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さあ、陛下は私の話を聞いてなんと言うだろう。目を閉じ、やけくそ混じりで考える。

まるで何も聞いていなかったような顔をしながら、国の為に働くならシェドとエヴァン君を死刑にはしないなんて私の話をなぞっただけの提案を口にするんだろうか。

それとも当たり前に肯定して悪びれもせずに私に傀儡になるよう命じるんだろうか。

はたまたここまで言っても尚、偽善者の顔で私の話を否定するんだろうか。……いくら相手が陛下と言えども簡単に見破れるだろうから、そんな事をされた暁には嘘吐きと真っ向から罵ってやるけど。


私は、シェドとエヴァン君の事は自分が招いた種だから減刑してくれという方向では悪足掻きをしなかった。

だってそれを言っても、直接犯罪を行ったのは彼等の意思と言われてしまえば話が終わる。そもそも陛下はそんな事とうに知っているかもしれない。知らなかったとしても、私は余計な弱みを見せて陛下に付け入る隙を与えるより、もうこれ以上は悪足掻きも何もせず誰かに迷惑を掛ける事が無いように陛下の傀儡として生きて行くべきだと考えている。

誰にも迷惑を掛けたくないなら、友達は居ない方がいい。私が陛下に従うのはシェドとエヴァン君の命との引き換えだ。彼等を殺させない為に、私がこれから自分がどう生きて行き、生きさせられるのかはわからない。皆を巻き込みたくない。


ニカ様の結婚を私が受けていれば、私は気持ち良く陛下に下る事が出来て、陛下も私にこんな反感を抱かれず良い主従関係となれただろう。

この結果ーー運命に逆らえず結局何も変えられなかった負け犬の私を目にしたニカ様はなんて思うんだろう。期待外れだったと失望するのか。はたまたよく頑張ったと慰めてくれるんだろうか。

ニカ様はいつか陛下に、お前でもいいと言われたと言っていた。あれは、私を縛り付ける為の結婚相手という意味だったのかもしれない。きっとニカ様は陛下から全てを聞いていたわけじゃない。だけど、あの屋敷に着いた頃には陛下の考えを察したんだろう。ニカ様のあのタイミングでの私へのプロポーズは、ニカ様にとっても一番の幸せになれる、だけど陛下に初めから用意されていたレールだったんだろうなと思う。


それにしても、陛下からの反応が無い。

つらつらと考えてしまったけど、どうせこれ以上何がわかったって無駄になるだけなんだから早く引導を渡して欲しい。

私は目を開けて、陛下を見た。それと陛下が口を開いたのは同時だった。



「完敗だ」


たった一言そう言った陛下を、私はただ訝し気に見た。何を言っているんだろう。乾杯?全部思い通りにいったこの状況と自分の采配にか?まさか、完敗だなんて事は無いだろう。私は何一つ、この方に勝てなかった。

黙って陛下を見ている私に、陛下は優し気な顔で子どもに説明するようにゆっくりと言葉を続ける。


「わからぬか?君が全てを察した時点で、この勝負は君の勝ちなんだよ」


……?

私は訳がわからず、いっそからかっているのかと尚黙って陛下を見つめ続けた。

だって、私が全てを察したところで陛下の勝ちは揺るがない。私はシェドとエヴァン君という言うなれば人質を取られているような立場だ。見捨てられないのに力も無い私には、陛下に逆らう術が無い。


「君に悪感情を抱かせながら手元に置くのでは、いつ裏切られて国の弱点になるかわからぬからなぁ」


のほほんと、まるで庭に咲いた花の話でもしているような気軽さで話す陛下に、私はただただ困惑していた。

陛下なら、そんな些細な事どうとでも出来るだろう。私の事もきっと、一番有効に作用するように上手く使える。


「陛下、私をからかっていますか?」


真顔で言葉に感情を乗せず聞いた私に、陛下は困ったような顔をする。


「いやいや、王に悪感情を抱く臣が居るというのはこれがどうして馬鹿に出来ぬ話なんだ。重要な場面、重大な仕事程、これだというタイミングで嬉々として裏切る。一人居るだけで満足に眠れもしない。私は睡眠が大好きでなぁ」


それっぽい理由付けだ。らしく言い訳しているとしか思えない。

だって、ただ私が真相を知っただけで諦める程度の気持ちなら何でそもそもこんな裏から手を回すような真似をしたのかって話だ。

猜疑心が一向に消えない一方で、ふと頭に記憶の波が過る。昔陛下にお昼寝に誘われて、戸惑いながらも一緒に寝たら後で陛下が大臣に怒られていて、二人で顔を見合わせて笑ったという思い出。懐かしくて、優しくて、だけど今思い出すにはどうでもいい思い出。


「いっそ私が嫌われるのも殺されるのも構わぬのだが、国まで嫌われては堪らぬ。…フィーの願いはエヴァン・ダグラスとシェド・スワローズの減刑だったな。そもそも君が言った通り、私も未然に防げた罪を己の判断でわざと防がなかったからなぁ。さてどうするか」


話の流れに全く納得出来ていない私を置いて、陛下の話は進んで行く。

何がどうなっているのかと、味方でもないのに助けを求めるように両隣の護衛を交互に見る。護衛達は無表情に真面目な顔と姿勢を崩さず、ただ与えられた仕事を忠実に熟しているだけのようだった。


「ねぇ、ちょっと。何これ。もしかしてここに来てエルが絡んで来てたり?」


小声でどちらかと言うと話し掛けやすいタメ口の護衛の方に問い詰めるように聞くと、敬語の護衛の方が身じろぐ気配があったのでそっちを見る。


「我等がエル様はこんな泥臭い人間関係に関わられる事を嫌う神聖なるお方です。貴女の誤認をエル様のせいにするのはおやめください」


エルはやっぱり関係ないらしい。

というか、私の誤認?この後に及んで私はまだ何か勘違いを起こしているというのか?敬語の護衛の目には、今の展開がなるべくしてなったものに映っていると…?


「ああそうだ、フィーが国に大事が起こった際少し手助けをするというのが交換条件でどうだ?減刑の内容は、厳重注意の無罪だ」


陛下が優しく笑う。つまりそれは、私は平民のままで生きてもいいというお許しだ。

あまりにも私に都合良く話が進み過ぎている。喜ぶべき内容のはずなのに警戒が解けず、むしろさっきまでのまだ陛下の真意がわかっていると思えていた時よりも恐怖を覚える。


「なんかどっかで聞いたような会話だなー、これ」

「ニコラス様よりセス様を次代の王にしようとする気持ちもわかりますね。王にしては甘過ぎるんですよ」

「結局それでエル様も王様の事は好きだって言ってんだから、いいんじゃねぇの?」

「はい、結果的に全て上手く行っていますからね。それに殺伐とした国よりずっと良いです。血はあまり好きではありませんから」

「昔と比べて丸くなったよなぁ、お前」

「お互い様ですよ」


私を挟んで小声で交わされる護衛二人の会話はその真面目な仕事モードの顔に似合わず、自室で寝転がりながら話しているような気の抜け切ったものだった。


「あの、もしかしてさ……」


私は二人に向けて話す。

何で陛下がいきなりこんなに甘い事を言い出したのかは、まだ私には皆目見当がつかない。けど。


「私、もう必死に考えなくていい?これって本当に、私はこれからも平民として生きられるって事?幸せに、なれるの…?」


私は、陛下の真意はわからない。だけど今の話を受けて、それを陛下が守ってくださるなら、そこにもしどんな裏があったとしても私が想定した未来よりずっと幸せになれる気がする。

だって私の一番の望みは叶うんだから。


護衛達からの返事は無い。不安になって両隣を見ると、二人の無表情は崩れて……なぜか笑っていた。

この二人が素直に声を出して笑っているところなんて初めて見た私は、ぽかんとする。今の私より十は年上に見える二人だけど、そうやって笑っている顔だけ見ると思っていたよりも子どもっぽいとどうでもいい感想を抱く。


「そうか、理由がそれだけでは納得出来ぬか」


途方に暮れるばかりでさっきから陛下に向き直れず横ばかり見ている私に、陛下は怒るでもなくただ困ったように話を続ける。


「フィーを手に入れるには、そこの二人の目も恐ろしいのだよ。私はまだ死にたくないのでね」


陛下の呆れたような言葉を聞いて目を白黒させながらまた両隣を見ると、さっきまで笑っていたのが私の目の錯覚だったかのように二人は無表情に戻っていた。


「何を仰います、国王陛下。我々は貴方がレディローズに何をしようが関与致しませんよ?」

「そーそー、俺等のレディローズへの好感度なんて路端で襲われてたら助けてやるか程度だし?」

「ふむ。気のせいか、随分と前にも同じような台詞を聞いた気がするな?結局その後、お前らは確かそう言った相手を命懸けで守ったんだったか?」


直感的に、エルの話だと思った。

そういえばさっきタメ口の護衛もどこかで聞いた話だと言っていた。それもエルの事だったんだろうか?


「そんな事あったっけ?気のせいじゃねぇの?」

「ええ、気のせいですよ。間違いありません」

「はは、そうかそうか」


陛下に大人の笑みを返される護衛達も大人のはずなのに、好きな子を好きと保護者の前では認めたくないような子供にしか見えなかった。

それを微笑ましく思う片隅で、私も前は陛下と親子みたいだったのにな、と少しの嫉妬が胸を焦がす。

ああでも、つまり私が平民として生きて行けるのは護衛達の無言の訴えがあったお陰でもあるという事なんだろう。エル程ではなくても、私は彼等に好かれていたのか。最初タメ口の護衛と話した時はとにかく殺気立たれていたはずだし、特に好かれる事をした覚えも無いのにいつの間にどうしてそうなったんだろう。


「つーか王様、もう時間ねぇぞ。この時間はあんたの予定無理やりこじ開けて作ってんだからな」

「最後にレディローズに言いたい事があるなら今ですよ。どうせ貴方の事ですから本当に大事が無い限りは呼ばないのでしょう?」

「キャボットの家系は皆素直じゃねぇんだよなぁ。ニコラス様にしてもさー、もっと早く告れただろ」

「しっ。王様とレディローズ以外聞いていないとはいえ、一応王家の悪口はいけませんよ。体裁は取り繕いなさい」

「へーい、心の中だけにしておきまーす」


まるで此処が実家のような気の抜き方をしている護衛二人に呆れる。こいつ等は何でここまで言って許されているんだろう。それだけ強いから?それとも陛下は彼等に何か弱みを握られているんだろうか。

陛下は言いたい放題な護衛達に苦笑するだけすると、私を見て少し思案するように黙ってから口を開いた。


「時にフィー、君は自分の一番優れているものを何だと考える?」


突拍子もない質問に、私はだけどすぐに答えが出た。そんなのわかりきっている。

だけど今までそのせいで被った弊害の数々を思い出し、歯切れよく即答する事は出来ずほんの僅か口ごもった。


「……演技力です」

「成る程、確かにそれは君の天才的に優れた特技の一つだ」


それはまるで別の答えが正解だと言わんばかりの言葉だった。私は他に私にそんなに秀でたものなんてあっただろうかと考えようとしたけど、全く思い浮かばない。

陛下を見ると、優しく優しく微笑んでいた。胸が痛くなるような優しい目だった。


「だが、私は君の一番は人を惹きつけるその人格にあると考えている」


まさかの答えに、その言葉を私が受け止めるより早く、頭の中にたくさんの人の顔が浮かんだ。

――皆、私の味方をしてくれた。私に色んな事を教えてくれた。私の背中を押してくれた。彼等が居なければ、私は此処に立てていない。平民を、勝ち取れてもいない。

もしかして、私が思っているより皆も私の事を好きで居てくれていたのかもしれない。

私の一番優れているところは、嘘を固めて偽りを信じ込ませられるところじゃなくて、人に好かれて本物の気持ちを向けてもらえるところ。

そう思うと嬉しくて、自然と言葉を受け止められた。



「幸せになりなさい」


そう微笑んだ陛下の顔は、確かに昔幼い頃から私が見て来た優しく思いやりに満ちたものと同じだった。

言葉の意味を深読みするのなら、全て知っている私を手中に取り込み国に悪感情を抱かせながら仕事させる事は、心から国を想う陛下にとってはあまりいい手段とは言えなかったんだろう。私に人望があると言うのなら、私の周りは確かに国の次代を担う主要人物だらけだ。謀反を起こされると面倒。不安に思うのも仕方ない。


だけど…だけれど……。


私は涙が零れ落ちそうになって、無作法にも慌てて王室から出るべく陛下に背を向け扉に駆け出した。


「私にとって、貴方は、本当の父親以上に父親のように慕っているお方でした」


涙声には構わずそれだけ絶対に聞こえるように背を向けたまま陛下に言って、廊下へと飛び出す。

陛下はもちろん、護衛達も追っては来なかった。


陛下は私がこの部屋に入って来てからずっと、優しく私を見ていた。それは、陛下の笑顔の裏を私が見抜けていなかったんじゃない。嘘じゃない……きっと、あの方は私の事を本当に優しく見守っていた。

もし私が何一つ見抜けなかったなら、私が幸せに何も知らずに陛下に下る事になっていたのなら……きっと陛下は国の為にと自分一人の心の中だけに罪を背負い込んでシェドとエヴァン君への減刑と引き換えに私を利用しただろう。


だけど、私の一番優れているのものが人を惹きつける人格だというのなら。それが本当だとしたら。

もしかして、陛下も私の事を好きだと思ってくれていたのかもしれない。王として国の為に私の能力を欲する一方で、陛下を父親のように慕う私と同じように陛下も私の事を実の娘のように可愛がっていてくれていたのかも。

私がもし全部気付いたなら最初から自由にしてくれようと思いながら、陛下は心を鬼にして国の為に行動した。


本当にそうかはわからない。私の都合の良い思い込みかもしれない。


でも、私は自分のそんな幸せな思い込みを悪くないと思った。

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