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【ファラムリッド】
パーティは好きではない。できることなら不参加に丸を付けたかった。だが、主催者側に名を連ねている身ではすっぽかすわけにもいかない。
それにラッツとの約束もある。プリズナートに配属されてまだ日の浅いキャシュトニーナ・レイン少尉の話し相手になって欲しいと頼まれているのだ。
ラッツが隊長を務めているプリズナートはレイン少尉以外全員男だ。気軽に話せる女友達を作ってやりたいらしい。その相手として私に白羽の矢が立ったのだ。
ラッツにも女の知り合いは少なからずいるのになぜ私なのかとたずねたら、
「君になら少尉は心を許すかもしれん。君でも少尉のふところに入ることができないようならあきらめるしかないだろうな」
そこまで見込まれて断ることはできない。
もちろんラッツはそんな私の性格をわかって頼んでいるのだ。うまく言いくるめられたような気もするが、レイン少尉に興味を持ったのも事実だ。ラッツは言っていた。
「あの時、レイン少尉がいれば君の願いも簡単にかなえられたはずなんだ」
ラッツ・シュバイクとの出会いは2年ほど前にさかのぼる。
私はフェンリル隊の隊長になって日が浅く、隊員たちには隊長と認められていなかった。連中は私をお飾りの隊長だと思っていたのだ。この見てくれだから仕方ない。
そんなある日、パトロール中のフェンリルが1機消息を断った。天候が荒れてきたため帰路についているはずだった。
強まる風雨の中、私と隊員は周囲の制止を振り切って飛んだが見つけることはできなかった。視界が悪過ぎたのだ。夜になればもう飛べない。
絶望的な状況の中で、私が思い付いたのはミュウディアンの力を借りることだった。
だが、ミュウディアンを動かせるのは総司令だけ。正規の手続きを踏んでいたのでは時間がかかってしまう。
直談判するしかないと思った。軍規を破るのだ。降格処分は免れないだろう。フェンリル隊隊長の地位も失うことになる。
それがなんだ! 部下のために動けない者に、上に立つ資格はない。そう覚悟してミュウディアン宿舎に向かった。当然、門前払いにされた。
ここであきらめては部下を見殺しにすることになる。私は警備兵に当て身を食らわせて宿舎の中に躍り込むと大声で叫んだ。
「ミュウディアン諸君! 今こそ君たちの力が必要だ。力を貸してくれっ!!」
驚いた顔が7つ、雨に打たれてずぶ濡れの私を見つめていた。
「頼む。部下を救ってくれ!」
驚きは戸惑いに変わっていた。彼らとて総司令の命令なしには動けないのだ。無理強いはできない。応えてくれるのを待つしかなかった。
沈黙はざわめきに変わり、無理かもしれないと思い始めたときだ。
「力を貸そう」
ひとりの男が一歩前に進み出た。シャツの上からでもわかるきたえ抜かれた筋肉質の体をしていた。それがラッツだった。
こうして故障した機体で荒れた海に不時着し、漂流していたマフィアは生還を果たした。私は処分を受け入れる覚悟を決めていた。部下の命と引き換えなら惜しくはない。
ところが。始末書を1枚提出するように命じられただけで何の処罰もない。まさか、ラッツが責めを負わされているのだろうか。
あわててミュウディアン宿舎に向かい、面会を求めた。今度は正式に。ラッツは古くからの友人に接するような親しみのある笑顔でこう言った。
「何も心配することはない。自分が上の許可なく君のスカイフィッシュに乗せてもらっただけのことだ。始末書は初体験だったがな」
わけがわからない。私はからからと笑うラッツの顔を見つめた。
「特殊能力など使ってはいないのさ」
ますますわけがわからない。ラッツのヴァイオスのおかげで、消息不明のマフィアを見つけることができたのではなかったのか。
激しい風雨の中で荒れる海に漂う戦闘飛行艇を探すことは不可能? 現在マリオッシュにいるミュウディアンの中にそんな能力を持った者はいない?
そんなこと私が知るか!
「だったらなぜ、力を貸すなどと言った!」
すっかり信じて感謝していた私は心穏やかではない。
「できない。と言ったら、君はどうした? そこであきらめやしなかったか」
確かに、ミュウディアンの協力が最後の希望だった。それはわかるが納得できない。
「つまりあんたは荒れる海を見ていただけなのか?」
「ちゃんと探したさ。このふたつの目で」
ラッツはにい、と笑った。
このぉおおおっ!!
すっかりだまされていたことにも、何も知らなかった自分にも、腹が立った。そして、この筋肉男に感謝せざるを得ないことにも。
機転を利かせて私の希望をつなげてくれた。軍規違反にならないよう手をまわしてくれた。手の平の上で踊らされているようでおもしろくない。
それでも私は、ラッツ・シュバイクという男をすっかり気に入っていた。
10歳も年上のラッツと物おじしない私とは年の差を超えた友情を育んでいった。
偉ぶったところは一切なく気さくで親しみやすい。それでいて頼りがいがある。私にとって兄のような存在となった。
その後、ラッツは総司令に働きかけて、プリズナートが人々の頼みをきいてヴァイオスを使うことができるようにした。
本来、ヴァイオスは命令が下された時にしか使えない。そして、命令が下されるのは戦闘時のみである。
初めのうちは自分の力ではどうにもならない問題を抱えた者が、恐るおそるプリズナートを頼って来るといった様子だった。
それが1か月、2か月と経つうちに、プリズナートに頼めばどんな難問もあっさり解決してくれるといううわさが広がっていった。
小さな子供に泣きつかれて迷子のペット探しをしたと聞いたときにはさすがに驚いた。
特殊能力者の中でも一握りのエリートしかなれないミュウディアンが、子猫相手にヴァイオスを使っている姿を想像して顔がほころんだ。
こうしてラッツは、なんとなくミュウディアンを恐れていた人々との距離を一気に縮めてしまった。
ただの筋肉男と思いきや、細やかな心配りのできる人物だった。だからこそ、プリズナートの隊長を務めることもできるのだろう。
私とは違う。隊長にも色々なタイプがいるということだ。
パーティ会場のあるホテルが視界に入って来た。と同時に男女の争う声が聞こえた。
見ると、ふたりの若い女が男たちに絡まれている。いつもならたたきのめしてやるところだが、今日の私は機嫌がいい。穏便に収めてやった。
ところが事はそれで終わりにはならなかった。見知らぬ紳士が近づいて来て自分が仕えている主の誘いに応じろと言うのだ。
折角の誘いだが私はこれからパーティに行かねばならない。マルセイユの高級ワインへの未練を断ち切って丁重に断った。
それなのに何が気に入らないのか、主とやらはボディガードらしき巨漢をけしかけて来た。
ほほう、私と遊びたいのか。ちらりと腕時計を見る。遅刻確定だな。
クレア、すまん。これは不可抗力だ。
大男が息を吐いた。
私に勝つつもりか。笑わせる。そんなにのろい攻撃が当たるものか。私はいつも時速500キロを超えるスピードで空を飛んでいるのだぞ。
「何をしている! 早くしないか!!」
主の叱咤の声に突き飛ばされるように巨漢が突っ込んで来る。かわして尻をけるとおもしろいように転んだ。おっと、悪いことをしたかな。見物人の失笑に顔を歪めている。
「う、う、後!」
突然響いた声で後ろに意識を向けると近づいて来る人の気配。ほとんど反射的に身体を沈めながら回転して足を払う。
尻餅をついて唸り声をあげたのは、主のかたわらにいたはずのもうひとりのボディガードだった。見物人の気配に紛れていてまったく気付いていなかった。
ふたりの巨漢に前後をはさまれてピンチだ。これからパーティなのに服を汚したくはない。そう思っているのに顔は笑ってしまう。
幸か不幸か取っ組み合いにはならずにすんだ。見物人が騒ぎだしたためだ。
「覚えていろよ! いつか必ず仕返ししてやるからな!!」
あっさり引き下がられて拍子抜けだが、まあいいさ。
「私のピンチを救ってくれた救世主はどこかな」
見物人の視線が集まった先には小柄な娘が立っていた。小さくなってうつむいているから余計に小さく見える。
ジャケットもスカートもよくあるデザインだ。流行のファッションで着飾って繁華街をかっぽする娘たちとは違う。
よく言えば質素で堅実、悪く言えば地味でケチ。こういう場合、よい方に取っておけば波風は立たない。
礼を言って右手を差し出しすと、質素で堅実な救世主は強ばった表情を浮かべた。困らせるようなことを言った覚えはないのだが。
「わ、わたしはプリズナートのキャシュトニーナ・レインです。ヒ、ヒトの心を読むことができます。だ、だから、握手はできません」
この子がレイン少尉? 想像していたのとはずいぶん違う。
気が強くて気難しそうな人物を思い描いていたが、目の前の娘は控え目で慎ましやかな印象だ。いくつもの泣きぼくろがかわいらしい顔だちのアクセントになっている。
「レイン少尉、会えてうれしいよ。シュバイク大尉から君の自慢話を聞かされていたんだ」
ラッツに頼まれたことは言わずにおこう。まずは警戒心を解いてもらうことだ。共通の話題で足がかりを作ることから始めよう。
ところで。ミュウディアンのヴァイオスは軍事機密のはずだ。初対面の相手にあっさり打ち明けていいものではない。軽率なのか、正直なのか。
いや、そのどちらでもない。少尉のやるせない表情がそう告げている。常人にはわからない苦悩が特別な力を持つ者にはあるのだろう。
パーティ会場に着くとすぐにクレアがやって来た。
身体のラインに沿ったロングドレスがよく似合っている。片手を腰に当てた立ち姿は、女の私でもぞくっとするほど色っぽい。
「遅いわよ、副会長」
クレアの艶やかな声が私を責める。名前だけでいいからと、強引に副会長のイスに座らせたのはお前じゃないか。と口には出さずにじろりとにらむだけにしておいた。
異議を唱えようものなら必ず言い負かされる。余計なことは言わない方がいい。クレアはマリオッシュ駐屯軍でも有名な才女なのだ。
ポネット総司令でさえもやり込めてしまうという恐ろしいうわさもある。本人に確かめたらこう言っていたものだ。
「そんなことはしていないわ。わたしの助言に総司令が反論しないだけよ」
クレア。それをやり込めると言うのじゃないのか。
今は総司令副官を務めるクレアだが、実は大変な苦労人だ。名家に生まれた私が当然のように入学した士官学校に、クレアは苦学して入った。
パイロットを目指す私と戦略家を目指すクレア。接点のない私たちが初めて言葉を交わしたのは、ジャンボリー×ジャンボリー実行委員会の席だった。
ジャンボリー×ジャンボリーは士官学校最大のイベントで、日ごろの訓練の成果を披露する祭りのようなものだ。
面倒臭がり屋の私と勉強だけしていたいクレア。委員を引き受けたのは本意ではなかった。
そんな1年生ふたりに、オープニングイベントの企画と実行を任せた委員長の思惑はどこにあったのか。やる気を出させることにあったのなら大成功だ。
やるからには全力投球の私と、内申書にプラスになることならなんでもやるクレアの心に火を点けた。
私たちは、低予算で後片付けが簡単なものという条件下でも、最高のイベントにしようと奮闘した。
それまで交互に行われてきた、ミスコンテストやクイズ大会のような退屈なものにはしたくなかったのだ。
ふたりでアイディアを出し合い工夫して開催したのは“校内オリエンテーリング”。
来校者に校内の施設を見せて日頃どんなことを学んでいるのかを知ってもらう。というのは建前で、所々にトラップを仕掛けサバイバルゲーム仕立てにした。
トラップと言っても大したものではない。
講堂入り口でのぬいぐるみ大量落下や、地下倉庫を利用した落とし穴。これは下にバルーンを敷き詰めて危険のないようにした。
それから、プールサイドでの水鉄砲攻撃と言ったかわいいものばかりだ。
ただし、参加者には“軍事機密につきトラップについては他言無用”を徹底し、どこにどんなトラップがあるかわからないドキドキ感を楽しめるようにした。
これが好評をはくして参加の順番を待つひとの行列ができた。
予想以上の大成功にやり切った満足感に浸る私とクレアだったが、喜んでばかりもいられなかった。
その後、オープニングイベントを引き受ける者がいなくなり、私たちは卒業まで毎年同じ仕事を任される羽目になってしまったのだ。
それもこれも今となってはいい思い出だ。このことがなければ私とクレアはあいさつを交わすだけの関係で終わっていただろう。
なにしろ私たちは何もかもが正反対なのだ。クレアは、細やかで、器用で、慎重で、そして頭脳明晰だ。
そんな彼女にはいつも助けられてばかりいる。何度も心配をかけたし窮地を救ってもらったことも一度や二度ではない。
そして、ここぞと言う時には背中を押してくれ、そっとしておいて欲しいときには放っておいてくれる。出会えたことに感謝したいほどの親友だ。
さて、パーティはすでに盛り上がっている。私はラッツとの約束を果たすためレイン少尉のエスコート役を買って出ることにした。
ところが少尉にはことごとく断られてしまう。見かけ通り慎み深いひとだ。そうとわかって益々世話を焼きたくなる。どうも私は頼りなげな者を放ってはおけないたちらしい。
「あ、あの。わ、わたしはひとりでも平気です」
少尉は蚊の鳴くような小さな声で言った。
「私のエスコートは迷惑か? お近づきになりたかったのだが」
「ど、どうして、わ、わたしなんかと・・・・・・」
警戒しているのか。初対面なのだから無理もない。
「実を言うとラッツに頼まれていたんだ。少尉の話し相手になって欲しいと」
打ち明けると少尉は納得がいったという顔をした。
「ム、ムリはしなくていいです。わ、わたしから断りましたって隊長には言っておきます」
本当に遠慮深いのだな。
「無理はしていないさ。私も少尉と話してみたいと思っていたのだから。有能で勇敢なミュウディアンとな」
なぜだ? ほめたはずなのに少尉は小さくなってしまった。
「わ、わたしなんてたいしたことないです」
ミュウディアンは誰しも自分のヴァイオスを誇りにしているものだが、少尉にはそんなところは微塵も感じられない。
本当にゆっくり話してみたい。こんな所ではなくもっと落ち着ける場所で。
思いついたら即行動に移すが私のポリシーだ。
我家で焼きたてのパイをごちそうすると言ったらひどく驚かれた。私が焼くと思ったらしい。私が菓子作りをするとしたらそんなに意外なことなのだろうか。
まあ、実際のところ一度も作ったことはないが。
やってできないことはないと思う。だが、それを少尉に出したら二度と家には来てくれない気がする。
それよりもアンの絶品パイをごちそうして喜んでもらった方がいいに決まっている。
アンのパイがどれだけ美味いかを熱弁して約束を取り付けることができた。当日は最高のパイを焼いてもらおう。




