるな――っ!!」


次の瞬間、ザックウィックが消えた、ように見えた。ザックウィックは数メートル先の大木にたたきつけられ、赤い液体をまき散らしてつぶれていた。


ルシオンが無意識のうちに力を使っていたのだ。


 そのことに気が付いたザックウィックたちがいっせいに攻撃して来る。少年は生まれて初めて味わう恐怖にパニックに(おちい)ってしまった。


「うあああああああああああ――――!!!」


暴走した力がザックウィックたちをなぎ(はら)っていく様子がぼんやりと目に映る。何が起こっているのか理解できないまま意識は遠のいていった。



 目を覚ました時には見知らぬ場所にいた。台の上に寝かされたルシオンをいくつもの好奇こうきの目が見下ろしている。


「これがセイラガムの子供か」


「迎えに行ったザックウィックが5人も()られたそうだ」


「ほう、それは楽しみだ」


少年には何を言っているのかわからない。人間味のない冷たい目が不安をかきたてた。


「かあさま。。かあさまはどこ?」


 泣きじゃくる幼児に白衣の男は言った。


「言うことをきいたら会わせてやろう」


ルシオンはその言葉を信じた。白衣の者たちはヴァイオスを専門とする学者や研究者だった。未知数の潜在能力を秘めた実験体を手に入れ顔を紅潮させている。


幼い少年には自分がモルモットにされようとしていることなどわかるはずもなかった。



 少年は小さな身体のいたるところを傷つけられデータを取られた。特殊能力者ヴァイオーサー自然治癒力しぜんちゆりょくの高さは能力の高さに比例する。そこからルシオンのレベルを計ろうとしたのだ。


本格的な実験の前に生死のボーダーラインがどこにあるのかを()(はか)るという目的もあった。つまり、どの程度なら死なない(・・・・)かを探ろうとしていたのだ。 


 痛みと恐怖に泣き叫ぶ幼児に容赦(ようしゃ)なく実験は続けられた。金属の(くい)を全身のいたるところに打ち込むという乱暴な方法で。


杭は徐々に太いものへと取り替えられて、傷がえるまでの時間も長くなっていった。


 激痛に(あえ)ぎ熱に浮かされていても手当てどころか汗を拭ってくれる者すらいない。観察のため意図して放置されたのだ。少年は泣きながらうわ言のように母を呼び続けた。


 けれども、これは少年を苦しめる地獄のような日々のほんの始まりに過ぎなかった。



 ルシオンの潜在能力の高さを知って喜んだのは研究者だけではなかった。研究所にはリトギルカ軍の将校が出入りするようになっていた。


ヴァイオスを引き出すための訓練が始まり、5歳の子供には難しすぎることばかり要求された。だが、いくら訓練を続けてもルシオンの能力は発現しなかった。


しびれをきらした軍本部から派遣はけんされてきた将校、ハベス・ゲルリンガー中尉はガラス玉のような目をした男だった。


この男が見かけを裏切らない非情さで強引な手を使い始めた。少年に捕虜ほりょのミュウディアンをけしかけたのだ。


 当然ミュウディアンは幼児相手に戦うことはできないと拒否したが、仲間の命がかかっているとなると従うしかなかった。


ルシオンは自分に向けられた殺意にパニックにおちいった。そして、恐怖が臨界(りんかい)に達した時、力が爆発した。


以前ザックウィックに襲われた時と同じだ。あの時のことはよく覚えていないが、今度は自分のしたことをしっかりとの当たりにしてしまった。


肉塊にくかいとなって転がるミュウディアン。床に広がっていく赤い液体。生臭い臭い。


「悪魔め!」


仲間を惨殺されたミュウディアンの怒声(どせい)は憎悪にまみれていた。


 人を殺したんだと認識した瞬間、全身が凍りついた。罪悪感に、恐怖に、後悔に、絶望に・・・・・・ 一生消すことのできないおぞましい記憶が幼い魂に刻み付けられた。



 数日後、再び研究所内の闘技場でミュウディアンとふたりきりにされた。ルシオンが殺したあのミュウディアンの仲間だ。


復讐(ふくしゅう)に燃える目は相手が幼児だからといって躊躇(ちゅうちょ)も油断もないことを物語っていた。容赦ようしゃなく少年に襲いかかるミュウディアン。


恐怖にすくむルシオンはそれでもパニックにはならなかった。憎悪と殺意の塊になったミュウディアンは恐ろしい。だが、ひとを(あや)めることはもっと恐ろしかった。


それは、両親の愛情に包まれて穏やかに暮らしていた少年の魂が最もみ嫌うことだったのだ。


 どんなに傷つけられ血を流しても恐怖にのみこまれないよう必死だった。もう二度と魂がひび割れるような苦しみを味わいたくはない。


(ぼくはつよいこ。くじけたりしない)


父の残した言葉を心の中で繰り返し唱え続けた。


 身体中に激痛が走りひどく息苦しい。死ぬのだと思った。かすむ目に歩み寄るミュウディアンが映っていたが、不思議と恐ろしくはなかった。


死んでしまえば痛いことも苦しいことも、そして、さびしいこともなくなる。父のところに行けると思うとうれしくさえあった。


ミュウディアンの手にした光の刃が胸に刺さり、意識は途切れた。



 ルシオンは生きていた。だからといって喜びは感じない。そんな少年をゲルリンガー中尉の冷たい目が見おろしている。


「気がつきましたか。ずいぶんとひどくやられましたね。でも、命があって良かった。君のお母さんも無事だといいのですが」


少年の心臓がはねた。


「知らなかったのですか。ミュウディアンたちはお母さんを狙っているのですよ。今頃は君が倒せなかったミュウディアンに襲われているかもしれませんね。


彼はここから逃げました」


自分を襲った殺意が母親に向けられているところを想像して、ルシオンは血の気を失った。


「……つける。。……やっつける! ぼくがやっつける!!」


 幼い少年にうそを見抜くことはできない。中尉の言葉を素直に信じてしまった。何よりも母を失うことを恐れるルシオンは、研究所の外に放たれたミュウディアンを必死に探した。そして、殺した。


母の命かミュウディアンの命。どちらか一方を選ばなければならない状況でためらってはいられなかった。すべては、ゲルリンガー中尉の思惑通り。



 ルシオンは自分が母親を守るための盾になることを決意した。いや。させられたのだ。


殺すことを拒めなくなった少年は毎日のようにミュウディアンと戦わされた。母を失う恐怖は人としての禁忌を破る恐怖をも超えていた。


それでも、自分の手で人を殺してしまった時の魂がひび割れるような感覚が薄れることはない。


やがて目の前の死体に自分の姿が重なって見えるようになった。無残な己の死に様を目にする度に、いつか自分もこんな風に死ぬのだと思うようになった。


もはや死は遠い存在ではなくなった。常にかたわらにある身近なものだ。人の死に触れても何も感じなくなっていった。


 人を(あや)めることにためらいがなくなったルシオンは急速に能力を開花させていった。


毎回異なるヴァイオスを持ったミュウディアンと戦い、相手の真似をすることで使えるヴァイオスの種類を増やしていった。


また、対戦相手は段々強くなっており、それに引っ張られるように少年の力も強力になっていった。


そして、ひとりだったミュウディアンはふたり、3人と増えていき、複数の敵を相手取って戦う(すべ)を身につけていった。


 

 ルシオンが母親と引き離され研究所に連れてこられてから2年の月日が流れた。ルシオンは最強のザックウィックへと成長していた。もう立派に戦える。


しかもひとりで戦局をひっくり返すほどの力を持っていた。リトギルカ軍としては一日もはやく実戦投入したいところだ。だが、ひとつ大きな問題があった。


少年はまだ7歳になったばかりだ。いくら大きな戦力になるからといって戦場に出すことはできない。


“いかなる状況下においても本人の意志に関わらず18歳未満の者が軍務に服することを禁ず”という条約があるのだ。


折しもリトギルカけんでは反戦運動がこれまでにない高まりを見せており、7歳の子供を戦わせたとなれば暴動も起きかねない状況だった。軍上層部はやむなくルシオンの投入を断念した。


 ところが、それをよしとしない人物がいた。ゲルリンガー中尉だ。彼には野望があった。軍組織の頂点に昇りつめるという野望が。


自分が育てた少年が戦場で活躍すれば夢のような野望も現実味を帯びてくるはずだった。こんなところで11年も指をくわえて待っているつもりはない。



 ゲルリンガー中尉はルシオンに変身メタモルフォーゼを使わせようと考えた。ルシオンの父フレイが使っていたヴァイオスだ。フレイの初陣(ういじん)は15歳の時だった。


例によって条約の年齢制限に触れてしまうため、ルシオンと同じ天使の容姿を持つフレイは別人になりすまして戦場に立った。


黒ずくめの死神、クリュフォウ・ギガロックはメタモルフォーゼによって誕生したものだったのだ。


父親にできたことならその子にもできるはず。だが、色を変えるだけでは足りない。大人の体形になる必要がある。むしろ、そちらの方が重要だ。


ゲルリンガー中尉はルシオンにメタモルフォーゼを習得させようと躍起(やっき)になった。


 こうして、ふたり目のクリュフォウ・ギガロック=新セイラガムが誕生した。



 実験的に新セイラガムの実戦投入が繰り返された。毎回予想をはるかに超えた戦果を上げるセイラガムは高い評価を受け、ゲルリンガー中尉は確かな手ごたえを感じていた。


もっと強くセイラガムの力を印象づけたい中尉は、サラミス島に集結していた反政府勢力の一掃(いっそう)をかってでた。


「あの島を消してくれたらお母さんに会わせてあげよう」


母親を守るために戦い続けてきたルシオンに拒む理由はない。母親に会えるという期待と喜びで小さな胸ははち切れそうだった。


 少年のヴァイオスによって虚無の光にのみ込まれていくサラミス・・・・・・


そこにいたディスカバリンのメンバーも、アビュースタ艦隊も、すべてを道連れに消えてしまった。


リトギルカ軍上層部は頭痛の種を根こそぎ消滅させたセイラガムを称賛した。だが、ルシオンは母に会うことはできなかった。ルシオンの失望のかたわらでゲルリンガーは少佐に昇格した。



 セイラガムは、幾多の戦場で重宝(ちょうほう)された。


ルシオンは今度こそ母に会えるという希望にすがって言われるがまま戦った。しかし、いくら勝利しても与えられるのは勲章(くんしょう)と称賛だけだった。


 少年は気付いた。どんなに殺し破壊しても母に会うことはできないのだと。本当はずっと以前から気付いていた。それでもかすかな希望にすがりついていなければ生きていられなかったのだ。


今さら悲しみも憎しみ感じない。ただ、空っぽになった。戦うことしか知らないルシオンには何も残ってはいなかった。


もう戦う理由はない。生きている意味もない。唯一あるのは、いずれ自分にも死が訪れるのだという確信だけだ。その時がくるまで戦っていればいいのだと思った。


心はすでに死んでいるのに身体だけが生き続けていた。



 守るものも失うものもないルシオンはただ忠実に命令に従うだけの兵器だ。圧倒的な力で常にリトギルカ軍を勝利に導き、アビュースタ圏にまでその名を(とどろ)かせていった。


けれども、ルシオンにとって名声も栄誉もどうでもいいことだった。まだ自分の番ではなかったというだけのことだ。


 そんな中で命じられた任務がフォート・マリオッシュ攻略だ。マリオッシュを無傷で手に入れたいリトギルカ軍は少年に最も重要な役割を与えた。


死体をよそおってマリオッシュに侵入し、ブロックフィッチを倒してウォールを消失させる。そのすきに待機していたザックウィックが侵入し、セイラガムと合流して内と外から総攻撃をかける。


ルシオンの姿であれば誰もこんな子供が敵の工作員だと疑うことはないし、仮死状態ならヴァイオーサーだと気付かれることもない。


 ところが、不測の事態が起きた。ルシオンを乗せた貨物船がリトギルカのスカイフィッシュと遭遇(そうぐう)して被弾したのだ。そして、フェンリル隊に貨物船の救助命令が下された。


こうして、運命の輪がまわり始める―――――




【ファラムリッド】


 身体中の血液が逆流しそうだ。


どうして私は、幼いルシオンのそばにいなかったのだろう。今さらどうすることもできないとわかっていても考えずにはいられない。


レイン少尉の中にあるルシオンの記憶を見終えたときには、わめき散らしながらそこら中の物をたたき壊したい衝動しょうどうにかられていた。


 誰に少年を責めることができるだろう。責められるべきは幼子を戦争の道具にした大人たちだ。彼らはルシオンからすべてを奪った。


愛する家族を、あたたかい家庭を、子供らしい夢を、未来への希望を・・・・・・ 


人間性を否定され、正しい教育も与えられず、ただ、兵器としての性能だけを(みが)かれた。そんな少年に破壊と殺戮(さつりく)以外の何があるというのか。


私は、あの子に何を求めている?



 与えられるべきはルシオンの方だ。奪われたものを取り戻す権利があるのはルシオンの方だ。私は、あの子に、何を与えた? 


死の意味? そして、、苦悩と悲しみ。


いや、ルシオンは悲しんでなどいない。私の望みを叶えたと自己満足に浸っているだけだ。


確かにマクシムの(かたき)は討てた。だが、少しもうれしくなどない。色を取り戻せてもいない。


おまえは私が生きるための支えだったふたりを同時に奪ったのだ。守るべき存在であったルシオンと、マクシムを失った悲しみをぶつけるべき相手だったギガロックと。


おまえのしたことはすべて無駄だったのだ。それどころか私をこんなにも苦しめている。こんなことのために命を捨てるのか!



 私は怒っている。怒っているんだ。それなのに涙があふれて止まらない。


ルシオンは無表情で無口で感情表現のできない子供だった。だが、元々そんな人形のような子供だったわけではなかったのだな。


幼子に人格を変えてしまうほどの仕打ちをしたリトギルカの鬼畜(きちく)どもを、私は決して許さない。


辛くて、悲しくて、怖くて、寂しいことしかない毎日で、手を差し伸べてくれる者も優しい言葉をかけてくれる者もいなかった。本当にひとりぼっちだった。


そんなルシオンに一体何ができた? 


自分の中に逃げるしかないじゃないか。負の感情にばかりさらされていたら人は壊れてしまう。だから心を固い(から)の中に閉じ込めてしまったのだろう。


 今ならわかる。一度だけ見せた涙も笑顔も奇跡のような瞬間だったのだと。


これからもっともっと泣かせたり笑わせたりしてやるつもりだったのに、その時は永遠に来ないのか。


たった9年間のあまりにも短すぎる、あまりにも悲しい人生・・・・・・


おまえはもっともっと生きるべきだ。強欲に。わがままに。


このまま終わらせてなるものか!!!

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