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3-5

◇◇◇◇


 窓辺まどべの鳥かごの中で一羽のマカロナが気持ちよさそうに歌っている。大きな窓から差し込む陽光が室内を明るく照らしていた。


革張りのソファに腰をおろしたキャシュトニーナは興味深げに室内を見まわしている。


すっきり片付いているのはファラムリッドの性格によるものだろうと思った。だが、それはとんだ思い違いだ。(よく言えば)大らかなファラムリッドは整理整頓せいりせいとんが苦手だ。


家の中がいつも片付いているのは、実はアンのおかげだ。ボディガードとして(やと)ったはずがすっかりハウスキーパーになってしまっていた。今や彼(?)なしでロイエリング家の日常生活はまわらない。


 シュザンヌ・クラブのパーティから5日後、キャシュトニーナはファラムリッドの家を訪れていた。シンプルだが上質なカーテンやカーペット。高級感の漂う調度品。


どれもこれもキャシュトニーナの部屋のものとは値段の桁数(けたすう)が違いそうだ。


ソファに置かれたクッションに目が止まった。子供たちに人気のTVアニメのキャラクターが描かれている。みんながあこがれる女神の趣味しゅみとは思えない。


(このクッションはだれんだ?)



 その答えは向こうから飛び込んで来た。「ただいま!」と声がしてひとりの少年がリビングに姿を現したのだ。腰までとどく銀色の髪が印象的な10歳位の少年だ。


少年はファラムリッドを見つけるといきなり腰に抱きついた。キッチンから出てきたファラムリッドの手にはティーカップをのせたトレーがある。


「危ないじゃないか」


危うくカップを落としそうになり少年をしかるファラムリッドだが、少しも怒っているようには見えない。


 ファラムリッドは驚いていた。急に抱きつかれたから、ではない。あの(・・)ルシオンがこんな行動をとったということにだ。


感情表現が苦手だった少年がこんなにうれしそうに甘えてくるとは、少し前までは考えられないことだった。


ルシオンの涙に触れ、笑顔を間近で目にした。そして、彼にしては大胆すぎるこの行動。凍り付いていた感情がひとつひとつ溶けていくようだ。


それは歓迎すべきことであり、何よりも喜ばしいのは少年が自分に心を許してくれたという事実だった。

本気で叱れるはずもない。


 ファラムリッドはテーブルにトレーを置くとルシオンに微笑ほほえみかける。


「何かいいことでもあったのか?」


少年の目に映るファラムリッドはこの上なく優しい表情をしていた。



 遅れてやってきたアンの説明で、ルシオンの描いた絵が絵画展で金賞を受賞したことがわかった。


「すごいじゃないか。おめでとう! おまえに画才があったとはな」


絵画教室を探さなければ、などと考え始めるファラムリッドだが、ふと思いついてたずねてみる。


「何の絵を描いたんだ?」


すると少年はソファの後にまわり込んで隠れてしまった。


「わかった、わかった。無理に聞き出そうとはしないから、そこからでてきてお客様にあいさつしなさい」


 ファラムリッドにうながされた少年はキャシュトニーナの前に進み出る。


「はじめまして。ルシオンです」


上げかけた右手を引っ込めた少年と握手はできなかった。いつのもことだとキャシュトニーナは気にしていない。読心リーディングについてファラムリッドから聞いているのだろう。


それよりも、女神とはまた違った美しさに心を奪われていた。青とも緑ともつかない不思議な色の瞳。子供とは思えないほど整った顔立ち。(なめ)らかで輝くような白い肌。


「キャッ、キャッ、キャッ、キャシュトニーナ・レインです」


 子供相手に緊張きんちょうしたキャシュトニーナは普段以上にどもってしまった。


(笑われる!)


()ずかしくて顔から火が出そうだ。だが、笑い声は聞こえてこない。少年は真顔でキャシュトニーナを見上げていた。


・・・・・・前にも会ったことがある。なんとなくそんな気がした。いつのことだったのか考えてみるが思い出せない。緊張のあまり記憶が混乱したのだろうか。



 次に、パイを焼いたという人物を紹介された。


「アンディ・ヤ・カルメです。わたしのことはアンと呼んでちょうだい。ファラムリッドにこんなかわいいお友達がいたなんて、意外だわ。


ファラムリッドとはどんな関係なの? 彼女、ガサツでしょ。どうやって知り合ったの? 学生さんかしら。お家はどこ? ご家族は? 占いは信じる人? 彼氏はいるの? 


あら。ファラムリッドったらまだパイを出してないの。お茶と一緒に出せばいいのに。ほんと気がきかないんだから。


見てくれは完璧なくせに、中身はグズグズなんだから。サギが服着て歩いているようなもんよ。ちょっと待ってて。今持ってきて、あ・げ・る♡ 我ながら最高の出来なの。きっと気に入ると思うわ」


 アンはひとしきりしゃべり続けた後、自慢のパイを取りに行った。はねるように歩くアンの後姿を見ながらキャシュトニーナは大きく息を吐いた。そして、そっとファラムリッドの顔を見て首を引っ込める。


散々な言われようだったファラムリッドは「いつか殺す」を口の中で繰り返し唱え続けていた。


今アンにいなくなられて困るのはファラムリッドだ。それに、アンの言っていることはでたらめではない。反論の余地もないのが余計にくやしい。



 ティータイムはほとんどアンの独壇場(どくだんじょう)だった。ファラムリッドは会話が得意ではないし、ルシオンはほとんど口をきかない。それでも楽しいとキャシュトニーナは感じていた。


女神ヨルマと一緒にいるという緊張はあるが、嫌われるのではないかという不安がないからだ。


思っていることをストレートに口に出すファラムリッドが表裏のない人物であることは明らかだ。心を読んだと誤解される事態にはならないということだ。


 一方、いつでも体当たりのファラムリッドは心を読まれることを恐れてはいなかった。いつも心のままに生きて来た。自分の心をいつわって生きるられるほど自分は器用ではない。


それに、おしゃべり好きでないファラムリッドにとって全部話す必要のない相手というのは気が楽だった。キャシュトニーナが知りたいと思えば特殊能力ヴァイオスを使えばいい。もちろんキャシュトニーナにその気はまったくないのだが。


 ふたりはお互いに気疲れしない相手に出会えたことを喜んだ。きっとよい関係を結べるだろう。



 パイを平らげると、アンはルシオンを連れてお茶をいれ直すためキッチンに下がった。途端に静かになったリビングでファラムリッドとキャシュトニーナは顔を見合わせて苦笑した。


「アンご自慢のパイはお気に召したかな?」


ファラムリッドの問いにキャシュトニーナはうなずく。


「は、はい。ほ、本当においしかったです」


「アンはケーキも得意なんだ。ぜひ、また遊びに来てくれ」


 誘ってもらえるのはうれしい。だが、のぞき屋と言われ続けてきたキャシュトニーナは、後ろめたいような申し訳ないような気持ちにもなってしまう。


「あ、あの。こ、こんなによくしてもらっていいんでしょうか」


「いいに決まっている。私がそうしたいのだから」


即答だった。キャシュトニーナに断る理由はなくなった。




 その日もキャシュトニーナはロイエリング家でアンの手料理をごちそうになって帰るところだった。


引き留めるアンにあやまって辞去じきょしたのは行かなければならない所があるからだ。以前のように毎日ではなくなったが、週に一度、軍の資料室に通っているのだ。


いつものようになるべく人通りの少ない道を選んで歩いていると、視界の隅を黒い人影が横切った。


「セ、セイラガム!」


(あわ)てて人影を目で追いかけ、ふっと息を吐いて苦笑する。そもそもセイラガムがこんな時間にこんな場所を黒ずくめの姿で歩いているはずがない。彼のことを考えていたから見間違えたのだ。


 腕の傷は完治したと総司令から聞いた。だから心配はしていない。


今、気に病んでいるのは、もう二度とセイラガムには会えないのかもしれないということだ。会いたいという思いが日に日に大きくなっていくのをキャシュトニーナは自覚していた。



「今、何と言った?」


 背後から声がして、振り返ると見覚えのあるハンカチを持ったファラムリッドが立っていた。どうやら忘れ物を届けに追いかけて来たらしい。


ファラムリッドの表情にキャシュトニーナの胸がざわめく。何かに取りつかれたような顔をしていたのだ。答えてはいけない。直感がそう叫んでいる。


「え、えっと・・・・・・そ、その・・・・・・し、し、し、知り合いかと思ったんですが、み、み、見まちがいでした。ご、ご、ごめんなさいっ!」


ファラムリッドはつかつかと歩み寄り、うつむいたキャシュトニーナのあごをつかんでぐいと上げる。その途端、激しい感情がキャシュトニーナの中に流れ込んで来た。


直接肌に触れられたことでリーディングが働いてしまったのだ。怒り、憎しみ、欲望、(あせ)りなどがないまぜになり激流となって押し寄せてくる。


「キャシュトニーナ。私にひとの心を読むことはできないんだ」


 ファラムリッドは心の中をのぞかれることを恐れてはいない。だが、キャシュトニーナにそれができてファラムリッドにできないのはフェアでない。友情を結ぶにはキャシュトニーナが隠し事をしないことが大前提なのだ。


キャシュトニーナにはぐらかすことはできない。


「・・・・・・セ・・・ セ、セ、イラガム・・・・・・と・・・い、言いました」


ファラムリッドのすみれ色の瞳が鋭く光る。


「クリュフォウ・ギガロックを知っているのか!!」         


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