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4-1

【ファラムリッド】


 私は何も手につかないまま悶々(もんもん)とした日々を過ごしていた。キャシュトニーナ・レイン少尉との情報交換から1週間が過ぎようとしている。


その後、キャシュトニーナからは何の連絡もない。


ギガロックが現れたら知らせてくれと無理やりに頼み込んでおいたが、本当に連絡をくれるという保障はない。あの時、少女のようなミュウディアンは困った顔をしていた。


そもそもやつが姿を現すかどうかもわからないのだ。その可能性が低いことも知っている。不安と(あせ)りに身をさいなまれながらただ待つしかない。


いつも通りに職務を果たし一日一日をやり過ごすような毎日だ。


 シャワーを浴びたらハーブティでもいれてみるか。


自分でブレンドするのなら面倒でそんな気にもならないが、アンがリラックスしてよく眠れるようにと用意してくれたものがある。


夜勤明けで帰宅したのは朝の9時過ぎだった。家庭教師の都合で、今日の授業は午後になるというのでルシオンはアンと出かけている。


少年が家に来る前、ひとりでいるときには必ずテレビがついていた。だが今では、ルシオンがいないときでもテレビのスイッチに手が伸びることはない。


自分のたてる音しかしない部屋が嫌いだったが、ひとりで静かに過ごす時間にも心地よさを感じるようになったからだろう。家族ができたからこそ、ひとりのよさもわかったのだ。



 もっともまったく音がしないわけではない。かごの中で一羽のマカロナが時折思い出したように美声を披露(ひろう)している。


けがをして飛べずにいたところをルシオンが拾ってきたのだ。飼いたいと言い出したとき、正直きちんと世話ができるのか疑っていた。


だが、それまで一度も自己主張することのなかった少年の初めての“おねだり”だ。それを拒否したのではもう二度と“おねだり”することはないかもしれない。


そう考えて自分で世話することを条件に飼うことを許したのだった。


もちろん、私もアンも助言は惜しまなかった。図書館に飼育書があることや、近所にマカロナを飼っている家があることは教えてやった。


 結果的にこの判断は正しかった。飼育が上手くいかなかったとしても、ルシオンには得るものがあるだろうと考えていた。


生き物を飼うことの責任の重さや命の(とうと)さなどを学ぶことができるだろうと。だが、少年が学んだのは別のことだった。


自分の意思で行動することの少なかった少年が自ら進んで図書館に出かけるようになった。マカロナを飼っている家の住人とも親しくなった。


 こうしたルシオンの努力のおかげで、マカロナは今日も元気に歌っている。



 ハーブティの香りに(いや)されていると電話の呼出音が鳴った。


せっかくのリラックスした気分が吹き飛んでしまうじゃないか。無粋(ぶすい)な電話の主は誰だ? メルオルだったら即座に切ってやる。


受話器を取ると「お疲れさん」と異常に甲高い声が言った。変声器を使っているのだ。誰だか知らないが悪戯(いたずら)に付き合ってやるひまはない。


乱暴に受話器を置く。するとまたすぐに鳴りだした。仕方なく受話器をはずして切る。するとまた! そんなことを何度かくり返し根負けしたのは私の方だった。


「いい加減にしろっ!」


受話器に向かって怒鳴ってやった。


「まあ、落ち着けって。ティータイムのジャマをして悪かったよ」


 なぜそんなことがわかる? 


私は窓辺に寄ってさりげなく外の様子を確かめるがそれらしい人物は見当たらない。家の中をのぞいていると思ったのだが、ただの当てずっぽうだったのだろうか。



「おまえは誰だ」


「エリオット・ターナーとでも名乗っておこうか」


「ふざけるな!」


 それは私の好きなギタリストの名前だ。


「ふざけてなんかないさ。大事な話があるからこうして電話してるんだ」


そう言われると話の内容が気になってくる。


「いいか。よく聞け。

セイラガムのことを()ぎまわるのはやめろ。あんたはそれ以上知っちゃいけない」


どんな話かと思えばくだらない。一応理由だけは聞いてやろう。


「なぜだ?」


「知りすぎるとあんた自身が傷つくことになるからだ」


 おかしなやつだ。なぜ私の心配をする。そう言えば以前私のファンだと言って付きまとっていた男がいたな。


「おまえ、ストーカーか?」


「そんなワケあるか! いいか。忠告ちゅうこくはしたからな。これ以上首を突っ込むなよ。死ぬほど後悔こうかいするぞ」 


甲高い声はそれだけ言うとプツリと途切れた。


 名乗ることすらできない相手からの一方的な忠告に従う義理はない。




 差出人のない封筒が郵便受けに入っていたのは、奇妙な電話があってから数日後のことだった。中に入っていたのは1枚の便箋(びんせん)(かぎ)


    11月26日 21:30

    ポネット総司令の執務室(しつむしつ)

    KGに会いたいのなら


白い便箋に書かれていたのはそれだけだった。3度読み返したときには胸が苦しいくらい鼓動(こどう)が早くなっていた。


KGとはクリュフォウ・ギガロックのことだ。そして、鍵は執務室のものに違いない。


 この封筒の差出人はキャシュトニーナだ。罪悪感から名前をしるすことはできなかったのだろう。


彼女にはすまないと思う。だが、感謝する。私はこの機会を2年も待ち続けていたのだから。



 それからの日々、私は積極的に様々な雑用をこなしていった。その日までに片付けておきたいことは山ほどあった。


時間は今までと変わりなく流れているはずなのに、時の経つ速度のなんと遅く感じることだろう。遅々(ちち)としてすすまない時間の中で考える。


 先日の電話の忠告は、まったくの的外れというわけではないのかもしれない。


ギガロックに会えたとしても、奪われたものは取り戻せない。心にぽっかりと開いた穴を埋めることはできないのだ。そんなことはわかっている。


それでも私はギガロックに会わなければならない。決着をつけるため、すべてを終わらせるために。その結果、起こるすべてのことを正面から受け止める覚悟はできている。


 それなのに。時折あの電話のことを思い出しては不安な気持ちになる。もちろん、そんなことで私の決意と覚悟が揺らぐことなどない。




 11月26日


待ちにまった日の朝を一睡(いっすい)もできないまま迎えた。


早い時間から朝食の仕度したくを整えて、まだベッドでまどろんでいるルシオンを起こしにかかる。今朝はどうしても一緒に食事をとりたかった。


寝起きがよい方ではない少年は眠たそうに目をこすっている。それでも嗅覚きゅうかくはしっかり目覚めているらしく、ベーコンの焼ける(焦げる?)においを嗅ぎわけて首をかしげている。


 公園での一件以来、ふたりで過ごす朝の食事は交代で作りふたりで食べることが習慣になっている。本来なら今朝はルシオンの番だ。


「今日は特別だ」


どうして特別なのか少年はたずねてこなかった。



 食事がすむとルシオンがコーヒーをいれて持って来てくれる。レトロな道具で食後の一杯をいれるのは少年の役目だ。コーヒーのいれかたはアンが教えた。


いつものように私の前に差し出される芳香ほうこうの立ちのぼるカップ、、と、、


なんだ、この封筒は?


顔を見るとほおがほんの少し赤い。何か(たくら)んでいるな。


封筒の中には二つ折りになったカードが入っていた。金色の装飾がほどこされた表紙に文字が並んでいる。


“フォート・マリオッシュ ジュニア絵画展のご案内” 


いつだったか金賞を受賞したと言っていた。


 カードを開くと展覧会が開催される日時と場所が記されていた。そして、余白の部分にはテオフィニアの押し花が飾り付けてある。


テオフィニアは手入れによっては一年中花を楽しむことのできる低木で、夜に花を開くのが特徴だ。我家の庭にも植えてある。


小さな白い花をたわわにつけて、まるで雪が積もっているかのようなそれは私のお気に入りだ。押し花のアイディアは少年のものだな。胸の中がほっこり温かくなる。



 そういえば、何の絵を描いたのかまだ聞いていない。見てのお楽しみということなのだろう。


「見に来て」


「ああ」


私は――――うそをついた。


 絵は見たいが明日(・・)から開催される絵画展に行ける可能性はゼロに等しい。今日(・・)からだったなら確実に見に行けたのに、残念だ。


「約束して。絶対、見に行くって」


どうしたんだ? こんなに強い言い方をするのはルシオンらしくない。


「わかった」


そう答えるしかなかった。少年の青味がかった緑色の瞳に見つめられ、うしろめたさが私の心をちくちくといたぶる。


「絶対だよ」


 うそをついている私はまっすぐなまなざしを受け止めることができない。


「わかったと言っているだろう。しつこいぞ」


ごまかすような態度をとってしまった。私だってできることなら見に行きたいんだ。


「約束は守ってね」


もう一度念押ししてやっと解放された。今のは何だったんだ?

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