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【ファラムリッド】
しめ付けられるような胸の痛みに目を覚ますと、心臓は忙しく鼓動を打ち全身はじっとりと汗ばんでいた。またあの夢を見ていたのか。
2年前、やつれて別人のようになったタルティーニ中尉に、サラミスで起こったことの一部始終を聞かされてからというもの、繰り返しうなされてきた夢である。
気配はあるのにマクシム(マクシミリアンの愛称)の姿はなく、会いたくて会いたくて探しまわるのに見つからない。そして不意に気付くのだ。
マクシムは姿形を失い細かい粒子になって私のまわりを漂っていることに。その瞬間の絶望ともどかしさは何度味わっても薄れることはない。
目を閉じ呼吸を整えてからゆっくりと開く。
私はベッドに寝かされていた。消毒薬の臭いでここが病院だとわかる。室内は薄暗く静かだ。まだ少しもうろうとしている。
のろのろと起き上がって病室を出ると様々な音が聞こえてくる。話し声、ワゴンを押して歩く音、ベッドを整える音・・・・・・
とっくに夜は明けている。どのくらい眠っていたのだろうか。エレベーターで1階まで降り中庭に出た。
陽光が降り注ぐ芝生に寝転んでみる。やわらかい日差し、鳥たちのさえずり・・・・・・
雲ひとつない空を数羽の小鳥が飛んで行く。あの時と同じ鳥だろうか。ルシオンと初めて会った時と。少年はここで小鳥たちと戯れていた。
今思うと、えさをやっているわけでもないのに鳥が集まってくるのは不自然だ。しかもまるでルシオンが飼い主であるかのようになついていた。
そうか、ルシオンは特殊能力者だったのか。。
私はあの子を理解したつもりでいたがそんなことも知らなかったんだな。それどころか、今ではわからないことだらけだ。
なぜ、ギガロックの姿をしていた?
なぜ、私に殺されようとした?
・・・・・・・・・
なぜ、「ごめんなさい」なんだ?
すべてが夢だったのならどんなにかいいいだろう。だが、この手に残る感触はギガロックを刺したときのものだ。もう、何がなんだかわからない。誰か説明してくれ!
知りたいと思いながらも真実を知るのが恐ろしくもあった。
きっと、もう、元には戻れない・・・・・・
「いい眺めだ。こんなところに美女が落ちてる」
能天気な声には聞き覚えがある。あわてて涙をぬぐう。
「拾って帰ろうかな」
顔を見るまでもなくメルオルだ。生粋のプレイボーイは私のとなりに腰を下ろした。
「医者というのは体力勝負だとつくづく思うね。今回のオペの所要時間は8時間だよ、8時間! がんばった僕にひざまくらのごほうびを」
私のひざに頭をのせようとするメルオルをかわすふりをして横を向く。動揺した顔を見られたくない。
普通の人間なら間違いなく死んでいる。
ハンドガンが穿った穴が3つ。そして、剣がえぐってかきまわした腹の中はひどいことになっているはずだ。おびただしい量の出血は失血死していてもおかしくはない。
全部・・・・・・私がやった。強張る唇をなんとか動かして恐るおそる尋ねてみる。
「・・・・・・助かるのか」
「僕は誉れ高い名医だよ。愚問だね、と言いたいところだけど正直危なかった。幸い処置が早かったからなんとか命はつなぎとめられたけどね」
不覚にもまた涙があふれてきた。
「1週間もすれば元気になるよ」
「たったの1週間でか?!」
ありえない。ヴァイオーサーは強い生命力を持っているとは聞くが、それほどのものなのか。
「あの子は特別なのさ。なにしろセイラガムだからね」
私は跳ね起きた。
「何を言っているんだ! そんなことがあるもんか!!」
ルシオンがあんな姿をしていたからと言って、マックスを殺した本物のギガロックであるはずがない。
そもそもルシオンはまだ子供だ。クリュフォウ・ギガロックの名が、世界中に知れ渡ったノプルクール海戦があったのは13年も前のことだ。ルシオンは生まれてさえいない。
私のとがめるような強い口調にもメルオルは落ち着いている。
「手術の直前にそう聞かされた。僕だってわけがわからないよ。ただ、なにか秘密があるらしいということには気付いていたんだ」
「いつから?! なぜ黙っていた!!」
私は猛然と食ってかかった。
◇◇◇◇
メトシェラ祭最終日。
怪物の乱入騒ぎで多くの負傷者がでており軍病院は野戦病院のような様相を呈していた。そんな中、メルカトキオル・オースティン軍医大尉はポネット総司令からの呼び出しを受けた。
「この非常時に患者を放り出して行くわけには参りません。ご用がおありならそちからお越しください」
できるだけていねいな言葉で、できるだけはっきり断ると、本当に司令自らやって来た。そこまでされては無下にもできない。そもそも呼び出しを拒否してよい相手ではないのだ。
「極秘で個人的に頼みたいことがあるのじゃ」
命令と言われれば反発するところだが、頼みと言われると聞いてやろうという気にもなる。
「往診してもらいたいけが人がおる。おぬしが適任じゃと思うての」
意味ありげな総司令の言葉に「なぜ僕なんです?」と尋ねると、往診先として思いがけない場所を告げられた。それはプライベートでよく出入りしている所、ファラムリッドの家だった。
幼なじみに何かあったのかと焦ったがそうではないらしい。総司令はそれ以上のことは話してくれなかった。
何もわからないまま不安を道連れにファラムリッドの家へと急いだ。患者が彼女でないのならルシオンかアンのどちらかだろう。とにかく急いで欲しいと言うからには重症なのかもしれない。
家主はメトシェラ祭の怪物騒ぎで留守だ。預かっている合鍵で中に入ると血臭が漂っている。ここに医者を必要とする者がいるのは間違いない。臭いを頼りにたどり着いたのは2階の部屋だった。
ドアを開けるとさらに強い血臭が鼻をついた。ベッドに人がいる。頭からすっぽり毛布をかぶっていて顔が見えない。
「なんてことだ!」
そっと毛布をめくって、驚きの声をあげた。
ルシオン少年が真っ赤なシーツの上に横たわっていた。少年の意識はなく荒く早い呼吸を繰り返している。上気した赤い顔をしているのは熱があるためだろう。
左腕に包帯が巻かれている。血がにじむ包帯をはずすと、、!!!
あらわになった左腕はちぎれかけていた。かろうじて骨だけでつながっている状態だ。しかも腕全体が紫にはれあがり単純な外傷ではなさそうだ。
ルシオンの腕は猛毒に侵されていた。自分ひとりの手には余ると判断したメルカトキオルは応援を呼ぶことにした。
ほどなく駆けつけたのは看護師のサラだ。サラはメルカトキオルのガールフレインドのひとりで、彼が知る限り最も口の堅い看護師だ。
手術は2時間を要した。あとは本人の体力に頼るしなかい。猛毒に侵された腕を残せるかどうか微妙なところだ。
メルカトキオルはサラを残して一旦軍病院に戻ることにした。大惨事の直後である。医者はひとりでも多い方がいい。
ルシオンの様子を診に戻って来たのはあくる日の早朝だった。
手術後の経過を確かめようとして自分の目を疑った。腕のはれは完全にひいて傷口はすでにふさがり始めていたのだ。手術からまだ半日もたっていないのにである。ありえない事だった。
考えられることはひとつ。ルシオン少年はヴァイオーサーだ。
それにしてもとメルカトキオルは考える。負傷したミュウディアンの治療をしたことはあるが、ここまで早い回復はみたことがない。はっきり言って異常だ。
ヴァイオーサーの治癒力は能力の高さに比例する。異常な治癒力を持つルシオンは異常な特殊能力を持つということになる。
そもそもマリオッシュに来た経緯から訳ありだったルシオン少年。何か重大な秘密がありそうだがそれがどんなものなのかメルカトキオルには想像がつかなかった。
その時、サラが部屋の外に持ち出そうとしているものに目が止まった。
血で汚れたジャケットとパンツだ。昨日ルシオンが身に着けていた服だが少年のものではない。明らかに大きすぎる大人サイズなのだ。
子供の成長を見越して大きめのものを購入することは、経済観念のしっかりした母親なら誰でもやることだ。しかし、どう見ても許容範囲を越えている。
それにお嬢様育ちのファラムリッドがそんな買い物をするはずがない。
なぜ、そんな服を身に付けていたのか。なぜ、重症を負っていたのか。なぜ、そのことを総司令が知っていたのか。なぜ、極秘扱いなのか。
あれこれ考えをめぐらせていると、ルシオンが意識を取り戻した。メルカトキオルに気付きかすれた声を絞り出す。
「・・・どうして・・・ここに・・・・・・?」
「総司令に頼まれたんだ」
少年は何やら考え込んでいる様子だった。
「こちらからも質問。これは一体どういうことなんだい?」
ルシオンはまつげを伏せた。
「別に話したくなければ話さなくてもいいさ」
メルカトキオルは患者に精神的負担をかけるような医者ではない。
「ただ、これだけは教えてもらわないと、どんな薬を処方したらいいかわからないからね。その腕の傷はどうやってできたものなのかな」
少年は少し考えてから口を開いた。
「かまれた」
「何に?」
「怪物」
メトシェラ祭に怪物が現れたことはメルカトキオルも知っている。ルシオンは軍病院に運び込まれた多くの負傷者と同じということか。だとしたら、なぜ軍病院に収容されていない?
それにメルカトキオルが診た負傷者に毒に侵された者はいなかった。
「その怪物は猛毒を持っていたようだよ。もう少しで片腕を失くすところだった」
軍医がそれ以上質問することはなかった。カルテに薬品名を書き付けてサラに渡し、帰り支度を始めた。
「もう回復に向かっているようだから僕は帰るよ。なにしろ軍病院は今、パニック状態だからね。こんな不良ドクターでもいないよりはましなのさ。あとのことはサラに頼んでおくから心配はいらないよ」
部屋を出ようとするメルカトキオルの背後で声がする。
「あの・・・ ファラムリッドさんには・・・・・・」
最後まで言葉を続けることのできない少年に不良ドクターはウインクで応える。
「わかってる。内緒にしておくよ」
軍病院に戻ったメルカトキオルは、思いがけないところから情報を得ることになった。情報をもたらしたのは診察した患者のひとりで、怪物騒動の鎮圧にあたった部隊の兵士だった。
兵士は怪物と戦うプリズナートを見たが、そのときミュウディアンは6人いたと言うのだ。プリズナートは5人のはずである。
メルカトキオルは見間違いではないのかと念を押したが兵士はそんなことはないと言い張った。
さらに興味深いことに、6人のうちのひとりは軍服ではなくジャケットにパンツといういでたちだったと言うのだ。
それを聞いたメルカトキオルは、ルシオンが着ていた大人サイズのジャケットとパンツを思い浮かべた。
まさかと思ったが一度いだいた疑惑はどんどんふくらんでいく。しかし、さらに詳しい話を聞いてそれが思いすごしであったと確信した。
私服のミュウディアンは黒い肌に黒い髪だったと言う。どう考えても雪のように白い肌と風のような銀色の髪の少年とはまったくの別人だ。
その後、ルシオン少年と顔を合わせる機会はあったがこの件に関しては触れずにおいた。
きっとそれがファラムリッドのためになると思ったからだ。たったひとりだけ色彩を放って見える少年が彼女にとって特別な存在であることは明らかだった。
【ファラムリッド】
「いいかい。ルシオンが目覚めたら必ず会いに行くんだよ。そして真実を確かめるんだ」
メルオルに念押しされたにもかかわらず、私は軍病院に足を向けることができずにいた。この手で殺しかけた少年の痛ましい姿を見るのが怖かったのだ。
もっとも、面会しようにもルシオンが意識を取り戻さないので、メルオルにも自分にも苦しい言いわけをする必要はなかった。
少年は、未だ生と死の狭間をさまよっている。
1週間たっても傷がまったくふさがらないのだ。治療には万全をつくしているにもかかわらずその兆候さえないらしい。
これには名医の誉れ高いメルカトキオル・オースティン軍医大尉も頭をかかえている。ヴァイオスのない常人であっても回復に向かい始めていなければおかしいのだそうだ。
「まるで生きることを拒んでいるみたいだ」
メルオルはぼやく。
「説教のひとつもしてやりたいところだけれど、相手が意識不明じゃ名演説も聞かせようがないよ」
私は、、どうなのだろう。ルシオンの回復を望んでいるのだろうか。
そうなれば、真実と向き合わなければならなくなる。。




