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あれからニカ様が週一というアホみたいなハイペースで私に会いに来る。
ニカ様は幼少期から俺様殿下の事で、同じ王族として未来に王を支える立場として兄として、と弟の婚約者であった私に優しく声を掛けてくださる方だった。貴族の中での友人作りより地盤固めに忙しかった私にとって、レディロ攻略キャラの中で…いやひょっとしたらこの世界の中で一番仲が良い人だったかもしれない。ニカ様側からしてみれば当然違うだろうけど。
そのせいで、ニカ様にはいまいち攻略キャラという意識だけでなくお世話になった優しい人という印象の方が強い。こと内心で褒めまくるのに関しては他ニカ様ファンからの刷り込みも相当あるが。
でもニカ様の存在はあまりにも私の平民ライフに支障を来しかねない。王族なんだし忙しいんだから、学園からも城からも遠い城下の端っこにある町まではるばる来ないで欲しい。
「あのよく来る銀髪の貴族君、あの子ってフィーちゃんが好きなのかねぇ。フィーちゃん美人さんだしねぇ」
そして勤務先のパン屋の店主ミシェルさんに困った誤解をされかけている。
嫌なフラグが立ちそうだったので、私は早々に誤解を解く事にした。
「違うんです、ニカ様が私に会いに来られたり良くしてくださるのは…私への負い目ですから」
ニカ様は昔から私に優しかったけど、それは前提として私が俺様殿下の婚約者だったからなのだ。そして今も、間接的に弟の婚約破棄のせいで平民になった私への贖罪をしなければという気持ちを一番に、他にも正義感、リリちゃんへの嫌悪感などが彼をこうまで動かしているのだろうと私は推測している。
そこに断じて恋心は無い。むしろあってもらっては困る。ニカ様は性格が俺様じゃなく素敵で好印象なだけで、他の条件は俺様殿下とあまり変わらない。ニカ様ルートに行けば私の幸せ平民ライフは終幕待った無しだ。
「妹のようだった私を心配してくださっているというのもあるとは思いますが…すみません、面白い恋愛話で無くて」
「それは構わないけど…本当にそれだけかねぇ?」
ミシェルさんがにやにやと笑う。私は苦笑した。面白い恋愛話をご期待だろうところ申し訳ないが、この話は本当の本当にそれだけだ。
「お、噂をすりゃ来たね。あたしゃあの子の事好きだよ。お貴族様なのに威張り散らさないし、こっちの迷惑考えて閉店間近に来ちゃあ売れ残り買い占めてくれてフィーちゃんを家まで送ってくれるって、良い所尽くしだからね」
そうなんだよね、あれからニカ様は自分が王族なのは当然明かさず変わり者の貴族として最低限のマナーを守り、ミシェルさんにも他のお客さんにも迷惑を掛けないように立ち回ってくれている。そのせいでもう来ないでくださいと遠回しにも言い辛いんだけど。
パン屋の前に止まった場違いな馬車から降りて来るお馴染みの人を、私は諦めた目で待つしかない。
「失礼する。…すまない、邪魔だったかな?」
ミシェルさんと私にいつもより注目されている空気を察した、王族なのに平民に気遣いの出来る人ニカ様が困ったように窺って来る。
…平民相手にこうも容易く謝れる人なんて貴族の中でも何人居るだろうか。貴族として嘗められてはいけないというのもそりゃあるし皆そうしろなんて思わないけど、身分に関係なく人を気遣ったり非を認められたりする人は個人的に大好きだ。俺様殿下との対比で余計そう思えるというのは当然ある。
「むしろその逆の話をフィーちゃんとしてたとこだよ」
ああミシェルさん、その通りだけど言って欲しくは無かった言葉…!しかもその言い方だとあたかも私もニカ様を歓迎しているように聞こえる…!
「それは光栄だ」
ニカ様の余裕の社交辞令感溢れた反応に、私はほっとした。
せめてニカ様で良かったと考えるべき、かな。これがちょろわんこエヴァン君とか他の攻略対象キャラだったら笑えない事になっていたのは想像に難くない。
…私がレディロを単純にゲームとして楽しんでいたというより、ゲームキャラに本気で恋していたタイプの乙女ゲープレイヤーかつ現実となってもその想いを継続していたとしたら、平民の地位投げ打ってもいいからニカ様辺りと結婚したい!なんて思っていたのかもなぁ…。俺様殿下以外は皆好きだけど、こう萌えとかかわいいなぁ格好いいなぁとか以上には思っていなかったし、現実とゲームはやっぱりちょっと違うよね…。
「じゃ、彼氏のお迎えが来た事だしフィーちゃんはもう上がっていいよ」
「いえ、そんな関係ではありませんし、まだ仕事も終わっていませんし…」
「ちょうど閉店時間だし、残りのパンは貴族のお兄ちゃんが引き取ってくれるらしいし、後は十分ぐらい閉店仕事すりゃいいだけだよ。ほら帰った帰った」
私はにやにや笑っているミシェルさんに半ば追い出される形で店から出された。続いて護衛二人にパンの入った紙袋を持たせたニカ様が出て来る。
王族と、平民の焼いたパン袋を持つ護衛達。なんというミスマッチ。
「どうした?」
「…いえ、そのパンっていつもどうされているのかと思いまして」
「はは、パンは食べるに決まっているだろう」
「ですよね、平民の焼いたパンですから捨てているに決ま……はい?」
はいぃ?なんて言った、この王族?
お金を払ってるとはいえ、金銭力に任せて勿体無い事をしやがってやれやれと呆れる気満々だった私に、なんと仰いました?
「…護衛や使用人に渡しているという事でしょうか?」
「いや、義務として毒味はさせているが私が食べている。私はあの平べったいチーズパンが好きだ」
おい王族ッ!!
私は半ば猫かぶりを忘れ、ちょっとお前等何やってんだよちゃんと止めろよ!という想いをありありと込めてニカ様の護衛達を振り返った。二人は諦め切った呆れ顔で同時に首を振った。
何諦めてんの?!それ職務放棄だよ、大問題だよちょっと…!だいたいお前等、私に週一でニカ様が会いに来るのからして危険極まりないんだから止めろよ!!踏ん張れよ!!
「どうした?フィー」
「…何でもありません。職場の商品をお気に入り頂けたようで嬉しいです」
貴方様がどうしたなんですよ。と言いたいけれどさすがに本人には言えないので、私は猫をかぶり直してふんわり微笑み流した。
「フィーもそのうちパンを作るようになるのか?楽しみだな」
私はにこにこと相槌を打ちながら、ツッコミ待ちとしか思えない発言をスルーするのに尽力した。
ニカ様物凄くキャラぶれしてるけど大丈夫?わんこポジションはエヴァン君のものだし、天然ポジションは俺様殿下が併任しているから、そんなに被せて来なくていいのよ?見た目は王者オーラ持った冷たいイケメンなのに、何でこんなギャップ狙ってるみたいなふわふわちゃんになっていらっしゃるの?ストレスでもあってちょっとおかしくなっています?
私の心配をよそに、ニカ様はパン談義を始めた。この人はどこに向かっているのだろう…。