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【キャシュトニーナ】
『セ、セ、セイラガム。き、聞こえますか? き、聞こえているなら、も、もし、め、迷惑でなかったら、あ、会ってもらえませんか。
お、お、お話したいことがあります。あ、朝までここで待っています』
強引に聞こえなかったかな。イヤな感じじゃなかったかな。って、うちはなんでこんなに気を使ってんだか。
セイラガムとは友好な関係でいなくちゃなんねえ。だから、これでいいんだ。
壁に並んだ水槽の中で魚たちがゆったりと泳いでる。海藻の間や土に潜って眠ってる魚もいる。ここは夜の水族館。とっくに閉館してるから客はいない。
セイラガムと会ってるところをヒトに見られる心配はねえってことだ。たとえばプリズナートのだれかとか。水族館なのは、その、、ちょっとした演出だ。
任務じゃねえから今夜のうちは私服だ。軍服以外で会うのははじめてだからなにを着るかずいぶん迷った。結局、フラワープリントのワンピースにハイヒールを合わせてみた。
うちが持ってる中じゃいちばん派手な服だ。セミロングの髪にはレースのリボンを結んである。めかしこんじゃってさ、デートかっての!
うちにはどうしても伝えたい言葉があった。2度も助けてもらったってのにまだ礼を言ってない。プリズナートのみんなはその必要はないとぬかしやがる。
セイラガムは元々憎むべき敵でありアビュースタ人にとっての死神なんだからってな。
そんなこたあ、わかってんだよ。
でも、相手がだれであれ助けてもらったら礼はすべきだろ。
それに、うちにとってのセイラガムは、憎っくき敵なんかじゃない。どうにもならない絶体絶命のピンチにさっそうと現れて、スマートに助けてくれる。
そして、見返りを求めることもなく姿を消す。どっからどう見ても立派なヒーローじゃねえか。
そもそもだれが、クリュフォウ・ギガロックというヒトを知ってるんだ? わかってるのは戦歴だけ。仲間のザックウィックでさえ顔も知らなかった。
この目で見たセイラガムは、それまでイメージしてたのとはまったくの別人だった。少なくとも、だれもが口ぐちにののしりツバを吐きかけるようなヒトじゃないと断言できる。
知りたい! 本当の姿を。
この気持ちは怖いもの見たさのただの好奇心なのか。それとも・・・・・・
それにしても遅えな。まさか、もう寝てるとかじゃないよな。もう一度呼びかけてみようか。でも、本当に寝てたら迷惑だろうし。。
こんな用件でリストバンドを使ったりしてよかったのか。だんだん不安になってきたぞ。決心がつかずに左手のリストバンドから目を上げると、、
そこに黒ずくめの姿があった。いっつも突然現れやがる。うちは驚かされてばかり。いや、よろこばされてばかり、かな。
今夜のセイラガムは黒髪をポニーテールにはしてない。目はショボショボ、髪はボサボサ。マジで寝てたのかよ! まだ宵の口だぜ。
軍服の前ははだけたままだし、よれよれでだらしない感じだ。寝ぼけたままで着替えてきやがったな。
こんな姿を見せられたらちっとも怖くねえ。それどころか親近感さえわいてくる。
「お、お休みのところを起こしちゃったんですね。ご、ご、ご、ごめんなさい。よ、夜の方が、ひ、人目に付きにくいと思ったから」
こんなことなら断ってくれてよかったんだ。
「ここは・・・・・・」
セイラガムは目をこすりながら水槽をのぞいて、はじかれたように後ろに飛びのいた。
こっちを見てる奇怪な顔の魚にビックリしたんだ。魚に驚くなんざ、かわいいじゃねえか。
「す、水族館は、は、はじめてですか」
子供のころとか親に連れて行ってもらったりしなかったのかよ。うちは結構行ってる。
「この魚はフライ向きだ」とか「こっちはムニエルにするとうまい」とかの、夢のない解説には幻滅したもんだ。
小さなレストランを経営していた父親には魚は食材にしか見えなかったらしい。
そういえば、父親以外のヒトと水族館ははじめてかも。なんかうれしいぞ。
「ちょ、ちょっと、み、見てまわりませんか」
うちったら調子に乗って。セイラガムが魚なんぞ見たがるかよ。
「いいんですか?」
食いついた!
「も、もちろんです」
そんなワケあるか! 不法侵入してるんだから、静かにしてなきゃだろ。とは言っても、うちもすっかりその気になってるんだがな。
「わ、わたしが案内します」
ここに来たのは4回目。下見は充分だ。
夜の水族館は昼間とは別世界だ。暗くて水槽のこっち側と向こう側の境界がはっきりしない。水槽の中にいるのかと錯覚しちまう。ちょっと怖い。
セイラガムもおっかなびっくりうちの後をついて来る。それでも好奇心には勝てねえんだな。
そんな時、足音が聞こえたりするからふたりしてとび上がった。だんだん近づいて来る。見まわりの警備員だ。
「か、かくれましょう」
水槽の影に入ってやりすごした。
「も、もう大丈夫です」
振り返るとセイラガムはカチコチになってた。そんなに怖かったんかい!?
あれ。。実は怖がりだったりして。すげえ意外!
もしかして、セイラガムの秘密を知っちまった?
この水族館のウリになっている巨大水槽の前に来た。壁一面の水槽の中を回遊魚の群れが泳いでる。向きを変える度にウロコが白く光ってきれえだ。
セイラガムは水槽のガラスに貼り付くようにして中をのぞきこんでる。
「・・・気持ちよさそう・・・・・・」
ちょっとびっくり。うちもちょうど同じことを考えてたから。エアコンは効いてないし、湿度はあるしで蒸し暑い。水の中は冷てえんだろうな。
そうだ。
「キュ、空間隔離。キューブロックを使えば、お、音はもれないんじゃないですか」
セイラガムは今はじめて気が付いたって顔をした。そして、両手の親指と人差し指をくっつけて四角い枠を作りその中に水槽をとらえた。
なんも変ったようには見えねえが、たぶん、もう異次元の空間に閉じ込められている。
「行こう」
手をつかまれたと思ったらいきなり水の中だった。魚の群れがすぐ目の前を通りすぎて行く。おぼれずにすんでるのはきっとセイラガムがなんらかの力で守ってくれてるからだ。
手をつないだまま泳ぐうちらに魚たちが寄りそってる。飼育員とでもカン違いしてるのか。人魚になった気分だ。
そういえば、子供のころ水槽に入って魚と一緒に泳いでみてえと思っていたんだっけ。今になって夢が叶ったんだ。
水槽から出ると全身ずぶぬれだった。当然だ。
うあ、やべえ! どうするよ。
このまま宿舎に帰ったりしたら絶対理由をきかれる。特に隊長に見つかったらめんどうだ。このピンチをどうやって切り抜けようかと悩んでると、、
セイラガムは上着を脱ぎシャツを脱ぎ、上半身裸になってズボンに手をかけた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! ぜ、全部脱いでどうするんですか。き、着替えもないのに」
ああ、もう、ドキドキさせやがって!
セイラガムはちょっと考えてから、「手をかして」と言った。
向かい合って両手をつなぐと、うちらの全身から白い蒸気がもうもうと立ち上りはじめた。靴の先まで完全に乾くのに5分もかからなかった。
その間ずっとドキドキだった。直接肌にふれたせいでセイラガムの心を感じちまう。やわらかい感情はうちに向けられていた。
うちがセイラガムを感じるより強くセイラガムはうちを感じてるはずだ。そう思うと気がきじゃねえ。激しく胸を打つ鼓動が痛い。
「あ、あの。み、み、み、見ましたよね?」
おずおずたずねるとセイラガムはきょとんとしてる。
「わ、わたしの心の中です」
なにもかも見透かされてると思った。ところが、セイラガムは首を振る。
「読心はつかえない」
よかったよぉ。安心したら力が抜けちまった。
うちと一緒にいるヤツラはいつもこんな気持ちでいるのかな。だとしたら離れていくのは当たり前。責めたりなんかできねえ。
だから、いいのに。プリズナートのみんなもムリしなくていいのに。
「もう帰らないと」
セイラガムが思い出したようにつぶやいた。
おっと、肝心の礼がまだだった。リーディングが使えないってことはうちの気持ちも伝わってないってえことだ。きちんと言葉にしないと。
深く息をして黒い顔を見上げる。そして、心をこめたひと言を
「ありがとうございます」
ど、どもらないで言えた! セイラガムは思いがけない言葉を聞いたようにうちを見てる。
「あ、あなたには、に、2度も助けてもらいました。と、とても感謝しています」
その時うちの感知が感じ取ったのは戸惑いだった。
「あ、あなたにとってはマリオッシュを守っただけで、そ、そんなつもりはなかったのかもしれません。
で、でも、お、おかげでわたしたちは救われました。だ、だから、お、お礼が言いたくて・・・・・・」
目の前の黒ずくめは照れ臭そうに笑ったりはしねえ。けど、心の中にあったけえものが広がっていくのがわかる。
うちにはもう、セイラガムのことを血も涙もない死神だとは思えなくなっていた。最初に会ったときの恐れも今は感じない。黒ずくめの中に閉じ込めた人間性をのぞき見ちまったから。
だれもが忘れてるだけなんだ。このヒトも人間だってことを。圧倒的な力にばっか目がいって他のことが見えてねえんだ。
アビュースタの敵なのはたまたまリトギルカに生まれたから。アビュースタに生まれていたなら味方になっていたはずだろ?
ザックウィックをやめてミュウディアンになると言いだしたときにはさすがに驚いた。それができたらよかったんだがな。
戦争をしてるんだから敵に憎まれるのは当たり前。強すぎる力は、味方までをも恐怖させるに違いねえ。
うちらは似てる。うちならセイラガムの気持ちを理解できる。セイラガムならきっとうちの気持ちを理解してくれる。こんな風に思えるヒトに出会ったのははじめてだ。
敵だって、ザックウィックだってかまうもんか。
パーシブとリーディングは物心ついたときにはもうあった。うちにとってヒトの本心を知っちまうのは日常的なことだった。
成長すれば特殊能力も強くなる。思春期を迎える前にはふれただけで深層心理まで読み取れるようになってた。
それがどんなことだかわかるか?
便利、と思ったヤツ。いっぺん死んでこい!
ヒトの心はあったかいもんだけで満たされてるワケじゃねえ。そんな知りたくもないヒトの本心にふれる毎日で人間不信になった。
その上、のぞき屋なんぞと趣味の悪いあだ名まで付けられちまった。
「こんな力なんていらなかったのに!!」
泣きながら両親を責めたこともある。そんなうちを両親はもてあましてた。
全寮制のアカデミースクールに入学したのは10歳のとき。ヴァイオーサー専門の学校で卒業と同時にミュウディアンになることが決まってる。
そこでの訓練でヴァイオスをコントロールする方法と最大限に生かす方法とを学んだ。力が勝手に発動しないようになったことが、うちにとってはいちばんの収穫だった。
あの時、両親がうちをアカデミーに入れなければどうなってたんだろうな。すさんだ生活を送ってたかもしれない。
もっとも、両親にとってはていのいい厄介払いだったんだろうがな。
セイラガムと呼ばれるクリュフォウ・ギガロックなら、幼いころから才能の片りんをのぞかせていたはずだ。
そんなときまわりのヤツラがどんな目でこのヒトを見てたか、うちには容易に想像できる。セイラガムは自分の力をどう思ってるんだろう。
リトギルカでは英雄のセイラガム。でも、あの圧倒的な力はたぶん、ヒトを遠ざける。セイラガムに心を許せるヒトはいるのか。うちには・・・・・・いない。
プリズナートはうちにとってたったひとつの居場所だ。でも、ここにいたくているワケじゃねえ。他に行くところがないからいるだけだ。
プリズナートに配属された時、4人の先輩たちは歓迎してくれた。うちのヴァイオスは助けになると。困りごとを解決するのに役に立つって意味だろうがな。
こんな力でも受け入れられる場所を手に入れた。でも、うち自身が受け入れられたんじゃないことはわかってる。
だから、みんなとは仕事上の付き合いと割り切って必要以上にかかわらないようにしてる。でないと、たったひとつの居場所さえなくしちまう。。
それなのに。うちの苦労も知らないでやたらからんでくるメッセル中尉
いっぺん死んで来い!!




