1-3
【キャシュトニーナ】
困ったぞ・・・・・・
うちはやさしくなんかない。
他人に親切にしたりはしないし、してほしいとも思わない。
はっきり言ってヒトとは関わりたくなんざねえ。
だから――――そんな目で見てもムダだってんだ!
偶然目が合ったのは、ソイツがキョロキョロあたりを見まわしてたから。迷子だってすぐにわかった。
4つか5つくらいのガキンチョはうちの視線に気が付くと、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした。
ちっ。
うちはそっぽを向く。
めんどくさいのはごめんだぜ。涙で気を引こうたってそうはいかないよ。
しっしっ! はやく向こうへ行っちまえ。
うちは今、上陸審査の列に並んでいるところだ。こっちの列は短いけど向こうの一般用には長い列ができている。
ガキンチョは大行列を前に途方に暮れてるっぽい。
審査が終わったらすぐに、待ち合わせの場所に行かなきゃなんだから迷子になんざかまってられるか。
うちの番がきて書類を渡すと、堅物って感じの審査官はじろりとうちを見た。
「書類はこれだけですか? その子の分も出してください」
へ? なんのこっちゃ。
審査官はうちのかたわらにあごの先を向けた。
げっ!! いつの間に!
さっきのガキンチョがうちのスカートのすそを握りしめて突っ立ってやがる。
おい、なんのマネじゃ!
にらみつけると泣きながらわめき散らしはじめた。やかましいったらありゃしねえ。
周囲の視線を浴びたうちは小さくなる。
はぁ。。 観念したよ。あんたの勝ちだ。
あきらめて審査官に向き直る。
「ま、ま、迷子みたいですね。ほ、保護者を探して来ます」
どもるのはうちのくせだ。ヒトを話そうとするとどうしようもなく緊張しちまう。
「な、名前はなんて言うんですか」
ガキンチョをなだめすかしてなんとか話を聞こうとするけど、、
「○×□※△・・・・・・」
なにを言ってるんだかさっぱりわからん!
しょうがねえなあ。
涙を拭いてやるふりをしてさりげなくガキンチョのほっぺにふれる。
《ぼくはケビンだよ。おねいちゃん、パパがいなくなっちゃった。ぼく、ひとりぼっちなの。ひとりはこわいよ。パパといっしょがいいの》
頭の中で聞こえたのはガキンチョの心の声だ。ここにはいないパパの顔もうちには見えてる。
どうしてそんなもんが聞こえたり見えたりするかってえと、それは、うち=キャシュトニーナ・レインがふつうの人間じゃないから。つっても、うちだけが特別なワケじゃない。
この世のことわりの外にある人知を超えた力は特殊能力と呼ばれ、ヴァイオスを持つヤツラは特殊能力者と呼ばれてる。
ヴァイオーサーは多くはないけどめずらしいってえほどでもない。
「ケ、ケビンくん、な、泣かないでください。い、一緒にパパを探しましょう」
つないだ手からガキンチョの心の中がダイレクトに伝わって来る。
他人のからだにふれるとソイツの記憶や思っていることが頭の中に流れ込んで来る、このやっかいなヴァイオスは読心という。
パパの顔はわかってるし、すぐに見つかると思ったんだけどな。
ヒト多すぎだろ!
そうだった。今日からバケーション週間だった。
フォート・マリオッシュで客船が出入りできる港はここだけだからなおさらなんだ。要塞島なんかになにしに来たのか知らんけど、上陸審査を待つヤツラでごった返してる。
こうなるともうひとつの力も必要か?
大勢いるところで使うと疲れるんだよな。
ケビンはうちのスカートのすそを放そうとしやがらねえし。今さらだけど、自分でなんとかしようとせず審査官にあずけちまえばよかんたんじゃね?
「す、少し休みましょう」
ケビンをベンチに座らせて買ってきたジュースを渡したら、となりに座って目を閉じる。
息を深く吸い込んで一点に集中した意識を周囲に広げていく。全身の細胞をばらまくような感覚だ。
その細胞ひとつひとつにリーディングがそなわってるみてえに、力が届く範囲にいるヤツラ全部の心を感じ取ることができる。
これは感知。うちが持ってるもうひとつのヴァイオスだ。リーディングほど心の奥まで聞こえるワケじゃないけど、相手のからだにふれなくても今思っていることならわかるんだ。
いろんなヤツの思考がうちの中にどっと流れ込んで来る。
《念願のマリオッシュだ。しっかり目に焼きつけておこう!》
《ハラ減った。先にメシにするか》
《この服ハデだったかな? そんなことないよね。久しぶりに会うんだし》
《あの女、いい尻してるな》
《父さん、元気かな? ああ、はやく会いたい!》
《なんだってこんなに混み合ってるんだ?》
《ケビンのやつ、どうしてっかな。きっと泣きべそかいてるな》
いた! 見つけた。
コイツが子供を迷子にしたマヌケ野郎だ。だいたいの方角と距離はつかめた。
「パ、パパがいました。い、行きましょう」
テレビドラマみてえな再会シーンだった。
姿が見えるとケビンはかけて行ってパパに抱きついた。わんわん泣くもんだから、こっちまで目頭が熱くなっちまったぜ。
「いんやー、この人混みだろ。はぐれちゃって、探してたんすよ。ほんと、助かったワ」
父親って感じのしない若すぎるパパは、ケビンをしがみつかせたまま右手を差し出した。
ついうっかりその手を握っちまったのは、感動シーンを盛り上げる脇役になった気がしてたから。
いつもなら初対面のヤツにふれたりは、絶対にしない。
「ど、どういたしまして」
うちの笑顔は引きつってた。パパの心の中が丸見えだ。
《この女、よく見るとかわいいくね? 泣きぼくろがなんか色っぽい。おっぱいは小せえけど》
背中を悪寒が走る。
やかましいわ! ヒトをいやらしい目で見るんじゃねえ!!
他人の目を通して自分を見るのはヘンな感じだ。
18になってもスッピンで、形も色もアーモンドそっくりの目は子供っぽい。伸びたら切るだけのセミロングの髪は、日に焼けたブロンドみてえなさえない色だ。
その上、着ているものは流行に左右されない地味なスーツときたもんだ。どこの田舎モンだよ!と自分でもツッコミたくなる。
でも、それでいい。
できるだけ目立たないように、だれの目にもとまらないように。それがうちの方針だ。
けど、この泣きぼくろだけはどうしようもねえ。右に3つ、左に4つ。多すぎだろ!
外身は臆病なジミ娘、中身は口の悪いゲス娘。
なんか文句あんのかよ?
だれだって言ってることと心の中で思ってることは同じじゃない。それが人間なんだってイヤってほど知ってる。
《ケビンのやつもたまには役に立つじゃねえか》
ここまでなら鼻を鳴らすだけですますこともできた。ところが
《捨てるのはまた今度ってことにしといてやるよ》
この、このっ、ドグサレオヤジ!!
ケビンとはぐれたってのは真っ赤なウソ。本当は置き去りにしたんじゃねえか!
血のつながった親子じゃないことはわかってた。オヤジの記憶にあったから。ケビンは出て行った奥さんの連子だ。そのことをケビンは知らない。本当のパパだと思ってる。
外道! 極悪人! 悪魔! ヒトでなし!
ののしってやりてえけど、そんなこと言えない。心を読んだことがバレちまう。
「お礼におごるよ。昼飯まだだろ?」
「い、いえ。け、結構です。わ、わたしはこれで」
「ちぇっ。お高くとまりやがって」
下心丸見えの誘いを断って背中を向けると、エロ親父が毒づいた。
だれがあんたなんかの誘いにのるかってんだ。憤然と歩き出すとケビンの声が追いかけて来る。
「おねいちゃん、バイバイ!」
なんにも知らないでのん気なもんだ。あんたは捨てられるんだよ。そう思ったらもう、足が前に出なくなっちまった。
こうなったらしょうがない。ヘタレキャシュトニーナ、勇気を出せ!
自分で自分の尻をけとばしてゆっくりと振り返る。外道オヤジをにらみつけてやりてえが、、ムリぃいいいい!
空気を吸って吐いて、吸って吐いて、吸って吐いて、声と勇気をしぼり出す。
「よ、よ、よ、よ、余計なことかもしれませんが。ケ、ケ、ケ、ケビンくんは、あ、あなたのことが大好きです。
も、も、も、もう、、に、二度と、ひ、ひとりぼっちにしないであげてください」
言えた! 言えたけど、緊張したせいでよけいにどもっちまった。
きびすをかえして逃げるように親子から離れようとすると、オヤジのでっかい笑い声が追いかけて来る。
うっせぇよ! みっともないのはわかってんだ。
「おねいちゃん、だいすき!!」
うちは振り返らなかった。ケビンの顔は当分忘られそうにない。
ちっ! やっぱり関わりになるんじゃなかったぜ。
重い気持ちを引きずったまま審査を終えて外に出た。目の前に細長い塔が立っている。あれが目印か。ターミナル前広場の時計塔。
確かに待ち合わせにはうってつけの場所だけど、バケーション初日にここを選んだのはまちがいだろ。
塔の下はヒトであふれかえってる。この中から待ち合わせの相手を探しだすのは簡単じゃない。探すのはうちじゃないけどな。
こっちだってあの中に混じるのは願い下げだ。あんな所に飛び込んだりしたら他人のからだにふれて、知りたくもねえヒトの心が見えてヤな思いをするだけだ。
塔の下には行かないで、少し離れた場所で待つことにした。それらしいヤツが来たらパーシブで調べればすぐにわかることだし。
本当はそれもヤなんだけど、だれかれかまわずリーディングが発動するよりはずっとましだ。
減ったり増えたりする塔の下のヒトの群れをながめていると、突然、背中を押されてよろめいた。
その瞬間、黒いスポーツバッグの映像と張り詰めた男の声が頭の中でひらめく。
《あと10分で爆発 急げ!》
爆弾が、、待合室にしかけられているっ!!!
呆然としてる間にぶつかってきた男は人混みの向こうに消えた。
やばい! はやく逃げねえと!
巻き添えなんかごめんだ。ここから離れるんだ。
ターミナル前広場に面した待合室は客でごった返してる。
みんな逃げてください! もうすぐ爆弾が爆発します!!
大声で叫ぼうとして言葉を飲み込んだ。そんなことしたらパニックを引き起こす。
じゃあ、どうすりゃいい?
かわりにうちがパニックだ。
「キャシュトニーナ・レイン少尉?」
不意に声をかけられて目をやると知らない男が立っていた。
だれだ、コイツ?
「自分はプリズナートのエニアス・メッセル中尉です。迎えに来ました」
まったくいいタイミングだよ!
迎えの男=メッセル中尉に手短に事情を説明してすぐに爆弾を探しに向かった。一瞬だけ見えた映像で、爆弾がしかけられているのはベンチの下だとわかってる。
ふたりで手分けして探したらすぐに見つかった。いかにもあやしげな黒いスポーツバッグ。
ファスナ―を開けると、やっぱり。爆弾らしいもんが入ってやがる。タイマーは残り5分を切ったところだ。爆弾処理班を呼んでる時間はない。
爆弾をしかけた男のからだにもう少し長くふれていられたなら、タイマーを止める方法もわかったんだろうけど。今さらどうしようもねえ。
頭の中が真っ白になりかけているうちを置いてけぼりにして、メッセル中尉は爆弾を抱えて走り出した。
おいおい! どうするつもりだよ?
スーツケースを放りだして追いかけながらたずねると「爆弾を解体する」だって。コイツは爆弾処理の専門家なのか? そんな都合のいい偶然があるかよ。
関係者以外立入禁止の看板をムシしてたどり着いたのは人気のない倉庫だった。
残り時間は2分33秒!
メッセル中尉はさっそく爆弾の解体に取りかかった。カバーをはずしてたくさんある導線を1本、1本、慎重に切っていく。
46秒残してタイマーが止まったときには、力が抜けてへたりこんじまった。
「なんだ、まだいたのか。どうせいても役に立たないんだから逃げればよかったんだ」
うっ! 今のはキツイ!
言葉の刃にグサリとやられてうちの心は血を噴いた。聞きまちがいじゃねえ。毒を吐くようなセリフはメッセル中尉の口から出たもんだ。
「ど、ど、ど、どうして爆弾を解体できたんですか?」
動揺したうちは返す言葉もなくて質問を投げかけた。
「ああ。解体のやり方は爆弾にきいた」
???
「残留思念。物体に残る記憶を読み取るヴァイオスだ。そんなことも知らないのか」
「し、し、知ってます!! す、すぐには思い出せなかっただけです!」
第一印象の好感度はどこへやら。同じくらいの年でも外道オヤジとはえらい違いと思ったのに。きりっと引きしまった感じのイケメンはとんでもなくイヤミなヤツだった。
これから先、こいつと一緒に任務につくことになるのかと思うと気がめいる。
それでも、すごいってことは認めるしかねえ。爆弾犯はすぐに捕まるだろう。メッセル中尉がサイコメトリーで見た犯人の顔をかけ付けた警察官に伝えていたからな。
ところで、手伝ってくれたっていいんじゃねえの? うちを迎えに来たんだろ。
重いスーツケースを引きずって歩いてるってのに、前を行くメッセル中尉は振り返りもしねえ。プリズナートってのがみんなこんなヤツだったらどうしよう。
うちが配属されたのはフォート・マリオッシュ駐屯軍所属のミュウディアン部隊、プリズナート。ミュウディアンてのはアビュースタ軍に籍を置くヴァイオーサーのことだ。
信じらんないことに、リーディングとパーシブ以外たいした能力もないうちが、ミュウディアンになったんだ。
プリズナートは4人いてみんな男だと聞いてる。あとの3人もこんなんだったら最悪だ。だれともなかよくするつもりはなくても、とりあえずソイツらとチームになるワケだし。
潮風にほおをなでられて目をやると、遠くの海に白く光るものが見えた。大きな岩が向い会って立っている。
そう言えば、客船がもうすぐマリオッシュに着くというとき、“祈りの乙女”が見えるとかなんとかアナウンスしてたっけ。きっとあれがそうなんだ。
そう思って見ると、本当に乙女が祈ってるみてえに見えて来る。キラめく海に浮かぶふたりの乙女は、ひとりは天を仰いで、もうひとりはうつむいて祈ってる。
「いつの日か、あなたの前に心を許せる人が現れることを祈っているわ」
耳の奥でリアンクール少佐の声が聞こえたような気がした。少佐はうちがミュウディアンになるための訓練を受けていたマッカラーズ基地の司令官だ。
少佐、うち、ここでうまくやっていく自信ありません。
なんか、もう! マッカラーズに帰りたくなって来た。あんななんもない所に戻りたいなんてどうかしてる。はやく出たくてしょうがなかったはずだろ。
にじんできた涙をぬぐうと、立ち止まってこっちを見てるメッセル中尉と目が合った。
「なんだ。もう、ホームシックか?」
うっせえよ!! あんたのせいだろうが!
こんな男、ムシだ、ムシ!
うちは答えずにスーツケースのハンドルを握る手に力をこめた。大股で歩いて中尉を追い越す。
「へえ、どこへ行けばいいか、わかっているんだ」
う。そうだった。はじめての島だし右も左もわかんねえ。
地図があったっけ。ポケットから引っ張り出してながめてみる。・・・・・・どこを目指せばいいんだっけ?
「さっさと行くぞ。隊長がお持ちかねだ」
うちのスーツケースをひったくって先を行く中尉が振り向く。
「隊長を待たせるのもかわいそうだ。今頃、部屋の中を行ったり来たりしてるはずだから」
真昼の太陽に手をかざす中尉がカッコよく見えたのは、これまでの態度が悪すぎたせいだ。
きっとそうだ。




