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静かなピアノのメロディが流れ、酒と煙草と香水の匂いがたゆたう店内の奥にVIPルームがあった。
防音完備の室内で向かい合ったふたりはいささか緊張した面持ちをしている。クラブの会員であるファラムリッドと同伴者のキャシュトニーナだ。
いつもはロイエリング家で会っているふたりだが、場所を変えたのはファラムリッドの心づかいだった。口にすることがためらわれる話をしやすくするための。
「キャシュトニーナ・レイン。君はクリュフォウ・ギガロックを知っているのか?」
単刀直入な質問にミュウディアンの娘は身体を固くした。嘘はつきたくない。だが、セイラガムとの共闘は極秘扱いと言われている。
「答えられないのだな」
きかれて大きくうなずく。
「無理強いするつもりはないんだ。話せる範囲内のことだけでかまわない。ギガロックについて知っていることがあるなら教えて欲しい。
頼む!」
ファラムリッドの強い思いはキャシュトニーナの感情をかきたてた。
「わ、わたしも知りたい! ず、ずっと調べているんです。で、でも、ぐ、軍の資料にセイラガムの個人的なことは、な、なにも書いてありません。
ど、どうしてなんでしょう?」
ファラムリッドの顔に妖艶な笑みが広がる。
「情報交換といこうじゃないか」
「37人」
ファラムリッドの言葉にキャシュトニーナは首をかしげた。
「情報部がギガロックの情報収集のために送り込んだ諜報員の数だ。戻って来た者はひとりもいない。やつの個人情報が軍の資料にないのはそのためだ。
37人も犠牲にしてわかったのは、やつの素性はリトギルカ軍内部でも最高機密扱いになっているということだけだ。
本名すらわかっていない」
「ク、クリュフォウ・ギガロックは、ほ、本当の名前じゃないんですか!?」
キャシュトニーナは動揺していた。
(うちはあのヒトの名前すら知らんかったんか!)
「一部の辺境海域で使われている言語にカタリスク語というのがある。その言葉でクリュフォウは”すべてを焼きはらう、“ギガロックは”悪魔”という意味になるそうだ」
思いがけない事実に驚いたキャシュトニーナの中で新たな疑問が頭をもたげる。
「な、なぜでしょう。な、なぜ、そ、そこまで徹底して素性をかくす必要があるんでしょうか?」
「それは・・・・・・」
ファラムリッドは口ごもった。
リトギルカ軍にとって最大最強の切り札であるセイラガムを守るためだと思っていた。だが、やつに危害を加えることのできる者などいるのだろうか。
「何かしらの情報がつかめればそのあたりのことも判明するのだろうがな。やつと接触した者どころか目撃者すら滅多に見つからない。なにしろ、やつの姿を見て生きていた者はほとんどいないんだ」
ファラムリッドは口惜しさをにじませている。
「黒い肌、黒い瞳、長い黒髪、そして、黒い軍服。リトギルカの新聞に載っていた写真からわかったことだ。
アビュースタ人にギガロックの恐怖を植え付けるための作戦だな。でなければあんなぼやけた写真を使うはずがない」
確かに公表されているセイラガムの写真に鮮明に写っているものはない。ザックウィックですらセイラガムを目の前にして本人だとわからなかったのもうなずける。
「や、やせ型で、し、身長は180セタくらいです。あ、上げ底のブーツで大きく見せているんじゃないでしょうか」
(そんなことまで知っているのか!)
キャシュトニーナの言葉に目を見開いたファラムリッドは向かい合う娘の目をのぞき込む。
「ギガロックを目撃したことがあるのだな」
真剣なまなざしにたじろいでしまった。うろたえ冷や汗をかいたあげく、こくんとうなずく。ファラムリッドに隠しごとはしたくないという思いの方が強かった。
(共闘関係にあることだけしゃべんなきゃいいんだろ)
安易にそう考えてしまった。
「ヴァ、特殊能力については、ど、どれくらいわかっているんですか?」
尋ねるとファラムリッドは1冊の手帳を差し出した。
「やつが確実に持っている能力にはA、持っている確率の高いものにはB、可能性のあるものにはCが振ってある」
ぺらぺらとめくって舌を巻いた。セイラガムのヴァイオスの豊かさにも驚いたが、ここまで調べ上げたファラムリッドの執念はそれ以上の驚きだ。
「キュ、空間隔離はのっていないんですね。ラ、ランクはAです」
ファラムリッドは嬉々として新たな一行を書き加えた。
「ヒ、治癒もAです」
「ヒーリングだと? 本当にそんな力を持っているのか」
「は、はい。ま、まちがいありません」
キャシュトニーナはもう一行書き加えられると思ったがそうはならなかった。
「死神にヒーリングなど似合わない」
ファラムリッドの吐き捨てた言葉が胸に突き刺さった。アビュースタ人なら誰でもセイラガムを死神と呼ぶことはわかっている。それでもキャシュトニーナにそれを肯定することはできない。
「あ、あのヒトは死神なんかじゃありません。ヒ、ヒーリングで他人の傷を治すことだってあります」
反感を買うとわかっていても黙ってはいられなかった。
「なぜかばう?」
怒りを押し殺した声がキャシュトニーナの心臓をしめあげる。死神を弁護するなど、誰にも理解できないし理解されない。
「み、みんな、ほ、本当のセイラガムを知らないだけです」
ムキになっているのだと自覚していた。それでも引き下がる訳にはいかない。セイラガムが人間だと認識できているのは自分だけなのだから。
(うちが死神だと認めたら人間じゃないってことになっちまう)
ファラムリッドはこれまで、クリュフォウ・ギガロックの人間性について考えたことなど一度もなかった。それ以前に人とも思っていない。
アビュースタ人なら誰もがそうだ。セイラガムはアビュースタの敵、大量殺戮兵器と同じ。
だが、この娘は違う。そんなものに人間性を認めている。その事実がファラムリッドの凝り固まった見解に細いくさびを打ち込んだ。
ファラムリッドにとってセイラガムは死神であり、そんな姿を明確に捕らえようと必死になっていた。
(何のために?)
そう考えて気が付く。残虐非道で冷酷無比な姿を鮮明にすることで、やつに対する憎しみの炎を消さないようにしているのだと。
ファラムリッドが知りたいのはやつの人間性などではない。憎悪すべき敵の姿だ。先入観のないキャシュトニーナが見ているものとは、恐らく同じではない。
「ギガロックの真実の姿は破壊と殺戮を振りまく死神ではない、そう考えているのだな?」
改めて問いただされキャシュトニーナは小さくうなずいた。首は振れない。セイラガムを裏切ることなどできない。
(何を話せば彼女の認識を変えることができるのだろう)
ファラムリッドは考えた。真っ先に思いつくのはやはり2年前に起きたあの惨劇だ。
「SA721年8月に起きたサラミスの悲劇は知っているだろうか」
セイラガムが起こしたとされているこの事件はあまりにも有名だ。
「は、はい。し、7年間姿を見せなかったセイラガムが戻って来たのだと言われています」
それは衝撃的な出来事だった。未だに多くのアビュースタ人の記憶に生々しく残っているはずだ。セイラガムの恐怖と共に。
サラミス島はリトギルカ圏海域に属してはいるが、アビュースタ圏海域との境界線近くに位置していた。
いつ何時、アビュースタ軍の侵略をうけるかわからないためわずかな島民しかおらず、だからこそ手付かずの自然がそのまま残っている楽園であった。
それが何の前ぶれもなく、突然、消えてしまったのだ。この場合、消えたという表現は的確だ。跡形もなく消滅したのだから。サラミスはそこにいた人間ごと原子に還ってしまったのである。
それを実行したのが、7年間も表舞台から姿を消していたセイラガムだったのだ。
「リトギルカ軍の公式発表では、アビュースタ軍が使用した生物兵器の被害拡大を防ぐための措置だった、ということになっている」
ファラムリッドの言葉はキャシュトニーナの不安をかきたてる。
「ほ、本当は違うのですか?」
「当時のサラミスは、リトギルカ政府の徹底交戦路線に反発する平和主義者や反政府運動家の拠点になっていた。
もっとも近いリトギルカ軍の基地からでも72万コールも離れていて監視の目が届かないうえに、アビュースタ側からの援助を受けられるため、アジトとして格好の島だったのだろう。
おもしろくないのはリトギルカ政府だ。アビュースタが背後に控えているとなると軽視できないから、いつもサラミスの動きを警戒していなくてはならない。
そんな島など消えてなくなってしまえと考えても不思議はない」
「そ、そ、そんな・・・・・・ ま、ま、まさか・・・・・・」
キャシュトニーナは何か大きなかたまりがのどにつかえたような息苦しさを感じて、速く浅い呼吸を繰り返した。
「ウ、ウソです。そ、そんなこと・・・・・・
しょ、証拠があるんですか?」
「我軍がサラミスに生物兵器を使用したという事実はない。大体何のためにそんなことをする必要がある? リトギルカがまいたデマだ、
ギガロックはリトギルカにとって都合が悪いというだけの理由で、そこにいた人間ごと島を消し去ったんだ」
たたみかけるような言葉にキャシュトニーナは唇を嚙みしめた。信じたくはないが事実なのだということはわかる。
(うちはだまされてたのかよ?)
自分の目で見てきたセイラガムをひとつひとつ思い出してみる。
(違う!)
はっきりそう思った。サラミスの悲劇が事実だとしても、何度もプリズナートの危機を救い、負傷者の傷を治してくれたのも事実だ。
確かにセイラガムは冷酷無比な死神なのだろう。
でも それだけじゃない。
意を決してファラムリッドの顔を見つめる。
「わ、わたしはこの目で見たんです。セ、セイラガムが自分の身を犠牲にして、ち、小さな女の子を救うところを」
ファラムリッドの瞳が鋭く光る。のどから手がでるほど欲しい目撃者からの情報だ。
「その話、詳しく聞かせてもらえないだろうか」
前のめりになったファラムリッドにミュウディアンの娘はたじろいだ。詳しく説明するにはセイラガムとプリズナートの共闘についても話さなければならない。総司令直々の命令に背くことになる。
「ここで聞いた話は誓って口外しない」
キャシュトニーナは自分の目をまっすぐに見つめるそのなまなざしを信用することにした。
極秘事項を話してしまうことに後ろめたさを強く感じてはいたが、ファラムリッドの誤解を解きたいという気持ちの方が上まわっていたのだ。
気が付くと、カーニバルの一件だけでなく、弾薬庫や博物館での出来事まで話していた。ファラムリッドにセイラガムの人間性を認めさせようと必死になっていたのだ。
ところが、話を聞いた彼女が注目したのはそこではなかった。
「マリオッシュに入り込んだザックウィックを全員倒した今となっては、次にやつが姿を現す可能性はないということか」
がっくりと肩を落とすファラムリッドを見て知った。女神ヨルマはセイラガムに会いたがっている。
「もしも、もしもやつが姿を見せるようなことがあったならすぐに知らせてくれ。深夜でも早朝でもかまわない」
ファラムリッドもまた必死だった。ほんのわずかな可能性であったとしてもやっとつかんだセイラガムのしっぽなのだ。心の中でひそかに誓う。
(必ずたぐり寄せて捕まえてやる!)
キャシュトニーナはこんなに話してしまってよかったのだろうかと不安になって来た。
(そもそもなんで、セイラガムのことを調べてたんだ?)
好奇心からではないことは明らかだ。そこには執念のようなものを感じる。
「セ、セイラガムは、あ、あなたにとってどんな存在なのですか。あ、会ってどうするつもりなんですか」
長い沈黙の後、口を開いたファラムリッドのアメジストの瞳は、悲しげでいながら強い意志の光を宿していた。
「私はどうしてもやつに会わなくてはならないんだ。でなければ私の時間は止まったまま一秒たりとも前に進まない。
頼むから約束してくれ!! やつが現れたら必ず知らせると!」
並々ならぬ決意を秘めた真剣なまなざしに射すくめられ、キャシュトニーナはうなずいてしまった。
セイラガムについて知っていることは洗いざらい話したキャシュトニーナだが、ひとつだけ口にしなかったことがある。
リストバンドを使って呼びかければ、セイラガムの方から会いに来てくれるということだ。これだけは決してファラムリッドの耳に入れてはいけない、そう直感していた。




