5-2
【キャシュトニーナ】
フェンリル隊と連絡が取れたのはラッキーだった。だれかひとり一足先に迎えに来てくれることになってる。
はやく、合流地点に! メッセル中尉の手を引いて巨大戦艦の中を歩くうちはあせってた。
無力な子供になっちまった中尉の手から伝わってくるのは不安とおびえ。純粋な感情はうちが抱くそれと共鳴して負の感情をふくらませやがる。
もう、泣きてえよ。できることなら今すぐ引き返したい。
でも。自分の役割を果たさなくちゃなんねえ。中尉を守って安全なところまで連れて行く。今はそれだけ考えていよう。
!!!
「おねえちゃん、どうしたの?」
急に立ち止まったうちの顔をメッセル中尉がのぞきこんだ。
「な、なんでもないよ」
ウソだ。事情を説明したところで中身が子供の中尉をこわがらせるだけだ。
うちには見えていた。隊長たちがザックウィックと出くわしたところが。
別れぎわに握手したとき、隊長の手の平に“カメラ”をはり付けておいた。
うちが“カメラ”と呼んでるその能力は、それをはり付けられたヤツの目を通してものを見ることができる。つまり今隊長が見ているものがわかるんだ。
3人に数を減らしたプリズナートの前に立ちはだかってるのは8人。3対8じゃどうしたって不利だろ。
さっさと役目を果たして引き返そう。うちにたいした力はない。それでも、離れたところで無事を祈ってるだけなんてのは、ごめんだ!
「い、急ぐよ」
メッセル中尉の手を引いて歩を速める。
8人のザックウィックを相手に苦戦をしいられるみんなが、傷だらけになり血を流しながら戦ってるのが見える。
だれかひとりでも倒れちまったら一気にたたみかけられてそこで終いだ。
みんな、踏ん張ってくれ!!
ボロボロになりながらなんとか5人を倒し残り3人になった。これならなんとかなるかもしんねえ。
着いた! 合流地点だ。フェンリル隊の副隊長、ナイトがかけよって来る。
「レイン少尉、何があったんだ? 作戦はどうなっている?」
色々きいてくんな! うちは急いでんだ!!
「さ、作戦は続行中です。メ、メッセル中尉を保護してください。き、記憶を盗られてしまったんです」
事情を説明するのももどかしく隊長たちのところへ戻ろうとしたとき、“カメラ”が見せる光景に異変が起きた。
やっとの思いで倒した5人のザックウィックが起き上がり襲いかかって来たんだ。なんでだよ!?
隊長のボリュックがザックウィックの心臓を貫いた。今度こそ終わり。と思ったけど、まだ起き上がって来やがる。
即死のはずだろ。おとなしく死んでろや!
胸の穴からは蛇口をひねったみてえに鮮血が噴き出してる。これじゃまるでゾンビじゃねえか。
―――――そういうことか!
「あ、後はお願いします」
うちはきびすを返した。
なん度殺したってムダだ。はじめから生きてなんかねえんだから。あれは操られた死体だ。敵はただひとり、人形使いだけだ。
隊長たちも戦っている相手が死体だってことには気付いているはず。でも、パペッターがどこにいるかまではわかっちゃいねえ。
いつかの幻影使いみてえに安全な場所に隠れてると思ってるんだ。
そうじゃねえ! パペッターは隠れてなんかない。
カメラを通して発動した感知がパペッターの居場所を探りあててた。
あの女がパペッターだ。死体のふりをしてまぎれこんでる。そのことをはやく伝えねえと。いくら人形と戦ってもキリがない。
しまった! さっきのザックウィックだ。
なにかに足を取られて転んだ瞬間そう思った。
カメラの向こうにばっか気を取られてて近くの敵に気が付かなかったんだ。身体が床にはり付いて動けねえ。
「あんたはここまでだ」
サージとかいう男だ。盗みを使う女もいる。
ちっくしょー!! こんなところで足止めされてる場合じゃねえんだ!
こんな時いつも助けてくれたあのヒトは、今日は来てくれない。なにか事情があるんだろうけど、なんで、よりによって今日なんだ。今こそ助けが必要なのによ!
このままじゃ隊長たちは全滅、フォート・マリオッシュは陥落だ。
床にはり付いた左手のリストバンドに目を落とす。
ダメでもともと。後であやまればいい。後があればの話だけど。
ありったけの声でその名を呼ぼう。マリオッシュの隅々にまで届くように。
『セ、セイラガム! も、もう、あ、あなたに頼るしかありません。ど。どうか力を貸してください。セ、セイラガム!!!』
“カメラ”は絶望的な戦いの様子を見せつける。
もうやめろ! もう、見せるな・・・・・・
隊長も、ターネット中尉も、ブラウン中尉も、とっくに限界だ。立ち上がることもできねえほど傷ついてすり減ってる。
痛みも疲れも知らない人形どもはどれだけダメージを受けてもへでもねえ。なん度でも立ち上がって3人に襲いかかる。
『お、お願い! た、助けて、セ、セイラガム!!』
女がこっちに近づいて来る。あの手でふれられたら、プリズナートのみんなのこともセイラガムのことも全部忘れちまう。
イヤだ!!
うちから大切なものを奪うな!
!!! あれはなんだ?
女が手を伸ばしてうちにふれようとしたとき、ザックウィックの頭上に現れた2本の光の矢。
空中で垂直に立つそれは、ザックウィックが見上げた瞬間ヤツラの身体を貫き床に縫い付けた。
虫ピンで刺された昆虫標本みてえになったふたりは、死の間際に天使を見たと思ったかもしれない。真っ白い服を着て舞い降りるあのヒトを見て。
来てくれた・・・・・・ うちをこんなに喜ばせて、安心させて、どうするつもりだよ? そんなにうちの心を揺さぶってくれるな。本気で恋しちまいそうだよ。
恋?! うちが? セイラガムに??
――――ああ。そうか。うち・・・・・・このヒトが好きなんだ。
自分でもびっくりの告白に心臓がおどりだす。
ミュウディアンがザックウィックに恋だと! そんなことあってたまるか。許されっこねえ。わかってるよ、そんなこと!
でも、、もう手遅れだ。この気持ちは抑えられない。
ヒトの気持ちなんてしばれるもんじゃねえ。今まで抑えつけていた感情が一気に解放されて、好きって想いがあふれて止まらない。
こんなにも好きになってたなんて自分でも知らなかった。狂おしいほどの激しさでうちはセイラガムに恋してる。
「レイン少尉、だいじょうぶですか?」
黒い瞳にのぞきこまれて気が付いた。うちってば、泣いてる。。
「へ、平気です。な、なんともありません」
涙をぬぐって立ち上がる。
うちのこの想いはだれにも言えない。一生心の中にしまっておくしかねえものなんだ。胸の奥がじーんと痛い。
「レイン少尉! なぜ戻ってきた?!」
うちを見た隊長は驚くってより怒ってた。命令違反にはなんねえはずだろ。
「メ、メッセル中尉はフェンリル隊に頼んで来ました。そ、それにもう、ち、中尉の記憶は戻っているはずです。さ、さっきのザックウィックふたりは死にました」
「・・・・・・そうか、ギガロックが来ているのだな」
さすが隊長、さっしがいい。
「い、一緒に戦わせてください。わ、わたしもプリズナートの一員です」
ターネット中尉とブラウン中尉が顔を見合わせてる。うちが自分からプリズナートを名乗るのははじめてだった。
「レイン少尉、パペッターの居場所をつきとめろ」
さすが隊長、ものわかりがいい。
パペッターを倒すと7体の操り人形もただの死体に戻った。
でも、隊長たちは傷だらけだ。セイラガムに頼めば治癒で治してくれるんだろうけど、どこに行ったんだ? うちの後を付いて来てるとばかり思ってたんだけど。
「セ、セイラガムを連れてきます」
引き返そうとするうちを隊長が呼び止める。
「時間が惜しい。レイン少尉はギガロックと共に作戦を遂行するんだ」
そう言いながらも隊長はうちを見てはいなかった。見てるのはいつの間にかそこに立っているザックウィックどもだ。この人数の相手をしていたんじゃ間に合わねえってことか。
「はやく行け!!」
「頼んだぞ!」
ふたりの中尉に背中を押されてうちはかけ出した。
マリオッシュの命運をかけた任務はうちとセイラガムにたくされた。こんな頼りないうちを信頼してくれたことがうれしい。
あんなにきらっていたセイラガムを受け入れてくれたことはもっとうれしい。
来た道を引き返すと、壁に背中をあずけて座り込んでいるセイラガムが見えた。なんか様子がヘンじゃね?
「ど、どうかしたんですか?」
そばに行くといよいよヘンだ。尋常じゃない量の汗をかいてぐったりしてる。
いつもは戦闘の後でも呼吸ひとつ乱してなかったのに。そう言えば、今日は来れないはずだったんじゃ・・・・・・
「た、体調が悪いんですね!」
なんてこった! だから来れないって言ってたのに、こんな状態のセイラガムをうちはムリに呼び出したんだ。
「ご、ごめんなさい。あ、あなたの事情も考えないで・・・・・・ ほ、本当にごめんなさい!」
うちは、このヒトをなんだと思ってんだ。好きだと言いながら便利に利用しているだけじゃねえか! それもこれもうちが弱いせいだ。
「レイン少尉は悪くない。よんでくれてよかった」
やさしい言葉をかけんじゃねえ。泣きそうだよ。
もう戦闘を避けてまわり道してる時間はない。
なん度も敵とでくわして、その度にセイラガムの圧倒的な力で突破していく。そしてその度に絶不調のセイラガムは衰弱していった。
酸素をむさぼるように肩で大きく息をしてひどく苦しそうだ。汗でシャワーを浴びたばっかみてえになってる。
「だ、大丈夫ですか?」
もし。もし、もうムリだって言われたら、こっから先はうちひとりでやるしかねえ。そう考えただけで目の前が真っ暗だ。
セイラガムの心配をしてるふりをしながら自分の心配ばっかしてやがる。うちはサイテーのクソヤロウだ。
「だいじょうぶじゃないけどだいじょうぶ。これが最後だから」
手の甲で汗を拭いセイラガムは言った。
最後? 最後ってどういう意味だよ。。
プリズナートに協力するのはここまでってことなのか?
もう・・・・・・会えないってことなのか?
きこうとしたけどきけなかった。まだ呼吸も整ってないのに歩き出したセイラガムの背中に悲壮なまでの決意を感じ取ったから。
うちの不安なんぞ小せえことに思えて口から出かけた言葉は飲み込むしかなかった。
動力炉の前には最後の防衛ラインが敷かれてた。ひでえ状態の今のセイラガムにラクな戦いなんかねえ。
敵を退けはしたものの力つきたように床にひざをつく。腹を押さえて苦しそうだ。
「み、見せてください」
白い服に赤いシミができてる。やっぱりか!
「す、すぐに手当てを」
「手当はいりません。このケガはもとからだから」
もとからってなんだよ?!
服をめくると上半身全体に包帯が巻かれていた。血がにじんでいるのは腹だけじゃねえ。
うちは青ざめた。いくら生命力が強いからってこんなからだで動きまわってただと。ふつうの特殊能力者ならとっくに死んでるとこだ。
今になって気が付いた。セイラガムが着ている上下白の服は軍病院の看護師の制服だ。
「び、病院を抜けだしてきたんですね。な、なんて無茶を!!」
うちの言葉には答えずよろよろと立ち上がるセイラガム。その後ろ姿を見てまた絶句した。背中にも赤いシミが広がってる。
冗談じゃあねえ! 自分の心配なんかしてる場合じゃなかった。
「こ、これ以上動いたら死んでしまいます!」
「かまいません。マリオッシュを守れるのなら」
うちを見つめ返す黒い瞳には強い意志の光が宿ってる。セイラガムの決意は最初に会ったときに聞いた。
でも、どうしてなんだ? その理由を話してくれたことはない。
「あ、あなたはザックウィックでしょ。な、なのになぜ、そ、そうまでしてマリオッシュを守ろうとするんですか?」
「・・・・・・・・・」
やっぱり答えてはくれないのか。
再び歩き出そうとしたセイラガムのからだがぐらりと傾いて、うちは反射的に自分のからだで受け止めた。
「ありがとう」
礼なんざいらねえよ。。
うちは結局このヒトに頼ってる。これ以上ムリをしたら命にかかわるってわかっていながら、それでも一緒に戦って欲しいと思ってる。
うちは自分の守りたいもののためにこのヒトを利用してるんだ。
うちの守りたいもの。それはフォート・マリオッシュであり、プリズナートの仲間たちだ。うちの特殊能力を恐れずに受け入れてくれる場所だ。
他人から見ればなんてことねえものなのかもしれない。でも、うちにとってはやっと手に入れたすげえ大切なものなんだ。それこそ命をかけてでも守りたいくらいに。
セイラガムの腕を取って自分の肩にのせ支えながら歩き出す。
理由は違っても守りたいものは同じ。




