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ナナちゃんの迎えに来たノラとゼロとナナちゃんを交え数時間に渡りお話し合いをした私は、すっかり疲れ切っていた。話が通じないというのがこんなに疲れる事だとは。
超次元的な思考回路のノラとナナちゃんの二人と話すと、私ではもう付いて行けないのだ。私が何度おかしいと正論を叫んでも意味が無い。当事者両名だけが納得し合っていて、私とゼロは置いてきぼりだった。後なんかさらっとノラから最低なプロポーズもされた気がしたけど、それは気のせいという事にする。
私は頭を振り、終わった話だと思考を乱暴に振り払った。
もう帰ろう。ミシェルさんにも休めと言われたんだし、これ以上疲れる訳にもいかない。
私は自宅へと続く歩き慣れた道へと足を踏み出した。
頭を意識して空っぽにしながら歩いていると、別段変わった事が起こるでもなく家が見えて来た。
あの護衛二人が今日のいつエルに関しての何かに私を巻き込んで来るのかは知らないけど、どうやら今では無いらしい。
と、私は安心し切って家の前まで来た。直後、予想外の視覚情報に固まる。
「え、ええ…?」
反射的に嫌な顔をし引いているような声を出してしまってから、はっとして笑顔を取り繕う。
「あ、いやごめん!今のは染み付いちゃった条件反射ってだけで、本当に嫌な訳では決してなく!むしろ大歓迎!ウェルカム諸君!!」
「誰もんな細かい事気にしてねぇから落ち着け」
呆れた声と共にかなり勢い良くデコピンを喰らい、思わずたたらを踏んで後ろに下がる。痛い。
涙目で絶対赤くなっているおでこをさすりつつその可愛らしい童顔な顔を恨めし気に見ると、悪びれもせず真顔を返された。居た堪れなくなったのでそっと視線を逸らす。
「それで、何で三人が揃って私の家の前に?」
「ただの偶然だな」
「最初にフェリシア姉上に会いに来た俺が一時間程前に着き、留守だったので職場に押し掛けるのも悪いかと思い忠犬のように待っていると、三十分程してからエヴァンさんが来て、話しているとメルヴィンさんがつい五分程前に来ました」
シェドの話に、偶然って凄いと頭の悪い感想を抱く。
しかし約束もしていないのによく私の家の前でこうも都合良く集まったものだ。私がミシェルさんに夜まで働く事を許可されていたら夜まで待つ気だったんだろうか。電波の連絡手段一式が無い世界はこういう所が不便なんだよね。
ちなみにエヴァン君だけは私の家に招いた事が無いはずなんだけど、まあ彼はリリちゃん誘拐事件を起こす前に私の事も影で色々調べただろうから家を知られていても別段不思議は無い。
一先ず立ち話も難なので、シェドとエヴァン君とメルちゃんの三人とその護衛六人を家に招き入れた。護衛数のせいで私含めて十人の大人数だ。
結果、私の家は立っている状態でも三歩歩けば誰かにぶつかるような人口密度へと陥った。護衛達は進んでさっと壁に張り付くように空間を開けるような位置どりをしてくれ、それは大変有り難い事なのだけど、そのせいで壁一面に護衛が居るちょっと気持ち悪い家になってしまう。
「そういえば私の家、椅子二つしか無いんだったな…」
見回さなくてもほぼ把握出来るバストイレ付きとはいえワンルームな間取りの我が家の内装に、自分は畳んだ布団の上にでも座るとして護衛を抜いた後一人はどうするかと考える。布団をじっと見て固まっている私に、シェドが袖を引いた。
「俺はフェリシア姉上の隣でいいですよ。姉弟ですし。ねっ」
屈んだシェドが私の顔を覗き込み甘えるように笑いかける。久しぶりにシェドのプレイボーイなあざとい一面を目の当たりにした。これは調子が戻って来たみたいで何よりだと私は喜ぶべき場面なんだろうか。
でもシェドの行動はさておき、提案は空気を読めているもので非常に有り難い。この中の誰を立たせる訳にも行かないし、良い落とし所だ。
「義理の、しかも元姉弟が同じ布団の上はどうかと思うんだけど」
「そもそもこの家の家具が足りてねぇのが悪ぃんだよ。次来る時は椅子四脚ぐらい持って来るか?」
エヴァン君の常識的な発言はともかくとして、メルちゃんは私の家を貴族の溜まり場とする気なんだろうか。やめて、椅子を六脚も置いたら私の家の半分が椅子に支配されるから。私の家なのか椅子の家なのかわからなくなるから。貴族の家の広さの感覚で話さないで。
「それなら犬小屋を脱却する為にまず増築した方が良いと思いますよ」
シェドまで加わり、ナチュラルに人の家を罵倒しながらさらに話を大きくされる。
確かに私は、貴族の家の広さの感覚で話をするなとは思った。だけどそれは、そもそもの広さを変える事を求めていた訳では決してない。貴族基準に我が家を合わせていかないで頂きたい。
「私はこの平民らしい平民然とした平民感溢れる平民の家が気に入っているので、ご理解頂ける心の広いお貴族様以外は今すぐ玄関から出て行け」
皆すっと席に着いた。だけどその表情は三種三様で、メルちゃんは仕方ないと言わんばかりの憮然とした表情だったし、エヴァン君はしょんぼりした叱られた犬みたいな表情だったし、隣のシェドは何故かとても笑顔だった。
他二人はわかるとしてお前どうしたとシェドに動揺しかけた私は、そういえばシェドは自分を見てもらえるからと私に怒られる事を幸せとする、私が可哀想にしてしまった価値観の持ち主である事を思い出す。
私は慌てて、怒ってない時でもちゃんとシェドの事見てるよ好きだよかわいい弟だよとアピールするように頭を撫でた。シェドは幸せそうにしている。
「フェリシアさん。今日は俺、貴女にお話があって来たんです」
突如和やかな仲良しこよしの空気を壊すようにエヴァン君の真面目な発言が狭い家の中に響いた。私はシェドに気を取られていた意識をエヴァン君に向ける。
エヴァン君は暗い表情で椅子から立ち上がった。その緊迫した様子に気圧された私も、流されるように立ち上がり向かい合う。
「俺の勘違いによる愚行のせいでフェリシアさんにご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」
勢い良く頭を下げたエヴァン君の勢いに、思わず後退りそうになった。その場で立ち上がっただけなので私のすぐ後ろには畳んだ布団がある為、それは叶わないのだけど。
まあしかし、この謝罪をされる事自体は私も想定済みだ。例え動機が私自身の罪悪感払拭の為だったとしても、私がエヴァン君を助ければ逆にエヴァン君が罪悪感に駆られてしまう事は想像に易い。何なら私とエヴァン君は罪悪感を押し付けあったとも言える。
かと言って、もう表向きな問題は無くなったんだからエヴァン君のその心の問題はゆっくり時間を掛けて勝手に解決して頂きたい。なんせ、あの事件は私の嘘が発端とはいえエヴァン君の手段が過激だったせいであんな大事になってしまったものでもあるんだから。
「俺の想い自体が、フェリシアさんにはご迷惑なのだと思います。それに、俺がフェリシアさんの側に居続けるとまた勝手に暴走して貴女を煩わせてしまう未来が容易く想像できます」
深々と頭を下げたまま話すエヴァン君の言葉を、私は確かに真っ向から否定する事は出来ない。
だけど、うーん……なんとなく雲行きが怪しいような。
「ですから、俺は今日をもって貴女に会いに来る事をやめ貴女への想いも捨てます」
エヴァン君の顔は見えないけれど、その震えた声音といつもより小さく見える身体は悲痛の一言に尽きた。ああ、へー。そうか。そう来たか。
私はそんな彼の姿に一つ大きなため息を吐いた。
「……君はまた、私の為か」
あえて責めるように低い声で言った。頭を下げたままのエヴァン君の肩がびくりと跳ねる。
エヴァン君は、面倒臭いぐらい必要以上に自分を卑下する。私も最初は自分も悪いからと慰めたりだとか比べるように自分を卑下したりだとかしていたけど、今冷静に見るとそんな弱々しい対応じゃこの変に頑固な自己犠牲わんこは救われない気がするのだ。
「好きな事をやめますって言ったらやめられるなら誰も苦労しないでしょ」
やめようとしてやめられるなら、リリちゃんはあんなに苦しんでいない。ついでに私もまだニカ様を好きだ。さっさと忘れられる程度の気持ちで好きになったんじゃないんだから仕方ない。
それでもまあ、好きという気持ちは本人から遠ざかり他の仕事や趣味や遊びやはたまた新たな恋なんかを忙しく熟していたらゆっくりと忘れて行く事は出来るだろう。でも、エヴァン君の場合は放っておくとそれこそ変な方向に暴走しそうな気がしてならない。
「頭を上げろ!あのね、言わせてもらうけど、エヴァン君が私の為にするそういう自己犠牲が私は何よりもいっっっち番!気になるの!!」
私はエヴァン君の肩を掴み押して半ば無理やり上げさせ、その眉を下げた情けない顔をキッと睨みつける。
「私を好きなら好きでいいよ!エヴァン君から身を引かなくても、私は貴族と結婚してまた貴族に戻る気なんて更々無いし振り向いてはあげないって強い意志があるの!つまり私は何も困らない!だから、もう君は正面から来い!素直なわんこタイプのくせに影からどうにかしようとするから事態がややこしくなるの!むしろ私から離れるんじゃなくて私の目が届く範囲に居て!」
私はいっそ開き直るように偉そうに踏ん反り返りながら言い放った。そして勢いそのままにエヴァン君に向け手を差し出す。
「私も誤魔化したり嘘吐くのやめるから、友達になろう!」
ごり押しである。エヴァン君はこれぐらい無理やり引っ張ってあげた方がいい気がした。正直、私のこの言動にシェドはまだしもメルちゃんに引かれていないか不安だけど、今はエヴァン君に集中するしかない。
私のやっている事が正しいかなんてわからない。知らない。本当はエヴァン君は自己犠牲の下に私から離れた方が幸せな人生を送れるのかもしれない。だけどそんなの私にもきっと誰にも絶対の判断なんてつけられないんだから、私は私のやりたいようにする。
だけど、ここまでやってもエヴァン君は私と視線を合わせず情けない顔をしている。
「……けど俺は、フェリシアさんにご迷惑を、」
「元々私の嘘のせいだし、君はそれについて謝りました。はい不問」
「……俺、フェリシアさんの事を好き過ぎると思います。重いし、面倒だし、やめておいた方が、」
「気持ちはありがとう。ごめんなさい。で、君がどれだけ私を好きだとしても君の性格的に私は困りません。しいて言うなら思い詰めたらちゃんと私に相談して。一緒に悩んで一緒に答え見つけよう」
マイナス思考な発言に、被せるように否定して行く。
私は思考の片隅で、これだけぐいぐい来る女をまだ好きと言えるエヴァン君凄いな、私はもっと慎ましく可愛らしい女の子がいいわと自分に対して酷評を述べた。
まあ同時に、これぐらい気が強くなければ私は今の生活出来てないんだから仕方ないだろうと開き直っているんだけど。
私は駄目押しで、これ見よがしにエヴァン君へと差し出している手を上から下にブンと振る。
「ほら、手握って」
「……荘厳たるご慈悲、ありがとうございます」
エヴァン君は涙ぐみ、その場で跪くと私の差し出した手にそっと口付けた。
違う。エヴァン君、私は友情の握手を求めて手を差し出したのであって、こんな主従関係の誓いの儀式をしたかったんじゃない。
えー、あれ?だけど一応私の言葉に了承した証でもあるんだろうから、いい、ん、だろうか?……よ、よしとしよう。
「俺のフェリシア姉上が格好良い……」
「この状況でそこに着目出来るお前も凄ぇな。いつか姉離れちゃんと出来るんだかな」
「する気無いのでいいんです」
「あ、そう」
シェドのずれた言葉とメルちゃんの呆れた声を聞いた私は、シェドと負けず劣らずずれているエヴァン君から逃げるように思考を逸らし、メルちゃんの方を見た。
「ところで、メルちゃんは何しに来たの?エヴァン君とシェドは死刑を厳重注意まで減刑させた私へのお礼かなーって想像出来たけど、メルちゃんだけ理由無くない?」
「まあな」
「……え?本当に無いの?わ、私に会いたくて来ちゃったって事?!大親友の!私に!!」
「あー、調子乗ってる。お気楽思考。うざ」
目を輝かせ喜ぶ私に、メルちゃんは心底鬱陶しそうに顔を歪めた。傷ついた。
「メルヴィンさんは俺とエヴァンさんがフェリシア姉上に会いに来ると思ったから来たんだと思うよ。お人好しだよね」
肩を竦めて言うシェドを、メルちゃんは非難するようなジト目で見る。この否定はしないけど不快そうな反応を見るに、シェドの言葉は言われたくなかったんだろうけど事実だと思われる。
だけど私にはちょっと話がわかっていない。
「何でシェドとエヴァン君が来るとメルちゃんも来るの?メルちゃんもあの場に居たんだから罪人どうこうで二人の事危険視しているわけじゃないでしょ?」
「いや危険視してると思うけど」
「そうだよな。俺もシェドも、大概……性癖が」
話に加わって来たエヴァン君が歯切れ悪く答えたその理由に、私は瞬きを繰り返した。
「……ん?性癖?暴力的な話じゃなくて?」
「俺はそれ含んでもいいけど」
「え?暴力を含んだ、性癖?」
「俺もフェリシアさんがお望みでしたら甘んじて受け入れます」
「もしかして私が無差別に人に対して暴力振るいたいって話にすり替わってる?望んでないよ?」
「そうでしたか」
「そうでしたよ」
いつの間にか変な方向に話が逸れていたけど、再度メルちゃんが危険視するこの二人の危ない性癖とやらが何なのかと聞こうと口を開く。
だけど言葉を発する前に、先にメルちゃんが私に話し掛けてきた。
「おいフィー、腹減ったんだけど。パン食うぞ。どうせ持ってんだろ」
「そんな人をいついかなる時でもパンを持ち歩いている奇人みたいに……持ってるけどね!四人分余裕ってぐらい買い込んできたけどね!!」
私は颯爽とバッグの中からパンを取り出し、三人に配った。我が家の冷蔵庫は今日もただ電力を消費するだけの置き物である。いや中の食べ物腐らせたら勿体無いから明日はちゃんと料理するけどね。今日は平民祝いで好きなだけパン食べる予定だったってだけだから!
ところでさっきのは、明らかにメルちゃんが私に話を聞かせないようにする為わかりやすく話を逸らしたんだろう。とはいえ私はメルちゃんをとびきり信頼しているし、彼は私に不利になるような話なら隠さないはずなので、私は大人しく流されてあげようと思う。性癖っていったら猥談になりそうだしね。意外とメルちゃんは潔癖なのかもしれない。
「って、待って!メルちゃん、今初めて私の事あんたじゃなくフィーって呼ばなかった?!ねぇ?!」
「黙って食え」
嬉々として詰め寄った私に、メルちゃんは持っていたパンを無理やり私の口に放り込み塞ぐという、パンを使った運命改変の初級技を使って来た。
これをされると私もなす術がない。私は、だけどちゃんと聞いたもんね!と機嫌よくパンを貪った。ああ、やっぱりミシェルさんのパンは世界一美味しい!




