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2-7

【キャシュトニーナ】


 ワーズワース博物館は木立こだちの中に静かにたたずんでいる、ように見える。

でも、、なんか、、イヤな感じだ。


「血の臭いだ」


最初に気付いたのはターネット中尉だった。臭いのする方へ、守衛の詰所(つめしょ)に行ってみると死体が転がってた。


まちがいねえ。ザックウィックがいやがる!


 今から30分前のこと。屯所とんしょのラウンジでくつろいでたうちらの元に、ひとりの兵士が近づいて来てこう言ったんだ。


「親愛なるプリズナート諸君。君たちをパーティに招待しよう。場所はワーズワース博物館。展示品の鑑賞(かんしょう)をしているがそろそろ飽きてきたところだ。


ここには大勢の客がいる。彼らに剥製(はくせい)になってもらうのも一興(いっきょう)だろう。人間の剝製を陳列ちんれつしたくなければ急ぐことだ」


ざらついた耳障みみざわりな声だった。兵士は我に返ると、どうして自分はこんな所にいるのかと首をひねっていた。ザックウィックが兵士のからだを操ってメッセージを送ってきやがったんだ。


 プリズナートはすぐにワーズワース博物館へと向かった。ザックウィックに対抗できるのはミュウディアンだけ。それはほこりでもあり重荷でもあるんだろう。



 感知パーシブで博物館の中の様子を探る。


―――――― いた


ザックウィックだ。


階段を上がってすぐのホールに4人。その足元にはヒトが倒れてる。博物館を見学に来た連中だろう。老若男女ろうにゃくなんにょとりまぜて24人。


人質が多いうえに意識がないんじゃ救出は難しい。


状況を知ったみんなは険しい顔をしてる。きっと同じことを考えてるはずだ。どうせ、だれもアイツの名前を口には出さないんだろ。言いたかないがしょうがねえ。


「セ、セ、セイラガムの力を借りましょう」


 すぐに返事がないのは迷ってるからだ。人質の安全を第一に考えるのならセイラガムに協力を頼んだ方が絶対にいい。


そんなこたあわかっちゃいても、敵の手を借りるなんざプライドが許さないのが隊長だ。みんなは隊長の判断を待っている。


「レイン少尉、ギガロックに連絡を取ってくれ」


よかった。隊長をキライにならずにすんだ。人質の命より自分のプライドを優先させるようなら軽蔑(けいべつ)してた。



 左手首のリストバンドを握りしめセイラガムに呼びかける。連絡を取る方法はこれしかない。ところが、何度呼んでもセイラガムはやって来ない。

なんでだよお!


「これ以上は待てない」


隊長はとうとうしびれを切らしちまった。中尉たちも待つ気はないみてえだ。


「一刻もはやく人質を救出しましょう」


「やろう! 我々だけで」


セイラガムが来ないことでプリズナートの士気は上がっていく。


 ブラウン中尉とターネット中尉が正面入口から侵入して敵の注意をひきつけ、そのすきにうちと隊長とメッセル中尉とで人質を救出することになった。


おとりのふたりが博物館の中に入ると、ホールに並べられた彫刻の影からザックウィックが姿を現わす。1人、2人、3人、4人。全員がそっちに行くとは予想してなかった。


でも、人質救出には好都合だ。うちらは予定通りに行動することにした。



 2階のホールに着くと、意識を失ってる24人の人質を起こしにかかる。


できるだけ早く救出してザックウィックと戦ってるふたりに加勢かせいしたい。隊長もメッセル中尉もそう思ってるはずだ。うちらはあせってた。


「ぐあっ!」


突然、声をあげたのはメッセル中尉だ。見ると頭を押さえた手の下から血が流れ出してる。


そして、中尉の後ろには血の付いたブロンズ像を持った男が亡霊みてえに立っていた。


まさか?! おい、おい、おい! やめてくれよ!!


 意識を取り戻したヤツラが迫って来やがる。手に手に武器になりそうな展示品を握りしめて。 


「ミュウディアンを殺せ。ミュウディアンを殺せ。ミュウディアンを殺せ・・・・・・」


恐ろしい言葉を唱え続けてる。催眠暗示(マインドコントロール)をかけられてるんだ。

冗談じゃねぇ! こっちは一般人に危害を加えることはできないってのに。


「仕方ない。もう一度気絶させるんだ」


 隊長の指示でせっかく起こしたヤツラを眠らせていく。


頭をなぐられたメッセル中尉は思うように動けない。とうとう取り囲まれて、助けようとした隊長もろとも滅多打ちにされちまった。


人質救出は失敗だ。血の付いた武器をぶら下げた24人がいっせいにうちを見る。


ひいいっ! 来るなぁあああああああっっ!!




 気が付くと冷たい床の上に倒れていた。からだのいたるところが痛くて起き上がることもできやしねぇ。


パーシブで他の4人も転がされているのを確認した。人質もいる。


そして、ザックウィックの4人も。場所は2階のホール。全員を集めてどうするつもりだ?


 敵の目的はプリズナートじゃなかったのかよ。なぜ命を取らない? 


「気が付いたか」


ザックウィックのひとりがうちの顔をのぞき込む。


「もうひとりの仲間はどこだ」


もうひとり? みんなここにいるじゃねえか。なにを言ってやがる。


「5日前、我々の仲間を殺したミュウディアンだ。やつはどこにいる?」


そうか。セイラガムのことを言ってるのか。コイツらはセイラガムをミュウディアンだと思い込んでいたんだっけ。



「か、か、彼を探してどうするつもりですか」


たずねると、ザックウィックは息がかかるほど顔を近づけてきておぞましい笑みを浮かべた。


「ぐちゃぐちゃのミンチにしてやる。はやく教えないとおまえが先にミンチだ」


ゾクゾクゾクッと全身を悪寒(おかん)がかけ抜ける。


「だ、だ、だ、誰も、か、か、彼の居所は知りません」


「だったら呼びだせ。今すぐここに来いってな」


 ワナだ。ザックウィックはもうひとり(・・・・・)がセイラガムだとは気付いてなくても、手強(てごわ)いことは知ってる。だからワナにかけるつもりなんだ。


そうとわかっていてだれが呼び出すかってんだ!


ところが――― うちにはハナから拒否権なんざなかった。人質に突き付けられた銃口を見てそのことを思い知った。



 リストバンドを握りしめて呼びかけるうちにザックウィックは冷たく言い放つ。


「やつが現れなかったら皆殺しだ」


感情は押し殺してるけどふつふつと沸き起こる憎悪を隠しきれちゃいねえ。眼前の男の中で憎悪がマグマのように煮えたぎっているのをはっきりと感じ取れる。


「あせるなよ。主賓(しゅひん)のご到着だ」


 そう言ったザックウィックの視線の先、階段の下に黒ずくめの姿があった。


なんて存在感だ。ハデに登場したワケじゃない。それでも、そこに居合わせたヤツラの意識を一瞬で引き付ける力がある。


セイラガムは警戒するでもなく、博物館を見学しにきた客みてえにゆっくりと2階への階段を上りはじめた。



 ここはどこだ? 


階段の上はうちらのいるホールのはずだ。それがなぜか日差しあふれるバルコニーになっていた。


真ん中に置かれた白いテーブル。その上には花を生けた花びんと焼きたてのパイ。向い合ってテーブルにつく男と女。


セイラガムが上っていた階段は庭からバルコニーへとつながる階段に変わっていた。


離れた場所にいるセイラガムを感じ取ろうとするあまり同調(シンクロ)しちまったのか。うちは今セイラガムの目を通して見てるっぽい。


 腕の中でなにかがモゾモゾと動いた。いつの間にか生まれたばっかりって感じの子犬を抱いていた。セイラガムはテーブルのふたりに向かって声をはずませる。


「父さま、母さま、この子かってもいいでしょう? エリックのうちのナンシーが小犬を3匹も生んだの。それで1匹くれるって。ねえ、いいでしょう?」


なんだ、この高い声? 大人の男の声じゃねえ。

セイラガムは子供になっている?! だから視点が低いのか。



 ふたりの大人はやさしいまなざしで目を見交わしてる。


「父さまのお許しがでたわ。かわいがってあげなさい」


母親の言葉に少年は大よろこびだ。子犬を高くかかげてくるくるまわってる。


「わたしにも抱かせてもらえるかしら」


「いいよ」


少年は母親に小犬をあずけた。


「かわいい子ね」


 小犬をなでながらほほえむ母親。そばで見守る父親。幸せな家族の情景ってヤツだ。


ところが、突然母親の顔から笑顔が消え恐怖の表情に変わる。見ると子犬を抱いていたはずが、血のしたたる人間の生首に変わっていた!


「きゃあああああああ!!!」


腰を抜かした母親は、床に転がった生首から目をそらせず狂ったみてえに悲鳴をあげ続ける。


「母さま!」


母親を助け起こそうと手を伸ばしたそのときだ。少年の指先から光の玉が飛び出し母親の胸を貫いた! 


ぽっかりあいた穴から鮮血がふき出しくずれ落ちる母親。少年には眼前で起こった出来事をのみこむのに時間が必要だった。


恐るおそる自分の手に目をやり、声を失う。鮮血にぬれていた。手も、顔も、服も・・・・・・



 少年は父親が母親にかけ寄り抱き起こす様子を呆然(ぼうぜん)とながめていた。父親が涙にぬれた顔をあげてこっちをにらむ。


「母親を殺したのか。この悪魔め! やはりおまえは生まれて来るべきではなかったのだ。無に(かえ)れ。これ以上罪を重ねることのできないようにしてやろう」


父親が憎悪のかたまりになっていることは子供にもわかった。でも動けない。殺意の刃を振りかざして一歩一歩近づいて来る父親を見てるだけだった。


悲しみと恐怖と絶望とがすべての機能をマヒさせていた。ただ、涙だけがあふれてくる。


 父親の大きく分厚い手が少年の両肩にのせられた。次の瞬間、巨大な圧力が少年の体内にかかりすべての細胞を押しつぶした。


すさまじい激痛にほとばしる悲鳴。全身から噴き出す鮮血。目の前が真っ暗になってすべての感覚が消えた――――




 暗い。ほんの少しの光もない。自分の手のひらすら見えない本当の暗闇。どっちが上でどっちが下なのかもわからねえ。


音もなく風もない。暑さ寒さも感じない。大声で叫んでみても自分の声が音として耳に届くこともない。五感を刺激するものがまったくない完全な無の世界にうちは浮いていた。


さびしいなんてレベルじゃねえ。完璧な孤独に凍り付きそうだ。


 ここから抜けだそうとずっともがいちゃいるが、闇はどこまでも続いて触れるものはなんもねえ。闇がうちの中にまでしみこんで来る。


身体も心も黒く染まったら闇と同化して、うちは、、消えちまう。。


「「イヤだ。助けて! だれか助けてくれええっ!!」」


声にならない悲鳴がうちの中で反響して気がヘンになりそうだ! 



     ・・・・・・だれだ?


 うちを呼ぶ声が聞こえたような気がした。音のない世界なんだから声が聞こえるはずはない。


それでも、気のせいだろうが空耳だろうがかまうもんか。なんでもいいからすがっていたかった。でないと恐怖にしめ殺されちまう!


耳をすまして、必死に目をこらしてあたりを見まわす。


     光だ!!


一筋の光が射しこんでる! 一瞬前までは確かに闇だけが広がっていたはずだ。



 光はまさしく希望の光だった。細く弱い光が暗闇にぼうっと浮かんでる。うれしくてうれしくて、もう、半泣きだぜ!


必至で光が射しこんで来るその場所に行こうとあがく。触れるものがなんもないからどうやったら前に進めるのかわからねえ。


闇をかき分けるようにがむしゃらに両手両足を振りまわすと、ほんの少しずつ光に近づいて行く。


 長いこともがいていたような気がするけれど、本当はそんなに長い時間じゃなかったかもしれない。この空間には時間さえも存在しない。


光は、開きかけたドアのすき間からもれていた。古めかしい両開きの扉だ。向こう側がどうなっているのかわからない。でも、ここにはいたくねえ!


思いっきり扉を押し開けて向こう側に飛び出す。



     まぶしい!!


光のプールに飛び込んだみてえだ。明るさに慣れてからそっと目を開けると、心配そうにのぞきこんでいる顔、顔、顔。


「気が付いたぞ!!」


隊長の声だ。ブラウン中尉とターネット中尉、それにメッセル中尉もいる。


「良かった・・・・・・」


なんだ、その顔。あんまり情けない顔すんなよ。プリズナートの隊長だろうが。 


 たくさんの光があって、声が聞こえて、みんながいる。こめかみを伝って流れ落ちるしずくの熱さも感じる。当たり前のことがこんなにもうれしい!



「あ、ありがとうございました。た、隊長が呼んでくれなかったらわたしは、、あ、あの闇から抜け出せませんでした」


 きちんと礼を言ってやったてのに、隊長は苦虫(にがむし)をかみつぶした顔になった。


「少尉を救ったのは自分ではない」


そうだった。


 あの時はわからなかったけど、あらためて思い出してみると確かにあれは隊長の声じゃなかった。


うちを呼んでいたのは・・・・・・ 


アイツはどこ? あたりを見まわしてみたが声の主の姿はどこにもない。


「ギガロックならもういないぜ」


ぶっきらぼうなメッセル中尉の声。うちが意識を取り戻した時にはもう姿を消していたんだと。また、セイラガムに助けられたんだ。



 ところで、なにが起きていたんだろう。みんなから聞いた話はこうだ。


 階段を上っていたセイラガムは階段のなかばまで来たところで急に動かなくなった。身動きもせずに突っ立っていたかと思うとそのままばったり倒れた。


そこへザックウィックの4人が来て、倒れたまま身動きしないセイラガムを取り囲んで話をしてた。すると、どういうわけかお互いを攻撃し始めて同士打ちになり全員が倒れた。


 セイラガムにシンクロしていたうちが見たもの。あれは現実じゃない。


幻覚(イリュージョン)――――脳に直接働きかけて幻を見せる特殊能力ヴァイオスだ。


恐ろしい悪夢を見せて精神を攻撃する。ふつうなら気を失う程度ですむが、強力なものだと気が狂ったり死んだりすることもある。


セイラガムは幻に捕らわれて動けなくなり幻に倒されたんだ。アイツと同じものを見ていたうちもダメージをまぬかれなかったワケだが。セイラガム本人にはたいした影響はなかったみてえだ。


あの闇は精神の墓場だったのかもしれない。もし、あそこから抜けだせなかったら・・・・・・


 ザックウィックが同士打ちをして全滅した謎は、メッセル中尉の残留思念サイコメトリーが解き明かしてくれた。


死んだザックウィックは仲間を攻撃したとは思っちゃいなかったんだ。黒ずくめの男だと思っていた。



 ザックウィックを片付けたセイラガムは、なにもなかったみてえに階段を上りきって2階のホールに着いた。


プリズナートのみんなの傷はそれほど深くなかったけど、うちだけがどうしても目を覚まさなかった。最終的には潜心(ダイブ)を使ったらしい。アイツはこう呼びかけて来た。


『レイン少尉、目をさまして。帰ってきてください!』


その言葉に導かれて闇から抜け出せたんだ。


「ダイブはどうやるか知ってるか?」


 やぶから棒になにを言いだすんだか。メッセル中尉は意味ありげな顔をしてやがる。


「こうやるんだ」


「な、なにするんですかっ!」


いきなり顔を近づけてきたりするから平手をくらわせちまった。


「少尉の意識がなくてギガロックは救われたな。額をぴったりくっつけてまるで恋人同士みたいだったよ」


黒い顔がうちのすぐ目の前にあるのを想像して、、からだがカーっと熱くなる。

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