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王室を出て数分ぼろぼろ泣いて、やっと私はこれからあの町に帰る事が出来るのだと実感した。

護衛達は此処に残るだろうし、送り届けてくれる馬車は無い。でもそれでいい。この世界で平民は滅多に馬車には乗らないんだから。

私は家を勘当されたあの日みたいにまた歩いて町まで行く事にした。あの日みたいに早朝じゃないけど、夕暮れの中を行くのも悪くない。歩き疲れて辿り着いた家での平民の質素な布団で取る睡眠は、きっと素晴らしいものなはずだ。

涙を拭って、よし帰ろうと廊下を見据えたそのずっと先に、私はニカ様を見つけた。


気づいた途端、頭で判断するより先にニカ様の所まで走り出していた。息を整えてからその顔を見上げた私を、ニカ様は黙って待ってくれていた。その顔を見上げて、ああ好きだなと自然と思う。

私は感情のままに素直に笑って口を開いた。


「私、平民ですよ」


運命に勝ってやったんだと、言葉にするとまた嬉しくて泣きそうになった。

だけどニカ様からしてみるとこの結果はどうなんだろう、と不安に思うより早くニカ様は私に微笑み返す。


「そうか、ではまた会いに行こう」


どちらともなく笑い声が漏れた。

ニカ様が手を軽く上に掲げる。私は一瞬意味がわからず、だけどわかったらまたおかしくて笑ってしまった。そんな事、ニカ様からしてくれるとは。


私とニカ様は無言で平民らしくハイタッチを交わすと、それ以上はお互い何も言わず逆の方向に歩き出した。

その後は誰にも止められる事なく、私は真っ直ぐ王宮から外に出る。

一度深呼吸して美味しい外の空気を堪能してから、また私は町へと向けて歩き出した。帰る頃には夜中だろうかなんて思いながら。



胸はぽかぽかと暖かいものの、前みたいにハイテンションになってスキップしたくなりはしないなと思いながらしばらく歩いた。

まだ私に残っている問題といえば、やっぱり真っ先に浮かぶのはエルの事だ。

結局終わってみれば、エルのあれこれは全部偶然で一切私には関わっていなかったという事なんだろうか?まるでゲームが伏線回収しないで終わるんじゃなくて、雑で適当な伏線の回収の仕方をされた感じだ。伏線が一切回収されないんだったら、むしろ現実では知れずに終わる事はよくあるって諦めつけられたんだけど…何だかなぁ。

偶々私が変なタイミングでノラに気になる人物は居ないかと聞いてしまったせいで、エルの名前が浮上した。エルが十六年前赤子に予言したのも、奇跡的偶然だったんだろう。しかも全然関係無いのに私がエルを気にしすぎたせいで、偶然にもエルと関係があったニカ様の護衛達に無駄に怪しまれたりしたと。

偶然。偶然。全部偶然。…納得行かなくても現実で実際にそうなんだから無理やり納得するしか無いのか。


せっかく晴れ晴れしい気持ちだったのにまた心をもやもやさせてしまっていた私は、ふと後ろから高速に何かが近づいて来るような音が聞こえるのに気づいた。言葉で表すならドドドドドドド、だ。何事かと振り返る。


「はい、この競争私の勝ちですね」

「くっそ!後半歩、半歩の差だったのに!ぐやじいぃ!!」


振り返った瞬間に私を通り抜けて私の前で僅かに息を切らしているそいつらに、私は今の速度が本当に人間が走っていたもので、さっきの音は本当に足音だったのかと半信半疑の目を向ける。


「よう、フィーちゃん。また会ったな」

「またという程時間経って無いんだけど…というか、あなた達の仕事護衛でしょう?何で私の事追って来たの?」


ニカ様の護衛であり陛下に雇われている二人には、今私を追ってくる理由なんてないはずだ。

私の言葉に、無駄に爽やかに手を上げていたタメ口の護衛がよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張った。


「パンパカパーン!実は俺等、オシゴトを今日付けで辞めて来ちゃいましたー!」

「という訳でこれからは我々もあの町で暮らす事になりましたので、もうすぐ日も落ちますしついでにフィーさんを家まで送り届けようと急いで追い掛けて来た次第です」

「へー……はぁ、うん?!」


こいつ等は何を言っているんだと見返すが、どうにも二人に嘘を吐いている様子は無い。嘘だろ?ニカ様の護衛をするような、護衛の中でも相当位が高いだろう職務の奴等が、あっさり仕事辞めてあの町で暮らす?


「え、やめてやめて。怖い。何それエル様がどうとか?もうめでたしめでたしでいいじゃん!私にこれ以上、駆け引きとか探り合いとかさせないでよ、やだー!!」

「なんだこいつ、急にガキっぽくなってね?幼児返り?」

「緊張の糸が切れたところの不意打ちにより本音が出ているのでは?思えばまだ十六歳ですし、幼少期に大人びていた子程人に甘えずに生きて来てしまったせいで反動が来るものなのかもしれません」


それっぽく冷静に分析され好き勝手言われている。確かに私は、前世では両親にほぼ無視されて兄から身を守るために必死に大人っぽく振る舞い、今世でも完璧令嬢レディローズとして子どもっぽく生きては来なかったけど。

というか仕事辞めたならこいつ等の呼び方どうしよう。今まで護衛護衛言って来たのに。まあいっか、今更変えなくても。


「ま、お前を送り届ける事で借りを作る意図がねぇかっつったらあるけど」

「あるの?!やだ!一人で帰る!!」

「はーいダメダメ逃げられまっせーん。つーか既にお前、王様との話し合いの件でどうせ俺等に借りあるから。俺等が隣に居たお陰でスムーズに平民になれてよかったよなぁ?」


タメ口の護衛に無駄な反射神経の良さで服の襟首を掴まれ、敢え無く逃走を阻止された。

しかしタメ口の護衛の言葉はその通りだ。陛下御自身が護衛達の目も裁決の理由の一つだと言っていた。暴れるのをやめて手を離してもらった私は、肉食動物に立ち向かう草食動物のような気持ちで僅かな抵抗の為に護衛達を睨みつけた。

エルの事でもやもやはしていたけど、私はこれ以上大変な戦いをしたい訳では決して無い。そんな事をするぐらいならエルの事なんて何も知らずに終わる方がましだった。


「わ、私に借りを作って何をさせようと…?」

「大丈夫ですよ。貴女がすべき事は秘密厳守のみですから」

「あと緩和材」

「ですね。我々にしてみればそれが最も重要です」


意味がわからない。

秘密厳守?…は、前にもタメ口の護衛が言っていたな。エル様の事は一切誰にも口外するなとかなんとか。その話だろうか。

しかし緩和材というのが全く理解不能だ。私は何を緩和する事を要求されているのか。

私の様子を見ていた護衛二人が顔を見合わせる。


「お前ってさ、マジで全くエル様の正体が誰かわかってねぇんだな。俺結構感づいてるのかと思って最初脅しちゃったわー。あん時はごめんなぁ」

「御本人から教えられていてもおかしくありませんでしたしね。まあですが、相棒、あなたは早とちりを直してください」

「直らねぇもん。お前のくそ慎重さと足して二で割ってちょうどいいんだよ」

「そっちの世界入らないでください。で、誰なんですかエルは」


少し苛立ちながら問うと、護衛二人はまたも顔を見合わせた。


「さぁねぇ?…ま、どうせフィーちゃんは明日にでも知る事になるんだから楽しみに待っとけよ」

「そうですよ。フィーさんは明日緩和材の役割をきっちりこなす事だけに集中して頂ければ問題ありません」

「だから、私にはその緩和材とやらの意味もわかってないんですけど!」

「明日わかるぜ」

「明日わかりますよ」


エルの正体がわかってすっきり出来そうなのはいいとして、明日が来るのが怖い。いっそこれは知らない方が平穏に過ごせるものな気がする。


「あ、言い忘れてた。平民維持おめでとー」

「並びに運命改変おめでとうございます。実にご立派な勇姿でした」

「……どーも」


あの話の後じゃ素直にお礼を言えないけど、たぶんそこについてはこの二人も心から祝ってくれているんだろう気持ちは感じた。

あーまったく、こいつ等もあの町に住むならもしかして私とは長い付き合いになってしまうのかもしれない。悪人には見えないんだけど、未来の私がストレスで胃を痛めているのが容易く想像出来てしまう。


「ねぇ、一つだけ答えてよ。エルってさ、悪人?」

「「まさか」」


同時にまったく同じ台詞で答えた二人に私は、ならもう明日まで考えなくていいかと楽観視して歩き出した。

今日の私はこれ以上難しい事に頭を悩まされず泥のように眠るんだ。

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[一言] 主人公に魅力が欠片も見えない ここまでで限界でした
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