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【ファラムリッド】


 波のまにまに1(せき)の小型貨物船が漂っている。


―――間に合わなかった


 目的地にたどり着いた時には敵の機影(きえい)はどこにもなく、“ファビウス号”と書かれた貨物船の船体に無数の弾痕(だんこん)だけが残されていた。


大敗を(きっ)した敵の生き残りが、撤退てったいの道すがらたまたま見かけた民間船に腹いせをしたのだろう。


とんだとばっちりだ。


この船はじきに沈む。傾いているのは浸水しているからだ。


生存者がいるならすぐに救出しなくてはならない。着水すると部下ふたりを連れて貨物船に乗り移った。あとの3人には待機を命じてある。


 エンジンが停止した船の中は静かなものだと思っていたがそうではなかった。


歌が聞こえる・・・・・・


讃美歌のようだ。どうしてこんな所で。


艦内放送で流しているようだ。BGMのつもりか。この船にはよほど信心深い船乗りが乗っているらしい。


 部下たちに指示を与え私は操舵室(そうだしつ)へ向かう。


ドアを開けると海風が吹き付けて来た。前面のガラスがない。(くだ)けたガラスが無数の弾丸と共に床一面に散らばっている。


足元に気を付けながら中に入ると、シート脇にひとが倒れているのが見えた。



 肩から血を流している男に意識はないが息はある。とりあえず応急手当てだ。細身だが船乗りらしい筋肉質の身体をしている。


顔は・・・まったくわからん。


伸び放題の髪と無精(ぶしょう)ひげにおおわれていて、輪郭(りんかく)すらはっきりしない。


「私だ。操舵室で負傷者1名を発見した。そっちはどうだ?」


 通信機で呼びかけるとすぐに応答がある。


「こちらサバイブ。船室を捜索中。今のところ乗員は発見できません」


「アーチです。今、船倉(せんそう)です。こっちも誰もいません」


小型船とはいえ乗員がひとりだけということはないはずだ。


「了解。捜索を続けてくれ」


 通信を終えようとした時である。


「こいつはすげぇ!!」


聞こえてきたのはアーチの驚嘆(きょうたん)の声。


「どうした?!」


問いかけるが返事はない。


「オレ、夢を見てるんじゃないよな・・・・・・」


アーチは興奮して我を忘れていた。



 薄暗い船倉には段ボール箱が山積みになっている。


「アーチ、どこにいる?」


「ここです」


声のする方へ行ってみると箱の間にアーチの姿が見えた。


「隊長、これを見てください」


アーチが指し示しているのは彫刻のほどこされた長方形の木箱だ。ふたは外されている。近づいて中をのぞきき込んだ瞬間しゅんかん、船内を流れる讃美歌が鮮明に聞こえてきた。



   光あれ 光あれ

   神の作りたもうたすべてのものに 光あれ

   命あれ 命あれ

   神のかいなに抱かれし我らに 命あれ



 そこだけが光り輝いて見える木箱の中には、年端(としは)もいかない少女が横たわっていた。花にうずもれるようにして。


腰まで届く長い髪は春風をつむいだような銀色。しなやかに少女の肩を抱き静かな光沢を放っている。


白い顔は子供のものらしく小作りだが、未完成であるとは思えないほどよく整っている。


品よくこじんまりと収まっている鼻も、ふっくらとやわらかそうな(くちびる)もなんとも愛らしい。薄いピンクの口紅がぬられている。


まぶたは閉じているため瞳を見ることはできないが、さぞや美しい宝石が隠されているに違いない。


ロースクールに上がったばかりだろうか。その美貌(びぼう)はあどけない。


 もしも天使が実在するとしたら、それは間違いなくこの少女の姿をしていることだろう。


だが、天使はもういない―――


私にはわかっていた。この木箱が何なのか。



 ところで。これはどういうことだ。何が起きている?


私の目にはすべてのものがモノクロにしか見えない。この状況はもう2年以上続いている。世界に色がないのは私にとっては当たり前のことだ。


それが今、モノクロの世界に穴をあけたように少女だけが鮮やかな色彩を放っている。


 目に映るものすべてがカラーに見えるのなら元に戻ったと喜べばいい。


だが、少女だけなのだ。花や木箱や段ボール箱はもちろん、アーチの姿もモノクロだ。もしかしたらと自分の手に目をやるがやはり色はなかった。


なぜ、少女だけが色付いて見えるのだろう?


 

 呼び寄せた救助艇に負傷した男と木箱を乗せて我々の任務は完了した。


フェンリル隊は一路基地を目指して飛んで行く。基地があるのはアビュースタ軍の要塞島、フォート・マリオッシュだ。


 延々と続く海の墓場(サルガッソ)の切れ間に浮かんでおり、重要な戦略拠点のひとつである。


リトギルカ軍の侵略をくい止めるための最外郭(さいがいかく)の防衛拠点であり、また、アビュースタ軍が侵攻する際には最前線基地として活躍する。


リトギルカ軍にとってこれほど邪魔じゃまな存在はないはずだ。当然、幾度となく襲撃しゅうげきを受けてきたが敵の手に落ちたこといまだ一度もない。



 見えてきた。あの美しい島がマリオッシュだ。


ここ100年近く大きな戦災を受けたことがないため緑豊かな楽園のようだ。内海のリゾートに来たのかと錯覚さっかくしそうになる。


初めてこの島を目にした者は口をそろえてこう言う。


「こんなに無防備で大丈夫なのか」と。


だが、心配はいらない。

マリオッシュはふたつの大きな力で守られているのだ。


 さらに接近すると整った街並みと大型施設が見えてくる。大半は軍関係のものだが、ショッピングやレジャーを楽しむための施設も充実している。


ベビー服から砲弾まで、たいていのものを自給自足できるマリオッシュはひとつの国家と言ってもいい。その場合は軍事国家と言うことになるのだろうが。


人口は軍人と民間人合わせて22万人にもなり、ここで生まれここで一生を終える者も多い。





 軍病院にたどり着いたときには息が上がっていた。屯所(とんしょ)から走って来たからだ。


112号室・・・・・・ 


ここだ。呼吸を整える間もしんでドアをノックする。姿を見せたのは白衣の男だ。


甘いマスクは人気クラブのホスト並み。すらりとした長身はファッションモデル並み。


身に着けているものは最新モードのファッションではないが、白衣を(いき)に着こなしやぼったくは見えない。


むしろ白衣の白が清潔でさわやかな印象を与えている。


繊細(せんさい)なフレームのメガネはだてだ。真面目な好青年を演出するための小道具だと本人が明言している。


実際は来る者拒まずのプレイボーイで、常に複数の女と交際しており顔ぶれはひんぱんに入れ替わっている。


 この尻軽な男はメルカトキオル・オースティン。軍医大尉だ。


私生活がふしだらなためまゆをしかめる向きも多いが、医者としての腕は一流なためこの地位にある。


ついでに言うと、私たちは幼なじみだ。


共に、アビュースタの首都、クアトリーリオの出身だ。母親同士が親友で、両家は私たちが生まれる前から家族ぐるみの付き合いをしてきた。


パーティや旅行などのイベントはいつも一緒。同い年の私たちは仲のよいいとこ同士のような関係だった。


今でも私は彼を“メルオル”と呼び、向こうは私を“ファラム”と呼んでいる。



「本当なのか?!」


 顔を見るなり問い詰めると、メルオルは満面の笑顔になった。


「息を切らして僕に会いに来るなんて、かわいいね」


そんな安いセリフが私に通用するか。


「黙れ。私をかついだのなら殺す! 電話で言っていたことは本当なんだろうな」


メルオルは気圧(けお)された様子もなく両手を上げて降参のポーズを取る。


「ファラム。レディがそんな口の()き方をしちゃいけないよ。君には軍服よりドレスの方が似合うのに」


 プレイボーイのペースに乗せられると面倒だ。まともに取り合わない方がいい。


「大きなお世話だ」


ひと言でばっさり切って捨てる。


「君に殺されるのなら本望(ほんもう)だけど残念なことにうそじゃないんだ。自分の目で確かめてごらん」


メルオルは一歩下がって入り口を広く開けた。室内に入ると向かい側のガラス戸が開け放たれているのが見える。その先は中庭だ。



 病室を通り抜けて外に踏み出す。昼下がりの中庭は太陽の光でいっぱいだ。まぶしさに慣れると次第にそこにあるものの輪郭(りんかく)が見えてくる。


これは現実なのか? 


陽だまりの中モノクロの世界でただひとりだけ色彩を放つ子供が、そこにいた。芝生しばふの上に座り小鳥たちと(たわむ)れている。


“ 子供は生きている”


つい20分前、電話で告げられたときには信じられなかった。だが、見間違えようがない。確かにあの(ひつぎ)の子供だ。


昨日、被弾して沈みかけていた貨物船から運び出された木箱は棺だった。だが中身は遺体ではなかった。仮死状態になっていただけだったのだ。


そして、少女ではなく少年だった。



 目の前の光景はまるで異なる時間が流れているかのようだ。たまたまこちらの空間とつながってしまった別の世界のような。。


異世界にそっと足を踏み入れると、鳥たちはいっせいに青空へと飛び立って行った。


――――翼なき身なればしばしこの地に(とど)まらん


ひとり取り残された少年と目が合った瞬間、聖書の一節が思い浮かんだ。


 私は魅入みいられていた。その神秘的な瞳に。


なんという色だ。深い森に隠された湖をのぞき込むとこんな色をしているのだろうか。緑がかった青、青味がかった緑、どちらともつかない。


あやしいまでに美しい瞳は()てつく夜空の星のように輝いていた。


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