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私とリリちゃんは長話になりそうだからと、自然と下へと続く階段の段差の一番上に座って話す事になった。

前世の一般市民としての記憶の無い普通の貴族の令嬢なら間違いなく嫌がられるところだろうけど、リリちゃんは公式の場に出るには簡素過ぎるとはいえお高いだろうワンピースドレスでも構う事無く私の隣に腰を下ろす。


「何から話しましょうか…私の事はともかく、"リリアナ・イノシー"については充分にご承知の上と思ってお話ししても?」

「うん、大丈夫」


ゲームのキャラクターとしてのリリアナ・イノシーの事なら私もよく知っている。とはいえ、一度整理の為に思い返そう。


リリアナ・イノシー。

彼女は乙女ゲーム『救国のレディローズ』にて、主人公を除けば最もよく登場し唯一立ち絵や一枚絵にも登場する女性キャラクターだ。

その立ち位置は、セス様ルートに限り主人公に対して嫌がらせを行う酷い悪役令嬢となるが、プレイヤーが別のキャラクターを恋愛対象に選んだルートにおいてはむしろ、セス様との婚約を違えるような恋に落ちる主人公が円満に婚約破棄出来るようなご都合主義の存在として、主人公の代わりに彼女はセス様とくっつき主人公の恋を応援してくれる。

セス様ルートとそれ以外ではまるで別の性格のように主人公へのアタリが大違いなリリアナだけど、むしろ私は主人公より一貫した心を持つキャラクターだと思う。

リリアナは、どこまでもどうしてもセス様だけが好きな女の子だ。主人公に何をしてでもセス様を求めずには居られなかった程に恋をしていた。家の繋がりというだけの理由で最初から決められていた婚約者の存在が許せなかった彼女は、自分の感情をコントロールしきれず罪に手を染める。

百合の花と猪を名前に宿した彼女は、まさに周りが見えない程に純粋で無垢で真っ直ぐに恋し過ぎてしまった子なのである。


「私、この世界にリリアナとして転生したと気づいた瞬間嬉しかったんです。前世では叶えられなかった願いが、この世界では叶うかもしれなかったから」


リリちゃんが当時の事を思い出してか、本当に幸せそうに語る。

同じ転生者だというのに、転生して最初に嬉しいと感じるとは、私には無かった見解だ。当たり前か。根底からして、リリちゃんにあったものが願いなら、私にあったものはトラウマなんだから。


「それから私は、それを叶える為にずっと努力して、それだけを目標に生きて来ました。だけど――」


リリちゃんの顔が曇る。

…まあ、予想は出来ていた事だ。だってただ真っ直ぐに明るく生きられていたなら、今リリちゃんは私の隣には居ない。

その努力は、きっと理由はどうあれ少なくとも正常な形では実らなかったはずだ。


「貴女を一目見た瞬間、私は敵わないし叶わないと、悟ってしまいました。だって貴女が、想像していたよりずっと"レディローズ"で、世界の中心…主人公であり、それが揺るぎない事実なのだと気づかされてしまいましたから」


完全に油断していた私は、まさかの理由に一瞬思考がフリーズした。

え?いや、え?!私?!そこで、私?!一目見て、私が世界の中心で主人公なのが揺るぎない事実だとお思いに?!

…あ、ああ!私の演技力が素晴らし過ぎてなんかきらきらした主人公のレディローズさんにしか見えなくなっちゃっていたって話か!私の演技力、本当に人にも私自身にも碌な影響及ぼさないな?!


「それは私がそういう風に…レディローズに見えるように全力で演じていたからで、実際には全然そんな事はないんですよ…!」

「ありますよ」


またも知らずに与えていた誤解を解こうと思い慌てて否定した言葉を、リリちゃんにきっぱりと否定し返された。

あまりの断言に私が目を白黒させていると、リリちゃんは続けて話し出す。


「貴女は主人公です。貴女を私と同じ転生者だったと知った今でも、私はそれが事実であると思っています」


……何で?

純粋に不思議だった。レディローズは演じていただけだという事は言ったし、転生者という話ならリリちゃんもそうだし、私はもう平民としてゲームの舞台からは足を下ろした。さらにリリちゃんは知らないかもしれないけど、私は主人公としてのフェリシア・スワローズの名前までもう捨てている。

それなのに私を未だ世界の中心の主人公だと断言するその根拠とは…?


「フェリシアさんは、今まで私が何一つシナリオから逸れた行動を取って来なかったと思っているのでしょう?」


薄く笑いながら言われた言葉に、私は不意を突かれた。だって、当然にそう思っていた。リリちゃんが一歩さえ道を違えずにシナリオ通りに行動していた事は、私の中で前提だった。

だって――だって、シナリオは私が動くまで何一つとして変わっていなかったから。


「私は、ただの何も成し得られなかった負け犬です。何度もシナリオを壊そうとして、だけど……運命は変わらないのだと諦めがつくまで何度も、何度も何度も何度も数え切れない数の努力と挫折を繰り返しました」


ああ…ああ、リリちゃんに対し全てが思い通りに行ったのにと言った私に、彼女が苦々しい顔をした訳がようやくわかった。

少なくとも平民になるまでは全てが上手く行っていた私が、彼女に言っていい台詞じゃなかった。どれだけ努力しても叶えられなかった人に対して、言っていい台詞じゃ。

実際にリリちゃんが何をしてどんな想いを味わって来たかは具体的にはわからない。けど、逃げた後の私が攻略キャラクターだった人達が会いに来る度に運命からは逃れられないのかと恐れていた事より、どれだけ頑張っても変わらない変えられないという事は、酷く恐ろしい事だと思う。

だってそれは私に当て嵌めて考えるなら、私が婚約破棄を受け入れたにも拘らずシナリオが崩れないでセス様と結婚させられ、どう足掻こうとも無理やり王妃とさせられるような絶望だ。

だけど私は変えられた。彼女がどれだけ足掻いても変えられなかったというシナリオを壊した。だから、リリちゃんにとって私はゲームという枠を越えた"主人公"という存在として確定していたんだ。


「『救国のレディローズ』のゲームが始まる学園の一年生になった頃には、私はもう自分には運命を変える力がないのだと理解していました。だから、私は…私が選べる中での最善の選択をしました」


既に私の胸はリリちゃんの味わった苦しみの断片を想像しただけでズキズキと痛んでいる。

それでもまだ、リリちゃんの話は終わらない。続きがある。きっとまだもっと、絶望した続きが。


「…それがゲーム上のリリアナ・イノシーとしての役割を全うする事です。だって、ゲームのシナリオ通りに世界を進めれば、皆幸せになれるはずでしたから。私は、私に残されたそんな最後の存在意義にしがみつくしかなかったんです。それが悪徳だと知りながらも」


彼女に残された最後の選択の自由は、自ら納得してシナリオ通りに動くという事だったというのか。どうやっても壊せないそれに、自分を無理やり納得させて自分が罪を暴かれ裁かれる未来を知りながらそれを決めた…ああ、やっぱり私には出来ない選択だ。

私なら、私が幸せになれないならその時点で逃げ出す。皆を幸せにしても自分が幸せじゃないなら。前世で兄から逃げる為、家族も友人も兄に追いつかれる度に全部残して捨てて来た私にとって、世界は案外広くて自分の存在意義はどこでても見つけられるし作り出せるものだと知っていたから。


たぶん本人も口にしていないだけで自覚しているだろうからあえて言う気は無いけど、リリちゃんが私に役割通りシナリオ通りに嫌がらせをする時に本気で嫉妬しているように見えていたのは、主人公として好きにシナリオを進め運命を選べる私に対して確かに嫉妬していたからだと思う。まぁ、その他にもう一つ理由を推測出来るけど。


「リリちゃんがその、諦めて自己犠牲を心に決めていたのはわかったんだけど、運命から逸れた私を疑ったりセス様と婚約してこれで自分が幸せになれるっていう風には、何で考えなかったの?」

「……私は、私のせいでフェリシアさんを不幸にしたって思い込んでしまったんですよ。今真実を知った上で考えてみれば、私には運命を変えられないんだからそんなはずないのに。…だけどあの時は、私が役割を越えた嫉妬を振りかざし貴女の気持ちを折ってしまったのかと思ったんです」


…成る程、そう誤解されていたのか。あー、そうだね。そうだ。リリちゃんの視点に立ってみればそう思うのも無理は無かったかもしれない。

だって私も、あの瞬間まではずっとシナリオに沿ったゲーム通りの主人公を演じて来てしまっていたんだから。シナリオに変化があったなら、明らかに異物であると知っている自分を最初に疑うのは当然の思考だ。


「私はシナリオ通りの未来を辿ろうとしただけでしたから、断罪される覚悟はあっても加害者として罪を背負って生きて行く覚悟は一切なかったんです。だから、堪えられなかった。…裁かれなかった罪は、同時に許される事もありません」


私が一人で喜んでいたリリちゃんのシナリオに沿った行動は、その先の皆の幸せと自分への断罪を想定した上で初めて出来たものに過ぎなかったんだろう。いじめとか悪い事とかをやらない子が皆幸せになると思ってたからやったのに、不本意ながら私が最後に裏切ったという事だ。

リリちゃんが冷たい人なら何の問題も無かった。優しかったからこそ、罪悪感に押し潰されたんだろう。


「ですけど、私はあの場で真実を口にしなかったんですから言い訳は出来ませんね。どれだけ汚泥塗れの最低な人間となっても、どうしても私は私の願いを叶えたくなってしまって――いえ、とは言ってもそれも結局やっぱり叶わなかったんですけどね。先に私の心が折れてしまいました」


リリちゃんが何でもない事のように肩を竦める。だけど、リリちゃんはそれを叶える為にずっと頑張って来たと言っていた。私はリリちゃんにとってそれが、生きる意味そのものだったと思えてならない。それが叶わなかったと諦めたから、リリちゃんは恐らく……。


「私が自殺で死んだら、机の引き出しに残して来た遺書から私の罪を白日の下に晒してもらって、私が貶めたレディローズは晴れて公爵の地位を取り戻しセス様と婚約し直して…幸せに、なってもらえると思ったんですけど…」


リリちゃんの言葉の語尾は力無く、困ったように苦笑した。


「平民になりたかったのなら、貴女はそれでは幸せになれませんね」

「うん。貴族とか王妃とか本当無理」

「あはは」


リリちゃんが空笑いし、やがて力無くその笑顔さえ止んで行く。


「困った、なぁ…」


何というか、私はリリちゃんの計画を台無しにしっぱなしだなと申し訳なく思う。もちろん自殺なんて許せるはずがないけど、どれもリリちゃんが精一杯考えて決意して導き出した答えだったろうに。


「私に罪悪感覚える必要が一ミリもないってわかったんだから、そのまま王妃になっちゃえば?」

「…ですけど、それでも私の望みは叶わないので。それじゃあ、意味無いから」


さっきから肝心な内容は口にしないリリちゃんの望みを、私はたぶん理解している。

私には、そりゃ言いたくないだろうという事も。王妃になりたかったのでもセス様の婚約者になりたかったのでもないなら、きっと彼女が欲しかったものは――ああ、初恋って拗らせると次に中々行けないものだからなぁ。

でも、私との婚約破棄から…ええと三ヶ月ぐらいか?まだ見切りを付けるには早過ぎると思うよ。


「さっきパン、食べたでしょ?大丈夫、リリちゃんは魔法に掛かった。だから大丈夫。叶うよ」


私は、何も気づいていないふりをしながら遠回しにもう少し頑張れと言った。頑張れとは言っても、リリちゃんに何かしろという意味では無く、もう少し頑張って生きてみようという類の意味だけど。

私の見立てでは、セス様もさっき前に進めたはずだから…たぶん完全に吹っ切ってくれたばかりだと思うし。


「無責任ですよ」


リリちゃんは困ったように笑った。だけどそれは私の目にはもう少し生きてみるという肯定に思えたので、私は明るく笑い返した。

幸せになって欲しいものだ。リリちゃんは私にとってはずっと、私を幸せにしてくれた天使様で女神様だったんだから。

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