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4-2

【ファラムリッド】


 ついにこの日がやって来た。2年も待ち望んでいたのだ。迷いはない。ただひとつ。ルシオンとの約束を守れないことだけが心残りだ。


 時刻は21時半をまわったところだ。フォート・マリオッシュ駐屯軍ちゅうとんぐん司令部の入り口には門番の兵士がいる。正当な理由がなければ中に入ることはできない。


「ポネット総司令に呼ばれている。緊急きんきゅうだ」


こんなうそ、総司令に確認されればすぐにばれてしまう。問い合わせ中の兵士に当て身をくらわせて気絶させ、あわててハンドガンを構えようとするもうひとりも眠らせた。


これでもう後戻りはできない。


 総司令の執務室しつむしつ前にたどり着くと、例のかぎを取り出してドアの鍵穴に差し込む。


すんなり入った鍵を音を立てないよう静かにまわすと、(じょう)はあっけないほど簡単にはずれた。 はずれてしまった。。


深く息を吸ってゆっくりと吐きだす。そして、力いっぱいドアを押し開ける!



 部屋の奥に置かれた執務机を前にして座る総司令は目を丸くしていた。


無理もない。司令にしか開くことのできないはずのドアが他人の手で開けられてしまったのだ。少なからず動揺していることだろう。


「ロイエリング大尉! なぜここに?!」


当然の疑問には答えることができない。私の目と心はもうひとりの人物に釘付けになっていたからだ。


 総司令の方を向いて立っている男。ひとつにまとめた長い黒髪、身につけている軍服もブーツも黒一色だ。間違いない。


    この男だ!


黒ずくめの男はゆっくりと振り返る。


黒い顔にはひと(ふさ)の長い前髪が落ちかかり、その奥から曇りのない黒い瞳がまっすぐにこちらを見据えている。夜を集めて固めたような、とても静かで深い黒だ。


私は、ひるんでいた。


 思い描いていた人物とは雰囲気ふんいきが違いすぎる。聞いた通りの姿をしてはいるが、暗い殺気も、染みついた血臭も、ぎらついた野心も、何一つまとってはいなかった。


「クリュフォウ・ギガロックだな?」


確信を得るためたずねると、男は静かにうなずいた。



 何をためらう必要がある? ついに待ち()がれた瞬間しゅんかんが来たんだ!


2年前のあの日から繰り返しこの時を思い描いてきた。どう行動するかは決めてある。ホルスターからハンドガンを引き抜き、ギガロックに狙いを定める。


「やめるんじゃ! トリガーを引いてはならんっ!!」


総司令の叫びが遠くに聞こえた。もはや私の耳には自分の鼓動こどうの音しか聞こえず、目には黒ずくめの男の姿しか映らない。


 トリガーにかけた指に力を入れる。すべてを受け入れる覚悟はできているんだ。恐れるな!


銃口から飛び出した弾丸はギガロックめがけて一直線に飛んでいく。


だが、やつは動かない。ただじっとこちらを見つめている。何もよける必要はないのだ。動かずして弾丸から身を守ることなど、やつにとっては背中をかくよりもたやすいことだ。



 ところが。ギガロックは本当に、何もしなかった。弾丸はそのままやつの胸にめりこみ鮮血せんけつが噴き出した。それでもまゆひとつ動かすことなく突っ立っている。


どういうことだ!? なぜ身を守らない! なぜ反撃してこない!! 


私が動揺してどうする。落ち着け。予想外の展開だがチャンスじゃないか。


思いなおして続けざまにトリガーを引き絞る。よく狙いを定めずに撃った弾丸は3発。


しまった!! 


そのうちの1発が標的をはずれ司令めがけてとんでいく。


 総司令を巻き込むつもりはなかったのに、なんてことだ! 


うかつな発砲を後悔したがもう遅い。


司令に命中する!と思ったその時、弾丸は突如とつじょ現れた光の盾に当たって蒸発した。シールドが司令を守ったのだ。


総司令は特殊能力者ヴァイオーサーではない。自分でシールドを張ったのではないとしたら一体誰が? 3人しかいない室内でそれができるのはひとりだけだ。



 何が起こっているんだ?!

 

ギガロックの身体には弾丸が穿(うが)った穴が新たに2つできている。


私はひどく混乱しこのわけのわからない状況に恐怖すら感じていた。


なぜだ。なぜ敵である総司令を助ける? 


そんな余計なことはせずに自分の身を守ればいいじゃないか。だいたいセイラガムと呼ばれるやつになら、司令と自分の両方にシールドを張ることもできたはずだ。


 ギガロックの身体に穿たれた3つの穴からはおびただしい量の鮮血があふれ出している。


それでもやつは何事もなかったかのように、まったく変わらない表情をしてまったく変わらない姿勢で立っている。


これだけやられてもなんともないのか。どうすればやつを仕留めることができるんだ!



 総司令を巻き込む危険のあるハンドガンはもう使えない。


ちょうどいい物があるじゃないか。


私はハンドガンを投げ捨て壁に飾ってある刀剣に飛びついた。(さや)から引き抜き両手でしっかりと握りしめる。


 大きく息を吐く 床をける


眼前に迫る黒ずくめの男は、ぬれたような漆黒(しっこく)の瞳でまっすぐにこちらを見つめたまま微動だにしない。私の中で何かが叫ぶ。「やめろ!」と。


「ああああああああああ!」


根拠こんきょのない不安を振り払うように雄叫おたけびをあげながら全力でぶつかっていく。



 切っ先はギガロックの腹部に突き刺さった。だがそれは、ごく浅く刺さったところで筋肉にせき止められており深手を負わせるにはいたっていない。


剣の扱いに慣れていないせいだ。それでも一矢報いることはできた。もういい。これで何もかも終わりだ。


ここにきて、これまでまったく動く気配を見せなかったギガロックが、動いた。両腕を伸ばし私の腰に手をかける。


    ()られる!!


私は死を覚悟した。だが、恐怖や絶望といった感情はわいてこない。この時生まれた感情は安堵(あんど)だった。



 ギガロックは私の腰に腕をまわしぐいぐい引き寄せていく。


    ちょっと待て! 


私は剣を握ったままだ。そしてその切っ先は死神の腹部に刺さったままだ。そんなことをしたら・・・・・・ そんなことをしたら!


刃は私の身体ごと引き寄せられて、ずぶずぶとギガロックの身体の中へとめり込んでいく。腹の筋肉を切り裂いて潜り込み内臓をつらぬく。


 なんのつもりだ!! 私を殺るんじゃなかったのか!? 


激しく動揺した私はギガロックの腕がゆるんだすきに抱擁ほうようから抜け出した。黒ずくめの身体に埋まった剣はつかしか見えていない。


ギガロックはすべてを飲み込むような黒い瞳で私を見つめたまま、柄に手をかけ、剣を回転させ始めた! 


やつの身体を貫いた刃は、その動きに合わせて内臓をえぐりこねくりまわし、刃がつけた細長い傷を強引に広げていく。


もう、何がなんだかわからない! なぜこんな真似をする?!



 異様な音は液体がのどを突き上げてくる音だった。ギガロックの口から噴き出した鮮血が私の顔に降り注ぐ。


やつはもはや立ってはいられないようだった。前のめりに倒れ私にもたれかかる状態になった。


そのとき初めてギガロックの声を聞いた。


    !!!


――――今、なんと言った? 


聞き取れなかったのではない。ささやくような小さな声だったがはっきり聞こえてはいた。だが、それは死神の口から出るはずのない言葉だった。


 そのひと言は(いかずち)となって私の頭上に落ちた。頭頂部から爪先に向けて一気に衝撃しょうげきが走り抜け弾かれたように後ずさる。


頭の中ではやつの言葉が鐘の音のように繰り返し鳴り響いていた。


なぜそんな言葉を口にする? 


わからない、わからない。それなのに、なぜか、とても不吉な気がして不安に絞め殺されそうだ。


きっと、私が聞き間違えたんだ! そうに決まっている!!



 支えを失ったギガロックはゆっくりとくずれ落ちた。刃を生やした黒ずくめの身体からは生き物のようにうごめく液体がはい出していく。


私は血だまりが広がっていく様を茫然(ぼうぜん)と見つめていた。


 その時だ。ギガロックの身体が淡い光を発し始めた。


今度はなんだ? これ以上何が起きるというんだ。さらに大きくなる胸騒ぎと不安にめまいがして立っているのがやっとだ。


私の目の前で光に包まれた黒い身体がみるみる縮んでいく。同時に髪と肌の黒い色が脱色するように薄くなっていく。黒から灰色へ。灰色から白へ。


見てはいけない。私の中で悲鳴のようなけたたましい警報が鳴っているのに目をそらせない。


 淡い光が消え失せたとき、そこに横たわっていたのはギガロックではなかった。


こんなことがあるはずはない! これは現実じゃない!!


 銀色の長い髪と白くなめらかな肌。そして、大人のものではない小さな身体。


脳裏に浮かんだ名前を否定しようと忙しく頭を働かせる。そうではないと証明できる材料を探して。


それなのに―――――  


思い当たったのは逆の証明をしてしまうものだった。

ついさっきギガロックが口にした言葉。


「・・・ごめんなさい・・・・・・」


なぜあやまる? 何を謝る? ギガロックが私に謝ることなどありえない。もはや否定できようはずもなかった。


(まぎ)れもなく、ルシオンだ。


「うそだあああああああああああ!!!!!!!」



 私は(みずか)らが流した血の池に沈み次第に血の気が引いていく少年の顔をながめ、次に、自分の手をながめた。私の両の手は赤く染まっている。


そう、ルシオンの血で―――― 


頭の中が真っ白になり、すべての感覚が急速に薄らいでいく。


「死ぬほど後悔するぞ」


 ふいに頭の中で耳障りな甲高い声がこだました。それは数日前の朝、おせっかいな忠告をしてきた正体不明の人物が言い残した言葉だった。


今、その言葉の意味をはっきりと理解した。だが、もう遅すぎる。


「なんということじゃ・・・・・・」


総司令のつぶやきを聞いたのを最後に、何もわからなくなった―――

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