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【ファラムリッド】
勲章と酒を秤にかけたら、断然後者が重い。
授与されたばかりの勲章はその日の夜には酒に変わっていた。フェンリル隊に勲章なんぞをありがたがる者はいない。そういうことだ。
私たちは行きつけのパブに来ていた。店の名前は“ブルースカイブルー” 店内には飛行艇が1機、丸ごと飾られており、天井にはパラシュートが吊り下げられている。
こういう店だから飛行艇好き=戦闘飛行艇乗りのたまり場になっていた。今夜はバイコーン隊とエインガナ隊も来ている。
今回授かった勲章はミンアマッジ。花言葉が友情というミンアの花がデザインされている。友軍の窮地を救った者に与えられるものだ。
市場に出まわっている数が少ないとかで、思ったより高く売れた。
いつもより多い料理を前にいつもより高い酒をあおっていると、何事かと店内にいた客が集まって来て大宴会になった。常連はみんな顔見知りだ。
「はしゃぎすぎだ」
宴会に加わらずに仲間だけで静かに飲んでいたエインガナ隊のジャンが、たまりかねたように声をあげた。
「なんらよ。すねてんろ? あんたらもおっちに来なよ。しゃけも料理もたんまりあるれ」
すっかり出来上がったジゴロにしてはナイスフォローだ。ところが
「そんな酒が飲めるか」とジャン。
「なんらと・・・・・・」
ジゴロが気色ばむ。雲行きが怪しくなってきたぞ。
「人の手柄を横取りして勲章をもらったのがそんなにうれしいのか」
言ってくれるじゃないか。場の空気が一気に冷めた。
「○×△! □※○×・・・!」
ろれつがまわっていないジゴロに代わってナイトがひと言。
「いいがかりだ」
ジャンの言うこともわからないではないが、あの状況ではああするしかなかったのだ。
先の戦闘で友軍から引き離され敵艦に包囲されてしまった巡洋艦1隻と駆逐艦3隻。脱出の援護を命じられたのはエインガナ隊だった。
そんな時、包囲網の中にあった駆逐艦エルジアナから私に通信が入った。袋だたきにあっているから助けてくれと言うのだ。
艦長のガローネ大佐とは旧知の仲だ。放っておくわけにもいかない。司令部にかけ合って命令を取り付けフェンリル隊は援護の援護に向かった。
エインガナ隊は包囲網のいちばん薄い所に穴を空けようと躍起になっていた。1隻の巡洋艦に的を絞って集中攻撃を浴びせている。
その光景には違和感があった。機銃の掃射だけでも穴だらけになりそうな老朽艦なのに、それほど大きなダメージを受けているようには見えないのだ。
私は直感した。
ザックウィックが乗っている。
絶対障壁には足元にも及ばないものの似たような力で老朽艦を守っているのだ。だからいくら攻撃しても沈められずにいるのだと。
だが、老朽艦に狙いを定めたのは間違いではない。こちらの攻撃を引きつけるためわざと包囲網を薄くしてある。この1隻さえ沈めれば網は破れる。
私はエインガナ隊に老朽艦への攻撃はやめて、旗艦と思しき重巡洋艦を攻撃するよう提案した。フェンリル隊にも同じことを指示して猛攻をかける
「弾薬をケチるな。一気に沈めろ!」
けしかけながら、私のヨルマは弾薬を温存した。考えあってのことだ。
激しい攻撃にさらされて傷だらけになっていく重巡洋艦。浸水しているのだろう。傾き始めた。その時だ。急にこちらの攻撃の破壊力が小さくなったのは。
引っかかった!
ザックウィックは今にも沈みそうな重巡洋艦に力を使っている。
私の予想ではこのザックウィックの能力は高くない。老朽艦と重巡洋艦の両方を守ることはできないはずだ。予想がはずれたら、、、その時はその時だ。
私はレーダーに捕まらないよう海面すれすれを飛んで老朽艦に急接近した。舷側に向けてソドム弾を発射。思った通りだ。今度は大きな穴を空けることができた。
やはり今、ザックウィックの力はこの船にはおよんでいない。
今だ! 一気に攻め込むんだ。またこの船に力を使われる前に。
もう一度海面近くを飛んで、できたばかりの舷側の穴めがけてありったけの弾薬をたたき込む。中で大きな爆発音がして炎が上がった。
この時にはもう、フェンリル隊の他の5機も老朽艦の攻撃に加わっていた。残念ながらエインガナ隊は弾切れのようだ。
こうして包囲網はくずれ、友軍を救い出すことに成功したのだった。
この時の働きが認められてフェンリル隊にミンアマッジが授与されたのだ。
エインガナ隊にしてみれば、後から来た者に栄誉をかすめ取られたのだ。あのままでは、友軍が大きな損害を被ったであろうことはわかっていてもすっきりしないのだろう。
さて困った。感情的な問題だから話し合いで解決とはいかない。酒も入っているし一触即発の危険な状態だ。つかみ合いのケンカになることだけは避けねばならない。
任務に支障をきたすようなけがをされては困るし、店や一般の客にも迷惑がかかる。こんな時は
「ドッグファイトで勝負だな」
もちろん、本当にスカイフィッシュに乗り込んでドッグファイトをしようと言うのではない。ゲームで勝負するのだ。
カウンターと反対の壁際にアーケードゲームが設置されている。そのゲームの名前が“ドッグファイト”なのだ。
壁に大きなスクリーンが張られ、その前にコックピットを模したプレイヤー席がふたつ並んでいる。
まずはジゴロ対ジャンだ。ゲームがスタートするとスクリーン上の2機が動き出す。
スピードをあげ抜きつ抜かれつをくりかえし相手を機銃や機関砲で攻撃する。エンジン音と射撃音はなかなかのリアルさだ。
メロメロに酔っぱらっているジゴロはあっさり惨敗してしまった。
負けた方はペナルティとしてジョッキのビールをかぶることになっている。ジゴロの酔いも少しはさめるだろう。
1ゲーム5回戦で、5ゲーム戦う。先に3ゲーム取った方の勝利となる。人数が足りない時には同じ者が2ゲーム戦うこともある。
続くゲームは、サバイブ、アーチとフェンリル隊が勝って、今はマフィアとエインガナ隊のマリオが交戦中だ。
マフィアが勝てばフェンリル隊の勝利が決まるため応援にも熱が入る。一般客も巻き込んで大騒ぎだ。
そんな所にひょっこりアンがルシオンを連れてやって来た。周囲の騒ぎに負けないよう張り上げるアンの声は甲高い。
「今夜は10時までって約束でしょ。いつまで待っても帰って来ないんだもの。お仕事中かと思ったらこんな所でバカ騒ぎとはね。
どうしてここにいるのがわかったかですって? ここにたどり着くまで大変だったのよ。まずはイケメンの軍医さんに電話して・・・・・・」
そうだった。アンにボディガードの時間延長を頼むのを忘れていた。
「あなたの坊やはお返しするわ。じゃあ、お休み」
こんな所に子供を連れて来られても困る、と文句を言う間もなくアンは帰ってしまった。
「隊長、その子はあの時の・・・・・・」
アーチがルシオンに気付くと他の連中も集まって来た。
「うわさ通りかわいい子っすね」
「サバイブ、酒臭い手でさわるなよ」
「隊長と同棲らんてうらやましすぐる!」
「ジゴロ、言葉は選べ。死にたくなかったらな」
そんなことをしているうちに決着が着いたようだ。マフィアがビールをかぶっているからこれで2対2。次のゲームで勝負が決まる。
「ファイナルラウンドは任せます。坊やに隊長の実力を見せてやってください」
さすが副隊長。気が利く。
「ルシオン、おいで」
私はコックピット型のプレイヤー席に着くとルシオンをひざの上に座らせた。操縦桿を握らせその上に手を添える。準備OK。
ゲームスタート!
相手は1勝をあげているジャンだ。私はルシオンの手を強く握りすぎないように注意してスクリーンのスカイフィッシュを操る。
しばらくは並んで飛んでいたが、不意にジャンの機が急上昇した。速度を殺してこちらの背後に付くつもりなのだ。
左に大きく旋回して後からの攻撃を避け、操縦桿を手前に倒す。上昇しながら後向きにループして今度はこちらが後ろを取る。
ひんぱんに位置を入れ替えながらの空中戦に観客も熱くなっていく。
1回戦を勝利して2回戦に突入。途中から機銃のボタンを押す指に力を入れる必要がなくなり、私の意志に関係なく操縦桿が動き始めた。ルシオンが自分で操縦しているのだ。
おもしろい。
「隊長、なにやってるんですか!」
「ジャン、子供相手に負けんじゃねぇぞ!」
「がんばれ、ちびっ子! そんなやつけ落としちまえ!!」
私が手を放したのを見て観客が騒ぎ出した。
負けるに負けられなくなったジャンは、実戦かと思うほどの集中力で少年の操る機体をたたき落とした。
「かー、大人げねぇ」
「手加減てもんを知らんのかね」
非難の声に「うるせぇや」と口の中でののしるジャンだった。
ルシオンは、悔しがっている。
私のひざに座って前を向いている少年の顔は見えないし、見えたとしてもそんな感情は顔には出ていないだろう。
それでも前のめりになった身体に力が入っていることから察することはできる。できるようになった。
夜の公園での一件以来、私のルシオンを見る目は変わった。この子にだって人並みの感情はある。ただ、それを素直に表に出すことができないだけなんだ。
そうとわかってからは、ちょっとした変化や仕草も見逃さないようにしている。そんなものからでも気持ちは充分に伝わるものだ。
「後ろにつかれたからといって焦る必要はない。ぎりぎりまで引きつけてから振り切るようにしてみろ」
私のアドバイスにしっかり耳を傾けていることからも、勝ちたいという意志は感じ取れる。
3回戦は何とか戦えるようになってきたルシオンだが、あと一歩足りずに負けてしまった。次の4回戦も負けるとフェンリル隊の敗北が確定する。
だが、そんなことよりも、とにかく勝たせたてやりたい。敵機を撃墜したときの快感をこの子にも味わわせてやりたい。
「旋回しろ」
「今だ、撃て!」
今さら手は貸せないが、ルシオンを応援する見物客が指示をくれる。そのかいあってかはじめての一勝をあげることができた。
よし! いいぞ!!
ルシオンは腰を浮かしている。飛び跳ねるほどうれしいと言うことだな。
完全にアウェイになってしまったジャンには焦りが見える。
最終戦はこれまでにない熱戦になった。わずかな時間でコツをつかんだルシオンは本物のスカイフィッシュ乗りと互角に渡り合っている。
見物客が野次を飛ばすのも忘れて見入っているスクリーン上では、少年の機体をジャンの機体が追いまわしながら銃撃しているところだ。
ルシオンが垂直上昇を始めた。上手いぞ。こうなると追いかける方は銃撃どころではない。
垂直上昇にはリスクが伴う。エンジンのパワーが足りないと失速して墜落してしまうのだ。そんなことなど知らないであろう少年はぐんぐん空へと昇って行く。
後を追うジャンはこれ以上は無理と判断したのだろう。水平飛行に戻った。上昇を続ければ勝手に自滅してくれる。撃墜にこだわることはない。正しい判断だ。
ところが、素人のルシオンはまたもやプロなら絶対にやらない(とも言い切れない)行動をとった。なんと、スロットルレバーを下げて出力0にしたのだ!
そして、落下のスピードに乗って加速したところでスロットルを戻しジャンの背後に迫っていく。
ジャンも加速して逃れようとするが、ルシオンの機体はあり得ない速度で急接近していく。
体当たりするつもりか!?
激突する寸前、機関砲の連射を浴びてジャンの機体は砕け散った。大きな歓声が上がり、店が揺れる。
ジャンは呆然としていた。あんなことは現実には不可能だ(とも言い切れない) だが、これはゲームだ。常識を知らない少年だからこそできたことだ。
「誰かさんにそっくりな戦いっぷりでしたね」
ナイトが耳元でささやいた。
「誰のことかな」
うそぶく私の顔はだらしなくにやけていたことだろう。




