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リリちゃんと手を繋いでドアを開け部屋に戻ると、部屋の中の皆からなんとも言えない微妙な空気を感じた。不思議に思い何があったのかと聞く前に、明らかに異常とわかる事を一つ見つける。


――ナナちゃんが、下着姿なのだ。彼女がぺたりと座り込んでいる床の傍らにはさっきまで彼女が着ていた修道服が乱雑に散らばっている。


……。

いや、うん、この世界の下着は思い切りブラジャーとかパンツとかそんな感じではなく、直接肌につけているというだけで布面積が大きいので見るからに破廉恥な有り様というわけではない。……と、思うのは前世の下着に慣れている私やリリちゃんだけだと思うんですよねー。

いや、ていうか何なのこれ。どんな状況になったらナナちゃんが服を脱ぐの?なんか他の皆と違って目逸らさず普通にナナちゃんの事を見ていやがる君の前に居るノラに乱暴されたなんてことは…な、無いよね?ノラは戦闘狂いなところあるけど婦女暴行の趣味はないはずだもんね?!


「ナナちゃん、その服装は…?」

「脱いじゃった。もう要らないから」


そう言ったナナちゃんの笑顔は雨上がりの太陽に照らされ輝く野花のような純朴で幸福感溢れるもので、一瞬、そうかなら仕方ないなと思いかけた。

……いやよくねぇわ!酷い話ではなくて安心したけど、何周り男しか居ないところで服脱いで下着になってんの?!いやいや、察しているよ?その行為にはたぶんナナちゃんの中で大きな意味があったんだよね?輝く笑顔でわかるよ?だけどその姿は非常によろしくない!


「私が脱ぐからナナちゃんは服を着て欲しい」

「フィーちゃん、余計に話をややこしくするのはやめてください」


有言実行で即自分の服に手をかけたら普通にリリちゃんに窘められた。しゅんとして大人しく従う。


「ですが困りましたね…服を交換しようにも、お忍びとはいえ貴族然とした私の服をナナちゃんに着せるのはどうかと思いますし、かと言ってフィーちゃんでは、フィーちゃんがナナちゃんの修道服は入らないでしょうし」

「え、何で?言う程身長の差無いと思うけど。多少丈が合わないだけじゃない?」

「自分の胸部を考えてものを言ってください。入りません」

「あ、はい、すみません」


考え無しでしたすみません。平民の服はほぼフリーサイズでサイズ調整効くし、貴族時代は基本オーダーメイドしてもらっていたせいで、バストサイズなんて生まれてこのかた意識した事なかったんです。


「俺の元母上の部屋に行けば服ならあると思いますよ。探せば大して貴族らしくない服も一着や二着あるかと」

「……それ勝手に使っていいんですか?というか、シェド様は何故以前の家に過ぎないはずのこの家をこうして好きに使えていらっしゃるんでしょう?」

「自分に能力無いからって子供を道具に使うような親でしたから、スワローズ家の今後に関わるだとか本家跡取りの名に懸けて御礼は存分にするだとかなんとか、適当に甘い話ちらつかせながら言い包めて一日空けてもらいました。あの人は無駄に服を持っていますしプライドの塊なんで一度着た服はもう滅多に着ませんから、一着無くなったぐらい気づきませんよ」


シェドが悪どい。いや、自分を実質捨てたような親なんだからこれぐらい図太く逆に利用しようとしている姿勢はむしろ褒めるべきか?

何にしても、今この状況ではシェドの提案を受け入れるのが最善か。私とリリちゃんはアイコンタクトで通じ合い同時に頷く。


「ではええと、その元お母様のお部屋を教え、」

「お前等何でんな面倒臭ぇ話してんだよ」


今までの会話の流れを全く頭で理解出来ていなかったというか絶対最初から理解する気がなかったんだろうノラが、呆れた顔で自分の上着を脱ぐとそれをナナちゃんの頭から被せた。被せた、というかナナちゃんが頭から完全に埋もれた。

……え、何やってんのこいつ?


「ほら、これでいいだろ」


何も良くねぇよ。

部屋の中にいるほぼ全員の意見が一致しているのを感じる。ノラのお忍び服だって、見る人が見たら良い生地の貴族服だと一瞬でわかる。そして隣国の王子から服を借りるぐらいならこの国の王子から借りた方がまだましだ。てか今、シェドの元お母さんの服借りるって決定したところなんですけど?

しかし、さすが他人の目なんて意に介さず床に落ちたフランスパンを食べるような隣国の王子様は、もちろん今も周りの空気なんて気にしてはくれず、ナナちゃんの頭を被せた自分の上着越しにバシバシ叩く。


「おいナナ、良いよな?」

「うん!」


ナナちゃんが元気に言いながら被せられた服の襟元からにょきっと顔を出す。体型差のお陰で、ちゃんと身体は下まで隠れている。

でもやっぱりそれは良くな…ほ、本人達が良いなら良い、のか?

意見を求めるようにリリちゃんを見ると、リリちゃんも難しい顔をしながら口を開いた。


「……まあ、帰るまでの間だけでしたら問題無い、のかもしれません。何より私の力ではノラン様の事もナナちゃんの事も説得出来る気がしません」

「奇遇だね、私もだよ」


ため息を吐いたら同時に隣からも同じものが聞こえて、顔を見合わせて少し笑った。


「なんかよくわかんねぇけど、そっちも解決したみてぇだな」

「の、ようですね。ノラン様の予定も押していましたので僥倖です」

「あ?そうだったか?」

「そうです」


奔放な王子様のお付きのゼロは大変だなと思ってから、そういえばこの二人はこんな所まで来てどう帰るつもりなんだろうと眉を寄せた。いつも馬車の御者には後から決まった地点に来るよう言ってから別れていたらしいし、誰かの馬車に乗せてもらってそこまで行くつもりなんだろうか。


私がそんな他人事をぼんやりと考えていると、ふとニカ様が此方に近づいて来た。一瞬妙な緊張を覚えてから、彼の視線が私の隣にある事に気づく。

先に口を開いたのはリリちゃんだった。


「……使命は果たせず、さらには天上する事さえ今の私には難しいようですわ。申し訳、ありません」


リリちゃんが腰から九十度上半身を曲げ、深く頭を下げる。死ねなかった事を謝るなんて、まるでニカ様が悪のラスボスのようだ。

というか、使命?使命って何?やっぱりニカ様とリリちゃんのやり取りは私への好意がどうちゃら以外にもっと深い意味があったんじゃないの?どういう事?

ニカ様はそんなリリちゃんに呆れたような顔をした。


「お前もお前で、フィーとは違う意味で思い込みが激しいな」


私は微妙な顔になった。私の思い込みが激しいのは公然の事実だというのか。


「私との会話でお前が勘違いしたのもわからないでもない。私が同じ立場でもそう考えただろう。だが、リリアナ、確かに私はお前の事があまり好きではなかったが……義妹として、多少は情も移っている」

「お義兄様…」


リリちゃんが涙ぐみ、ニカ様がその頭を宥めるように優しく叩いた。

……これは義兄妹愛のハートフル展開なのだろうか。私にはやっぱり、何だか二人の間にはそれ以外にも妙な絆があるように見えるんだけど。

いや、でも危惧していた恋愛感情ではないような。だけど私には立ち入り出来ないものなような。もう少し観察していればわかる気がする。


「少しセスと二人で話して来なさい。お前達は互いに言葉が足りな過ぎる」


ニカ様は優しい声で言うと、自分は脇に避け背後に居たセス様の方へとリリちゃんの背中を押した。少しだけよろけたリリちゃんはセス様を見つめたまま固まり、それから数秒後意を決したようにニカ様を振り返った。


「お義兄様!」


必死に、リリちゃんは感情を露わにしてニカ様に呼び掛ける。


「運命って、変わると思います!私の人生、挫折の数なんて数え切れないけど!運命を変える事とっくに諦めてしまっていたけど!それでも、私はフィーちゃんのお陰でもう一度って思えたから…!例えこの先やっぱり何も変わらなかったとしても…信じる事は、希望を持つ事は自由だから!」


リリちゃんは一度言葉を切り、それから叫んだ。


「だから、お義兄様もきっと…っ!!」


なんとなく、わかった気がする。二人の関係が。確かにこの二人の間にあるのは恋愛感情じゃない。


「……やはり、お前は私に似ているよ」


これは、仲間意識だ。

さらに言うなら、ニカ様がリリちゃんをあまり好きではないとリリちゃんが思っていたその理由は恐らく同族嫌悪だ。

この二人はニカ様の言う通り、何かが酷く似通っている。良くも悪くも根底の何かが。


ニカ様は苦い顔で笑ってリリちゃんから視線を逸らすと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

帰る、のだろうか。いや、私を陛下に会わせて頂く約束はしたんだからたぶん外で待っていてはくれるだろう。となるとすぐに私も追い掛けるべきだと思うんだけど…。

私はほんわか笑っている、バックにお花畑の見えるある意味心配な状態にあるナナちゃんを見た。


「で、ナナちゃんには何があったの?」

「ん?ふふ。私はね、天国に行けなかったんだよ」


どうしよう、この子が何を言っているのかまるでわからない。今はまともな会話は不可能と諦めるべきか。

だったらナナちゃんは一先ず後回しで、外に出る前に他に言っておくべき事がある人は……。


「リリちゃんはセス様と二人で残って話す感じでいいんだよね?」

「えーと、そうですね。お義兄様はそのつもりのようですし……セス様さえ、よろしければ」


少し下から窺うようにびくびくとセス様を見るリリちゃんの姿は、傍からはいまいち二人が婚約者同士であるようには見えない。

私もセス様を見ると、セス様は黙って壁に寄り掛かっていた。動く気はないから出て行くなら勝手に出て行けという意思表示だろうか。なんてふてぶてしい。というか微妙に機嫌が悪くなっているような。私とリリちゃんが居ない間に彼にもまた何かあったんだろうか。それがリリちゃんにとって、いや二人にとっていい変化をもたらすといいけど。


「じゃ、皆さん此処にもう用は無いでしょうし外に出ましょうか」


リリちゃんとセス様の二人だけを残し、ニカ様を追うように屋敷の外へと向け歩き出した。

こうぞろぞろと揃って移動すると本当に人数が多いなと思い、そこでふと違和感に気付いた。


「……あの、何でニカ様の護衛であるお二人がこの場に残っているのですか?」


そう、ニカ様が先に行った時にそういえばこの二人は付いて行かず留まっていたんだ。これは護衛としておかしい。

やっぱりエルの存在はこの場の何かにまだ関わっていると危惧するには充分なおかしさだ。…もしくは、先に外に出たニカ様が今何か企てている?


「だって勝手に先に行っちまったし、偶には一人で考える時間も必要なんじゃん?」


こいつ本当護衛としてどうかと思う。

さっきまでは厳粛な雰囲気さえ出していたタメ口の護衛のまさかの軽薄過ぎる態度に、周りからも驚いた視線を感じる。

まあ、こいつの方はまだ口にしたそれが本心でも性格的に納得出来るものがある気もする。けどさて、もう一人はどうだ。


「そちらは?此方の護衛さんよりは真面目に見えますが」

「そうですね、コレよりは真面目です。きちんと引き受けた仕事は熟しますし今も熟していますよ」

「…今も?」

「ええ、護衛ですから仕事は護る事です。過程はどうあれ護る事が出来れば何の問題も無いんですよ。この付近でニコラス様が襲われる事はありませんから、我々が張り付く必要もありません」


敬語の護衛は淡々と事務的に答えた。

…そうだろうか?護衛というのは、側に護衛が付いているという事による抑止力ともなるべきだと思うのだけど。

しかしそれより気になる事は、敬語の護衛の断定的な言葉だ。


「何でニカ様が襲われる事は無いって言い切れるの」


こんな僻地で、王族が一人で居て、何故そんな断言を出来る?その発言からは何らかの作為しか滲んで来ない。

私の疑問系ですらない咎めるような固い言葉に、敬語の護衛は余裕を感じる試すような笑みを浮かべた。


「さぁ、何故だと思いますか?」


また問題か。と身構え思考態勢に入ろうとした私の意識を逸らすように、敬語の護衛は私の背後を指差した。


「我々よりも、今は後ろを気にした方がいいと思いますがね」


揶揄するような声音に、一瞬罠かとも警戒したけどそもそも彼等の実力なら私の注意なんて逸らさなくても私や皆を浚うも殺すも他愛無く出来る。

私は言われた通りに後ろを振り返り、見えた光景に、そういえばさっきから一番空気を読まずに話しそうな奴が妙に静かだった理由を把握した。


「ノラ、何やってんの!」


最後尾からさらに少し後ろ、階段の先で付いて来ていなかったノラが何やらセス様と話しているのを見て、私は慌ててノラを呼んだ。

というかお目付役はどうしたと探せば、ナナちゃんを何やら厳しい顔で見ていた。ナナちゃんの動向を注視するので精一杯だったのかもしれない。これは責められない。

正直、勝手にノラがしでかす事には何一つ安心出来ない。事態を引っ掻き回すならまだマシで、戦争の火種でも投下されていたら此方としては堪ったものじゃない。

大人しく私の所まで走って来たノラを威嚇するように睨みつける。


「なんか余計な事言ってないよね?」

「俺の信用無さ過ぎて笑う。別に?ただ、王子サマ同士色々と積もる話があっただけだし、フィーが心配する事もねぇよ」

「あーもう、ダメ。安心出来ない。帰るまで黙っていて欲しい」

「正直だな。いいぜ?だが黙る前に一つアドバイスやるよ。…お前、もっと自分にも周りにも意識向けて見たらどうだ?真実も見えてねぇようじゃ勝負にもならねぇぜ?」


一瞬、喉が詰まるように息が止まった。

その言葉からノラも何かを知っていると確信するには十分だった。


「…何でそんな、皆断片的にしか情報くれないの?知っているなら普通に教えてよ」

「……」

「ごめん!ごめんって!黙らなくていいから!教えて!」

「だって俺が教えてやったとして、俺は何も得しねぇし」


冷たくも思える言葉は確かにその通りだった。

ノラにとって私は、まるで友人のように接して来るだけで所詮自分が楽しむ為のおもちゃに過ぎないんだろう。おもちゃに知識は必要無い。

黙り込んだ私に、ノラは何故か笑った。


「お前が考えろよ。どうせ人に教えてもらった薄っぺらい答えで勝てるような相手じゃねぇんだから」


ノラの突き放すようでだけど優しい声音な言葉に大人しく従い、私は外に出るまで黙って考えに没頭した。

ずっと色々な事を考え問題を解いて来たお陰か、疲れはあったけどそれよりも頭が回りやすく、もう少しだけヒントと時間があれば何かが解ける気がした。

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