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【ファラムリッド】
空は青い、と誰が決めた?
海は青い、は真実か?
私は、空の青さ、海の青さを疑い始めている。
なにしろ、見渡す限りの空と海とは少しも青くなどないのだから。
どこまでも飛んで行けそうな空も、豊かに水をたたえた海も、灰色だ。
どっちを向いても、どこまで行っても、灰色だ。
私は知っている。空と海は確かに青かった。
けれども――――
それがどんな色だったのか思い出せない。
あの日――――
私は色を失った。
私の目に映るすべてのものに色はない。世界は、モノクロだ。
鮮やかな色たちを思い出すことができなくなった私は考える。
空は青い、と誰が決めた?
海は青い、は真実か?
私の愛機ヨルマの前方に黒い雲が立ちこめてきた。機体には放電装置があるとは言え雷雲は避けるのが常識だ。何度も落雷を受ければ墜落する。
だが、戦場はその向こう側。雲の中を突っ切ればすぐそこだ。しかも、雷雲の中にいれば敵のレーダーに捕まらないと言う特典付き。
何を迷うことがある?
「お前たちは迂回して行け」
部下たちに告げるとヨルマは一直線に雷雲へと突っこむ。
雲の中は外とは打って変わって夜のように暗く、稲妻が駆けまわっている。
1発 2発 3発
ヨルマは雷の洗礼を受け続ける。雷雲を抜けるのが先か、ヨルマが墜ちるのが先か。
私としてはどちらでもかまわない。
前方がうっすらと明るくなって来た。抜ける。
雷雲から飛び出した瞬間 目の前に敵編隊!!
よけられないと思った時には機関砲を連射していた。
衝突はまぬかれたものの砕け散った敵機の残骸に突っ込んでしまった。コントロールを失いかけたところを生き残った敵機が狙ってくる。
まずい!
その時、雷雲の中から現れた見方機がヨルマを狙う敵機に機銃掃射を浴びせかけた。不意を突かれ被弾した敵の勇者はあえなく海へと墜ちて行く。
「我らがヨルマは無茶をする」
通信機から聞こえてきた声は副隊長のものだ。私などよりよほど指揮能力に長けていて紳士的な彼のことは“ナイト”と呼んでいる。
「付き合わなくてもいいんだぞ」と言うと
「危なっかしくてほっとけないんです」
ナイトというよりはじいやだな。
そんなやり取りをしているうちに残りの4機も雷雲を突き破って来た。
命知らずなことだ。ひとのことは言えんがな。
私はファラムリッド・ロイエリング。階級は大尉。
フェンリル隊を率いる私のことを、ひとは戦いの女神ヨルマにたとえる。いつの頃からか私の愛機も同じ名で呼ばれるようになっていた。
上空から見下ろすと海中に無数の人工物が沈んでいるのがわかる。艦艇や戦闘飛行艇の残骸だ。見渡す限り鋼鉄の墓標で埋めつくされたこの一体は海の墓場なのだ。
我がアビュースタ軍と宿敵リトギルカ軍の5世紀にも及ぶ戦乱の歴史の落とし子であり、今も広がり続けている。
戦争が終わるその時までどこまでもこの海を侵食していくことだろう。
7650万パーセルにも及ぶ広大なサルガッソは、はからずもおたがいの領域への侵攻を妨げる壁の役割を果たしている。
障害物だらけの海を大型艦が航行することは不可能だからだ。
うかつに乗り入れようものなら身動きが取れなくなってしまう。となると、大火力をあきらめて小型艦にするか、あるいは空から攻めるしかない。
今回のリトギルカ軍が選択したのは後者だった。サルガッソの向こう側に停泊した航空母艦から艦載機を飛ばして来たのだ。
先着したアーヴァンク隊とカルキノス隊は、敵のスカイフィッシュ部隊の相手で手いっぱいだ。そこで我がフェンリル隊に敵空母への攻撃命令が下ったのだ。
空母を守る敵機はすべて墜としたが、味方に当たる心配のなくなった空母が艦砲射撃を始めた。その中をかいくぐってロケット弾を命中させなくてはならない。
敵艦の上空高く舞い上がりエンジンを切って真っ逆さまに落下する。太陽を背にしたヨルマは見えにくい。
空母の攻撃が当たらないことを祈りながらぎりぎりまで接近しソドム弾を投下、エンジン点火、即離脱。
私が落としたソドム弾は砲撃されて上空で爆発した。空母に損害を与えることはないがそれでいい。目くらましには充分だ。
爆炎の中から飛び出して来たスカイフィッシュに敵の迎撃は間に合わない。フェンリルたちに強襲された艦橋は大破。10発のソドム弾が命中し空母は炎に包まれた。
業火に焼かれる金属のきしむ音が悲鳴のように聞こえる。
この船もサルガッソの一部になるのだ。
すべてを飲み込んだ海を見下ろし機首を基地に向ける。今回も我々の圧勝だ。
「隊長。一昨日も言いましたよね。戦闘中にエンジンを切るのはやめてくださいと」
また、ナイトの小言が始まった。
「そうだったかな」
とぼけてみたが心配性の副隊長には通用しない。
「確かに言いました。もし再始動できなかったらどうするんですか」
ナイトの言うことは正しい。度重なる戦闘で消耗の激しい機体に乗っているのだ。エンジンが止まったり、かからなくなったりはめずらしくない。
「そうだな。どうしよう?」
「あなたって人は。自分がいくら言ってもまったく気にしてませんよね! 気にしてませんよね!!」
二度も言わなくても聞こえている。
「悪かった。これからは気に留めておこう」
「本当に、本当でしょうね?」
「ああもう、うるさい! その話は終わりだ」
本当だと言えない私は大人げない態度を取ってしまった。少しばかり気まずい。
「フェンリル隊、みんな生きてるか」
話題を変えようと部下たちに呼びかけると
「オレのリナちゃんが・・・・・・オレのリナちゃんがぁああああああ!!!」
通信機から情けない声が聞こえて来た。自称芸術家のアーチだ。
そうか、リナちゃんが負傷したのか。
と言っても私は血相を変えたりはしない。彼女が痛がることはないからだ。リナはアーチの機体に描かれた絵なのだから。
水着姿の少女6人が機体全体をおおっており、ひとりひとりに名前が付いていた。その内のひとりに傷が付いたと騒いでいるのだ。
「ガタガタうるせぇぞ! 毎度まいど大騒ぎするんならハナっからそんな落書きしなけりゃいいんだ」
いいぞ。マフィアが私の言いたいことを代弁してくれた。
「あんたにだけは言われたくないね」
アーチの言うことももっともではある。マフィアの機体も別の意味で個性的なのだ。
本人は敵の目をくらますためと言うが、青と白の水玉模様はどうしようもなく目立ってしまう。
かっぷくがよくて強面で葉巻が似合いそうな外見はマフィアのボスなのに、頭の中は・・・・・・
残念だ。
ケンカを始めたふたりは放っておいて
「他に損害のある者はいるか」
「ジゴロがまたふられました」
きくんじゃなかった。
「まだふられたと決まったワケじゃねえ!」
ただ今、連続失恋記録更新中のジゴロが怒り心頭の声で怒鳴った。
本人は女にみつがせて楽して生きたいと言っているのだが、なぜかいつも彼の方が本気になってしまい気が付けばみついでいる。あげくふられる。
そんな恋愛ばかりをくりかえしていた。
「待ち合わせの時間はとっくに過ぎてんだろ?」
「くっそー! リットー(リトギルカ人を侮辱する言葉)のせいだ!! やつらがこんな時にやって来なけりゃ、今頃はふたりで愛を語らっていたんだ!」
ご愁傷さま。
「そんなに嘆くな。今日は間に合ったとしてもどうせ1か月ももたねえんだ」
サバイブの声は必至に笑いをこらえている。
「悪いな。2000シリンはいただきだ」
「おい!」
「・・・・・・・・・」
気まずい沈黙が流れた。
「てめえらぁああああ! オレをだしに賭けてやがったな。その2000シリン、オレによこしやがれ!!」
「やめとけ、やめとけ。どうせ女にみついじまうだけだって」
「みついで何が悪い!!」
「おいおい、おまえはジゴロになるんだろ?」
大爆笑の渦が巻き起こった。
「うるせえ! バツ二野郎は黙ってろ」
ジゴロにバツ二とののしられたサバイブも黙ってはいない。
「いっぺんも結婚してないやつよりゃましだ!」
「オレは結婚はしねえ。ジゴロになるんだからな」
「だったらみついでんじゃねぇよ」
・・・・・・不毛な会話だ。とうとう罵詈雑言の応酬になってしまった。同士討ちでも始めそうな剣幕だ。
「どうでもいいが、どいつもこいつもトリガーにだけは手をかけるなよ」
ナイトが釘を刺すが聞こえていることやら。
敵軍にはずば抜けた戦闘力で恐れられているが、友軍の間では荒っぽいならず者の集団として悪評高い。それがフェンリル隊、私が率いるスカイフィッシュ部隊だ。
よくぞこれだけ集まったものだと感心するほどの個性派ぞろいなのにはわけがある。
スカイフィッシュ乗りとして一流の腕を持ちながら周囲と上手くいかず部隊の中で孤立していた。そんなはみ出し者ばかりを集めて結成された部隊なのだ。
ひとくせもふたくせもある者ばかりの寄せ集めが、部隊として体裁を整えることの困難さを想像してもらいたい。
私の前任者達は相当苦労したようだ。1年間に4人も入れ替わっており、中には着任したその日のうちに逃げ出した者までいたらしい。
そんなうわさを聞きつけてフェンリル隊への入隊を志願したのが2年前のこと。
それがまさか、隊長を任されることになるとは夢にも思っていなかった。私はまだ23で若気の至りを絵に描いたような女だったのだ。
司令部は破れかぶれだったとしか思えない。それでも、どういうわけか私の隊長は今も続いている。
この大抜擢が英断だったと言えるかどうかは、私の知ったことではない。
おっと、緊急通信だ。ジゴロには悪いが恋人はあきらめてもらうしかない。
「そこまでだ」
私のひと言で悪口雑言はぴたりと止んだ。
一見まるで統率など取れていないかのように見えるが最低限の規律は守らせている。私としてはそれ以上のことを要求するつもりはない。
強すぎる個性を生かすには自由にやらせておいた方がいい。というのは建前で、実は面倒臭いだけとは口が裂けても言えない。
「レクリエーションは終わりだ。全機私に付いて来い」
「了解!」×5
世間からどんな目で見られようが、誰が何と言おうが、私は部下たちを信じている。適正なしの烙印を押された彼らにとって信頼は勲章よりも価値のあるものなのだ。
そのことを理解するまでに時間はかかったが、今ではしっかり私の信頼に応えてくれている。
フェンリル隊は先を急ぐ。指定された座標を目指して。そこはサルガッソの真っただ中。民間船が敵機に襲われているらしい。
「一番乗りはもらった!」
水着少女の機体が前に飛び出した。
「あっ、こら! 待ちやがれ!!」
水玉模様の機体が追いかける。
「じゃれ合っているなら置いてくぞ」
ヨルマが再び先頭になる。
「一番乗りは私に決まっている」
「隊長」
落ち着きはらったナイトの声。
「なんだ?」
「大人げないですよ」
「ハッハー!」
ヨルマはさらに加速する。




