4-3
◇◇◇◇
ファラムリッドには我が身の半身とも言える人がいた。
その人の名はマクシミリアン・オースティン。フォート・マリオッシュ駐屯軍中尉であり、メルカトキオルの兄であり、そして、ファラムリッドのフィアンセだった。
母親同士が親友であったため、ロイエリング家とオースティン家は親戚のような付き合いをしていた。
お互いの家を頻繁に行き来し、季節の行事や祝い事、パーティなどはいつも二家族一緒だった。共にすごす時間の多い両家の子供たちは兄妹のように育った。
ファラムリッドは3歳年上のマクシミリアンを実の兄のように慕っていたのだ。
思い起こすと、彼の母親はいつも小言を言っていた。
「マックス、あなたはお兄ちゃんなんだからもっとしっかりしてちょうだい」
するとマクシミリアンは「はーい」と素直に返事をして、うれしそうに笑うので母親もそれ以上責め立てることはなかった。
彼は何事もマイペースではあったが能力的に劣っていたわけではない。弟のメルカトキオルが優秀すぎたのだ。
メルカトキオル・オースティンは、いわゆる天才だった。神々の祝福を受けて生まれてきたような子供で、たいして努力することなく何事も完璧にこなすことができた。
それに対して、マクシミリアンは努力して努力してやっと人並みの評価を得られるというごく普通の子供だった。
ファラムリッドにはそんな彼がとてもみじめに思えてかわいそうでならなかった。けれども、当の本人はそんなことなどまったく気にすることはなくいつもニコニコしているのだ。
あるときマクシミリアンに尋ねてみたことがある。
「いつもメルオルばっかりほめられてくやしくないの?」
するとそんなことは考えたこともないと言わんばかりの顔をしてこう言ったのだ。
「メルオルはメルオルだし、ぼくはぼくだよ」
まだ幼かったファラムリッドには彼の言わんとするところはわからなかった。彼の言葉の意味を正しく理解できたのはずっと後になってからのことだ。
マクシミリアンはこれといって目立つところのない平凡な人間だった。特別優れたところも劣っているところもない。平凡すぎて見すごしてしまいそうなくらいに。
けれどもたったひとつだけ非凡なところがあった。
彼はひとりひとりの人間を独立した個々の存在として捕えるという特技を持っていた。これもひとつの優れた才能だとファラムリッドは考えている。
人は誰でも、自分という存在の姿をあぶりだすために、少なからず他人と自分とを比べてその違いや共通点を見つけ出すという作業を行っている。
他人についても同じ事だ。誰かを他のだれかと比べてそのひとの姿をあぶりだすのだ。そしてその行為は日常的に無意識のうちに行っている。
けれども、マクシミリアンは自分や他人を他の誰かと比べるということを一切しなかった。
彼にとって元々別々に作られ一個の存在として成立しているものを、他の誰かと比べるという行為は意味のないことだったからだ。
だからこそ、彼の前では誰もがありのままの自分でいられた。自分を偽ることも、飾ることもない。自分をねじ曲げる必要などないのだ。
彼と一緒にいるだけですべてから解放され自由になれる。そんな不思議な力を持っていた。
何事も完璧にこなし常に優秀な成績でトップに立つメルカトキオルは、整ったルックスも手伝って常に取り巻きの少女たちに囲まれていた。
一方、マクシミリアンの周りには老若男女を問わずいつも人が集まっていた。他人と比べられることに疲れた人々がありのままの自分を取り戻すためにやって来るのだ。
ファラムリッドもその中のひとりだった。
彼女にはオズワルドという弟がいたが難病を患い幼くしてこの世を去ってしまった。
そのため、姉のファラムリッドには、名門ロイエリング家に立派な跡取りとなる婿を迎えるという責務が重くのしかかっていた。
好きでもないピアノやバレエのレッスンに費やす日々。本当は森で虫取りをしたり、海で泳いだりしたかった。だが、弟の死で傷ついている両親に逆らうことなどできない。
同年代の女の子たちと同じように同じことをしなくてはならない。変わり者に婿など取れないから。
ファラムリッドは苦しい胸の内をマクシミリアンに打ち明けた。すると彼はいつものようにニコニコしながらこう言ったのだ。
「ファラムはひとりだよ。ひとりでオズワルドの分までがんばらなくていいんだよ」
ファラムリッドは涙がこぼれるのを止めることができなかった。ずっと押さえ込んでいた感情が解き放たれたのだ。
「ファラムリッドは軍人さんのおよめさんにはなりません。ファラムリッドが軍人さんになります」
朝食の席で一晩中寝ずに考えて決めたことを両親に伝えると、ふたりは驚いてお互いの顔を見合わせた。
両親は自分たちが考えているよりもずっと深く幼い娘を苦しめていたことに初めて気が付いた。オズワルドを失って悲しんでいるのはファラムリッドも同じはずなのに。
両親ははれぼったい赤い目をした娘を抱きしめて、自分たちの考えの至らなさをわびた。
思春期を迎えたファラムリッドは当然のようにマクシミリアンに恋をし、大人になって結婚を意識するようになった。
マクシミリアンに想いを寄せる女は星の数ほどいる。その中で自分を選んでくれたときは天にも昇る思いだった。
この場合、選んだという表現は正しくない。彼はファラムリッドを他の女たちと比較して決めたわけではないのだ。彼女だけを見つめて愛してくれた。これほど純粋な愛があるだろうか。
人生の絶頂を味わったファラムリッドだったが、幸福な時間は長くは続かなかった。その後襲った不幸は彼女を這い上がれないほど深い谷底に突き落としてしまった。
光の届かない闇の中でもがき苦しむファラムリッドは色を失った。
世界は―――モノクロームになった。
ファラムリッドを襲った不幸は後にこう呼ばれるようになる。
“サラミスの悲劇”
SA721年、夏。
フォート・マリオッシュ駐屯軍はアビュースタ軍最高司令部からの暗号文を受信した。
リトギルカで活動中の諜報員が、リトギルカ圏海域のはずれに位置するサラミス島に危機が迫っているとの情報をもたらしたのだ。
この島では、リトギルカ人の平和主義者や反政府運動家が集まってできた組織、レス・カバリンが産声をあげたばかりだった。
今は赤子でもやがては大きな力となるであろうその組織を、見すごせないリトギルカ軍が大がかりな掃討作戦を展開するというのである。
できたばかりのレス・レカバリンには武力といえるほどのものはなく、このままではろくに抵抗もできないまま壊滅させられてしまうことだろう。
アビュースタにとっては望ましくない展開だ。反戦運動を盛り上げてリトギルカ内部を大いに混乱させて欲しいところだ。
これまでにもそういった組織がなかった訳ではない。だが、組織が大きくなってくるともれなく治安警察に壊滅させられていた。
そこで、アビュースタはレス・カバリンの支援に乗り出したのだ。リトギルカ軍がサラミスに到着する前に、組織のメンバー全員を脱出させようということになった。
サラミスに最も近いリトギルカ軍の基地よりも、フォート・マリオッシュの方が近い。急げばリトギルカ軍を出し抜くことができる。
至急、輸送船ホリーオークと護衛艦ゲートバウアー、ローデンバッハの3隻がサラミスに向けて出発した。
そしてサラミスに到着したのが8月17日。
リトギルカ軍はまだ到着していないどころか未だ遠方にあったため、あわてることなく脱出の準備がすすめられた。
彼らには軍艦よりも遥かに恐ろしい敵がすぐ間近に迫っていることを知る術はなかったのだ。
もう少しでレス・レカバリンのメンバー全員をホリーオークに収容し終えるという時のことである。
どんよりと曇った空に、一筋の光が差した。
びっしりと空をおおいつくす雲を切り裂いて伸びる光が海へ達すると、次の光が差し込んできて同じように海へと至る。
それを繰り返し等間隔に並んだ光の柱はぐるりと島を取り囲んだ。今にも落ちて来そうな雲を支えているようにも見える。
「・・・神殿のようだ・・・・・・」
誰かがつぶやいたが、荘厳な眺めに異論を唱える者はいなかった。
やがて光の柱はにじむように左右に広がり面となってサラミス全島を包み込んだ。そしてあふれだした光の粒子がまき散らされ、何もかもがきらきらときらめき始めた。
幻想的に美しい光景の一部となった者たちは、天国に立っているような錯覚さえ覚えていた。
そこが、死と破壊をまき散らす死神の手の中とも知らずに・・・・・・
次の瞬間、光の粒子一粒ひとつぶが、いっせいに弾けた!!
凄まじい高熱を持ったまばゆい光がサラミス全島を焼き払う―――
艦載機のパイロットとしてローデンバッハに乗船していたマクシミリアン・オースティン中尉とデビッド・タルティーニ中尉は、それぞれの愛機の中でその光景を目の当たりにした。
接近しつつあるリトギルカ軍の動向を探るという偵察任務のため、愛機に乗り込み母艦を飛び立った直後のことであった。
ふたりは何が起こったのかわからないまま、身の危険を感じ光の爆発から遠ざかろうと乗機に急激な加速を加えた。網膜を焼く強烈な光がすぐ背後に迫る!
ふり切れないとあきらめかけた時である。砂浜に打ち寄せた波がひいていくように、光は外縁部から徐々に薄れていった。
なんとか死神の振りかざした大鎌から逃れたタルティーニ中尉が見たものは、我が目を疑う光景であった。
光は―――確かにそこにあったものを丸ごと飲み込んで消えてしまった。
サラミスは3隻の軍艦を道連れに忽然と姿を消してしまったのだ!!!
最初からそこには何もなかったというかのように塵ひとつ残ってはいない。そして、彼のすぐ後ろを飛んでいたオースティン中尉の乗機までもが、なんの痕跡も残さず消え去っていた。
こうして、この事件でのたったひとりの生存者となったデビッド・タルティーニ中尉は、生き残りと呼ばれるようになり、マクシミリアン・オースティン中尉は帰らぬ人となった。
サラミスを丸ごと消したのはセイラガムだった。証拠も説明も一切必要ない。こんなことができるのは神でも悪魔でもない。彼だけなのだ。
だが、なぜ、今復活したのか。なぜ、7年もの間戦場から姿を消していたのか。その間何をしていたのか。知る者はいない。
ファラムリッドはセイラガムを憎んだ。マクシミリアン・オースティンという存在が、まるで夢か幻であったかのように跡形もなく消し去ってしまったことが許せなかった。
あれほど深く愛したマクシミリアンとの思い出が、時が経つにつれて鮮明に思い出せなくなることが我満ならなかった。
ファラムリッドは半身を失っても生きている自分が不思議だった。再びひとつになりたかった。セイラガムに復讐したいと思ったのは本心だ。
だが、特殊能力者でもない自分に、セイラガムと呼ばれる男を殺すことができるなどとは露ほども思ってはいなかった。
本当は、、ただ、マクシミリアンの元へ逝きたかった。
もう一度、ひとつになりたかった―――




