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2-6

【ファラムリッド】


 さっきからどうも視線が気になる。すれ違うひとがみんなこちらを見ているような気がするのは、私の思いすごしではない。 


休日の遊園地は多くの家族連れやカップルでにぎわっている。その中にあって私たちは好奇の目でみられているようだ。


私とルシオンとではどんな関係なのだろうと首をひねるのも当然か。年の離れた姉弟か、若過ぎる母親とその子供とでも思われているのかもしれない。


それとも・・・・・・


 ベンチに腰かけた私は足を組みかえてとなりに目をやる。キャラメルポップコーンに夢中の少年は、行きずりのひとの視線などまったく気にしていない。


少年が大の甘党だと気付いたのはアンだった。


「とりあえず、なにか甘いものを食べさせておけばご機嫌よ♡」


というアドバイスに従ってドーナッツやアイスクリームの食べ歩き状態だ。


 こんなことなら別に遊園地でなくともよかったんじゃないか。


深夜のパブでアーケードゲームに前のめりだったルシオン。だったらこういった場所も喜ぶだろうと連れて来たのだが・・・・・・



 人形のようだったルシオンはずい分人間らしくなった。いや、人間に見えるようになったと言うべきか。変わったのは私の方なのだから。


少年は相変わらずだ。でも、もう何を考えているかわからないと悩むことはない。とにかくよく観察することだ。そうすれば顔には出さない感情を読み取ることができる。


 たとえば、こんなふうに。


私は手先が器用な方ではない。いや、はっきり言って不器用だ。仕事上では器用さを要求されることはないから何の問題もないが、家ではそうはいかない。


朝食の支度(したく)をしていて包丁で指を傷つけることがある。たまに、とは言えないくらいの頻度(ひんど)で。


ルシオンからは「大丈夫?」のひと言もないのだが、気が付くと少年は自分の指をさすっている。それは私がけがをした指と同じだったりする。


 たとえば、こんなふうに。


遊園地に連れて行くと伝えた時のこと。ルシオンは同じ年頃の子どものようにとびねて喜ぶこともなく、自分の部屋に閉じこもってしまった。


すると部屋の中から物音が聞こえてくる。


何事かとのぞいてみると、バックパックを背負って部屋の中をスキップしている。遊園地に行くのは1週間も先だというのに。


 この分なら私たちは本当の家族になれると思う。



「あの、すみません」


 不意に少女たちのグループに声をかけられた。


「写真を撮らせてもらってもいいですか」


「そのぉ、ふたりがすごく絵になるから」


「今日の記念にしたいんです。お願いします」


「お願いします!」×4


運がよかったな。今日の私は機嫌がいい。


「別に構わないが、ポーズをとったりはしないぞ」


 1枚撮って終わりと思っていたが、少女たちは色んな角度から写真を撮っている。そのうちにひとが集まって来てしまった。


モデルの撮影会でもあるまいし。冗談じゃない! 付き合ってられるか。


「行くぞ!」


 この状況でもまだポップコーンを口へと運び続けている少年の手を引っ張って走り出した。すると、集団も後を追いかけて来るではないか。


おいおい! 振り返る度に集団が大きくなっているのはどういうわけだ?



 どうしてこんなことになっている? 


ルシオンが抱えたカップの中ではポップコーンが飛び跳ねこぼれていく。心配になって顔をのぞくと、、


笑っている! 


これまでに一度も見せたことのない満面の笑みを浮かべているではないか。そしてついに、我慢しきれなくなったように声をたてて笑い出した。


信じられない!! あのルシオンが笑っている! 


笑い転げるという表現がぴったりな、楽しくて仕方がないといった笑いだ。こんなに天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を見たのは初めてだ。


 気付けば驚きのあまり立ち止まっていた。追いかけて来た集団にすっかり取り囲まれて撮影会が再開している。


まあ、いいさ。貴重な少年の笑顔だ。ぜひ写真におさめてもらおう。


それにしてもいい笑顔だ。おまえはこんな風に笑うのだな。純粋で、無邪気で、子供らしい笑顔だ。こっちまで幸せな気分になってくる。


 まさか遊園地で長距離走をさせられるとは思わなかったが、来てよかった。そう思えるだけの価値がその笑顔にはあった。



 のどが乾いたな。一休みするか。


カフェの向かいの席で少年は買いなおしたポップコーンをほおばっている。いつもと変わらないようだが、よく見るとほおが少し赤い。


これがルシオンの幸福な顔なのだな。覚えておこう。


    ――――― ――


 なんだろう? 何かが私の心に引っかかった。落ち着いて自分の中に原因を探してみる。


そうだ。今、私の視界を横切った人物に見覚えがある。どれだ? 

見つけた! ロングブーツに革ジャン、そしてサングラス。


フィヨドル・キャニング!! 


ルシオンの失われた記憶につながるただひとりの人物だ。以前、少年を取り戻しに家に押し入ったことがあったが、あれ以来まったく接触して来ていない。


それがなぜ、こんな所にいるのだろう。


 私は・・・キャニングの姿を見て不安を感じている。船長がルシオンを連れ去ろうとするから? 


違う。ルシオンの記憶が戻ることを恐れているのだ。身元が判明したら少年は家族の元に帰ってしまう。一緒にはいられない。


だが、脳裏には夜の公園で見た少年の涙が焼き付いている。手放したくないというのは私のわがままだ。自分に言い聞かせ複雑な想いを振り払うように勢いよく立ち上がった。


ルシオンにはここで待っているよう言い残しキャニングの後を追う。


 この混雑ではひとごみにまぎれこまれたら見失ってしまう。しばらく後を付けて確実に捕らえられるチャンスを待つ必要があった。




 遊園地に閉園の時刻を知らせるアナウンスが流れている。


私はいまだにキャニングを捕えられずあせっていた。やつは休むことなくひとごみの中を歩き続けているため近づけずにいるのだ。


こうなったらチャンスは一度きり。退園ゲートを通る瞬間を狙って捕えるしかない。


 ぞろぞろとゲートに向かうひとの波。その中にキャニングはいる。私はひとの波から抜け出してゲートに先まわりした。ここで待ち伏せだ。


ところが。キャニングは来なかった。ゲートから一瞬たりとも目を離してはいない。にもかかわらずゲートの外へと流れて行ったひとの群れの中にキャニングいなかった。


 見逃してしまったのか? 


いや、それはない。ゲートの出口は回転バー式だ。ひとりずつ出て行くところを見ていたのだ。あんなにはっきりとした特徴のある男に気付かないはずはない。


待ち伏せに気付かれた? 


だとしたら、どこか別の場所から抜け出したのかもしれない。たとえば、従業員専用の出入口とか。


 落胆しながらも、一方では安堵(あんど)している自分がいる。手を抜いたりはしていないんだ。何も後ろめたいことはないさ。


おっと。考え事をしている場合じゃなかった。連れが置き去りだ。



 あわててカフェテラスに戻ってみるとルシオンがいない。キャニングに連れ去られたかとあせったがそうではなかった。少年はテーブルの下ですこやかな寝息をたてていた。


事情を知らない者が見たらどうしてこんな所で?と首をかしげることだろう。


 ルシオンはとにかくよく眠る子だ。いつでもどこでもひまさえあればすぐに寝てしまう。本当にいつでもどこでも(・・・・・・・・)なのだ。


家のドアが開かないと思ったらドアの前で寝ていたり、スーパーマーケットで買い物中にいなくなったと思ったら通路で寝ていたり、なんてことがよくある。


成長期の子供なのだからよく寝るのは自然なことだ。


だが、さすがにこれは度が過ぎている。何か身体的な問題があるのかもしれないと、精密検査を受けさせたが特に異常は見つからなかった。


メルオルは疲れやすい体質なのだろうと言っていた。あるいは仮死状態の後遺症かもしれないとも。



 放し飼いにされている孔雀鳩(くじゃくばと)が数羽、ルシオンの眠りを守るようにテーブルや椅子にとまってのどを鳴らしている。


近づくと役目は終わったとばかりに夕焼け空に向かっていっせいに飛び立った。


激しい羽音に目を覚ました少年は眠たそうにまぶたをこすっている。


「長く待たせてすまなかった。この埋め合わせは必ず あっ!」


 いきなり飛びついてきたルシオンにバランスをくずして転びそうになった。


「危ないじゃないか」


大きな声を出したものの本気で叱ることなどできない。2時間もひとりぼっちだったのだ。ルシオンは私の胸に顔をうずめ抱きついたまま離れようとしない。


「わかったから。おわびに次はおまえの行きたい所に連れて行ってやろう。どこがいい?」


「スイーツバイキング」


少年にはめずらしい即答に苦笑いだ。


 ルシオンは本当に甘いものが好きだ。食事もそれですませそうなくらい。


成長期の子供にそんな食生活はさせられないのでルールを決めている。お菓子は1日2個まで。


でもまあ、好きなものを好きなだけ食べる。たまにはそんな日があってもいいだろう。



 それにしても。フィヨルド・キャニングはこんな所に何をしに来たのだろう。


ルシオンを連れ戻しに来たのなら接触してこないのはおかしい。かといって単に遊びに来ただけのはずもない。


ただ当てもなく園内を歩きまわっているようにしか見えなかった。


一体何のために? 


 色々考えてはみたが結局答えは見つからなかった。このまま記憶の底にうもれてしまうような取るに足りない出来事のひとつにすぎないと、この時の私は思っていた。

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