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好きな人からのプロポーズを聞き分けのない子どものように強欲な我が儘で断った私は、顔を上げる事が出来ずにいた。というか、ニカ様からのプロポーズを断るって私は何様なんだろう。自分に引く。


だけど、ふと隣から微かに聞こえた押し殺すような笑い声に思わず顔を上げてしまう。

楽しそうな顔をして笑っているニカ様に、私は当惑した。


「え…?あ、あの、もしかしてからかっているだけ、でした?」


だとしたらとてつもなく恥ずかしいのだけど、ニカ様はそんな冗談を言うタイプとは思えないしあれが本心じゃ無かったなら私はもう何も信じられない。私の目も耳も全てがポンコツだったという事になる。

しかしニカ様が今そんなに楽しそうに笑う理由はそれ以外思いつかなかった。


「私は本気だったよ。フィーならそれぐらいわかるだろう?」

「え、ええ…では何故、笑っておられるのですか?」


どう考えても笑う場面では無い。いや待てよ?私の状況を弁えない自分本位な頭の悪さを笑った可能性が若干……と思った答えは、すぐに自分で否定した。ニカ様はそんなに性格が悪くない。


「ああ、何故だろうな。想いは報われず振られてしまったのに、これでよかったと思ってしまった。自分が一番幸せになれるレールを崩されたはずなのに、清々しい気持ちだ」


憑き物が落ちたようにすっきりした爽やかな笑顔を浮かべるニカ様に、私はその気持ちがわからず頭に疑問符を浮かべた。ただ、何故かレールという言葉が少しだけ引っかかり頭に残った。


「言った事は全て本心だが、私は結局、運命を変えると言って自由に生きている君が好きなんだろう。我ながら幸せになれなさそうな考えだ」


ニカ様は仕方なさそうにため息を吐いて、それから慈愛のこもった優しい目で私を見た。

明らかに我が儘全開なだけの私に対してよくもそんな好解釈をと半ば呆れる気持ちと同時に、生き方を認めてくれている事への歓喜が胸を満たした。

……そんな相手からのプロポーズを断った事に、私は後悔をしていない訳じゃない。自分で選んだからって後悔しないと言える程、物分かりがいい人間じゃないから。


「安心しろ。何にせよ陛下への取り次ぎの約束は守る」


圧倒的大人な対応に、何だかまた気まずい気持ちになって来た。後プロポーズ辺りから存在を忘れていた両端に居る護衛二人の存在を今更思い出してしまい、もう恥ずかし過ぎて前以外見られない。

ええと、そうだ。もうせっかくここまで頭の悪さを曝け出して大人な対応をされているんだから、いっそ恥も外聞も無くニカ様にもアドバイスを求めてしまおう。


「私が運命に勝つ為には、どうしたらいいと思いますか?もし良ければ、ヒントをください」


既に、ノラからは自分にも周りにも意識を向けて真実を見ろと、ナナちゃんからは最初から色んな人の事情と理由を疑えと、アドバイスをもらった。

それから、シェドが言っていた整えられた舞台上に居る気分だという言葉。あの時はエルの事ならわかっていると流したけど、今となってはエルがあまりにも誘拐事件に関わっていなかったせいで気にかかる。

運命に勝つなんてある種曖昧で範囲が広過ぎる表現だけど、だからこそニカ様が何と答えるのか知りたい。後もう少し、もう一つ、思考をくすぐるような欠片があれば、私は何かに気づけるような気がしている。


「そうだな、私から君に助言するとしたら……どうしても平民として生きたいなら、交渉相手の真意を見通せ」


交渉相手の、真意……。


途端、全てのパズルのピースが嵌ったように頭の中でカチリと音がした。

面白い程に思考が働く。次々と、意識していた事もわかってみれば確かに不自然だった事も、一つがわかる毎にまた一つとあらゆる謎が解けて行く。

成る程、そういう事だったのか。


……だけど、私はきっと勝てない。勝てない事、真実がわかってもどうしようも無い事も、同時に理解してしまった。

むしろこれなら知らずにいた方が幸せだったとさえ思える。全部わかった上でそれでもあの人の思い通りに動かなければいけないなんて。


でも私は、シェドとエヴァン君を助けられるだろう。

それだけが救いで、この後私に残された道は生意気に悪足掻きをしてから、運命に勝てずに屈する事だけだった。




間も無く、馬車が王宮に着いた。

するりと一切無駄の無い動きで馬車を降りた護衛二人に続き、私とニカ様も外に出る。


「では、私は先に行き話を通して来る。フィーは此処で待っていてくれ」

「…はい、よろしくお願いします」


短く言葉を交わし頭を下げて、ニカ様と護衛達が王宮の中に入って行くのを見送った。

頭を働かせ過ぎたのと、全てわかったのに達成感を得るでもなくむしろ敗北感に満たされてしまったせいで、ぼんやりとしている。

そんな私の後頭部に、突如衝撃が走った。ぎょっとして振り返ると、私の頭を叩いた手をぶらぶらさせているメルちゃんが居た。


「何辛気臭い空気醸し出してんだよ。俺は軽く事情説明して二人を引き渡したら帰るからな」

「…ここまでありがとねメルちゃん」


私は力無く笑いながらお礼を言った。

"メルヴィン・クラビットの役割"は恐らくこれだったんだろうと思う。立場的に便利で気が利く。そう、彼は居た方が便利だった。恐らくそれだけの理由で巻き込まれた。


「何があったか知らねぇけど、交渉の時はいつか俺とした時みたいに胸張って堂々としてろよ。そんなんじゃ勝ち取れるもんも勝ち取れねぇぞ」

「うん…わかってるよ」


無愛想な表情で、だけど言葉が私への心配を全然隠し切れていないメルちゃんは、私の大事な大事な友達だ。だからこそ私がこの先どうなったとしても、私の予想通りの未来になったとしても、私は彼を巻き込む気は無い。


「あんたがどう転んでも、仕方ないから俺は友達で居てやるよ。ま、頑張れ」


私の考えがわかっているみたいに、メルちゃんはそんな事を言って笑って激励してくれた。

なんてお人好しで優しい人だろう。好奇心だけで関わるには、私はよっぽど碌でもなかっただろうに。私が今一番言って欲しかった言葉を当たり前みたいに言ってくれた。

だけど私は、メルちゃんの為にこれからメルちゃんと友達で居続ける気は無い。メルちゃんだけじゃなく、他の誰とも。私は独りで――。


メルちゃんは彼の護衛と一緒にシェドとエヴァン君を連れて王宮へと歩いて行った。

シェドとエヴァン君が私に話し掛けず視線さえ交わさなかったのは、人の目がある場所だから罪人と親しげに話す事で私に迷惑を掛けない為だろう。そんな優しさを見せられる度に、私はむしろより助けなければいけないと気持ちを強く固めるんだけど。


シェドとエヴァン君が数人の兵に連れられ王宮の中へと行き、メルちゃんが帰って行ってから数分足らずでニカ様が王宮から出て来た。

私の陛下への御目通りを了承されたにしてはあまりにも交渉時間が短過ぎるけど、私は了承された事を聞く前から、どうせすぐに受け入れられるだろうと当たり前にわかっていた。

案の定、何も言わず頷いたニカ様と護衛達と共に王宮へと足を踏み入れる。門番達は見るからに平民な私が入って行くのを見ても怪訝な顔さえしなかった。


王宮に入った事は数え切れない程にある。なんせ王子の元婚約者だ。相変わらずまさにお城という美しい内装だけど、陛下が無駄にお金を使わない方であるゆえか特に目新しいものがある訳でもない。

無言で歩いていると、体感時間としてはすぐに王室まで続く廊下まで来てしまった。


「私はここで一度お別れだ。陛下はフィーと二人で話す気らしいからな」


私を安心させるように、だけど強張っている顔を無理やり和らげているせいかニカ様は少しだけ引きつっている笑みを浮かべる。でも、きっと私の方がもっとずっと歪な笑みを返しているんだろう。

ニカ様の前ではもう、完璧なはりぼての笑みを取り繕う気は無かった。


「ああ、それと言っておくが私はまだ君を諦めた訳ではないからな」

「……は?」


完全にシリアスに浸っていた私に掛けられた突然の予想外な言葉に、私は目を瞬かせながらニカ様を凝視した。ニカ様は頬を赤く染めるでもなく、至極当然の事実をただ述べるだけのように話している。


「国より君を愛してしまったからな。そもそも王もセスが次ぐ予定だ。一度振られた程度で私が諦めると思ったか?」

「い、いやいやいや!そこは諦めましょうよ!私、我ながら面倒臭いですよ!ニカ様なら私よりもっと良い人居ますしむしろ選び放題ですって!」

「好きな相手で無ければ意味が無いだろう。それとも、君が私に妥協しろと言うのか?」


茶化すように言って首を傾げたニカ様に、私は言葉を詰まらせた。それを言われると、妥協皆無で王妃になる道も家も何もかも捨てて平民となった上にニカ様からのプロポーズさえ断った私に、返す言葉などあるはずもない。

そういえば、ニカ様は私と初めて会った時から特別視していたと言っていたな。ニカ様との初対面はセス様との婚約直後。セス様との婚約は私が五歳の頃で、ニカ様が私より三つ年上だからニカ様は八歳の頃…となると、もしかして……。


「ニカ様って、私が初恋だったりします…?」

「ああ」

「あぁあ……はぁ、はい。成る程……はぁあ、納得です」


初恋は拗らせるとしぶといものだ。うん。セス様の時と同じパターン。

というか、私の思う未来で運命通りに事が運んでしまったら、私はもうニカ様からのプロポーズを断る理由なんて無くなる訳で。だから私は、素直に喜ぶべきなんだろう。制限された中でも幸せになれるかもしれないと。


「……時にフィー、あの屋敷の前でノラン王子に頬に口付けられていたな」

「え?あ、ああ、そんな事もそういえばありましたね」


そういやあったな、そんな事。忘れていた。

でも何で今その話を、と頭が答えを導き出すより早く、身体が反射的にニカ様から距離を取った。

さっと目を凝らしてニカ様を観察するけど、特に様子が変わっているようには見受けられない。だけど私の第六感は危機を訴えて来る。


「お、落ち着きましょう?!ほら、あんなの所詮ノラのいつものからかいですから!」

「いつもの…?」

「そう、いつもの!……って、あー違いますからね!いつもあんな事をやられているという意味ではありませんからね?!」

「それにしては、いつもの事のように動揺していないように見えたが?」

「だから!それは!からかっているってわかっていましたし、そもそも誰にされたところで頬にキスされるぐらいじゃ私は動揺しないタイプで!……あ」


完全に墓穴を掘った自分に、自分の口を手で押さえた。全く意味のないこの行為は現実でしてしまうものなんだと、頭が現実逃避を始める。


「なら私がしても問題無いな?」


やっぱり、こうなるよなと思うと同時、私はこの場が王宮という事も半ば頭から消し飛んで逃げるように駆け出した。


「ニカ様だけは、ダメなんです!!」



王室まで後一メートルという所で走るのを止め、ニカ様が追い掛けて来ていない事を確認する。

ニカ様は居なかった。ほっと胸を撫で下ろす。けど、代わりに何故かニカ様の護衛二人は私の後ろに付いて来ていた。


「……あの、何故あなた方も?」

「今はニコラス様直属っつっても、俺等は広義じゃ王様に雇われてるようなもんだからな。王様護るのもオシゴトなわけ」

「あまり人に聞かれたくない話ですからね、今回は王室には我々と貴女だけで入ります。完全に二人きりにして、貴女がトチ狂って王様を殺すと困りますから」


成る程、交渉中は部屋には私含めて四人しか居ないのか。まあ、そうか。その方が陛下にとって都合が良いか。

私は納得して頷いた。


「後、別件で王様に話もあるしな。まあ俺等の事はんな気にすんなよ。それよりまだほっぺ赤いし冷ましたら?」

「先程のやり取りも相当でしたが、馬車の中でいきなり甘い空気を出された時は密室も相まって地獄のようでしたね」

「え、そう?俺はむしろ笑い堪えてたけど」


馬車の中で彼等が居る事をずっと忘れていたわけじゃないけど、こうして思い切りそれに触れられると気まずいというか死ぬ程恥ずかしい。これじゃあ頬の赤みなんて落ち着くはずもない。

ある意味緊張は解けたけど、代償に負ったこの頬の赤みを消すにはどうしたら良いというのか。

ほぼ八つ当たりとして護衛達に無言で怒りの目を向けると、二人して性格の悪そうなにやにやした顔を返された。


「ま、精々王様とのお話し合い頑張りたまえよフィーちゃん」

「安心してください、骨は拾って差し上げますよ。フィーさん」


いきなり妙に親しげに名前の呼び方を変えて距離を詰めて来た護衛達に、からかいの延長線上の発言かとさらに視線を強めた。

しかし、彼等の目は何だか懐かしいものを見るようでまるで本当に親しみでも感じているみたいだった。その今までの態度と一転した不気味さに頬の赤みと熱が引いて行き、不本意ながら護衛達に少しだけ表には出さずに感謝した。心底気持ち悪いけど。あー鳥肌立った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告です。 ・そもそも王もセスが次ぐ予定だ。 〈継ぐ〉が正しいかと。
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