5-4
【キャシュトニーナ】
もう、終いだ。なんもかも、終いだ。
膨張してくエネルギーの暴走はどんどん狂暴になってやがる。アビュースタ軍リトギルカ軍の区別なんかねえ。手当たり次第にのみ込み焼きつくしながらマリオッシュに迫る。
後にはなんも残らない。マリオッシュも飲み込まれちまう!
「ああああああああああああ!!!」
恐怖と絶望がうちを襲う。これはマリオッシュにいるヤツラの悲鳴だ。無数の激しい感情が怒涛となって押し寄せる。
人々の生きることへの執着がうちの心をかき乱す。
《死にたくない!!》
《誰か助けてっ!!!》
悲痛な叫びに気が狂いそうだ。助けてえ! でも、うちにそんな力はない。
荒れ狂うエネルギーの暴走がマリオッシュに迫るのを見てるっきゃねえ。目の前が絶望に黒く塗りつぶされていく―――
その時だ。万のフラッシュをたいたみてえだった。視界が真っ白になってなんも見えん。
視力が戻ったときにはまぶしい光がマリオッシュを包んでいた。ブロックフィッチがつくる絶対障壁とは違う。キラキラと虹色に輝く力強い光。
すぐにエネルギーの暴走がやって来た。あっという間に虹色の障壁ごとマリオッシュをおおいつくして見えなくなる。
すさまじい炸裂音に吹き上がる炎。あの中にあるもんが無事だとはとうてい思えねえ。なにもかも根こそぎ破壊し焼きつくされる。
エネルギーの暴走が通りすぎた後に見えたのは、虹色の光! 光のドームの中に無傷のマリオッシュが!!
マリオッシュは――――救われたんだ!
うちにはわかる。虹色のウォールをつくったのがだれなのか。
特殊能力を使ったってえことは、、あのヒトは生きてる。助けに行ったとき動力室にいなかったのは脱出していたからなんだ!
よかった・・・・・・
ほっとしたら涙があふれてきた。
この涙はマリオッシュが救われたから? それともあのヒトが生きてたから?
チックショー!! どっちも同じくれえにうれしい。うれしんいんだ!!
「あれは何だ! ヘザーウォールなのか? マリオッシュは無事なんだな?!」
操縦席でタルティーニ中尉がわめいてる。
「ま、また助けられたんです。セ、セイラガムに」
この名を口にするのが誇らしい。まるで自分のことみてえに。
恐怖と絶望が消えてかわりに何万もの安堵と歓喜がうちの心をいっぱいにした。今、マリオッシュのヤツラは命があることを心から喜んでる。
この奇跡を起こしたのがセイラガムだと知ったらあのヒトに感謝するだろうか。。
それは・・・・・・ない。
セイラガムはアビュースタ人にとって殺しても飽き足りない敵だ。だれもが死神みてえにキラってる。
重症のからだでマリオッシュを守ってくれたってのに。これまでだって、何度も何度も救ってくれたってのに。
そのことを知ってるのはほんの数人だけ。本当なら救世主として讃えられるべきだろ? 感謝されたりほめられたりしてもいいはずだろ?
『ありがとう ありがとう ありがとう ・・・・・・』
手首のリストバンドを握りしめ同じ言葉を繰り返す。マリオッシュのヤツラの分まで、何度も、何度も。百回でも千回でも足りやしねえ。
22万人分のありがとうを。
【ファラムリッド】
ヘザーウォールが復活した!
コックピットの中からその様子を目の当たりにしてそう思った。それはまばゆいほどに輝いていて以前よりも強固なものに見える。マリオッシュは助かるだろう。
希望が持てたところで異変に気が付いた。
後部座席のルシオンの様子がおかしい。硬直した身体をガタガタと震わせている。大きく見開かれた瞳は何も映していない。意識が戻ったわけではなさそうだ。
「どうしたんだ!? ルシオン! ルシオン!!」
声をかけるが返事はない。ひどく不吉な気がした。何が起きているかはわからないが、何かが起きていることは確かだ。
とにかく今は一刻も早く医者の手にゆだねなければならない。
もともと重症を負って昏睡状態だった。どうして動くことができたのか不思議なくらいだ。それなのにさらに傷つき衰弱して死にかけている。
このまま死なせるものか! 言いたいことは山ほどあるんだ。
なんとかエネルギーの暴走を振り切って引き返しマリオッシュに着陸した。マリオッシュを守ってくれたヘザーウォールは消えている。
すぐにルシオンの様子を確かめる。心臓に氷を押し当てられたような気がした。
シートにぐったりと身体を預けているルシオンは、死んでいるようにしか見えない。
白を通りこして白い肌に生気はなく、色を失くした唇の端からは赤い血が糸を引いている。
垂れ下がったまぶたの隙間からのぞく青緑の瞳に光はなく、死の淵をのぞいているように暗い。
恐ろしくて、少年に触れることができない。。
もし、呼吸をしていなかったら・・・・・・
もし、鼓動が聞こえなかったら・・・・・・
自分がどうなってしまうかわからない。
「まだ息はある。軍病院に運びましょう」
いつの間にかとなりに立っていたサバイブの言葉が、砕け散りそうな私の心をかろうじて支えてくれた。
そうだ、軍病院だ。軍病院に行けばメルオルがいる! メルオルならきっと助けてくれる!!
「メルオル!! メルカトキオル・オースティン軍医大尉はどこだ!!!」
軍病院へ駆け込むなり大声で叫ぶと、ホールにいた人々がいっせいにこちらを振り返った。そして、一様に驚愕の表情をした。
理由はわかっている。私が血の池から引き上げたような血みどろの子供が抱きかかえているからだ。
「メルオル!! はやく来てくれ! メルオル!!!」
こんな時に何をしている! 今こそおまえの力が必要なのに。この状況でルシオンを救える者がいるとしたら、それはメルカトキオル・オースティン、おまえだけだ。
恐らく他の医者に託しても、手のほどこしようがないとさじを投げられることだろう。
幼なじみの名を叫びながら進むと、患者でごった返すホールに道が開ける。後ずさる人々は皆あわれみと同情の目をしている。
そんな目で見るな! この子は生きている。まだ生きているんだっ!!
走って来るメルオルが見えた。その途端、押さえつけていた感情がどっとあふれ出す。腕の中にある重みを失うのではないかいう恐怖と不安に押しつぶされそうだ。
「助けて・・・・・・ルシオンを死なせないで・・・・・・頼む・・・・・・・・・」
なんとか絞りだした声は自分のものとは思えないほど弱々しくかすれていた。せきを切ったように涙があふれ出す。
「できるだけのことはするよ」
メルオルは言った。
違う! 私が聞きたいのはそんな言葉じゃない。必ず助けるとは言ってくれないのか。いつものように自信満々の言葉で私を安心させてはくれないのか。
ストレッチャーに寝かされ運ばれて行く少年を見送る私は闇にのみ込まれるようだ。
ルシオンが重篤な状態であることは私にもわかる。それでもこのまま死んだりはしないと信じたいのに、一方では助かるはずがないと突き放す自分がいる。
寒い・・・・・・
気が付くと身体が震えていた。
【キャシュトニーナ】
信じらんねえ。この子がセイラガムだなんてのは・・・・・・
冗談だろ?
集中治療室の中をのぞきこむと銀色の長い髪をしたかわいらしい子供が眠ってる。ロイエリング大尉のところのルシオンくんだ。
この天使と見まちがえそうな少年と死神と恐れられるセイラガムが同一人物だとは、だれだって信じられっこねえ。
でも。重体で軍病院に運び込まれたルシオンくんの傷の位置は、うちが見たセイラガムの傷とぴったり一致していた。
それにあの時、巨大戦艦の動力室にいたのは少年だけだった。あんなところにいるのはヘンだとは思ったんだ。
それにしても、ふたりの外見は違いすぎる。変身とかいう自分の姿を変えるヴァイオスを使って、ルシオンくんがセイラガムの姿になっていたんだそうだ。
ただし変えてるのは髪や肌、瞳の色だけであとはからだを大きくしてるだけって言うから驚きだ。
つまり色は違うけど成長して大人になったルシオンくん本人の姿ってえことになる。
どうりで、あらためて見るときれいな顔はセイラガムによく似てる。同じ人間なんだから当前だな。
少年はたったの9歳だった。そんなに小せえ子供が大人のふりをしてたのになんで気付かなかったのか?
まぬけすぎだろ。あんなに一緒にいて、一緒に戦って、話もしたってのに。
言葉数は少なくて感情を表に出すことはめったになかった。そんなのは軍人に多い典型的なタイプだと思ってた。
そういえば、一度だけ“あれ?”と思ったことがあったっけ。
水族館でデートしたときだ。なんと、あのセイラガムが魚をこわがってた。無敵のセイラガムにもこわいもんがあるんだと、すげえ意外に感じた。
あれは子供らしい素直な反応だったんだと今ならわかる。もしかしたら水族館に連れて行ってもらったことがなくて、はじめてヘンてこな魚を見たのかもな。
うちが好きになったセイラガムはもういない。。
背の高い黒ずくめの男は恐ろしいくらいに強くて頼もしかった。
でも、死神なんかじゃない。やさしさも弱さも持った人間だった。そして、悲しい人間だ。うちと同じ孤独を抱えてた。
うちはセイラガムのことを理解した気になってた。あのヒトの心のいちばん近くにいるのは自分だとさえ思ってた。本当の姿さえ知らなかったてのに。
昏睡状態のルシオンくんには死の宣告がされていた。セイラガムなんだから誰よりも強い自然治癒力を持っているはずだけど、その力がまったく働いていないんだそうだ。
オースティン軍医大尉はもってあと2日と言っていた。
もともと意識もないくれえの重傷を負ってたのに傷を増やして戻って来たんだ。これはもう自殺だと軍医は嘆いてた。
本当にそうなのかもしれない。うちはそのワケを知っている。
巨大戦艦の中で動力室に残ると言い出したとき、セイラガムは自分には帰る場所がないと言った。
それがどんなにつらいことなのか、うちにはわかる。9歳の子供にとっちゃなおさらだと思う。本当なら大人に守られて大切にされてる年頃なのにな。
セイラガムはリトギルカ軍を裏切れば祖国には戻れなくなることぐらいちゃんとわかってた。
そして、どんだけつくしてもマリオッシュが受け入れてくれることはねえと、総司令にはっきり言われてた。
それでもマリオッシュを守り通したのはなんでだ?
帰る場所をなくしても守りたかったものはなんだ?
命まで捨てちまってもいいのかい?
あんたは―――それで満足なのかよ
うちはヤだよ。このまま永遠の別れなんて、まっぴらだっ!!!
うちはずっとセイラガムの心を読んでみたかった。うわさやイメージに惑わされない真実の姿を知りたかったから。
でも、うちの読心でセイラガムのプロテクトを破ることはできなかった。世界でたったひとり、セイラガムの称号を持つヒトの心に触れるなんてのは不可能だった。
でも、今は事情が違う。セイラガムは重症を負って昏睡状態だ。つまり、無防備ってことだ。プロテクトも消えてる今ならこのヒトの心にふれることができる。
こんなやり方は気がすすまねえ。けど、もう時間がない。
ルシオンくんのおでこに手を当て目を閉じた。意識を深くふかく自分の中へと沈めてから少年の心にそっとふれる。
うちの知らないセイラガムの全部がここにある。ルシオンくんの記憶が、想いが、ここにある。
どんだけの時間そうしていたのかわからない。気が付くと床に座り込んでた。冷たさは感じない。からだの芯が熱く燃えているようで全身があったけえ。
うちは、、泣いてた。感動の涙なのか、悲しみの涙なのか。それとも喜びの涙なのか、自分でもわからない。
うちはセイラガムの全部を理解した。どんなところでどんな風に生きてきたのか。なにを思いなにに悩んでいたのか。
そして、どうしてもマリオッシュを守りたかった本当の理由も。まだ9歳の本人よりもわかってるはずだ。
ルシオンくんの心の中はあるヒトのことでいっぱいだ。それなのになんも伝えないまま消えちまうつもりかよ? 小せえからだにたくさんの想いを抱いたまま・・・・・・
そんなの悲しすぎる! 帰る場所も叶えたい望みもなくしちまったけど、空っぽなワケじゃねえんだ。あんたはこんなにもあったけえ。
少年の生きてきた9年間を思うと胸がえぐられる。これからも同じことが続くなら、このまま終わった方が幸せなんじゃないかとさえ思う。
でも、この子は自分の意思であらがったんだ。結果はこんなことになっちまったけど、それでも精一杯戦ったんだ。だったら大丈夫。
これまでの9年間とは違う道を歩くことだってできるはずだ。そのために力を貸してくれる大人だって少ねえけどいる。あきらめるにはまだはやすぎる。
うちはあきらめねえ!
◇◇◇◇
緑の木々が生い茂る軍病院の中庭は鳥たちの楽園だ。外敵はなく餌は人間が与えてくれる。今を生きている喜びを謳歌するように高らかに歌っている。
そんな鳥のさえずりもファラムリッドの耳には入っていなかった。強い日差しを避けて、ただぼんやりとベンチに腰掛けている。
「・・・・・・ロイ・・・・・・大・・・・・・ロイ・・・エリ・・・大尉・・・・・・ロイエリング大尉!」
誰かが自分の名を呼んでいることに気付き顔を上げると杖をついた若い女の姿があった。キャシュトニーナ・レイン少尉だ。
「い、い、いいんですか? こ、このままルシオンくんが逝ってしまってもかまわないんですか?」
唐突なキャシュトニーナの質問にファラムリッドは凍りついた。あまりの恐ろしさに考えないようにしていた現実を突き付けられたのだから無理もない。
ファラムリッドは視線を落とし力なくつぶやく。
「私には、どうすることもできない・・・・・・」
「そ、そ、そんなことをきいているんじゃありません! あ、あなたの気持ちをきいているんです!!」
ファラムリッドにはわかっていた。
今度こそ、ルシオンと向きあって答えをださなくてはならない。でなければ手遅れになるかもしれない。そうなれば永遠にマクシミリアンの死から立ち直れない。
世界は色を失ったまま・・・・・・
だが、ギガロックを許すことなどあり得ないし、ルシオンを憎むことなどできるはずもない。それがどうあってもくつがえることのない正直な気持ちだ。
散々悩み抜いた末にたどり着いた結論は、答えなど出せないというものだったのだ。
ファラムリッドが共に暮らしてきた少年はもういない。今のルシオンはセイラガムでもあるルシオンだ。その事実をなかったことにはできない。
ファラムリッドはひとりの人間に相反するふたつの感情を抱いて苦しんでいた。
それでも・・・・・・ 彼を失うことは恐ろしい。
愛する者と憎む者、その両方を一度に失ってはもう立ってはいられない。ルシオンに対する愛情とギガロックに対する憎悪が今のファラムリッドのすべてなのだ。
「あ、あなたはルシオンくんに生きていてほしいのですか、そ、それとも・・・・・・し、死んでほしいのですか」
キャシュトニーナは容赦なく詰め寄って来る。
「・・・・・・わからない。それに・・・もう手遅れだ」
「そ、そんなことはありません。た、大尉にはルシオンくんのすべてを知ってもらいます。し、知るべきなんです。そ、そうすれば答えも出せるはずです。
――――ル、ルシオンくんのすべてを受け止める勇気がありますか?」
ファラムリッドはゆっくりと顔を上げた。




