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リリちゃんの絶望を垣間見て事情を少なからず呑み込み、一応はひと段落した私とリリちゃんの間の空気は少しだけ和んだものとなった。


「それにしても、私の罪悪感や苦悩は何の意味も無かったんですね…」

「そ、そうだね。私が自分の為だけにセス様ルートでシナリオ進めたせいでごめんね」

「いえ、私の方こそシナリオに沿う為だけにフェリシアさんの事をいじめていましたから…その節は申し訳ありませんでした」


二人して頭を下げ合う。とはいえ階段に横並びで座っているのできちんとした謝罪な感じはあまりしない。そう、これは打ち解けた者同士が交わす軽い謝罪だ。

なのに、リリちゃんの口調があまりにも固いせいですっごく本気の謝罪に思えてしまう。不本意である。


「ところで、何でリリちゃん私にずっと敬語なの?私はさっきから次期王妃に対して無礼にもこんなにフランクに話しているというのに」

「だって憧れていた人ですし、それに…あの、フェリシアさんは前世で自分が死んだ時の事を覚えていらっしゃいますか?」

「ん?うん。前方不注意で錯乱しながら走っていたら車に轢かれた。我ながら迷惑な奴だったと思う」

「ああ…やっぱり」

「…やっぱり?」


引っ掛かる言葉に突っ込むと、リリちゃんはしまったとばかりに自分の口を手で押さえた。そんなわかりやすい反応を私は現実で初めて見た。


「い、いえ!何でも!フェリシアさん、たぶん私より前世の時歳上だったと思うんですよね!」

「…何でそう思ったの?」

「えーっと…勘です!人生経験を感じました」


リリちゃんの目が泳ぐ。なんて明瞭な嘘!さっきから話し方もボロッボロだしテンション変わってるし…この子、嘘吐けない子なんだな。むしろそれでよく私を嵌めるところまでは上手くやってくれた。


「ち、ちなみに私は女子高生でした!」

「あー、うん。私は女子大生だったので歳上は歳上だね。でも今は同い年なんだしやっぱり敬語じゃなくても、」


私が言い終わる前に、リリちゃんがぱちんと大きく音を立てて自分の手を叩いた。私が思わず言葉を止めると、リリちゃんがその隙を突くように早口に捲し立てる。


「そんな事より、フェリシアさんは転生者だから隣国の問題も解決済みだったんですね!あれ私、最初は貧困とか食料不足とかがただ上手く隠されているだけだと思って、ノラとゼロに会った時探り入れて初めて解決済みなのを知ったんですよ」


……ああ!そういえばゼロが、リリちゃん経由で私が隣国を救国していたとわかったみたいな事を言っていたっけ。そっか、前世の記憶あるリリちゃんからすれば、私が退場した以上自分が代わりに救国しなければいけないって考えるもんね。その探り合いの会話のどこかでお互い勘づくものがあったって事だろう。

まあ、私の言葉を遮ってまでいきなりこの話をしだすのはおかしいし、思いっ切り話を流す為にした話題としか思えなかったんだけど、リリちゃんがこれ以上前世について話したくないんなら別にいいかなと思う。リリちゃんがもし前世の私を知っていて何故か私にそれを知られたくないんだとしても、私の敵では無いだろうし。前世で私に女子高生の知り合いも居なかったし。敬語をやめてくれないのはちょっと気になるけど。


「お互い先に事情話し合えていれば要らない勘違いし合わなくて良かったのにね」

「本当ですね。無駄に遠回りしていた気がします」


うんうんと二人で頷き合いながら笑って、あまり笑えない話も笑い話にした。

そういえば、私もリリちゃんについて気になっている事があるんだった。この際だから聞いておこう。


「ちなみにリリちゃんは、何で家から距離のある教会にお忍びみたいに通ってたの?」

「…ああ、最初の頃は家から一番近い教会に通っていたんですけど、段々何故か聖女と呼ばれて有名になって行ってしまい、当時シナリオ通りに進む事で幸せになれると思っていた私には余計なオプションだったので、私の顔と名前が知られていない所まで通うようになりました」

「そうまでして何で教会に?」


リリちゃんが日本人だったならあまり宗教に執心していたとは思い難い。第一、信じる神様が居るならこの世界の別の神を信仰しているだろう教会にわざわざ通うのも解せない。

私の疑問に、リリちゃんは顔を綻ばせた。


「だって私、この世界に来られて一目でもあの方に私を見てもらえた事からして、神様に感謝していますから。お礼はちゃんと言わないと」


自殺したいとまで思う程絶望していたのに、彼女はそれでも尚神に感謝していたというのか。

なんだかリリちゃんが本当に聖人に見えて来た。私なんて平民になってからも、段々と神に不信感覚えたりしていったせいもあって結局まだ一度も教会にお礼目的で行った事はなかったのに。

リリちゃんがそれだけこの世界に来たかった理由ってのは、やっぱり彼女の願い所以なんだろうな。……。



「…あのさ、何でリリちゃんはセス様だったの?」


セス様がゲームキャラとして魅力的だったのは私にもわかっている。私が俺様属性で敬遠していただけだ。メインヒーローだからシナリオにもボリュームあったし。

とはいえ、恋をする程の気持ちには何をどうしたらなったのか気になる。しかも…実際に見て会って触れても気持ちが変わらなかった、まではまだいい。だけど、それに加えさらに絶望を味わってまでまだ好きと思える程の恋情だったというのがちょっとよくわからない。二次元への恋を否定する気は無いけど、やっぱり会えない触れられない認識されないからこそ理想化出来る面というのがあると思うのだけど。汚いところもほとんど見えないし嫌われないし。

リリちゃんはそんな私の多少の困惑が入った質問に対し、胸を張り、きらきらとしたまさに好きな人の事を想っている時の輝く瞳で堂々と言い放った。


「一目惚れです」

「あ、ふーん。へー…そうだね、セス様って顔は思いっきり理想の王子様だもんね」

「……」


なんだ顔か。確かに同じ世界になってもほとんどそのままの顔だったもんなと私が納得の声を出すと、反対にリリちゃんの方が何やら納得の行っていなさそうなジト目で私を見て来た。


「不思議だったんですけど、もしかしてフェリシアさんはセス様の事そんなに好きじゃないんですか?え?ゲームプレイしたんですよね?セス様ルートやらなかったんですか?」

「いややったけどさ…俺様キャラはちょっとなぁ、なんて」


正直に答えたのに、耳を疑うと言わんばかりの顔をされた。その絶句具合は最早、自分と同じ人間なのかからして疑われているように思える。

どうやらレディロをプレイしたのにセス様を好きにならない事はリリちゃんの中では人外レベルに有り得ない話らしい。少なくともレディロプレイヤーの半数以上は人外になる計算だ。恋は盲目という言葉が私の頭を過った。

リリちゃんが一度深呼吸をし、思案するように目を閉じる。私はリリちゃんの一挙手一投足をただただ目で追っていた。

やがてリリちゃんは口を開いた。


「…セス様の良いところなんて私はいくらでも言えますけど、あまりわかられてもそれはそれで複雑なので言わないでおきます」

「そ、そうだね!」


リリちゃんの真顔に恐れをなした私は、リリちゃんが無理に好きな人の魅力をわからせようとして来る過激思考じゃなくてよかったと心から安堵しながら勢いよく頷いた。

リリちゃんは怯える私に不思議そうに首を傾げていた。う、うん、リリちゃんは優しい子だってちゃんと私、わ、わかってるよ!


「…では、そろそろ戻りましょうか。あまり遅いと心配されそうですし、ナナちゃんの事も気になりますし」


話の区切りも良くなったところでリリちゃんが階段から立ち上がり、私もそれに同意し続いて立ち上がった。

さて、と歩き出そうとしてからまだ一つ、私には今どうしてもリリちゃんに聞いておかなければならない事があると気付き、慌ててリリちゃんのドレスの裾を掴んで止めた。


「待って。最後に一つだけ聞かせて。さっきニカ様と話していたあの会話…あれってどういう意味?」

「お義兄様との…?ああ、私が上手くやると答えたあれですか?あれはそりゃ、……」


淀みなく答えるかと思ったリリちゃんの言葉が不自然に止まり、およそ五秒の沈黙後に嘘臭い笑顔と共にやっと続きの言葉を吐いた。


「まぁ物凄く要約してしまいますと、お義兄様はフィーちゃんの事が大好きだという話ですね」

「いや誤魔化されないよ?完全にそういう雰囲気の話じゃなかったよね?」

「オブラートには包みましたが、誤魔化してなんていませんよ?今更フィーちゃん相手にそんな事しません」


凄い。さっき敬語と前世についてウルトラ下手くそに誤魔化しまくっていた子が言った台詞とは思えない。

私の全く信じていない事を隠さない顔に、リリちゃんは焦ったように言葉を付け足す。


「本当に嘘じゃありません。あの時の話において、お義兄様がフィーちゃんの事が大好きで私の事は嫌いという以外の意味なんて至極どうでもいいものです」


リリちゃんの目をじっと見ると、リリちゃんも負けじと私の目をじっと見返して来た。どうやら嘘は言っていなそうだ。

…うーん、だけどなぁ。


「ニカ様はリリちゃんを好きなんじゃ…」

「……はい?」


リリちゃんが素っ頓狂な声を上げる。それから半笑いで私の両肩を掴んだ。


「すみません、どんな思考回路をしていたらそんなとんでもない勘違いを出来たんですか?逆に気になります」

「それは、だって、私達の交わしていた会話って思えばリリちゃんの事についてばかりだった気がするし」

「いえそれ明らかに、お義兄様と居る時フェリシアさんの方から私の話を振るせいですよね?むしろお義兄様からその事について愚痴聞かされていましたよ私」

「さ、さっきリリちゃんの事ばっかり見てて私の方見なかったし!」

「たったそれだけで?!どんな飛躍的乙女思考ですか?!あれはお義兄様もフェリシアさんの為に…というか、私がお義兄様に好かれているなんて有り得な過ぎます!普段私がどれだけあの人から嫌われる胃の痛い日々を過ごして来たのか見せてあげたいですよ!!」


魂の叫びと言わんばかりの抗議の声を上げたリリちゃんに、私は潔く自分の勘違いを認めた。うん、これは明らかにニカ様はリリちゃんをそういう対象に見ていなそうだ。


「痴話喧嘩に巻き込まれるのはこれで終わりでいいですかね?」

「う、うん。ごめん。ニカ様、私の事を妹のように思ってくれているからね。今では友達でもあるし。多少の贔屓はあったのかも」

「……それ、本気で言っていらっしゃいます?」


謝ったのに、何故かリリちゃんの機嫌が直らないどころか悪化した気がする。びくりと身を引こうとするも、リリちゃんに両肩を掴まれ固定されている為にそれも叶わなかった。

よって、私は真正面からリリちゃんの言葉を受け止める事となる。


「そんな訳ありませんよね?だってフェリシアさん、自分の事は過小評価していたみたいですが、別に鈍感キャラでは無いでしょう?気づいていますよね?そもそもお義兄様のフェリシアさんへの態度、完全にレディロのニコラス好感度マックスの時と同じですし、ゲームプレイしていたのに気づかないはずがありませんよね?言っておきますけど私、お義兄様の笑っているところフェリシアさんの話をしている時以外見た事ありませんよ?」


そう。……そう。気づかない、はずがない。気づかないでいられる程に私はレディロのやり込みが浅かった訳ではない。

けど、…いや、私は何も聞かなかったし何も気付かなかった。都合の良い思い込みは、得意分野だ。


「…あの、もしかして今の話聞かなかった事にしています?」


的確なリリちゃんの言葉に、私はどうとも取れるだろう無言の笑顔で応えた。リリちゃんは私の両肩から手を離すと、思案するように少し黙ってから戸惑っている顔で口を開く。


「フェリシアさんはお義兄様の事が好きなのではないのですか?」

「私、は……」


彼は、ゲームのキャラクターで、彼を好きなんて言ったら私は運命に屈した事に……違う。ゲームのキャラクターとしてはもう見ないと決めた。そもそも私はニカ様の事は、……ニカ様を、私は、好きになっては、……違う。違う。好きじゃない。だって……だって――


ああ、考えたくない。うん。いいや、考えなくて。


「あぁあ、ごめんなさいごめんなさい!よくわかりませんけど聞いてはいけない事だったみたいですね?!わ、私が全部悪かったですからそんな顔しないでください….!!」


リリちゃんが慌てて謝りながら、私の肩を揺さぶる。私はそんな過剰な反応にきょとんとして、自分はいったい今どんな顔をしていたのか気になった。

私は別に、気づいたら都合が悪い事は自分で思考を止められるから、リリちゃんが謝る必要は無いのに。

面倒な事ももう要らない事もそうやって全部切り捨てて自分を守って生きて来た。だから私は、貴族から解放されたあの日から隣国は疎かこの国の名前さえ覚えていない。自分の今世での両親の名前も覚えていない。前世に至っては、誰の顔も名前も。

自衛にかけては完璧だ。だから、大丈夫なのに。


とはいえリリちゃんが見るからに心配そうな様子で狼狽えているので、私は神妙な面持ちで茶化す事にした。


「リリちゃんが私の事、フェリシアさんとかいうお固い呼び名じゃ無くしたら許す…」

「え?!え、えぇと…じゃあ、フィーちゃん?!」

「許した!」

「ええー?!」

「よし、心残りも無くなったし皆の所に戻ろうか!」

「えええー?!」


目を剥くリリちゃんに手を差し出すと、リリちゃんは一瞬戸惑ったけど私の手を強く握り返した。

私の事は、うん、別にどうでもいいんだ。それよりずっとリリちゃんの方が大事。皆の所に戻り、恐らくセス様と会う事に不安を覚えているリリちゃんの心情を私が見抜けないと思ったら大間違いだ。

まあ、私も私で戻った先に待っているのは、陛下に対して全身全霊をかけてシェドとエヴァン君に対し減刑をして頂けるように頼み込むという高難易度ミッションだから、リリちゃんの手に逆に元気づけられているんだけど。


……私は自分勝手なので、ニカ様の気持ちになんて一切気づいていない。気づいて、いないのだ。

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